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149.植物園の密談(1)

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 どうやらユルゲン伯父様と同じくらい、事情を知ってそうだな。

 それなら、ここは認めてもよさそうだ。

「ええ、確かにユルゲン伯父様とも、そういう話はしましたわ。
 古代魔法を使おうとしても、発動しませんでした」

 マーセル殿下がうなずいた。

「ユルゲンの話では『神が古代魔法を研究されることを嫌がったのだろう』ということだった。
 大陸各国でも精霊眼保持者は何人も確認されているが、自在に古代魔法を使えるのはヒルデガルトとマリオン、お前たち『片目の精霊眼保持者』だけだ。
 その秘密を探りたかったのだろう」

 アレックス様が手を挙げた。

「その古代魔法というのは、神が関わっているのか?
 白竜教会が信仰している、創竜神が」

 マーセル殿下が首を横に振った。

「いや、創竜神ではない。
 もっと古い時代の、古き神が力を貸すのが古代魔法だ。
 ヒルデガルトに力を貸しているのは、『豊穣の神』というらしい。
 人が祈り、神が応じる。それが古代魔法だ。
 その力は現代魔法をはるかに凌駕する。
 ヒルデガルトの逸話の数々は、その古代魔法によるものだ」

 マーセル殿下、かなりのことを教えてもらってるのね。

 殿下が私を見て告げる。

「マリオン、お前は古代魔法をどの程度使えるんだ?
 グランツ時代のヒルデガルトと同じくらいに仕えるのか?」

 私は慎重に言葉を選んでいく。

「……いえ、今の私は『当時のお母様と同じ力で使うことはできない』と言われています」

「だが、使えることに変わりはないからな。
 お前は今後も、古代魔法をつかえることを悟られるなよ。
 ――特に、このタイミングで現れた北方の精霊眼保持者、トビアスには気を付けろ。
 奴に秘密を知られたら、奴も古代魔法を使えるようになるかもしれない。
 留学目的が古代魔法の修得である可能性は、充分に考えられるからな」

 私は戸惑いつつ、うなずいた。

 彼がベッカー議員と同様に、古代魔法を追い求めてるの?

 アラン様が手を挙げた。

「古代魔法を得たとして、その勢力の目的は何なのでしょうか」

 マーセル殿下が指を二本立てた。

「考えられるのは二つ。
 ひとつは単純な魔術的探求心。
 もうひとつは自国の勢力拡大か――帝国の復権だ」

 みんなの顔に緊張が走った。

 殿下が言葉を続ける。

「後者だった場合、また北方は争乱の渦に巻き込まれる。
 シュネーヴァイス街道がある今、レブナントも無事では済まない。
 もう塵が見方をする事もない。
 いくらヒルデガルトでも、もう一度あそこをふさぐのは厳しいものがあるだろう」

 お母様なら、できてしまうんじゃないかなぁ。

 ……ちょっと豊穣の神に聞いてみよう。

 私は目をつぶり、豊穣の神の気配を手繰り寄せ、語りかける。


(――豊穣の神様、聞こえますか?)

『ああ、聞こえているよ』

(お母様なら、シュネーヴァイス街道を塞ぐことってできるんじゃないですか?)

『そうだなぁ……時間をかければ可能だと思うが、私もだいぶ疲れてしまうね。
 私は壊すのは得意だが、作ることはそれほど得意じゃないんだ』

(じゃあ北方国家のどこかの勢力が古代魔法を手に入れたら、レブナント王国も危ないんですね……)

『そうなるね。だから気を付けるといい。
 ――それより、君の友達が君のことを訝しんでるよ。
 目を開けなさい』

(あ、はい! ありがとうございました!)


 私が目を開けると、みんなが呆然として私を見てた。

 サイ兄様が私に告げる。

「マリー、お前今、何をやっていた?」

「な、なんにもやってないよ?!」

 さっと目を泳がせて言い訳をした。

 アミン様が尋ねてくる。

「貴方の魔力の気配が、いつもと違うものになっていました。
 なにをしていたんですか?」

 私はきょとんとして応える。

「魔力? それは本当に知らないよ?」

 マーセル殿下がぽつりと「神託、か」とつぶやいて、慌てて口を押さえていた。

 サイ兄様が殿下に詰め寄った。

「神託とはなんだ? マーセル殿下。今のマリーに関係することなのか?」

 マーセル殿下が深いため息をついた。

「これも、いや『これこそ』絶対に兄上に知られるなよ?
 ――昔、祖父上が『絶対に他人に漏らすな』と言って教えてくださった。
 ヒルデガルトは豊穣の神と、どんな場所でも好きな時に会話ができるらしい。
 祖父上はそれを『神託』と呼んでおられた。
 そして神託の間、ヒルデガルトの魔力が神々しく変わると。今のマリオンのようにな。
 つまりマリオン、お前も神託をつかえる、いや『神と会話をしていた』んだな?」

 お母様は『神との関係は、精霊眼である私たちだけしか知らないことも多い』と言っていた。

 『たとえ相手が陛下だとしても、絶対に他人に言ってはいけない』と、何度も念を押された。

 でも殿下はここまで知っているし、認めて良いのか悪いのか。

 どうしよう……。

 私はマーセル殿下の言葉を、肯定も否定もできず、硬直してしまった。

 そんな私を見たマーセル殿下が、優しく笑いかけてきた。

「……すまん、お前はそれでいい。
 きっとお前はヒルデガルトから『言うな』と言われているんだろう。
 ならばお前は、ヒルデガルトとの約束を守れ」

 この『神託』の存在が白竜教会に知られると、私たちの人生はめちゃくちゃになるらしい。

 彼らから追われたら最後、この大陸で逃げ込める場所はないそうだ。

 抗える国も、逃げる場所も存在しない。

 そして身柄を奪われたら、取り戻す手段もないのだと。

「――だから絶対に他人には漏らすな。わかったか」

 みんなが深くうなずいた。

 殿下がまた、深くため息をついた。

「他人の人生を背負う、というのは重たいものだ。
 その覚悟は持っていたが、その重しを前触れもなく他人に背負わせるのが、これほどキツイとはな。
 こんなものを突然背負わせて、すまなかった。
 こんなことなら、祖父上からこの話を聞くべきではなかったな」

 マーセル殿下は、私とお母様の命運を握る秘密、それをみんなに教えてしまったことを後悔してるみたいだった。

 『神託』という単語すら、教会に知られるのが危険なのだろう。

 その単語を知ってしまったのなら、事実と秘密の重さを打ち明け、絶対に漏らすことが無いようにしたんだ。

 サイ兄様が、マーセル殿下の肩を叩いた。

「母上とマリーを守るため、俺は知っておいた方がいい情報だ。
 お前が重荷に感じることはない。
 お前の後悔から、俺の分は引いておけ」

 アレックス様も無言でマーセル殿下の背中を叩いた。

 たぶん、『同意見だ』と言いたいのだろう。

 アミン様も平然と告げる。

「先生とマリオン様を守る秘密なら、なんの重しにもなりませんよ。
 私の分も引いておいてください」

 アラン様は微笑んで告げる。

「僕はみんなが知らないことも、父上から知らされています。
 ですので、この話も今さらです。
 僕の分も引いておいてくださいね」

 ララにレナ、そしてサニーも笑っていた。

「大切な友達の秘密を守るくらい、大した重さじゃないわ。
 私たちの分も引いておいてね」

「私だって漏らしていい秘密と、そうでない秘密の区別ぐらいつくからね?」

「レナが言うと、なーんか説得力がないのよね……」

 スウェード様も元気に告げる。

「俺の分も引いとけよ?
 俺はレナと違って、その辺の分別はきちんとしてるからな!」

 ヴァルターは淡々と告げる。

「僕の分も引いておいてもらえますか?
 僕がそれを重荷に感じる人間だとでも思いましたか?」

 マーセル殿下が、感慨にふけるようにつぶやいた。

「……私は友に恵まれたのだな。
 ありがとう、感謝する」

 そう言って、深く頭を下げていた。
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