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147.初めての学食

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 『貧相な体型』と断言され、テーブルの上で潰れている私にサニーが抱き着いてきた。

「大丈夫よ! 抱き心地は充分あるから!
 これから三年間、『おはようからおやすみまで』を通り越し、『おやすみ中もずっと一緒』よ!」

「しまった! そうだ忘れてた!
 サニー! その悪癖はいい加減に直して頂戴!
 私の安眠が三年間遠のくわ!」

 レナとララは、他人事のようにカップを傾けている。

「毎日続けていれば、そのうち慣れるわよ」

「今年度も夏季休暇はあるらしいし、その間は解放されるわよ?」

 私は必死に助けを呼ぶ。

「ちょっと! お茶を飲んでないで助けて!
 これ自力じゃ抜けられないのよ!」

 サニーが嬉しそうに私の耳元で告げる。

「あら、いいじゃない! お昼までマリー枕を堪能するわ!」

「しなくていいから! 制服がしわになるわ!」

 ララが冷静な指摘を入れる。

「大丈夫、その程度でしわになるような、やわな服じゃないわ。
 レブナント王国の技術力、その粋を集めた制服よ?」

 なんで学生の制服に技術力の粋を集めるのかはわからないけど、昔から高性能で有名だったそうだ。

 近年は交流が増えた東方国家や西方国家、さらには北方国家の技術も取り込み、さらに質が上がったのだとか。


 こうしてサニーの宣言通り、私はお昼になるまで彼女の魔手から逃れることができなかった。




****

 お昼になり、私たちは寄宿舎の入り口で他のザフィーアメンバーと合流した。

 サイ兄様が小首をかしげて私に告げる。

「なんでそんなにひとりだけ、げっそりしてるんだ?」

「ずっとサニーの抱き枕にされてたのよ……」

 サニーが胸を張って宣言する。

「私は三年間、『おはようからおやすみまで』を通り越し、『おやすみ中もずっと一緒』の権利を手に入れたのよ?
 堪能するのが当たり前ではなくて?」

 男子たちがそれぞれの言葉を口にしていく。

「ほんと羨ましい……」

「だから、その同性特権を見せつけるのは止めてくれ。気が狂いそうになる」

「俺とルームパートナー、交換しないか?」

「よしスウェード、昼が終わったら寄宿舎裏に木剣持って来い。
 久しぶりに根性叩き直してやる」

 アラン様が手を打ち鳴らし、みんなを促す。

「ほらほら、混む前に食堂に移動しましょう」

 私たち十一人は、そろって食堂に向けて移動を開始した。




****

 食堂の入り口には、三種の日替わり定食とサンドイッチなどの見本が置いてあった。

 私は興味津々で見本を眺めていく。

「これが、これから毎日食べる食事になるんですのね」

 お母様から聞いていたけど、私には縁がなかった食事だ。

 『庶民の大衆食堂』かぁ。これがねぇ。

 サイ兄様が私に告げる。

「味は問題ない。
 素材も調理人も、ちゃんと一流を揃えてるからな」

 サニーが私に告げる。

「マリーはどれにする?」

「それじゃあ……C定食にしてみようかしら」

 次々にみんなから声が上がる。

「じゃあ俺もCだ」

「私もー!」

「僕もそうします」

「俺は最初からC定食のつもりだったからな?!」

 一瞬で十一人分の昼食が決まった。

 みんなでカウンターに並び、十一人分の「C定食!」という声が響き渡る。

 調理職員が苦笑を浮かべながら、私たちによそった料理をトレイで渡してくれた。


 大きめのテーブルを選んで、十一人が座る。

「お母様たちも、こうしてお昼を食べていたらしいですわね」

 私は感慨にふけりながら、自分の前にある食べ物を観察した。

 周囲のみんなはさっそく食事に手を付けていたので、私も見様見真似で食べていく。

 私の食事を、周囲のみんなが見つめて来てる気がする……。

 私は顔を上げ、みんなに告げる。

「……どうなさいましたの?」

 隣に居たサイ兄様が、言いづらそうに口を開く。

「いや、あまりに危うい手つきだから、つい見守ってしまった」

 ザフィーアのみんなが、同意するようにうなずいた。

「…………」

 私は黙って≪遮蔽≫の結界を周囲に張り、視界をふさいだ。


 この魔導術式は、光を通さない壁を作る魔術だ。

 これで周囲を囲むと、黒いカーテンで覆われたようになる。

 『外で着替えなきゃいけない時に便利よ?』と、お母様が教えてくれた。


 サイ兄様の声が聞こえる。

「……なぁマリー、悪かった。
 もう見ないから、結界を解いてくれ」

「食べ終わったら解きますわ」


 私は結界の中で、ちまちまと食事を食べ進めていく。

 周囲は雑談を始めたみたいだ。

「そういやトビアスは来てないな。一緒じゃなかったのか?」

「部屋が違うから知らないな。そのうち食いに来るだろう?」

「わざわざ北方国家からグランツに留学するくらいですから、きっと優秀な方なのでしょうね」

「そうですね。生半可な実力で認可されるとは思えません。きっと優秀でしょうね」

「兄上も一緒なら、ザフィーアそろっての食卓が帰ってきたんだがな」

「焦らなくても、平日なら昼食は同じ食卓を囲めますよ」


 私はこぼさないよう食事を口に運ぶのに精一杯で、会話には参加できなかった。

 そもそも、『顔を隠して会話をする』というのは、案外難しいものだ。

 なのでただ、聞き耳を立て続けた。


「レナたちの婚約話は進んでるのか?」

「相手には困ってないけど、お母様がどれにしようか、毎日頭を悩ませてるみたい」

「うちもそうね。お母様に任せておけば、特に不安もないしね」

「私もお父様とお母様が、頭を悩ませてるそうよ」

「お前たちも十三歳だ。
 高位貴族なら、そろそろ婚約を決めておいた方が良いからな。
 あまり遊んでる時間はないぞ?」

「あら、そういう殿下たちこそ。
 さっさとマリーを諦めて、妥当な相手を見繕った方が良いんじゃない?
 このままじゃマリーは『七人の男を手玉に取る悪女』のままよ?」

「そう簡単に諦められるならよかったんだけどなぁ。
 釣書を見ても、野菜を見てるのと変わらん」

「お兄様、ドベなんだから真面目に検討した方がいいわよ?
 マリーは高嶺の花なのよ」

「ヴァルターはいいですよね。
 現在最も勝者に近い位置にいる。
 あと一押しで落ちるんじゃないですか?」


 私は思わず声を上げる。

「――誰が落ちるのですか誰が! あと一押しとか、どういう意味でして?!」


「おっと、お姫様がお怒りだ」

「ヴァルターの制服姿に見惚れてた人間が言うと、説得力が違うわね」

 見惚れてないもん……。

「どちらにせよ、マリオン様の提案したゲームセットまであと二年あります。
 それまでに決定的に心を射止めないといけません。
 僕はまだ、一歩足りてないそうですから」

「そうだそうだ、その間に俺たちが巻き返さないとは限らないだろう?」

「だからお兄様、圧倒的ドベなんだから諦めましょうよ……」

「その点、俺は二位だからな。
 子の差ならまだ、覆す目がある」

「僕たちも、この寄宿生活で着実にポイントを稼ぐつもりです。
 二年後はわかりませんよ?」

「そう楽しそうに語るのはやめてくれ。
 本家の人間が笑顔で語ると、ろくなことにならん。
 怖いんだよ」


 私はようやく食べ終わり、ナプキンで口元を拭ったあとに結界を説いた。

 スウェード様が手を叩いて喜んだ。

「お、やっとお姫様が顔を出したぞ」

「……その『お姫様』というのも、誤解を生むのでやめて頂いてもよろしくて?」

 周囲から『お姫様』と認識されても、ろくなことにならない。

 それはこの一年間の社交場で嫌というほど味わっていた。

 もう許してほしい。

 私は疲れて、小さくため息をついた。
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