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152.悪い虫(2)

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 アラン様がトビアスに尋ねる。

「魔術はどの程度、修めているんですか?」

「基本的なものだけですね。
 三等級では、大した魔術は使えませんし。
 まだ勉強を始めたばかりですから」

 スウェード様も、トビアスに語りかける。

「なぁ、北方国家にも魔法はあるのか?
 魔導士の家に伝わる『秘術』だ」

「ええ、あるそうですよ。
 見たことはありませんが、『そういうものがある』と勉強しましたから」

 トビアスは平民、魔法を持ってる訳がないものね。

 トビアスがみんなを見回して告げる。

「みなさんは魔法を持った家なのですか?」

 サイ兄様が代表して応える。

「アレックスとマーセル殿下以外は、確か持ってるはずだ。
 今のみんなが使えるかどうかは、さすがにわからないな」

 トビアスが興奮気味に声を上げる。

「うわ! 魔法! いいですよね!
 見せてもらうことはできないんですか?!」

 魔術が好きな子、なのかなぁ?

 お爺様と同じ、魔導フリーク?

 アミン様が苦笑して応える。

「魔法は内容自体が機密です。
 親しい友人だとしても、おいそれとみせることはありませんよ」

「ですが、ファルケンシュタイン公爵家の『蜃気楼』は有名ですよ?
 魔法の一例として、教科書にも載るくらいです」

 サイ兄様が困ったように笑った。

「祖父上は現役時代から、人前でバンバン使っていたらしいからな。
 あれだけは例外だ」

「では、ファルケンシュタインであるアラン様や、サイモン様、マリオン様は見せてくださいませんか?!」

 サイ兄様が小さく息をついた。

「俺は『蜃気楼』をまだ修得していない。
 そこまで魔術は得意じゃないんだ。
 ――アランはどうだ?」

「少しくらいなら、発動と意地ができますね。
 マリオン様はどうですか?」

「私はそれなりに発動と意地ができますわよ?」

 B定食を食べ終わった私は、ナプキンで口を拭いながら応えた。

 パチンと右手を鳴らし、直立不動の『もう一人の自分』を作って見せる。

 トビアスの目が見開いていた。

「すごい……これが魔法」

 トビアスだけじゃなく、食堂に居る他の生徒たちからも注目されてたみたいだ。

 彼らも魔法を見るのは初めてなのかな。

 私はもう一度右手を鳴らし、『もう一人の自分』を消した。

 周囲のざわめきは、まだ収まらない。

「トビアスは魔術がお好きなようですわね」

「魔術、というより『魔法』に対する憧れは持ってますね。
 いつか、自分でも使ってみたいと思ってます」

 感動冷めやらぬ、という風に興奮気味にトビアスは語った。


 マーセル殿下の目は、ずっとトビアスを鋭く見つめていた。




****

 夕食後、共同浴場から上がった私とサニーは、のんびりと髪を乾かしていた。

 私はサニーに尋ねる。

「トビアスのこと、どう見た?」

 サンドラが少し考えてから応える。

「そうねぇ……かなりの『魔法』フリークかもしれないわ」

 私もそれにうなずいて、所感を伝える。

「今のところ、悪い人には見えない感じがするわね」

 魔法に憧れる少年、って印象だものね。

「直感判定ではどうなの?
 マリーは異性関係以外に関して、鋭いじゃない?」

「その例外事項は、なんか腹が立つわね……。
 まぁいいわ。直感だと『要注意』ね。
 ……あら? 要注意なの?」

 私は自分で口にして驚いていた。

 食事の間、全然そんな気はしなかったんだけど。

 でも、トビアスの顔を思い浮かべて直感に任せたところ、その単語が転がり出た。

 サニーも意外だったみたいで、少しうつむいて考え始めた。

「……マリー、髪を乾かし終わったら、シーツにくるまっておきなさい」

「どういう意味?」

「いいから早く」

 私は急かされたので、タオルで髪を手早く乾かしていった。

 それから外段ベッドの中で、シーツにくるまった。


 間もなくして、窓がノックされる音が響いた。




****

 昼間と同様に、ローテーブル周りに男子が腰を下ろしている。

 マーセル殿下が片手をあげて、私に笑いかけた。

「よっ! 風呂上りとは、またセクシーだな」

「なんで昼間に引き続き、夜も来るのよ……」

「用事があったから、ではダメなのか?」

「夜中に貴族令嬢の部屋に忍び込む理由としては弱いわね」

 時刻は午後八時を回ってる。

 入浴が終わり、そろそろ就寝を迎える時刻だ。

「まぁそう堅いことを言うな。
 ――それより、マリオンの直感を聞きたくてな」

 サニーが真面目な顔で応える。

「要注意、だそうよ」

 それを聞いて、マーセル殿下の顔も引き締まった。

「そうか……要注意か」

 そのまま殿下は、深く考えこんでしまった。

 私は男子を見回して告げる。

「みんなはどう見たの?」

 アラン様とスウェード様は「無害そうに見えた」という意見だった。

 ヴァルターは「何とも言えません。ですが逆にそれが怖いです」と告げた。

 マーセル殿下が口を開く。

「俺は危うさをうっすらと感じた。
 マリオンの直感でも『要注意』と出たなら、やはりあいつは警戒対象だろう。
 魔法への情熱が強いのも、危険因子だ」

 自分が古代魔法を使える可能性、そんなものを知ったらどんなことになるか。

 おそらく、モラルを捨てでもその道を選ぶだろう、というのが殿下の見立てだった。

 あるいはもう知っていて、私に近づいた可能性もある。

「――奴が魔術の腕を隠している可能性も踏まえ、くれぐれも気を付けてくれ」

 私はゆっくりとうなずいた。




****

 男子たちが手早く撤収したあと、私は被って居たシーツをサニーに返した。

「なんだか疲れたわ。
 じゃあ、私はもう明日に備えて寝るわね」

 私はそう言って、先にベッドに潜り込んだ。

 サニーも「わかったわ。おやすみなさい」と言って、明かりを消していた。

 そうして私が壁際に寝返りを打った瞬間、背後から当たり前のように体をホールドされていた。

「ちょっとサニー?! この狭さのベッドで、本気で抱き枕にするつもり?!」

「言ったはずよ?
 『おはようからおやすみまで』を通り越し、『おやすみ中もずっと一緒』だって」

 ただでさえ体格で押さえ込まれるというのに、窮屈なベッドの中だ。

 逃げ場なんてなかった。

 私はしばらく足掻いてから、寝息を立てているサニーの気配を背なかで感じた。

 ……これは考えたら負けな奴ね。

 こういう時はそう――寝逃げよ。

 私は早速、夢の世界の扉を開けた。
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