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163.私の愛の形(2)

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 午後の王宮、王妃執務室にて。

 クラウディア王妃は執務の手を止め、カップを傾けてヒルデガルトと向き合っていた。

「急に王宮に来るだなんて、『王宮嫌い』のあなたらしくないわね。どうしたの?」

 ヒルデガルトは苦笑を浮かべてそれに応える。

「どうやら、あなたの勝ちみたいよ?
 有言実行するところも、相変わらずね」

 クラウディアの表情に、儚い微笑が浮かぶ。

「私を誰だと思ってるの?
 ……マーセルなら、きっとマリオンの心を射止められると信じていたの。
 その甲斐があったわね」

「立太子はどちらにさせるつもりなの?」

「北方国家群の実情も、ある程度わかってきた。
 その上で白竜教会の動向にも、注意を払っていかなければならない。
 ――オリヴァーには、荷が重いわね」

 ヒルデガルトが笑みを浮かべながら、大きくため息をついた。

「それじゃあマリーは、将来の王妃殿下ってこと?
 あの子に務まるかしら?」

「大丈夫よ。マリーはあなたよりしたたかだもの。
 王妃ぐらいは務まるわ。
 そのためにも、私がしっかり教育してあげる」

「あら、クラウの教育? それは怖いわね」

 互いに親友と認め合う二人は、楽しそうに心からの笑みを交わしていた。

 これからは親友を越えた仲になれることを、二人きりで祝っていた。




****

 夕方、私は寄宿舎へ戻って来ていた。

 部屋着に着替えてから、ベッドに身を投げる。

 サニーはまだ、寄宿舎に戻って来てないみたいだった。

 明日からは学校が始まる。

 いや、その前に夕食がある。

 そうしたら、みんなと顔を合わせることになる。

 うーん、賽は投げてしまったしなぁ。

 もう元には戻せない。

 ザフィーアのみんな、特にヴァルターやオリヴァー殿下とは、顔を合わせづらい。

 私がぼんやりと考えこんでると、窓がノックされた。

 窓の下を覗き込むと、マーセルがひとりで、しゃがみ込んでいた。

 私は窓を開け、顔を出した――さすがに二人きりで、部屋に入れる訳にはいかない。

「どうしたの? マーセル」

「帰り際に母上から、『マリオンとの婚約を進める』と聞かされてな。
 本当かどうか、確認にきたんだ」

 その顔は戸惑い半分、嬉しさ半分といった様子だ。

 その姿に愛しさを感じつつ、私はゆっくりと言の葉を口に乗せていく。

「……本当よ。私からお母様にお願いしたの」

「ヴァルターじゃなくていいのか?」

「私は捧げられる愛より、与える愛の方が自分らしいと思ったの。
 ヴァルターの愛は一方的で身勝手な献身よ。
 彼に返せる愛を、私は持っていない」

 そしてマーセルの愛は、雄大で包み込む愛だ。

 そんなマーセルになら、私は返せる愛を持っている。

 お互いに与えあう愛こそが、私の求める愛だ。

「――どう? 納得できた?」

 マーセルはニヤリと不敵と笑った。

「そうか、本気なんだな……。
 それじゃあ、俺は王を目指さなきゃいけなくなるな」

 その笑顔に、私も微笑みで返す。

「その通りよ? あなたがこの国を引っ張っていくの。
 きちんとオリヴァー殿下を越えて頂戴。
 マーセルなら、必ずできるはずよ」

 そのために私は、マーセルのそばにいることに決めたのだから。

「――さぁ、、もう行って。
 そこは目立つわ。
 またあとで、みんなの前で話しましょう」

 マーセルがうなずいた。

「そうだな、わかった。
 あとでな」


 私はマーセルの後姿を見送ったあと、静かに窓を閉めた。




****

 食堂のカウンターで、恒例となっている十一人の斉唱が響き渡った。

 みんなでテーブルを囲い、着席する。

 私はマーセルの顔を、周囲に気付かれないように盗み見た。

 マーセルはそれに気づき、私を見て微笑みを向けた。

 私もそれに微笑みを返してから、ゆっくりと夕食を口に運んでいく。

 サニーが唐突に告げる。

「それで、勝者はマーセル殿下ってことでいいのね?」

 その一言で、私は飲み込みかけていた食べ物でむせた。

「げほっ――サニー?! 突然なにを言い出すの?!」

 私はつかえていたものを水でなんとか流し込み、尋ね返した。

 サニーはとても悔しそうな表情で私に応える。

「部屋に帰ってみればずっと浮かれた顔をしてるし。
 今だってマーセル殿下と目と目で会話して、幸せそうに笑ってたし。
 他に何があるって言うの?!
 言い訳があったら、少しくらいは聞くわよ?!」

 私はぐうの音も出ないので、黙って水を飲んでいた。

 顔がとても熱いので、きっと真っ赤になっていることだろう。

 レナとララは「ほー、いつの間に……」と興味津々だ。

 男子たちの視線は、マーセルに集まっていた。

 当のマーセルは、不遜な顔で笑みを浮かべている。

「兄上には悪いが、俺が勝者だ。
 近いうちに俺の婚約者に、マリオンがなる。
 母上が直々に動くのだから、そう時間はかからないだろう」

 サイ兄様は深い哀愁を漂わせ、日替わり定食をもそもそと口に運んでいた。

 ヴァルターは特に気にする様子もなく、普段通りに食事を食べ進めている。

 レナが思い出したように告げる。

「そういえば、ずっと二人並んで海を見てたわよね」

 私は火照った顔のまま、うなずいた。

 ララも私に尋ねてくる。

「またさらわれた時に、なにかあったの?」

「何かあったというか、何もなかったというか。
 なんでだろう? 自分でも、よくわからないんだけど。
 マーセル殿下に、きちんとした王様になってもらいたかっただけよ。
 そのために私が求められたから、応じただけ」

「じゃあ、これであなたの夢も叶うのね」

 私はきょとんとララを見つめた。

「夢? ……ああ、『高貴な血筋』か。
 すっかり忘れてたわ」

「あら、夢と無関係にマーセル殿下を選んだって言うの?」

「そうね。一人の男性として、彼の愛になら応じたいと思っただけ。
 でも高貴な血筋が付いてくるなら、頑張って女の子を産んで我が家に嫁がせないとね。
 子供を一ダースくらい産めば、二人か三人は女の子になるでしょう」

 今度はマーセルがむせていた。

「――おま、一ダースって本気か?!」

「本気だけど?」

 私はきょとんとして聞き返した。

 女が産むと言ってるのに、男がためらってどうするんだろう?

 スウェード様が、ポンとマーセルの肩を叩いた。

「……枯れるなよ」


 その場は笑いに包まれて、楽しい夕食の時間が過ぎていった。




****

 夜の女子寄宿舎。

「……ねぇサニー、どうしてそんなに力強く抱き着いてくるの?」

 サニーは普段の二割り増しぐらい力強く、私に抱き着いてきた。

「たとえ心が奪われようと、三年間はマリーの隣は私のものよ!
 『おはようからおやすみまで』を通り越し、『おやすみ中もずっと一緒』なのよ!」

「泣きながら言うことかなぁ……」

 私は苦笑を浮かべ、サニーの抱擁を受け止めながら眠りに落ちた。




****

 その後、私は正式にマーセルの婚約者になった。

 ザフィーアのみんなは、私たちを祝福してくれた。

 サイ兄様だけは、ずっと深い哀愁に包まれていたけれど。

 これから私は、王家に嫁ぐ者としての教育を受ける。

 グランツの勉強と両立なので、とても大変だと思う。

 だけど私の隣にはマーセルが居る。

 彼が傍らにいるのであれば、勉学の苦労なんて、些末なことだ。


 今回のことで、まだ見ぬ国難が待ち構えているとわかった。

 マーセルには、これからのレブナント王国を牽引してもらわなければいけない。

 そのために私の支えが必要だというなら、全身全霊で支えてみせる。

 それが私の、愛の形なのだから。
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