愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
上 下
1 / 11

1.

しおりを挟む
 愛しの第一王子殿下が魔王討伐に赴かれてから、三年が経過した。

 私はもう十五歳、成人して婚姻もできる年齢になった。

 だけどあの方は、まだ帰られないのかな。

 社交シーズンで夜会続きの私は、今夜は王宮で開かれる舞踏会に出席していた。

 今夜もあの男が、私に嫌らしい笑みを浮かべて近寄ってくる。

「アリシア嬢、兄上のお帰りをまだ待っておられるのか」

 私はマティアス殿下に微笑みも返さずに応える。

「悪いかしら? 魔王くらい、あの方たちはすぐに倒して戻ってこられますわ」

 この国、ゴルテンファル王国の第一王子にして剣士でもあるクラウス殿下。

 聖神様に認められた聖女アネット。

 宮廷屈指の魔導士ルーカス・ミュラー伯爵。

 そして隣国ヴィンタークローネ王国からも応援を呼び寄せている。

 彼の国で随一の剣の腕を持つ第一王子、ラインハルト殿下だ。

 これだけのメンバーがそろっていて、魔王くらい倒せなければ嘘というものだろう。

 マティアス殿下がニヤリと口角を上げた。

「いつ帰還するかもわからない兄上のことなど忘れ、私と婚約を結び直してはどうだ。
 あなたの父上、ローゼンガルテン公爵からも、前向きに検討していると返答をもらっている。
 あとはあなたの意思次第だ」

 私は手を触れてこようとするマティアス殿下からサッと身をかわし、淑女の微笑で応える。

「申し訳ありません、マティアス殿下。
 それとこれとは『話が別』というものですわ。
 公爵家の娘として、婚約者の帰りを待つことこそが正しい姿だと認識しておりますの」

 早い話が『あんたは趣味じゃないからお断り』ということだ。

 こんな神経質で嫌味ったらしい人と婚姻しようだなんて、世界がひっくり返っても考えられない。

 お父様ったら、勝手に婚約の話を進めようだなんて酷い話ね。

 マティアス殿下が、私の目の前で「チッ」と舌打ちをした――そういうところですわ。殿下を整理的に受け付けないのは。

 小さく息をついて、お父様に文句を言おうとホールを見渡す。

 お父様は遠くから私を眺めていて、困ったように眉をひそめて微笑んでいた。

 ……マティアス殿下から、無理やり話を飲まされかけている、というところかしら。

 確かに、今のゴルテンファル王家で唯一残った王子ですものね。

 クラウス殿下が戻られなければ、マティアス殿下が王家を継ぎ、次の王となる。

 そんな人の要求を跳ね除けることが、難しいのだろう。

 事情は理解するけど、お父様だって公爵家当主。

 そこはしっかりとしてほしい。

 私が大きくため息をつくのと、ホールにひとりの兵士が駆け込んでくるのが同時だった。

 兵士が声をあげながら、国王陛下に駆け寄って行く。

「ご帰還! クラウス殿下がご帰還です!」

 招待客がざわつくホールの中で、私はその言葉に胸を打たれていた。

 ――ようやく帰ってこられたのね!

 苦虫を噛み潰したようなマティアス殿下のそばで、私は心からの微笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

婚約破棄でかまいません!だから私に自由を下さい!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
第一皇太子のセヴラン殿下の誕生パーティーの真っ最中に、突然ノエリア令嬢に対する嫌がらせの濡れ衣を着せられたシリル。 シリルの話をろくに聞かないまま、婚約者だった第二皇太子ガイラスは婚約破棄を言い渡す。 その横にはたったいまシリルを陥れようとしているノエリア令嬢が並んでいた。 そんな2人の姿が思わず溢れた涙でどんどんぼやけていく……。 ざまぁ展開のハピエンです。

公爵令嬢の一度きりの魔法

夜桜
恋愛
 領地を譲渡してくれるという条件で、皇帝アストラと婚約を交わした公爵令嬢・フィセル。しかし、実際に領地へ赴き現場を見て見ればそこはただの荒地だった。  騙されたフィセルは追及するけれど婚約破棄される。  一度だけ魔法が使えるフィセルは、魔法を使って人生最大の選択をする。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

精霊に愛されし侯爵令嬢が、王太子殿下と婚約解消に至るまで〜私の婚約者には想い人がいた〜

水都 ミナト
恋愛
精霊王を信仰する王国で、マナの扱いに長けた侯爵家の娘・ナターシャ。彼女は五歳でレイモンド王太子殿下の婚約者に抜擢された。 だが、レイモンドはアイシャ公爵令嬢と想い合っていた。アイシャはマナの扱いが苦手で王族の婚約者としては相応しくないとされており、叶わない恋であった。 とある事件をきっかけに、ナターシャは二人にある提案を持ち掛けるーーー これはレイモンドとアイシャ、そしてナターシャがそれぞれの幸せを掴むまでのお話。 ※1万字程度のお話です。 ※他サイトでも投稿しております。

幼馴染に裏切られた私は辺境伯に愛された

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のアイシャは、同じく伯爵令息であり幼馴染のグランと婚約した。 しかし、彼はもう一人の幼馴染であるローザが本当に好きだとして婚約破棄をしてしまう。 傷物令嬢となってしまい、パーティなどでも煙たがられる存在になってしまったアイシャ。 しかし、そこに手を差し伸べたのは、辺境伯のチェスター・ドリスだった……。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

婚約破棄宣言は別の場所で改めてお願いします

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【どうやら私は婚約者に相当嫌われているらしい】 「おい!もうお前のような女はうんざりだ!今日こそ婚約破棄させて貰うぞ!」 私は今日も婚約者の王子様から婚約破棄宣言をされる。受け入れてもいいですが…どうせなら、然るべき場所で宣言して頂けますか? ※ 他サイトでも掲載しています

処理中です...