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165.閑話~蒼玉の兄(2)~
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マーセル王子は自信に満ちた笑みでサイモンに告げる。
「マリーは俺にとって、必要不可欠な存在だ。
彼女は王族に嫁ごうと、日々邁進を続けている。
生粋の王族である俺が、負けてなどいられないからな」
婚約を機に、マーセル王子はマリオンを愛称で呼ぶようになっていた。
二人の距離が近づくほど、マーセル王子の輝きは増していくようだった。
既に剣術の腕は、年上のオリヴァー王子やサイモンに肉薄するほどだ。
サイモンはその成長速度に内心、舌を巻いていた。
このままなら一年以内に追い越されるのも、明白だった。
マーセル王子は学業も優秀な成績を修め続けた。
それだけにとどまらず、放課後は王宮から教師を学院に呼び寄せた。
マリオンと共に、王位継承者用の王族教育を追加で修める日々だ。
本来、部外者は学院に立ち入ることは許されていない。
だが学院最高責任者であるジュリアスと、王妃であるクラウディアが手を組んだ。
彼らの力技で無理やり押し通したと、サイモンは聞いている。
職権乱用を辞さない父と、有言実行を身上とするクラウディア王妃の剛腕だ。
サイモンはその事実に、密かに頭痛を覚えていた。
マーセル王子とマリオンは、社交場へ繰り出すことも増えた。
立太子が内定した王子とその婚約者だ。
社交場で人脈を広げる必要があった。
それまでマリオンにまとわりついていた悪評も、マーセル王子との婚約を機に煙のように掻き消えた。
マリオンは未来の王妃だ。
その彼女の歓心を買おうと、それまで遠巻きにしていた多数の人間が彼女に近寄っていった。
そうしたマーセル王子とマリオンの日々は、同じ寄宿生であるサイモンが聞いても目が回りそうだった。
よく耐えられるものだと、いつも感心していた。
アミンが時計に目をやったあと、「あまり時間がありませんよ」と皆を急かした。
それからは他愛ない雑談を交えつつ、食事を済ませていった。
食べ終えたザフィーアのメンバーたちは、各自の部屋へ戻っていった。
****
学院での一日を終え、食事と入浴を済ませたサイモンが、ローテーブルの周りに腰かけた。
タオルで頭を拭きながら一息つく。
「――ふぅ。それにしてもあいつら、本当に仲睦まじいな」
共に過ごす食事の時間でも、彼らの仲の良さは垣間見えた。
隙を見ては二人で顔を見合わせ、微笑みあっているのだ。
彼らは教室も一緒で、座席も隣だと聞く。
サイモンの見えないところでも、同じように笑いあっているのだろう。
妹が見せる、降伏に満ち溢れた微笑み。
そしてマーセル王子が見せる頼もしさ。
サイモンはマリオンに対する執着が、日々薄らいでいくのを感じていた。
彼女がここまで幸せならば、そしてこの男にならば、最愛の妹を託せる。
サイモンはそう確信していた。
マリーに負けていられない。
俺もそろそろ、自分の伴侶を考えないとな。
サイモンは侯爵家――高位貴族の嫡男だ。
高位貴族で十五歳ともなれば、婚約者が居て当然の年齢だった。
だが妹以外の女性に興味が持てなかったサイモンに、婚約者は居ない。
これまで縁談の類をすべて断ってきたのだ。
野菜同然に見える貴族令嬢の中から『伴侶を選べ』と言われても、とてもそんな気にはなれなかった。
それほど妹はまばゆく、そして愛おしい存在だった。
だがいつまでも、そんなわがままは言っていられない。
最愛の妹は『サイ兄様の息子に、私の娘を嫁がせるわ!』と常々語っていた。
母親が興したエドラウス侯爵家に、高貴な血筋を入れたいのだそうだ。
ならば自分も、きちんとその願いを受け止める準備をしなければならない。
嫡男としての責務以上に、妹の望みを叶えてやりたかった。
――やはりまだ、シスコンは抜け切れていないらしい。
筆頭宮廷魔導士であり、荒唐無稽な逸話を多数携え、大陸一の魔導士と名高い母。
そしてレブナント王国でも随一を誇る、広大で豊かな穀倉地帯であるエドラウス侯爵領。
その税収は、質素を旨とする侯爵家にとって、充分な富を与えてくれた。
そんな我が家に足りないのは血筋だけ。
『ならば私が、それを取り込んでみせましょう』と、妹は幼いころから考えていたらしい。
心優しく穏やかで従順に見えたいた妹に、そんな野心があったことを、サイモンは見抜けなかった。
妹は母に似て、頑固なところがあった。
一度燃え上がると止まらない気質だという認識は、うっすらとあった。
だがザフィーア結成以降に知らされた数々の事実は、兄であるサイモンの認識をことごとく塗り替えていった。
『ああ、やはり母娘なんだな』と感じることが増えていった。
サイモンの母は、一見すると可憐な人だが、その内面は苛烈な激情型だった。
おそらく妹も母と同様に、外見と内面が剥離した人間なのだろう。
伴侶として考えられる女性に出会えなければ、無理にでも婚姻するしかないか。
幸いサイモンは、縁談には困っていない。
両親がピックアップした釣書の中から、目をつぶって選んでしまってもいいだろう。
実に味気ないが、嫡男は家を継ぐ義務がある。
それを果たさなければならないのだ。
ため息を禁じ得なかった。
サイモンは机に向かってみたが、勉学に励む気にもなれなかった。
寝るにはまだ少し時間がある。
気分を変えようと、外を散策することに決めた。
首からかけていたタオルを床に放り投げ、部屋着のままぶらりと外に向かった。
「マリーは俺にとって、必要不可欠な存在だ。
彼女は王族に嫁ごうと、日々邁進を続けている。
生粋の王族である俺が、負けてなどいられないからな」
婚約を機に、マーセル王子はマリオンを愛称で呼ぶようになっていた。
二人の距離が近づくほど、マーセル王子の輝きは増していくようだった。
既に剣術の腕は、年上のオリヴァー王子やサイモンに肉薄するほどだ。
サイモンはその成長速度に内心、舌を巻いていた。
このままなら一年以内に追い越されるのも、明白だった。
マーセル王子は学業も優秀な成績を修め続けた。
それだけにとどまらず、放課後は王宮から教師を学院に呼び寄せた。
マリオンと共に、王位継承者用の王族教育を追加で修める日々だ。
本来、部外者は学院に立ち入ることは許されていない。
だが学院最高責任者であるジュリアスと、王妃であるクラウディアが手を組んだ。
彼らの力技で無理やり押し通したと、サイモンは聞いている。
職権乱用を辞さない父と、有言実行を身上とするクラウディア王妃の剛腕だ。
サイモンはその事実に、密かに頭痛を覚えていた。
マーセル王子とマリオンは、社交場へ繰り出すことも増えた。
立太子が内定した王子とその婚約者だ。
社交場で人脈を広げる必要があった。
それまでマリオンにまとわりついていた悪評も、マーセル王子との婚約を機に煙のように掻き消えた。
マリオンは未来の王妃だ。
その彼女の歓心を買おうと、それまで遠巻きにしていた多数の人間が彼女に近寄っていった。
そうしたマーセル王子とマリオンの日々は、同じ寄宿生であるサイモンが聞いても目が回りそうだった。
よく耐えられるものだと、いつも感心していた。
アミンが時計に目をやったあと、「あまり時間がありませんよ」と皆を急かした。
それからは他愛ない雑談を交えつつ、食事を済ませていった。
食べ終えたザフィーアのメンバーたちは、各自の部屋へ戻っていった。
****
学院での一日を終え、食事と入浴を済ませたサイモンが、ローテーブルの周りに腰かけた。
タオルで頭を拭きながら一息つく。
「――ふぅ。それにしてもあいつら、本当に仲睦まじいな」
共に過ごす食事の時間でも、彼らの仲の良さは垣間見えた。
隙を見ては二人で顔を見合わせ、微笑みあっているのだ。
彼らは教室も一緒で、座席も隣だと聞く。
サイモンの見えないところでも、同じように笑いあっているのだろう。
妹が見せる、降伏に満ち溢れた微笑み。
そしてマーセル王子が見せる頼もしさ。
サイモンはマリオンに対する執着が、日々薄らいでいくのを感じていた。
彼女がここまで幸せならば、そしてこの男にならば、最愛の妹を託せる。
サイモンはそう確信していた。
マリーに負けていられない。
俺もそろそろ、自分の伴侶を考えないとな。
サイモンは侯爵家――高位貴族の嫡男だ。
高位貴族で十五歳ともなれば、婚約者が居て当然の年齢だった。
だが妹以外の女性に興味が持てなかったサイモンに、婚約者は居ない。
これまで縁談の類をすべて断ってきたのだ。
野菜同然に見える貴族令嬢の中から『伴侶を選べ』と言われても、とてもそんな気にはなれなかった。
それほど妹はまばゆく、そして愛おしい存在だった。
だがいつまでも、そんなわがままは言っていられない。
最愛の妹は『サイ兄様の息子に、私の娘を嫁がせるわ!』と常々語っていた。
母親が興したエドラウス侯爵家に、高貴な血筋を入れたいのだそうだ。
ならば自分も、きちんとその願いを受け止める準備をしなければならない。
嫡男としての責務以上に、妹の望みを叶えてやりたかった。
――やはりまだ、シスコンは抜け切れていないらしい。
筆頭宮廷魔導士であり、荒唐無稽な逸話を多数携え、大陸一の魔導士と名高い母。
そしてレブナント王国でも随一を誇る、広大で豊かな穀倉地帯であるエドラウス侯爵領。
その税収は、質素を旨とする侯爵家にとって、充分な富を与えてくれた。
そんな我が家に足りないのは血筋だけ。
『ならば私が、それを取り込んでみせましょう』と、妹は幼いころから考えていたらしい。
心優しく穏やかで従順に見えたいた妹に、そんな野心があったことを、サイモンは見抜けなかった。
妹は母に似て、頑固なところがあった。
一度燃え上がると止まらない気質だという認識は、うっすらとあった。
だがザフィーア結成以降に知らされた数々の事実は、兄であるサイモンの認識をことごとく塗り替えていった。
『ああ、やはり母娘なんだな』と感じることが増えていった。
サイモンの母は、一見すると可憐な人だが、その内面は苛烈な激情型だった。
おそらく妹も母と同様に、外見と内面が剥離した人間なのだろう。
伴侶として考えられる女性に出会えなければ、無理にでも婚姻するしかないか。
幸いサイモンは、縁談には困っていない。
両親がピックアップした釣書の中から、目をつぶって選んでしまってもいいだろう。
実に味気ないが、嫡男は家を継ぐ義務がある。
それを果たさなければならないのだ。
ため息を禁じ得なかった。
サイモンは机に向かってみたが、勉学に励む気にもなれなかった。
寝るにはまだ少し時間がある。
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