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 それからの私は社交場にも出ず、公爵邸の中で過ごしていた。

 この国の誰も悲しまなくても、私ひとりくらいはラインハルト殿下の死を悼みたい。

 公爵邸に訪れるマティアス殿下との面会も断り続け、一か月が経過した。

「お嬢様、お客様がお見えです」

 侍女が告げる言葉に、私は眉をひそめて応える。

「またマティアス殿下かしら? お断りして頂戴」

「それが……『エドガー』と名乗る、旅の戦士がお見えです」

 誰それ? まったく覚えがない。

「どういうことかしら? その方はどなた?」

「エドガー様からは『直接渡したいものがある』と伺っています。
 なんでも『魔王城でみつけた剣士の遺品』だとか……」

 ――それって、ラインハルト殿下の遺品?!

「すぐにお通しして!」

 私は侍女の返事も聞かずに、応接間へと向かっていった。




****

 応接間に現れたのは、緑のフードを目深まぶかにかぶった背の高い青年だった。

 まるで激しい戦いを経験した後のように、ズタボロになった服を着ている。

 フードの奥には大きな無サラ黄色の痣が見えていて、それをフードで隠しているのだろう。

 背中には禍々しい気配が漂う、真黒な長剣を背負っている。

 衛兵たちが警戒する中、私はエドガーにソファに座るように勧める。

「どうぞ、おかけになって?
 少し、詳しくお話を伺ってもいいかしら?」

 エドガーはソファに座ると、ゆっくりと静かにうなずいた。

「俺はエドガー・トラントフ。旅の戦士だ。
 魔王が倒されたと聞いて、魔王城を調査していた。
 倒しそびれた魔物が居ても困るからな」

 私はうなずいて、エドガーの話を促した。

 彼が言葉を続ける。

「謁見の間まで辿り着くと、玉座の付近で輝くものがあった。
 近くに行くと、剣士の死体が転がっていた。
 彼が手に握っていた『これ』が、光り輝いていたんだ」

 そう言ってエドガーは、イヤリングの片割れをテーブルに置いた。

 ――これは、三年前に私がラインハルト殿下に渡したもの。

 今も私の耳に片方だけついている、イヤリングの片割れ。

 彼が『お守りにいただけないか』というので、片方だけを手渡したのだ。

 『無事に彼らが帰って来れますように』と、願いを込めて。

 お父様から十歳の誕生日にもらった、私のお気に入りのイヤリングだった。

 小さな宝石こそついているけど、所詮は子供向けのアクセサリー。大した価値のない品だ。

 それを死の直前まで握っていたというの?

 いったい、どれほど帰還を夢見ていたのだろうか。

 涙ぐんでイヤリングを手に取る私は、エドガーに尋ねる。

「なぜこれが、私のものだと?」

「剣士が死の間際、床に血文字で遺言を残していた。
 『どうかこのイヤリングをローゼンガルテン公爵令嬢に返してほしい』とな」

 エドガーは周囲を見回してから、私に告げる。

「すまないが、人払いを頼めるか。
 ここから先は、他人に知られたくないことだ」

 警戒する衛兵たちを手で制し、私はエドガーにうなずいた。

「ええ、構いませんわ――みんな、部屋から出て言って頂戴」

 私は渋る侍女や衛兵たちを部屋から追い出し、扉を閉めた。

 振り返ってエドガーに告げる。

「これでいいかしら?
 知らせたいこととは何?」

 エドガーが固い声で告げる。

「遺言には他のことも書いてあった。
 あの剣士は仲間に裏切られて殺された。
 『決して奴らを信用するな』とな」

 ――クラウス殿下たちが、ラインハルト殿下を殺したというの?!

「なぜ?! なぜクラウス殿下がラインハルト殿下を殺すの?!」

「……そうか、彼はヴィンタークローネ王国のラインハルト王子か。
 詳しいことは、遺言ではわからなかった。
 だが殺される理由は推測できる。
 おそらくゴルテンファル王家は、ヴィンタークローネ王国への侵攻を考えているのだろう」

 私は呆然とその言葉を聞いていた。

「どういうこと? この国が、ヴィンタークローネ王国へ?」

 エドガーがフードの奥でうなずいた。

「ラインハルト王子を亡き者にできれば、残るのは幼い第二王子だけ。
 優れた剣士であるラインハルト王子が居なければ、あの国の軍も恐れるほどではない。
 そこに魔王討伐を果たしたクラウス王子たちが攻撃を仕掛ければ、兵たちの士気も分が悪い。
 充分に勝算があると見たのだろう」

 そんな……そんな事のために、クラウス殿下を謀殺したというの?

 言葉を失っている私に、エドガーが告げる。

「あんたは、この国を抜けだした方が良いかもわからん。
 この国の王族はろくなもんじゃない。
 貴族も大差はないだろう。
 逃げ出したいなら、隣国くらいまでは見送ってやれる」

 混乱する頭を、私は必死に整理していった。
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