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162.私の愛の形(1)

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 宿に帰った私たちは、女子たちと手分けをして男子たちを介抱していった。

 どうやら洗脳の副作用で、頭痛が酷いらしい。

 四人とも、蒼白な顔色をしていた。

 戻ってきたユルゲン伯父様は、私の無事を確認して胸をなでおろしていた。

 私はトビアスから聞いた話を、ユルゲン伯父様に伝えていた。


「――わかった、こちらの情報と整合性が取れているな。
 教会の奴らも、不確かな噂で動くことはないはずだ。
 常に魔術騎士のそばにいてくれ。
 それなら海水浴をしていても構わないよ。
 トビアスの行方は追ってみるが、間に合うかはわからないな」

 そう言って再び、ユルゲン伯父様は宿を出て行ってしまった。




****

 三日後になると、男子たちも回復して外に行きたがった。

 結局みんなでまた、こうして浜辺に来ていた。

 私は言われた通り、魔術騎士のそばに座り込んで、海水浴を楽しむみんなを眺めている。


 海の中から私に振り向いたマーセル殿下が、私の元に駆け寄ってきた。

「マリオンは水に入らないのか?」

「魔術騎士の前で水着になる度胸なんて、私にはないのよ」

 レナやララ、サニーは「遠目なら気にならないわ」と言って、男子たちと海水浴を楽しんでる。

 私は魔術騎士のそばから離れられない。

 遠目という訳にはいかないし、魔術騎士が近づいたら、彼女たちも水着を諦めてしまう。

 私は自分一人のために、彼女たちから楽しみを奪う気にはなれなかった。

 なのでこうして、木陰で海風に当たりながら、遊んでいるみんなを眺めていた。

「ちょっと隣いいか」

 そう言って、マーセル殿下が私の隣に座り込んだ。

「どうしたの? 遊び疲れた?」

「いや、お前の隣に座りたかっただけだ」

 私の顔が真っ赤に染まっていた。

 ――どうしてこの男は屈託もなく、こんな恥ずかしいことが言えるのか。

 心地良い海風で、火照った顔を覚ましていく。

 私はしばらくの間、潮騒しおさいをマーセル殿下と並んで聞いて過ごした。

「……みんなと遊びに行かなくていいの?」

「お前が隣に居れば、それで充分楽しいからな。
 それに魔術騎士も、護衛対象は固まってる方が楽だろう」


 私たちはそうやって、夕暮れまで二人で海を眺めていた。




****

 十日後にはオリヴァー殿下が合流した。

 彼は一週間ほど、みんなで海水浴を楽しんでいた。

 私とマーセル殿下は、相変わらず二人で離れて、海で遊ぶみんなを眺めていた。

 時々、何人かが私たちに振り返って手を振ってくる。

 それに手を振って応えていた。

 オリヴァー殿下も、ようやく羽を伸ばせた喜びからはしゃいでいるようだった。


 私はぽつりとつぶやく。

「……王族になると、こんな生活になるのかな」

「そうだな。どうしても自由に行動することは難しくなっていく。
 だから隣に、一緒に居るだけで幸福を感じられる人が欲しくなる」

 ――私が必要なのだと、言われた気がした。

 私は返す言葉を見つけられなくて、ただ静かにその言葉を噛み締めていた。

 胸にわいてくる充足感に戸惑いながら、こうして二人で過ごす時間が悪くなかったことを思い返していた。

「お前はどうだ? こうして二週間ほど、一緒に海を眺めていて。楽しかったか?」

「そうね。少なくとも、退屈ではなかったわ」

 ――素直になれず、言葉を濁した。

 だけどその言葉にすら、彼は満面の笑みを返してきた。

「そうか、それはよかった」


 私たちは二人並んで、潮騒しおさいを聞きながら、最後の一日を終えた。




****

 南方国家群から帰ってきた私たちは、それぞれの自宅に戻っていた。

 夏季休暇はもう、終わりを告げる。

 ギリギリまで海で遊んでいたので、もう明日には寄宿舎へ戻らなきゃいけなかった。

 私はお母様の書斎に居た。

「お母様、白竜教会で噂になっているというのは、本当ですか?」

 お母様は少し、困ったような顔でうなずいた。

「……ええ、そうよ。
 荒唐無稽な噂として扱われているみたいね。
 だけど、ごく一握りの人が事実を確認しようと、動くこともあるみたいなの」

 今回はその『ごく一握り』の人たちが、事実確認に動いたケースだと言われた。

 まだ古き神の実在は知られてない。

 少なくともこの機密が守られている限り、レブナントに居れば安全だそうだ。

 でも機密が漏れてしまえば、レブナント王国でもかばいきれない。

 そこだけは気を付けるように言われた。

「では、国外に行くことは危険なのでしょうか」

「機密さえ守られていれば、きちんと護衛を付けてる限り大丈夫よ。
 教会の人間だって、神が実在するだなんて、本当は信じていないの。
 その噂を簡単に信じる人は、よっぽど頭のおかしい人ね」

 狂信者、という奴らしい。

 宗教信仰者の中に、稀に存在するのだという。

「わかりました。以後は気を付けます」

 そう言って私は、お母様の前から辞去した。:




****

 真っ暗なベッドの中で、私は愛の神を手繰り寄せ、語りかけた。


(――愛の神様、聞こえますか)

『あら、どうしたの? 久しぶりじゃない』

(うかつに話しかけられない状況が続いていたので。
 ――それで、私の試練とやらは、まだ続いてるんですか?)

『少なくとも、最初にあなたに告げた試練はもう終わってるわ。
 あなたは求める愛を見つけられたはずよ?』

(……そうですね。たぶん、見つかったんだと思います)

『それで、どちらを選ぶか決まったの?』

(……『彼の力になりたい』というのも、愛なのでしょうか)

『そうね。立派な愛だと、私は思うのだけれど』

(……わかりました。ありがとうございました)


 愛の神を手放したあと、私は考えにふけった。

 自分らしい愛の形。

 その姿を、自分の中に追い求めた。

 私はしばらく考えたあと、ゆっくりと目をつぶった。




****

 翌朝、私は再びお母様の書斎を訪れていた。

「あら、どうしたの? マリー」

「……実は、ご相談があるんですが」

「なあに? 言ってごらんなさい?」

 その一言を口にするのは、勇気が必要だった。

 口にしてしまえば、もう元には戻せない。

 だけどそれでも、昨晩決めたことだった。

 自分にとっての最善――それを、私は口にする。

「クラウディア様に、マーセル殿下との婚約を進めて頂けるよう、お願いできますか」

 お母様はあっけに取られた顔で、私に応える。

「あら……あなた、それは本気?
 王族の婚約者になる意味は、わかっているの?」

「はい。背負うものも、覚悟も理解しています」

 私は真っ直ぐお母様の目を見据えた。

 お母様はしばらくの間、私の眼差しを見定めるように受け止めていた。

 ――その顔に、ニコリと優しい微笑みが乗った。

「わかったわ。今のあなたなら、なんとか務まりそうね。
 クラウに相談しておきます」

「ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げてから、書斎を辞去した。
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