新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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159.天運(1)

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 洞窟を歩きながら、私はトビアスに尋ねる。

「なぜ私が、教会に狙われたのでしょうか」

「奴らの狙いは殿下じゃなかった。
 ならば残っているのは、消去法であなただ」

 私は少し考えてから、再び尋ねる。

「その消去法の根拠を、聞いてもいいですか?」

 トビアスが小さく息をついた。

「わかりました。降参です。
 言いくるめるのは無理のようだ。
 そこまで警戒されてるとは思わなかったな。
 勝手に納得してくれると思ったのですが――では、お話しましょう」

 トビアスは苦笑を浮かべたようだった。

「何年か前から、教会の一部でささやかれている噂があるらしいです。
 『片目の精霊眼には神の力が宿っている』というね」

「……なぜそれを、あなたが知ってるの?」

「……それは言えません。
 ですがあなたやエドラウス侯爵が教会から目を付けられている。
 この事実は知っておいた方が良い。
 ――いや、侯爵はおそらくもうご存じでしょう。
 あなたが伝えられてなかっただけだ」

「……それは、帝国の密偵からの情報なのかしら?」

「言えない、と私は言いました。
 ――ともかく、あなたを教会の手に渡すわけにはいきません。
 なんとしても宿に戻りましょう」

 私たちの足音が、洞窟内に反響していく。

「……ヴァルターたちに、なにをしたの?」

「……『仲良くなるおまじない』をかけました。
 それだけですよ。
 相手の警戒心を緩める程度のものです。
 私だって、ギスギスした空気で何日も馬車に押し込まれたくはない」

「その割には、随分と仲良しさんね」

「私は人と仲良くなるのが得意なんですよ。
 迫害されてきた精霊眼保持者は、二種類に分かれます。
 人との関わりを絶つか、無理にでも仲良くなるか。
 私は後者だった」

 ――彼が真実をすべて語っているようには思えなかった。

 トビアスに手を引かれながら、ためらいがちに尋ねる。

「……ここまで、いくつ嘘をついたの?」

「それも言えません。
 ――やはり、あなたを言いくるめるのは難しい。
 大人しくついてきてくれるだけでも、大助かりってところですか」

 それ以上は言葉を交わさず、私たちは無言で前に進み続けた。




****

 しばらく進むと、遠くに出口が見えた。

 よかった、ひとまず教会の人間は見当たらないみたい。

 ようやく外に出られる――そう思った刹那、お腹に重たい衝撃が走った。

 私が苦痛に顔をゆがめながら、トビアスの顔を見る。

 彼は、とても申し訳なさそうな顔をしていた。

 私はそのまま、自分の意識を手放した。




****

 甘い匂いが鼻について、私は目を覚ました。

 目を開けると、知らない場所に寝かされていた。

 手は後ろ手に縛られてるみたいだ。

 今回は、猿ぐつわはされていない。

 辺りを見回すと、石造りの構造物の中に居た。

 目の前には、巨大な石碑がそびえたっている。

「目が覚めましたか。
 申し訳ありません、乱暴なことをしてしまって」

 トビアスの声に振り向くと、彼は水着から旅装に着替えていた。

「ここはどこ?」

「古代遺跡の中ですよ」

 付近に人の気配はなさそうだ。

 少なくとも、この石碑周辺に居るのは、私たちだけのようだった。

 トビアスを見て尋ねる。

「私をここに連れてきて、どうするつもり?」

「あなたに古代遺跡の解析をしてもらおうと思いましてね。
 私たちにとってはなんの変哲もない遺跡です。
 でもあなたには、違うものに見えてるんじゃないですか?」

 私はトビアスの目を、黙って見つめた。

 ――彼の精霊眼は、魔力を見ることができないのか。

 私の右目には、石碑を薄く覆う青色の魔力が見えていた。

 うっすらと感じるその魔力は、どこか豊穣の神や愛の神に通じるものだ。

 たぶん、古き神って奴の力だよね、これ。

 黙っている私に、トビアスが再び語りかけてくる。

「私は古代魔法の謎を知りたいだけです。
 エドラウス侯爵が使えると噂される、古代魔法の使い方をね」

「……そんな噂、初耳ね」

「僕らの周囲での噂です。
 知らなくてもしょうがありませんね」

 トビアスは薄く笑った。

 私は彼に尋ねる。

「秘密を知れば、あなたには使えるの?」

「少なくとも、ある日とは使えるようでした。
 私が使い方を聞いても『お前には無理だ』と言うだけでしたけどね」

 ある人……帝国の生き残り、古代魔法の使い手のことかな。

 トビアスが言葉を続ける。

「古代魔法を使うためには、条件が必要らしいです。
 だけど『それはもう失われたから、知るだけ無駄』だそうです。
 『エドラウス侯爵がすべて消してしまった』と。
 彼が私に教えてくれたのは、それくらいでした。
 術式を知っているだけでは、使えないものなのでしょうね。
 いくつか資料に当たりましたが、そこには神への祈り方しか載っていませんでした」

 ――古代魔法は神への祈りだ。

 だけどその前に、神の気配を捉まえる必要がある。

 それをしなければ、ただ祈るのと変わらない。

 神の気配を捕まえるには、神の気配を知らなければならない。

 私が二人の神と会わされたのは、そのためだ。

 私はあの石碑から神の気配らしきものを、なんとなく感じる。

 それを感じることができないトビアスには、神の気配を知ることはできないだろう。

「……あなたが古代魔法を使えるようになる方法なんて、私も知らないわ」

「では、あなたが知ることをすべて話してくれれば、それでもいいです」

 甘い匂いが、うっとうしく私にまとわりついてくる。

「……この匂いは何?! とても臭いわ!」

「『仲良くなるおまじない』、なんですけどね。
 どうやらあなたには効果がないみたいだ」

 トビアスは残念そうに肩をすくめた。

 私は彼を睨み付けて告げる。

「……みんなは無事なの?」

「ユルゲン様が居たんです。
 あの程度の輩なら、時間をかければすべて切り捨てるでしょう。
 たぶん全員無事ですよ」

「あいつらは何者?!」

「言ったでしょう?
 おそらく教会の手の者です。
 噂を知る人間が、あなたをこっそり捕まえようとしたのでしょう」

 そこに嘘はなかった、ということだろうか。

「なぜ、私たちは待ち伏せをされてたの?!」

「あれは多分、地元の人間でしょう。
 洞窟に入っていくのを目撃されれば、先回りすることも可能です」

「あなたにとっても、予定外の事故だったということ?」

「その通りですが、結果的にあなたを手に入れることができました。
 ユルゲン様をどうやって振り切ろうか、頭を悩ませていたんですけどね。
 不幸中の幸いってところです」

 ユルゲン伯父様やみんなが、この場所を突き止められるかはわからない。

 トビアスは神の気配を感じられないみたいだけど、彼の前で神の力を頼るのは危険だ。

 だけど私が使える魔術は、まだ大して種類が多くない。

 この縄を火炎で焼き切っても、トビアスの身体能力であっさり捕まるだろう。

 ……どうやって逃げよう。

 私はトビアスの目を睨み付けながら、途方に暮れていた。
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