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153.マリーの初授業(1)

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「マリー、マリーったら! 朝よ!」

 私は布団を頭から被って声に抵抗した。

「マリー! そろそろ起きないと、朝食を食べる時間が無くなるわよ?!」

「んー……あと五分、サブリナ」

 笑い声のあと、「私はサンドラよ?」という声が聞こえて、私は我に返った。

 ばっと起き上がり、周囲を見回す。

 春の朝、太陽の光が寄宿部屋に差し込み、まばゆく私の視界を照らし出していた。

 あー、そうか寄宿舎……。

 私はあくびをかみ殺しながら、タオルを手に廊下に出た。

 教養の水場で顔を洗い、顔を拭きながら部屋へ戻る。

 サニーはもう、制服に着替え終わっている。

 時計を見ると、午前七時を指していた。

 私も部屋着を脱いで、サニーに手伝ってもらいながら制服に着替える。

 その間にレナやララも部屋にやってきて、私を待っていた。

「――お待たせ! じゃあ行きましょうか」

 てくてくと、四人で食堂に向かう。

 四人がカウンターで「A定食!」と声をそろえ、トレイを受け取ってテーブルに着いた。

 ララが私に告げる。

「どう? よく眠れた?」

「いまいちね……。
 あの狭いベッドで抱き枕にされるのよ?
 寝苦しくて、眠りが浅いわ」

 私はあくびをかみ殺しながら、A定食を口に運んでいく。

 近づいてくる男子たちの声が聞こえる。

「お、A定食か。外した」

「僕は当てましたよ」

「くっそ! 次は当てる!」

 寄宿組の男子たちとトビアスも合流し、十二人がテーブルを囲んだ。:

 トビアスが食べながら疑問を口にする。

「ところで、みなさんが時々口にする『ザフィーア』とは、なんなのですか?」

 サイ兄様がそれに応える。

「俺たちにオリヴァー殿下を加えた十二人のグループだ。
 母上の最初の弟子たちで結成し、オリヴァー殿下が命名した」

 それを聞いたトビアスの目が、私の右目を捉えた。

「なるほど……それで『ザフィーア』ですか。
 そういうグループなら、私が加わるのは難しそうですね。
 私はエドラウス侯爵の弟子ではありませんし」

 マーセル殿下が「そういうことだ。よくわかってるな」と笑っていた。

 だけどトビアスがニヤリと微笑んで告げる。

「でも『マリオン様争奪戦』に加わることは、文句を言われる筋合いはありませんよね?」

 とんでもないことを言いだしたぞ?!

 私たち一同がぽかんと口を開けていた――レナやララ、サニーでさえも。

 トビアスが楽し気な声で告げる。

「どうしたのです?
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。
 何か変なことを言いましたか?」

 ララがハッと我に返って応える。

「いえ、あなたは感情が掴みづらいから、そんな気があることに気が付かなかっただけよ。
 これが『両目とも精霊眼』、ということなのね」

 トビアスが苦笑を浮かべた。

「よく言われますよ。
 精霊眼は感情が読み取りづらいですからね。
 北方国家でも、それが原因で迫害されることは多いんですよ」

 私は食事の手を止め、トビアスに尋ねる。

「精霊眼を持って生まれて、後悔したことはある?」

「ないと言えば嘘になります。
 ですがこの目のおかげで優遇されて来たのも事実。
 一兆言ったんですね。マリオン様はどうですか?」

「私はお母様と同じく、後天性の精霊眼よ。
 この右目を授かってから今まで、自分の物だと思えたことがないわ。
 ……それまで私は、自分を魅力的な女の子だと密かに自負していたの。
 でも今は、その自信がまったくなくなってしまった。
 ――後悔がないと言えば嘘になる、というのは一緒ね」

 トビアスは私の言葉に、驚いたように応える。:

「あなたほどの女性が、『自分に自信を持てない』なんて言っていたら、そこらの有象無象が噴血死しますよ。
 大丈夫、あなたは未だに魅力的です。
 そのうち精霊眼に慣れれば、自信を取り戻すこともできるでしょう」

 私は小さく息をついて応える。

「本当にそうかしら……私にはわからないわ」

 生まれ持った整った顔立ち。

 幼いころから侯爵家で磨かれてきた美貌。

 そして頑張って身に付けた、優雅な所作。

 それらすべてを、『精霊眼』という異物が台無しにしてしまっている。

 私には、そう感じられてしまうのだ。

 トビアスがおかしそうに笑った。

「私を含めた、この場に居る七人から思いを寄せられても、まだ自信が持てないんですか?
 聞きましたよ、『男子七人を手玉に取る悪女』という噂。
 とてもそんな噂通りの人には見えませんね。
 手玉に取られているのは、間違いないみたいですが」

 トビアスの目が、男子一同を見回した。

 ララが笑いながら告げる。

「あら、本気の発言だってこと?
 じゃあ今度から『男子八人を手玉に取り、実兄を含めた九人を従えるお姫様』に昇格ね」

 私が思わず言い返す。

「その『お姫様』っていうの、本当にやめてくれないかなぁ?! 柄じゃないのよ!」

 おっと、うっかり素が漏れた。

 だけどアラン様がにこやかに突っ込んでくる。

「でもあなたは『高貴な血』を目指しているのでしょう?
 呼ばれ慣れておいて、損はないですよ」

 サイ兄様も突っ込んでくる。

「あまりおしゃべりしていると、授業に遅れるぞ」

 しかたなく黙々と食事を食べ進め、みんなで部屋に戻った。


 私は部屋で筆記用具を用意して、教室に辿り着いた。

 席順は昨日決めた通りだ。

 最初の一週間は共通科目のみ。

 その間に選択科目を申し込んで、翌週から選択制に変わる。

 さっそく最初の教養科目の教師が現れた。

 大きく手を打ち鳴らし「授業を始めます!」と声を上げ、最初の授業が開始された。




****

 五十分の授業が終わり、十分休憩に入った。

 私は小さく一息ついて告げる。

「なんだか、最初だけあって進み方が緩かったですわね」

 スウェード様だけがちょっと苦しげだったけれど、みんな余裕でこなしていた。

 マーセル殿下がうなずいて応える。

「余裕がある奴は、とっとと自習で先に進んでしまえばいい。
 余った時間で、選択科目を多く取るんだ。
 ヒルデガルトやジュリアスは、優秀過ぎて時間を持て余していたらしいからな。
 そういう生徒への対策も踏まえた選択科目制なのだろう」

 週末の定期試験で結果さえ残せば、何をしてもいいらしい。

 これは昔から変わらない、グランツの特徴なんだとか。

 アラン様が疑問を口にする。

「定期試験で落第すると、どうなるのですか?」

「翌週の放課後から毎日、一時間の補習が待っているそうだ。
 落第点を繰り返すようであれば、退学が視野に入ってくる。
 あまり気を抜くなよ?
 ――もっとも、その心配はスウェードぐらいにしか当てはまりそうにないがな」

 みんなに笑いが起こった。

 スウェード様以外全員、トビアスも含めて余裕だったからだ。

 これなら私たちは、この科目は次から自習して先に進めた方がいいだろう。


 そして午前の三科目を終え、私たちは食堂へと向かった。
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