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157.海水浴(1)

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 私たちはローテーブル周りに座り直し、紅茶を飲みながら意見交換をした。

 私は小さくつぶやく。

「トビアスを含めての、南方国家群視察かー」

 サニーがため息交じりに応える。

「海水浴ってのは良くわからないけど、水着姿をさらすのはちょっと困るわね」

「あら、サニーがそんなことを言うなんて意外ね。
 部屋着を見られても平然としてるのに」

「マリーの水着を見せたくないのよ。
 あいつらだって、マリーの水着以外は眼中にないわよ」

 なるほど、そういうことなのね……。

 ララがぼやく。

「でもマリーと男子を引き離すのは危険よ。
 水に入れないんじゃ、南方は暑いだけね。
 私たちにはいいところがなさそう」

 レナが明るい笑顔で告げる。

「もしかしたら安全に海水浴する手があるかもしれないわ。
 水着の用意だけは、していきましょうか」


 こうして、私たちの南方国家群遠征プランが決定されたのだった。




****

 七月に入り、グランツも夏季休暇となった。

 私たちはオリヴァー殿下の南方国家群視察に同行する。

 今回も引率はユルゲン伯父様とライナー様だ。

 そして魔術騎士団から二十名、王宮騎士団から二十名の護衛が同伴する。

 私たちはまた、各家から馬車と従者を連れ、荷物を運んでいる。

 子供たちは再び三台の馬車に分かれて乗りこんだ。

 一台目がユルゲン伯父様と私とサニー、レナとララ。

 二台目がライナー様とオリヴァー殿下、マーセル殿下とサイ兄様。そしてアラン様。

 三台目アミン様とアレックス様、スウェード様にヴァルター、最後にトビアスだ。


 私は思わず不安をこぼす。

「トビアスの監視があの四人で、大丈夫なのかしら……」

 サニーが楽しそうに茶々を入れてくる。

「あら、ヴァルター様が居るのに信用がないのね」

 ユルゲン伯父様が、笑いながら私に告げる。

「疑惑のある人物を、王家や公爵家、侯爵家の人間と乗せる訳にはいかないからね。
 私やライナーは、君たちを守ることを優先しなければならない。
 あとは彼らに頑張ってもらうしかないのさ。
 ――人を見る目では、スエードやヴァルターが居れば大丈夫だろう」

 レナがそれに反論する。

「その二人は『トビアスに問題がない』と言ったり、『どちらとも言えない』と応えたのよ?
 トビアスの方が上手に感じるわ」

 ララは少し考えてから告げる。

「アレックス様とヴァルター様、ザフィーアのツートップがそろってるわ。
 暴れられても押さえ込めるとは思うんだけどね。
 ……逆に、搦め手に対応できるかは不安よね」

 ユルゲン伯父様は「なーに、心配し過ぎだよ」と笑うだけだった。


 出発から数日が過ぎ、もうじきレブナントの国境付近に差し掛かる頃。

 馬車は昼休憩で停車し、私たちは下車して外の空気を吸っていた。

 私はトビアスに近づいて話しかける。

「トビアス、調子はどう? 馬車の空気は悪くない?」

 彼は笑顔で応える。

「みんな打ち解けてくれて、楽しく過ごせてますよ」

 ――トビアスと打ち解けた? あの四人が?

 私は疑問に思いながらも微笑みで返す。

「そう、それならよかったわ」

 そのまま、ヴァルターの元へ向かった。

 小声でヴァルターに話しかける。

「トビアスの様子はどう?」

 ヴァルターは穏やかな笑みで応える。

「じっくり話してみると、彼は思ったより好印象でした。
 怪しい素振りも見られませんし、大丈夫でしょう」

 アミン様、アレックス様、スウェード様に聞いてみても、同じような答えが返ってきた。

 ……どういうことだろう。

 私たちの心配は杞憂だった?

 それならいいのだけれど。

 私の直感判定は、相変わらず鈍ったままだ。

 ただ不安だけが増していった。

 サイ兄様や殿下たちにも、このことは報告しておいた。

 マーセル殿下が、真剣な目で告げる。

「……そうか。マリオンは引き続き、警戒を続けておいてくれ」

 そう言って昼食を続行していた。

 オリヴァー殿下も、何かを考えるようにうつむいたあと、昼食に手を付けていた。

 サイ兄様が私に告げる。

「あいつは油断ならない。
 なるだけ俺のそばから離れるなよ」

 私はうなずいて応えた。




****

 私たちは国境を越え、南方国家群に入った。

 いくつかの町を抜け、南端にある町を目指す。

 南方国家群は木造建築が多い。

 その表面を泥で覆って、塗料で白く塗ってあるそうだ。

 白い色は太陽の熱を遮断しやすいという、この地方なりの暑さ対策なのだとか。


 私たちは北方国家群視察と同じように、街並みを見て回った。

 散策しては、お土産を数点買う。

 そんなことを繰り返して、二週間ほどで沿岸部の滞在拠点に到着した。

 リゾート地として発展しているその町は、大きな宿も多い。

 それでも前回ほど部屋数のある宿はなかった。

 なにせこちらは、百名近い大所帯。さすがに全員は無理がある。

 馬車で分かれたグループごとに部屋を取り、集団で寝泊まりすることになった。


「やっぱり今回も貸し切りなんですね」

 私の言葉に、ユルゲン伯父様が笑って応える。

「そりゃあ警備上の都合だからね」

 二階建ての宿は、一階に食堂や浴場などの各種設備が備わっていた。

 二階が宿泊施設で、私たち女子は角部屋を割り当てられた。


 今回もオリヴァー殿下とライナー様は、魔術騎士十人を連れて公務に走り回る予定だ。

「オリヴァー殿下が、またひとりで貧乏くじですわね」

「なに、今回は途中で一週間ほどゆっくりする時間がある。
 その時に息抜きをするさ」

 オリヴァー殿下は、笑顔で応えていた。




****

 この場所でも、マーセル殿下の提案で散策を開始した。

 トビアスの様子を見ると、彼の意他グループの男子たちと仲良く談笑していた。

 すっかり打ち解けたみたいだ。

 私は小声で告げる。

「ねぇマーセル殿下、サイ兄様。
 なにか変だと思いませんか?」

 他はともかく、ヴァルターはかなりトビアスを警戒していたはずだ。

 なのに今は、まるで警戒心が無くなってる。

 マーセル殿下も彼らの様子を観察したあと、口を開く。

「トビアスが本当に好人物だったのか、魔術でからめとられたのか。
 ――後者だとしても、十三歳で使える魔術に、そんなものはないはずだ。
 相手の心を支配する魔獣付は、かなりの高等魔術。
 ヒルデガルトやジュリアスですら、使えるかどうかだろう」

 そんな魔術を、トビアスが使えると考える方が不自然だ。

 サイ兄様も同じように観察してから口を開く。

「だが打ち解けたとしても、あそこまで無警戒になるような時間でもないだろう。
 たった二週間だぞ? 何かをされた可能性が高い。
 マリーが同じ手を食らったら危険だ。
 警戒は続けておいた方が良い。決して奴と二人きりになるなよ」

 ということは、荒事になった時に一番頼りになる二人が、トビアスの術中に落ちた。

 殿下たちやサイ兄様、女子の誰かが絡めとられるよりはマシだけど。

 これはかなり痛いなぁ。
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