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154.マリーの初授業(2)

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 食堂にザフィーア十二人とトビアスが集まった。

「B定食!」

 三度繰り返された斉唱に、慣れ始めた調理職員が微笑んでトレイを手渡してくる。


 私はぶつぶつと不満を口にする。

「どうして初日を終えたのに、みんな私と同じ物を選ぼうとするのですか!」

 マーセル殿下がにこやかに応える。

「どうせなら、同じ物を食べるのも一興だろう?
 そのうちバラバラに頼むようになるさ」

 ほんとかなぁ?!

 納得いかないけど、食事は美味しい。

 少しずつ食べ慣れた庶民的な料理を、私は黙々と口に運んでいった。

 オリヴァー殿下がトビアスに告げる。

「トビアス、お前もマリオン争奪戦に名乗りをあげたそうだな。
 ――どうだマリオン。
 今の直感判定はどうなっている?」

「え?! それは、『トビアスを含めて』ですわよね?
 そうですわねぇ……」

 私は食事の手を止め、みんなの点数を口にしていった。

 いつの間にかレナがメモを用意していて、点数を記していく。


 ヴァルターが九十点

 マーセル殿下が八十五点

 オリヴァー殿下が五十五点

 サイ兄様が五十点

 アラン様が四十八点

 アミン様が四十六点

 アレックス様が四十五点

 トビアスが三十点

 スウェード様が二十三点


 一同が操船となった。

「おい、マーセル殿下がいつの間にかヴァルターに肉薄してるぞ?!」

「王族パワー、おそるべしね……」

「その『王族パワー』という単語は、点数据え置きのオリヴァー殿下をなぶる。
 やめて差し上げろ」

「トビアスが初回にしては案外良いポジションですわね。
 お兄様が減点を食らったのは、先日の態度が原因かしら」

「ちょっと匂いを嗅いだくらいで減点とか、きつくねーか?!」

 アラン様がさわやかに微笑んで告げる。

「あと一歩でサイモンを抜いて、恋愛対象圏内ですか。
 もう一息ですね」

 トビアスは苦笑していた。

「ああ、こんな遊びをしていたんですか。
 なるほど、『悪女』なんて噂が立つわけだ」

 私は疲れを感じてため息をついた。

「みなさん、面白がって順位を競っているだけですわ。
 『オリヴァー殿下が卒業するまでの残り二年間で、私の心を射止める』というゲームですの。
 誰も勝者が出なければ、私は殿下たちのいずれかと婚約をすることになってますわ。
 クラウディア王妃殿下も乗り気だそうですので、国家公認のゲームですわね」

「実兄であるサイモン様が『恋愛対象の壁』ということですね。
 五十点を超えるのは、中々難しそうだ」

 マーセル殿下が嬉しそうに語る。

「マリオンが目指しているのは王族か公爵家への嫁入りだ。
 その夢に一番近いのが俺、ということになるな。
 ここからは俺とヴァルターの一騎打ち、ということになるのかな?」

 私は小さく息をついて応える。

「今はまだ、どちらから求婚を受けてもうなずきませんわよ?
 どちらを選んでいいのか、私の理性ではわかりませんもの。
 それに、タイムリミットまではまだ時間があります。
 それまでにオリヴァー殿下やアラン様が追い上げてくれば、まだわかりませんわよ?」

 レナが刺すように突っ込んでくる。

「どう転んでも保険として『殿下たちとの婚約』が確約されてるんだもの。
 マリオンは気楽よね」

 私はむくれながら応える。

「レナたちだって、縁談は親が進めているのでしょう?
 そういう意味では、立場は変わりませんわよ?
 それに、王族に嫁ぐ厳しさは先日、教えられたばかり。
 それに見合う自分を磨いて行かなければなりません。
 ――私はこんな女ですので、トビアスも血迷って参戦するのはやめておいた方がいいですわ」

 トビアスはニコニコと微笑んで応える。

「いえいえ、他のベジタボーな女性たちを狙うより、よっぽど面白いですよ。
 在学中の暇潰しがてら、参加させてもらいます」

 彼はどうやら、すっかり私で遊ぶ気みたいだ。

 オリヴァー殿下は厳しい目をして告げる。

「参加表明は構いませんが、ザフィーアの集まりに呼ぶことはできません。
 それは承知しておいてください」

 トビアスは余裕そうに応える。

「構いませんよ。
 寄宿仲間として交流できれば、時間は充分にあるでしょう」

 サイ兄様がみんなに告げる。

「みんな、選択科目はどうするつもりだ?」

 一年目で選べる科目は少ない。

 武錬か水泳か、他の教養科目を追加で受ける形になるそうだ。

 国政や軍略は、二年目からの選択科目らしい。

 どうやら男子たちは、武錬を選ぶことにしたみたいだ。

 やっぱり体を動かすことを優先したいお年頃、なのかなぁ。

 武錬は剣術や組内術を含んだ科目だそうだ。

 私は意外に思って、トビアスに尋ねる。

「トビアスも剣術をたしなむのですか?」

「魔力が低い分、魔術では大したことができません。
 むしろ剣術の方が得意ですね」

 ララが私に告げる。

「マリーの直感判定だと、トビアスはどれくらいの強さに見える?」

 まーたとんでもない無茶振りだなぁ?!

「え゛、そうですわね……アラン様より少し下、ぐらいじゃないかしら。
 ――え? ということは≪身体強化≫術式を使いこなしてることになりますわね」

 ララが不満げに告げる。

「それじゃあ、アム兄様より強いということ?! 信じられないわ!」

 サイ兄様がニヤリと笑って告げる。

「なら食後の腹ごなしに、武錬場でアミンと一手、手合わせしてみればいいさ」




****

 トビアスの木剣が、アミン様の首筋に寸止めされていた。

 私には見えない速度で攻防が行われ、数舜で決着がついていた。

 ララが呆然とつぶやく。

「嘘、アム兄様がこんなにあっさり負けるなんて……」

 アラン様も苦笑いを浮かべていた。

「なるほど、これは僕でも苦戦しそうだ」

 サイ兄様がトビアスを見ながら告げる。

「アミンは本来、魔術を多用する剣術を使う。
 そうなったらおそらく、腕は互角といったところだろう」

 アミン様とトビアスが礼を交わして木剣をしまい、それぞれの教室に戻ることにした。


 マーセル殿下がトビアスに告げる。

「年上のアミンを降せる剣術なんて、よく身に付けられたな」

「身を守るために必要だったから腕を磨いただけですよ。
 力がなければ、踏みにじられるだけですからね。
 北方国家は精霊眼保持者にとって、生きづらい環境ですから」

 そうは言うけど、アミン様だってエリートの一員だ。

 簡単に勝てる相手じゃないのに。

 ファルケンシュタイン本家でスパルタ教育を受けているアラン様より『少し劣る』。

 それだけで剣術の才能がある証拠だ。

 勉強ができて腕も立つ、か。

 トビアスも完璧超人の類ね……。

 トビアスが敵対勢力だったら、かなり厄介な相手になる。

 そんな予感を、私は微笑の裏で感じていた。
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