新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
上 下
64 / 67

166.閑話~蒼玉の兄(3)~

しおりを挟む
 寄宿舎裏の中庭に出ると、見覚えのある後姿がそこに在った。

 長身で長い金髪に包まれた、女性らしい体型の少女。

 ザフィーアの仲間である、サンドラ・ブランデンブルクだ。

 おそらく風呂上りなのだろう。

 その髪はまだ、湿っているようだった。

 だが夜だというのに、なぜか制服を着ていた。

 もっとも、女子寄宿舎の部屋着は外出に適さない。

 外に出るなら着替える必要がある。

 風呂上りに制服に着替えてでも、外の空気を吸いたくなった――そういうことなのだろう。

 サイモンはゆっくりとサンドラに近づきつつ、声をかける。

「どうしたんだ? こんな時間に」

 その問いかけに、サンドラが振り返る。

 力のない微笑みで「ちょっと外の空気を吸いたくなって」と、やはり力なくこぼした。

「マリーが居ない夜は寂しいのか?」

 今夜は小さな夜会が王宮であるらしい。

 マリオンとマーセル王子は夕食後、忙しなく身支度を整えて出かけて行った。

 帰りは明日になると言っていた。

 つまり今夜、サンドラが愛用する『マリオンという名の抱き枕』が居ないのだ。

 サンドラがサイモンの問いかけに応える。

「んー、それもあるけどさ。:
 幸福そうな二人の笑顔を見てると、『私もあんな伴侶に巡り合えたら』って。
 そう思うことが増えてね」

 ――サンドラも、同じことを感じていたのか。

 サイモンと同じく、サンドラにもまだ婚約者は居ない。

 だが貴族令嬢は、適齢期である十五歳から十八歳までに婚姻することが強く望まれる。

 今年で十四歳になるサンドラは、年内に話をまとめ、早期に婚約を締結するべきだった。

 当然、彼女の両親もそのつもりで動いているだろう。

 彼女には妥当な家柄の、それなりの男があてがわれる。

 親が決めた縁談に従い、婚姻を結ぶ。

 それはこの国において、貴族令嬢のごく普遍的な姿だった。

「お前も、恋愛結婚をしてみたいと思ったのか?
 あんなにマリーべったりのお前が、異性にあこがれを持っていたなんて意外だな」

 サイモンは肩をすくめ、おどけてみせた。

 『おはようからおやすみまでを通り越し、おやすみ中もずっと一緒』が口癖の勘所だ。

 異性に興味などないものだと、ずっとサイモンは思っていた。

 サンドラは心外そうに応える。

「私は別に同性愛者じゃないの。
 単にマリーが大好きなだけよ。
 サイモン様のようにね」

 その切なさが乗る優しく美しい微笑みに、サイモンの胸がわずかに高鳴った。

 サンドラのそんな表情を見たのは、初めてだった。

 ザフィーアの仲間は、お互いを異性として認めてきたことはなかった。

 グランツ入学前の幼い時期に、親密な時間を過ごした仲間たちだ。

 その関係は、家族のそれに近かった。

 例外はマリオンだけだった。

 サイモン以外の男子たちは、マリオンに好意を寄せていたのだ。

 そんな間柄のサンドラに、胸の高揚を感じた。

 サイモンは戸惑ったが、その戸惑いを隠すように応える。

「俺と同じか。
 じゃあサンドラも、マリーから卒業しないといけないな。
 できるのか? お前に」

「あら、それが必要なら、私はいつでも卒業できるわ。
 でももう少しの間は、マリーの隣が私の居場所ね。
 それが許される間は、この幸福を享受してみせるわ」

 切ない優しさを湛えたまま、静かに、だが力強くサンドラは語った。

 月明かりに照らされた金髪が、白い制服に映えていた。

 闇夜に妖精が降り立ったかのような錯覚を、サイモンにもたらしていた。

 その幻想的な美しさに心打たれた事を、彼は自覚した。

 長身に見合うようにすらりと伸びた手足。

 肉付きが良く、メリハリのある体型。

 親譲りの整った優しい顔立ち。

 そして心優しく、友を思って行動で切る女性だ。

 『ザフィーアの仲間』という固定観念が不意に外れてみれば、目の前に居るのは『ただ一人の美少女』だった。

 今年で十四歳を迎える少女は、二年前と比べ物にならない美を湛えていた。

「……綺麗だな」

 サイモンの口から、無意識にこぼれていた。

 そのことにしばらく自覚がなかったくらいだ。

 だがサンドラの驚いた顔の意味を理解した時、自分の失言を知った。

「あーと、月! そう、月が綺麗な夜だな!」

 顔を赤く染めながら、慌ててサイモンは言いつくろった。

 傍から見ても、滑稽なほど見え見えの言い訳だ。

 マリオンが日頃から『完璧超人』と自慢するサイモンの姿は、そこにはなかった。

 恋愛にうぶな、十五歳の青年がそこに居た。

 サンドラの驚いていた顔が、再び優しい微笑みに変わる。

 その表情からは、切なさが薄れたように見えた。

「ふふ……そうね。
 今夜は月がきれいですものね。
 どう? 隣に並んで月を眺めない?」

 サイモンは五俊のためらいを見せたあと、「そうだな」と言って彼女の横に立った。

 そしてすぐに、自分の行動のうかつさを悟った。

 彼女から漂ってくる風呂上がりの香りが、さらにサイモンを責めたてた。

 必死に煩悩を振り払うように、サイモンは月を見上げた。

 丸い月からこぼれ落ちてくる明かりが、二人並んだ影を地面に落としていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

処理中です...