新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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150.植物園の密談(2)

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 私はふと疑問に思い、マーセル殿下に尋ねる。

「ところで、どうしてオリヴァー殿下に知らせてはいけないんですか?」

 顔をあげたマーセル殿下が応える。

「兄上はようやく、野望を振り切ろうとしているところだ」

 なのに身近に、こんな強大な力があると知られるのがまずいのだそうだ。

 野望が再燃したオリヴァー殿下は、私の人生がどうなろうと神託を利用するだろうと。

 それこそ白竜教会すら利用して、大陸制覇を言い出しかねないのだと。

 だから絶対に、オリヴァー殿下にだけは知られてはいけないそうだ。

 お母様は人間相手に、攻撃的な古代魔法を使いたがらない。

 古代魔法で攻め込まれたら、お母様の力は当てにできないらしい。

「――未然に争乱を防ぐのが、俺たち世代の役目だ」

 みんなが気勢を上げ、円陣の中央で拳を重ね合った。


 私はマーセル殿下に尋ねる。

「もしかして、教室の席順でヴァルターをトビアスとの間に置いたのは、彼を危険視していたからですか?」

 殿下がうなずいた。

「ヴァルターとスウェードは観察眼に優れる。
 そしてヴァルターが間に居れば、なにかされそうになっても割って入ることが容易だ。
 今グランツで最も危険視しておかねばならないのがトビアスだ。
 奴に気付かれないよう、警戒をしておいてくれ」

 みんながうなずいた。

 だけど彼も寄宿生。

 三年間、密着されるようなものだ。

 その間、ずっと秘密を守り切らないといけない。

 人前で神様と会話をするのは、やめておいた方が良さそうだな。

 いざという時のために、お母様から≪魔力遮断≫の術式を教わっておこう。

 マーセル殿下が厳しい顔で告げる。

「さっきは癒えなかったが、トビアスの目的には三つ目の可能性がある。
 ――教会が神託の存在を探りに来ている可能性だ。
 奴が教会の手先だった場合が、一番マリオンの身が危ない。
 マリオンも、うかつに神託を使うなよ?」

「はーい、わかってまーす」

 私たちは植物園で解散し、それぞれが寄宿舎へ向けて歩きだした。




****

「つかれたー!」

 私はサニーと部屋に戻り、一息ついていた。

 ほんと、堅苦しい話だったなぁ。

 時計を見ると、午後の二時半。

 夕食までは、だいぶ時間がある。

 うーん、着替えちゃうか。

 サニーも同じ考えだったらしく、さっさと着替えていた。

「マリー、ひとりで制服を脱げるの?」

「当たり前じゃない! この日のために、何度も練習してきたんだから!」

 私は背中のホックに向けて腕を伸ばす。

「よっ! ほっ! あれ? えい!」

「……マリー、手伝うわ」

「……ごめん、ありがとう」

 私はサニーに手伝ってもらって制服を脱いだあと、部屋着に着替えた。

「おっかしいなー、十回に一回は成功するのよ?」

 サニーが笑いながら応える。

「これで、貴族子女がなんでルームシェアなのか、少しは理解できたんじゃない?
 ひとりで着替えられない令嬢も、パートナーに手伝ってもらえば着替えられるからよ」

「あ、なるほどー」

 私は思わず手を打っていた。

 まじまじと自分の服装を眺めて告げる。

「それにしても……この部屋着、ものすごく落ち着かないわね」

 下着とほとんど変わらないじゃない……。

 私は居心地が悪くて、何度も自分の姿を姿見で確認してしまった。

 サニーは気楽な笑顔で応える。

「すぐ慣れるわよ。
 どうせ女子にしか見せないんだもの――あら、レナにララじゃない。
 どうしたの? またお茶?」

 ドアの向こうから部屋着のレナとララが現れて、再びローテーブル周りに座り込んだ。

「時間があるんだもの。お茶くらいしようかと思って」

「堅苦しい話で肩がこっちゃったから、リラックスタイムね」

 そういしてまた四人でお茶を楽しんでいると、窓がこんこん、と音を鳴らした。

 サニーが「なにかしら?」と窓の外を覗きに行く。

 彼女は窓の外を見て、一瞬硬直したあと、ジェスチャーを始めた。

 ……窓の外に、誰か居るの?

 サニーは大きなため息をついたあと、レナとララに尋ねる。

「あなたたちは大丈夫?」

 二人はあきれ顔だ。

「別に構わないわ」

 サニーは上段のベッドからシーツを剥ぎ取り、私にかぶせた。

「きっちりかぶっておきなさいね」

 私は黙ってうなずきつつも、まったく訳がわからない。

 そうこうしているうちに、サニーが窓を開けた。

「よぉ! いやー、こういうのはドキドキするな!」

 窓から現れたのは――部屋着のマーセル殿下だった。

 しかも続々とアラン様、スウェード様、そしてヴァルターが部屋着で現れ、窓を閉めた。

 サニーが急いで部屋のドアを閉め、鍵をかけた。

 私はシーツを被ったまま硬直していた。

 ……なんでみんながここに来てるの?

 っていうか、レナもララもサニーも、なんで平然としてるの?

 女子三人は下着同然の部屋着姿。

 いくら気心が知れてるとは言え、私には正気とは思えなかった。

 私も、シーツの下は同じ部屋着だ。

 言われた通りに中が見えないよう、きっちりシーツを閉じていた。

「みんな、なんで居るの?
 サニーたち、なんで平気なの?」

 サニーが肩をすくめながら、平然と答える。

「私たちは彼らを異性として見ていないもの。
 全裸な訳じゃないし、部屋着程度なら気にならないわ」

 慣れちゃうと、こんな境地になるのかな……。

 マーセル殿下が悪びれもせずに告げる。

「夕食まで暇だろう?
 マリオンの部屋にどうせ四人そろってるだろうし、年少組で遊びに行こうって話になってな」

 だけど、本来は二人部屋だ。

 女子四人くらいならまだしも、そこに追加で男子四人はスペースが厳しい。

 サニーが主導して位置決めをしていき、男子がローテーブル周りに移動した。

 女子はベッドや椅子の上に移動している。

 私はふと、マーセル殿下が持っている筒状の何かが目にとまった。

「殿下、その手に持っている者は何ですか?」

「これか? これは≪遮音≫の結界を張れる魔導具だ。
 本来は機密を話す時のために持たされてるんだが。
 別に今使っても、問題ないだろう?」

 確かに、私の右目では部屋全体に結界が張られてるのが見えた。

 つまり男子たちの声は、外に漏れない。

「用意周到ね……でも、これってばれたら大事おおごとになるんじゃないの?」

 ララがにっこりと笑った。

「ばれたら一発で停学、問題を起こしたら退学ね」

 私は驚いて声を上げる。

「殿下、なにしてるの?!
 ていうかアラン様やヴァルターまで、なんで付いてきてるの?!」

 アラン様はさやわかな笑顔で告げる。

「女子の部屋に遊びに行くんですよ?
 その誘いを断る野暮な年頃の男子はいませんよ」

 ヴァルターは淡々と語る。

「大丈夫、何かあったら僕が止めるから」

 スウェード様は鼻の穴を大きくして深呼吸していた。

「これが女子の部屋の匂いかー」

 レナ画素の後頭部を、平手で思いっきり叩いていた。

 私は二段ベッドの下段で、シーツを被って脱力していた。

 マーセル殿下が女子を見回して告げる。

「マリオンの部屋着が隠されてるのが納得いかん。
 だが噂にたがわぬ、刺激的な服だな。
 ヴォルフガングの奴、案外助兵衛なんだな」

 サニーがあきれたように応える。

「男子にマリーの部屋着姿を見せる訳がないでしょう?
 それにこれは『男子に姿を見せないよう女子を律する服』だもの。
 敢えて刺激的にしてあるのよ」

 んー、なんとなくそれだけじゃない気がする。

「お爺様の場合、たぶん『その程度で堕落する生徒は不要』と判断されたのよ。
 本質はとても厳しい方ですもの」

 サニーが高らかに笑った。

「この私の部屋着を見ても理性を保っていられるのは、親しいザフィーアの男子ぐらいでしょうね」

 ザフィーアのメンバーは私以外、どうやらお互いを異性とみなしてないみたいだ。

 一年前の二か月間に及ぶ共同生活で、家族同然として見るようになってるのかな。

 私はぼそりとつぶやく。

「その『異性とみなさないメンバー』に、私も含めてもらえないかしら」

「それは無理」

 男子四人が声を合わせて告げた。

 どうして、この中で一番慎ましい体型の私だけが除外されるのかしら……。

 私がため息をつくと、窓の外を叩く手が見えた。

 私が「まさか」と立ち上がってシーツを被りつつ窓の外を覗くと――。

 私の目に、茂みに隠れるサイ兄様たちの姿が映っていた。
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