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137.幽閉(3)

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 二日後の朝、回復した女子三人が私の部屋を訪れていた。

「みんな、出歩いて大丈夫なの?」

「大丈夫よ、マリーのおかげですっかり元気!」

 そう笑って応えるレナの顔は、本当に元気そうだった。

 私はまだ、そこまで回復は出来ていない。

 馬車の中で、それだけ自分を後回しにしてしまったからだろう。

 でもみんなが回復できたのだから、私の胸のつかえも取れた気がした。

 ララが疲れた顔で、ベッドサイドに腰かけた。

「それにしても、酷い目に遭ったわね」

 サニーが立ちながらうなずいた。

「ほんとよね。
 成長期の子供から食事を奪うとか重罪よ?!」

 レナがララのそばで笑いながら告げる。

「ベッカー議員、あんな酷いことをする人に見えなかったのにね」

 私は「あはは……」と力のない笑いの後に、三人に尋ねる。

「みんなも鉄枷てつかせや眼帯を付けられてたの?」

 三人が顔を見合わせ、私に対して首を横に振った。

 サニーが告げる。

「縄で手足を縛られて、猿ぐつわはかまされてたけどね。
 鉄枷てつかせは付けられてなかったわよ?
 眼帯もなかったわ」

 じゃああれは、私だけの拘束だったのか。

 三人の話では、ヴァルター様が魔法で牢屋の鍵を切り裂いて助け出してくれたらしい。

 そのあと、他の男子が女子の攻速をほどき、ひとりずつ付き添って水を与えていったのだとか。

 私は小首をかしげながら尋ねる。

「鍵を切り裂く魔法?」

 サニーがうなずいた。

「なんかね、剣に魔法を付与してたわよ?
 魔法だから詳しいことは教えてもらえなかったけど」

 魔法は魔導士にとっての『秘儀』、家族以外に教えることがない技術だ。

 そりゃあ詳しく聞いても、応えられないだろうな。

 レナがうつむきがちに告げる。

「お母様がアストリッド様から聞いたことがあるらしいのだけど。
 『何かを代償にして、すべてを切り裂く刃』を作り出す魔法なんですって」

 『すべて』とはいっても、人間の使う魔術だから限度はあるらしい。

 何を代償にするのかも、教えてもらえなかったそうだ。

 だけどその魔法を使うために、アストリッド様のシャーヴァン辺境伯家では、男女問わず剣術を習うのだとか。

 普通、嫁ぎ先では実家の魔法を伝えることはないと教わった。

 だけど万が一に備えて、こっそり伝えることはあるらしい。

 今回のヴァルター様の行動は、そんな家の秘密をばらしてしまうくらい、切羽詰まった行動だったのか。

 ……待って? ヴァルター様って、私と同じ十二歳よね?

 なのに高度な魔術である、現代魔法を修得してるの?

 実はあの人、隠れた完璧超人なのでわ?


 女子がそんな会話をしていると、ドアがノックされた。

 サブリナが対応し、オリヴァー殿下とマーセル殿下が中に招き入れられる。

 オリヴァー殿下が、疲れたように告げる。

「やっとライナーから、部屋の外に出る許可が下りたよ――みんな無事か?」

 女子全員で、笑顔でうなずいた。

 マーセル殿下が、悔しそうに告げる。

「捜索に参加できず、すまなかった。
 今回の俺たちは、何の力にもなれなかった」

 私は笑ってその言葉を否定する。

「殿下たちは王位継承者です。
 私たちの誘拐が陽動で、殿下たちが本命だった場合を考えてください。
 うかつに動かれる方が困りますよ?」

 オリヴァー殿下が厳しい表情になって告げる。

「今回の件は、ペテル共和国に厳重に抗議する。
 許しがたい蛮行だ」

 あれ? そういえば。

「オリヴァー殿下、隣町の視察はどうなったんですか?」

 今頃、視察に行ってる頃じゃなかったっけ?

 オリヴァー殿下が苦笑を浮かべた。

「こんな状況で、視察を続行できる訳がないだろう。
 予定は中止になったよ」

 そっか、ペテル共和国内での安全を確保できなくなったんだもんな。

 こんな情勢で移動して回るのは、『どうぞ襲ってください』と言ってるようなものだ。

 私はうなずいて応える。

「それもそうですね。
 ……じゃあもう、帰国するんですか?」

 オリヴァー殿下がうなずいた。

「被害者全員の回復が確認できたら、それで帰国する。
 予定の半分も消化できていないが、仕方あるまい」


 私は殿下たちにも、何が起こったのかをかいつまんで説明していった。

 もちろん古代魔法に関することは、内緒だけど。

 その途中で、ユルゲン伯父様が部屋に入ってきた。

 その表情は、まだいつもの伯父様には戻っていない。

「医者が手配できた。
 昼過ぎには診察に来るから、見てもらってくれ。
 ――それと、マリーに確認しておきたいことがある」

 そう言って、ユルゲン伯父様は真っ二つにされた鉄枷てつかせと、眼帯を荷物から取り出した。

「それ、私が付けられてた物ですね」

 ユルゲン伯父様がうなずいた。

「ありがとう、それを知りたかった。
 ――すまないが全員、外に出ていてくれないか。
 ちょっと機密事項に関わることなんだ」

 不満げな殿下たちの背中を、サニー体がなんとか押し出して部屋から出て行った。

 ユルゲン伯父様はそれを確認してから、私に振り返る。

「この眼帯は、精霊眼の上に着けられていたんだね?」

 私は黙ってうなずいた。

 伯父様が言葉を続ける。

「これには魔力を記録する術式が付与されていた。
 間違いなく犯人の狙いは、精霊眼の力――古代魔法だ。
 神が君の祈りに応じなかったのはたぶん、そのせいだろう。
 神が魔力を記録されるのを、嫌がったんだ」

 私は鉄枷てつかせを見ながら告げる。

「じゃあその鉄枷てつかせも、魔力を記録する物なんですか?」

 ユルゲン伯父様は首を横に振った。

「これは帝国が中途半端な古代魔法を利用した技術、それを応用した魔導具のようだ。
 少なくとも、現代魔術や現代魔法ではない魔力が付与されている。
 君の魔力でも破壊できなかったのは、そのせいだろう」

 私はその言葉に驚いた。

 だって、鉄枷てつかせは真っ二つにされている。

 ヴァルター様が魔法で切り裂いたんだろう。

 私には、古代魔法を応用した魔法で作られた鉄枷てつかせを、現代魔法で破壊できるとは思えなかった。

 私の疑問に、ユルゲン伯父様が苦笑で応える。

「シャーヴァン辺境伯の家に伝わる魔法だね。
 生命力を代償に、すべてのものを切り裂く刃を生み出す強烈な魔法だ。
 ――まったく無茶をする。中途半端とはいえ古代魔法だ。
 これを切り裂くなど、どれほどの寿命を削ったんだか」

 ――寿命を、削る?!

 そんな代償を払ってまで、私を助けてくれたというの?!

 私は愕然としていた。

 ユルゲン伯父様が優しい顔になって、私の頭を撫でた。

「ヴァルターをあとで部屋に来させるから、お礼を言っておきなさい」

 頭を撫でられながら、ユルゲン伯父様に尋ねる。

「……ベッカー議員は掴まったんですか?」

 得る現伯父様が、厳しい表情になって応える。

「いや、完全に行方をくらましたようだ。
 諜報部に追跡させているが、捕まるかはわからない」

 私は少し考えてから、再び尋ねる。

「……ディーツ議長は、なんて言ってるんですか?」

「彼は悔しそうに語っていたよ。
 『あいつがそんな大それたことをしでかすとは』ってね。
 ――なんにせよ、君の回復を待ってから帰国することはけてい事項だ」

 私は休息を取ることに専念するよう、念を押された。

 『後のことは、大人に任せなさい』と、優しく微笑まれた。

 そう言い残して、ユルゲン伯父様は部屋から出て行った。
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