新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
上 下
60 / 67

162.私の愛の形(1)

しおりを挟む
 宿に帰った私たちは、女子たちと手分けをして男子たちを介抱していった。

 どうやら洗脳の副作用で、頭痛が酷いらしい。

 四人とも、蒼白な顔色をしていた。

 戻ってきたユルゲン伯父様は、私の無事を確認して胸をなでおろしていた。

 私はトビアスから聞いた話を、ユルゲン伯父様に伝えていた。


「――わかった、こちらの情報と整合性が取れているな。
 教会の奴らも、不確かな噂で動くことはないはずだ。
 常に魔術騎士のそばにいてくれ。
 それなら海水浴をしていても構わないよ。
 トビアスの行方は追ってみるが、間に合うかはわからないな」

 そう言って再び、ユルゲン伯父様は宿を出て行ってしまった。




****

 三日後になると、男子たちも回復して外に行きたがった。

 結局みんなでまた、こうして浜辺に来ていた。

 私は言われた通り、魔術騎士のそばに座り込んで、海水浴を楽しむみんなを眺めている。


 海の中から私に振り向いたマーセル殿下が、私の元に駆け寄ってきた。

「マリオンは水に入らないのか?」

「魔術騎士の前で水着になる度胸なんて、私にはないのよ」

 レナやララ、サニーは「遠目なら気にならないわ」と言って、男子たちと海水浴を楽しんでる。

 私は魔術騎士のそばから離れられない。

 遠目という訳にはいかないし、魔術騎士が近づいたら、彼女たちも水着を諦めてしまう。

 私は自分一人のために、彼女たちから楽しみを奪う気にはなれなかった。

 なのでこうして、木陰で海風に当たりながら、遊んでいるみんなを眺めていた。

「ちょっと隣いいか」

 そう言って、マーセル殿下が私の隣に座り込んだ。

「どうしたの? 遊び疲れた?」

「いや、お前の隣に座りたかっただけだ」

 私の顔が真っ赤に染まっていた。

 ――どうしてこの男は屈託もなく、こんな恥ずかしいことが言えるのか。

 心地良い海風で、火照った顔を覚ましていく。

 私はしばらくの間、潮騒しおさいをマーセル殿下と並んで聞いて過ごした。

「……みんなと遊びに行かなくていいの?」

「お前が隣に居れば、それで充分楽しいからな。
 それに魔術騎士も、護衛対象は固まってる方が楽だろう」


 私たちはそうやって、夕暮れまで二人で海を眺めていた。




****

 十日後にはオリヴァー殿下が合流した。

 彼は一週間ほど、みんなで海水浴を楽しんでいた。

 私とマーセル殿下は、相変わらず二人で離れて、海で遊ぶみんなを眺めていた。

 時々、何人かが私たちに振り返って手を振ってくる。

 それに手を振って応えていた。

 オリヴァー殿下も、ようやく羽を伸ばせた喜びからはしゃいでいるようだった。


 私はぽつりとつぶやく。

「……王族になると、こんな生活になるのかな」

「そうだな。どうしても自由に行動することは難しくなっていく。
 だから隣に、一緒に居るだけで幸福を感じられる人が欲しくなる」

 ――私が必要なのだと、言われた気がした。

 私は返す言葉を見つけられなくて、ただ静かにその言葉を噛み締めていた。

 胸にわいてくる充足感に戸惑いながら、こうして二人で過ごす時間が悪くなかったことを思い返していた。

「お前はどうだ? こうして二週間ほど、一緒に海を眺めていて。楽しかったか?」

「そうね。少なくとも、退屈ではなかったわ」

 ――素直になれず、言葉を濁した。

 だけどその言葉にすら、彼は満面の笑みを返してきた。

「そうか、それはよかった」


 私たちは二人並んで、潮騒しおさいを聞きながら、最後の一日を終えた。




****

 南方国家群から帰ってきた私たちは、それぞれの自宅に戻っていた。

 夏季休暇はもう、終わりを告げる。

 ギリギリまで海で遊んでいたので、もう明日には寄宿舎へ戻らなきゃいけなかった。

 私はお母様の書斎に居た。

「お母様、白竜教会で噂になっているというのは、本当ですか?」

 お母様は少し、困ったような顔でうなずいた。

「……ええ、そうよ。
 荒唐無稽な噂として扱われているみたいね。
 だけど、ごく一握りの人が事実を確認しようと、動くこともあるみたいなの」

 今回はその『ごく一握り』の人たちが、事実確認に動いたケースだと言われた。

 まだ古き神の実在は知られてない。

 少なくともこの機密が守られている限り、レブナントに居れば安全だそうだ。

 でも機密が漏れてしまえば、レブナント王国でもかばいきれない。

 そこだけは気を付けるように言われた。

「では、国外に行くことは危険なのでしょうか」

「機密さえ守られていれば、きちんと護衛を付けてる限り大丈夫よ。
 教会の人間だって、神が実在するだなんて、本当は信じていないの。
 その噂を簡単に信じる人は、よっぽど頭のおかしい人ね」

 狂信者、という奴らしい。

 宗教信仰者の中に、稀に存在するのだという。

「わかりました。以後は気を付けます」

 そう言って私は、お母様の前から辞去した。:




****

 真っ暗なベッドの中で、私は愛の神を手繰り寄せ、語りかけた。


(――愛の神様、聞こえますか)

『あら、どうしたの? 久しぶりじゃない』

(うかつに話しかけられない状況が続いていたので。
 ――それで、私の試練とやらは、まだ続いてるんですか?)

『少なくとも、最初にあなたに告げた試練はもう終わってるわ。
 あなたは求める愛を見つけられたはずよ?』

(……そうですね。たぶん、見つかったんだと思います)

『それで、どちらを選ぶか決まったの?』

(……『彼の力になりたい』というのも、愛なのでしょうか)

『そうね。立派な愛だと、私は思うのだけれど』

(……わかりました。ありがとうございました)


 愛の神を手放したあと、私は考えにふけった。

 自分らしい愛の形。

 その姿を、自分の中に追い求めた。

 私はしばらく考えたあと、ゆっくりと目をつぶった。




****

 翌朝、私は再びお母様の書斎を訪れていた。

「あら、どうしたの? マリー」

「……実は、ご相談があるんですが」

「なあに? 言ってごらんなさい?」

 その一言を口にするのは、勇気が必要だった。

 口にしてしまえば、もう元には戻せない。

 だけどそれでも、昨晩決めたことだった。

 自分にとっての最善――それを、私は口にする。

「クラウディア様に、マーセル殿下との婚約を進めて頂けるよう、お願いできますか」

 お母様はあっけに取られた顔で、私に応える。

「あら……あなた、それは本気?
 王族の婚約者になる意味は、わかっているの?」

「はい。背負うものも、覚悟も理解しています」

 私は真っ直ぐお母様の目を見据えた。

 お母様はしばらくの間、私の眼差しを見定めるように受け止めていた。

 ――その顔に、ニコリと優しい微笑みが乗った。

「わかったわ。今のあなたなら、なんとか務まりそうね。
 クラウに相談しておきます」

「ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げてから、書斎を辞去した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...