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142.初秋の舞踏会

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 王宮の大ホールでは、華やかな舞踏会が開かれていた。

 今日はグランツ夏季休暇中で、最後の夜会となる。

 オリヴァー殿下からの誘いで、ザフィーアのメンバーは全員が参加していた。

 年少組に社交界は一年早いのだけど、今日は特例ということで許可が下りた。

 オリヴァー殿下が笑いながら告げる。

「ペテル共和国では酷い目に遭ったからな。
 今日の夜会で口直しをしよう」

 今夜は珍しく、お母様も夜会に参加している。

 年少組のお目付け役のようなものだ。

 クラウディア様と並んで、私たちを見守りながら談笑しているようだった。


 私たちザフィーアは、固まって談笑していた。

「他国での夜会に比べたら、緊張感なんてまるでなくなりますわね」

 マーセル殿下が大笑いして応える。

「お前たちは特に、命の危機だったからな。
 今日は安心して飲み食いするといい」

 私はちらりとスウェード様を見る。

 年齢の割に体格がいいスウェード様は、清掃すると見違えて見えた。

「スウェード様って、地道にポイントを稼ぐタイプですわね」

 レナがそれを聞き付けて、ニヤニヤと告げる。

「あら、お兄様にも目があるのかしら?」

 私は微笑んでそれに応える。

「大きな失点がなく、地道にポイントを稼ぐ方だと思いますわよ?
 時間をかければ、意中の相手を射止めることも、不可能ではないと思うわ」

 スウェード様が苦笑していた。

「そんなに時間をかけていたら、マリオン様は奪われちまうよ」

 ヴァルターもビシッと黒いスーツで身を固め、背筋を伸ばして立っていた。

 弱気な物腰はもう、見られない。

 私はなんとなく目が離せなくて、ヴァルターが他の男子と談笑する姿を眺めていた。

 背後からサニーの声が聞こえる。

「惚れ直し、ですわね」

 私は慌てて振り向いて応える。

「惚れ直しって?! そもそも惚れてなんていませんわよ?!」

 サニーが深いため息をついた。

「それだけ熱い視線を送っておいて、自覚がおありにならないのは……ポンコツを通り越した『何か』ですわね」

 レナが会話に加わってくる。

「今のところ、ヴァルター様と殿下たちが恋愛対象になってるから三つ巴だけど。
 ヴァルター様のリードが著しいから、結果が見えてるわね」

 ララもいつの間にか輪の中にいた。

「マリーの目から見て、今日のオリヴァー殿下とマーセル殿下はどう見えるの?」

 私は困惑しながら応える。

「どうって言われても……言葉に困りますわ」

 私はしげしげと二人を眺めた。

 猫かぶりの温和な物腰を続けるオリヴァー殿下はどこか儚げだ。

 クラウディア様と似た空気をまとっている。

 だけど仮にも第一王子。そのオーラはしっかりと、周囲を支配するものだ。

 いつも通りの横柄な態度を取るマーセル殿下は力強い。

 国王陛下と似た空気をまとっている。

 こちらも王族のオーラを醸し出してるけど、オリヴァー殿下に遠慮して、少し弱いみたい。

「うーん、いつも通り……いえ、マーセル殿下が少し『パンチが弱い』ですわね。
 兄弟で同時に場に出てしまうと、オリヴァー殿下を立てようとする。
 そこは長所でもあり、短所でもありますわね」

 マーセル殿下はオリヴァー殿下に心酔してる。

 ブラコンと言っても過言じゃないくらいに。

 それを振り切って本来の魅力が発揮されれば、もっとずっと輝ける人だと思う。

 私の寸評を聞いた女子三人は、「なるほどね」と納得していた。


 ザフィーアで固まってるせいか、他の人は近寄ってこようとしない。

 だけど、たまに令嬢が近づいてくる事があった。

 彼女たちは漏れなく私に敵の眼差しを一瞬向けたあと、殿下たちに話しかけていた。


 何人目かの令嬢が立ち去ったあと、私はぼそりとつぶやく。

「どうして私がこんなに敵視されているのかしら」

 困惑する私に、アラン様がにこやかに教えてくれる。

「既に社交界でも、ザフィーアは有名です。
 なんせ、オリヴァー殿下が自分で吹聴してますからね。
 そしてあなたとの『ゲーム』のことも知られています。
 ――つまり、殿下を狙う令嬢たちにとって、あなたは目の上のコブなんですよ」

 私はびっくりして、思わず声を上げる。

「オリヴァー殿下、なにしてんの?!」

「あなたと婚約するつもりの殿下たちにとって、言い寄ってくる他の令嬢はハエです。
 まとわりつかれるのが、鬱陶しかったのでしょう」

 春のようなさわやかな笑顔で、鋭利な言葉の刃をアラン様は振り回した。

 この人、見かけによらないんだな……。

 私はハッと気が付いて、サイ兄様に尋ねる。

「もしかして、ザフィーアや『ゲーム』のことは、グランツでも有名なのですか?!」

 半笑いでうなずくサイ兄様に、私は軽い絶望を覚えた。

 もう、グランツで『男を弄ぶ悪女』と呼ばれるのは確定じゃない……。

 おそらく、もう「手遅れ・オブ・手遅れ』だ。

 そんな悪評が流れている私に、近寄ってくる派閥は居ないだろう。

 たとえそれが侯爵令嬢でお母様の娘だとしても。

 つまり、社交場に居るだけ無駄、ということだ。

 ……こういう時は、開き直りよね。

 私は周囲の視線を気にせず、食事を口に運ぶことにした。




****

 クラウディアが子供たちを見ながら、楽しそうに告げる。

「今のところ、オリヴァーもマーセルも健闘している方かしら?」

 ヒルデガルトが応える。

「でもヴァルターに随分と心が傾いてるみたいね。
 逆転できると思う?」

 クラウディアが儚い微笑で応える。

「あら? 私が貴方の親戚の座を逃すと思って?
 リッドやヴァルターには悪いけど、そこを譲る気はないわ」

「オリヴァー殿下もマーセル殿下も、恋愛対象にはなってるみたいだけど。
 ここから逆転するのは難しそうよ? 秘策はあるの?」

「夏季休暇も終わってしまうし、今すぐはさすがに無理ね。
 マリーの入学までに仕込むしかないわ」

 ヒルデガルトが眉をひそめた。

「仕込むって……何を考えてるの?」

「それはあとのお楽しみよ?」

 クラウディアは、とても楽しそうに笑った。




****

 グランツの夏季休暇が終わり、サイ兄様は寄宿舎へ戻っていった。

 私は、平日の午前を古代魔法の鍛錬に充てた。

 午後は魔術や『蜃気楼』の鍛錬に充て、日々を送っていた。


 私は思わず声を上げる。

「で、できました! お母様!」

 とうとう現れた自分の『蜃気楼』に感動して、私はそれを指で触っていた。

 確かに、本物と同じ感触がする!

 お母様も、まじまじと私そっくりの『蜃気楼』を眺めて告げる。

「マリーの魔力制御難易度で『蜃気楼』を修得できるなんて。
 凄いわね……」

 私は得意気に応える。

「実はですね、私向けに術式をアレンジしたのです!
 魔力が有り余っていて制御が難しいのがネックでした。
 なので魔力の増幅術式を省略して、難易度を下げれば良いのではないかと!」


 魔導術式には、消耗を抑えるための増幅術式を挟むのが常識だ。

 この増幅術式の個数が増えるほど、魔力制御の難易度は上がっていく。

 なのでいくらでも増幅できる訳じゃない。

 一個の増幅術式で増やせる魔力もごくわずかなので、高難易度の術式はあちこちに増幅術式が挟まっている。

 そして私は、これらをすべて省略したのだ。

 その分、魔力の消耗は大きくなるけど、魔力制御の難易度は飛躍的に下がる。


 お母様は感心したようにうなずいていた。

「なるほど……それなら確かに、けた違いに難易度を抑えられるわね。
 でもそれで、何分維持できるのかしら?」

「魔力残量を観察してみましょう!」


 それから二時間が経過しても、直立不動型の『蜃気楼』は維持され続けた。

 私たちはお茶を飲みながら、『蜃気楼』を眺めている。

「ねぇマリー、今の魔力残量はどれくらいかしら?」

「そうですねぇ……まだ全然減ってない気がします」

 体感では、二割も減っていない気がする。

 直立不動型は最も魔力消費量が少ない。

 それでも二割も減ってしまった、とも言える。

 お母様が小さく息をついた。

「これなら、自律行動型を数体出しても、それなりの時間を維持できるかもね」

 もちろん、自律行動型はもっと難しくて、まだ使えない。

 消耗も直立不動型の比ではないらしいので、一時間維持することも無理だろう。

 たぶん、二体を五分とか、そのくらいになるんじゃないかな。

 お母様が、真剣な顔で私に告げる。

「でもそんな無茶な魔力の使い方をしたら、いくらマリーでもあっという間に力尽きるわ。
 危険すぎるから、増幅術式を省くのは極力避けなさい?」

「はい、お母様!」
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