新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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135.幽閉(1)

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 目が覚めると、私はひとりで意思蝋に転がされていた。

 薄明りの中で、自分の状態を確認をする。

 両手と両足に鉄枷てつかせ、口には猿ぐつわ――これは、右目に眼帯?

 私の右目は、眼帯のようなもので塞がれていた。

 はっきりとはわからないけど、魔力を感じる。

 これに何の意味があるのか、今の私にはわからなかった。

 両手は後ろ手に鉄枷てつかせをはめられて動かせない。

 両足首にも鉄枷てつかせで、立ち上がることすらできそうになかった。

 これでは、まともに動くことも難しい。

 猿ぐつわで、声も封じられてる。

 叫んだところで、遠くまで声は届かない。

 ……三人は無事だろうか。

 私と一緒に眠らされた彼女たちがどうなったのか、心配だった。

 だけど今の私じゃ、それを確認する方法もない。


 大ホールのそばで、開け放たれた扉。

 人の良い笑顔――完全に油断した。

 とんでもなく大胆な犯行だ。

 走ればすぐに大ホールに戻れる場所。

 開け放たれた扉の外では、少ないけど人が普通に通り過ぎていた。

 そしてあの笑顔から、私は悪意を感じることができなかった。

 私の直感すら騙したのか。

 長く貴族をやってきた男が、何枚も上手だったってことかな。

 ……いや、私はベッカー議員に対して、不快感を感じてた。

 あれが唯一の警報だった。

 だけど『精霊眼を凝視されているからだ』と、勘違いをしてしまった。

 大人って怖いんだなぁ……なんて、考えてる場合じゃないか。

 自分がどのくらい意識を失っていたのかはわからない。

 今が何時なのかもはっきりしない。

 ここはどこなんだろう。

 不安は尽きなかった。

 だけど私は何よりもまず、レナやララ、サニーの安全を確認したかった。

 精霊眼研究者だったベッカー議員の狙いは、おそらく私一人。

 三人を巻き込んだのは、私だ。

 ごめん、みんな。私のせいで、酷い目に遭ってないと良いんだけど。

 辺りに人の気配はない。

 湿った空気の中、ただひとりで私は置き去りにされていた。

 なんとかこの鉄枷てつかせを破壊しないと、逃げることもできない。

 砂時計の砂粒のように、強い魔力を込めれば破壊できるかもしれない。

 私は試しに、全力で魔力を鉄枷てつかせに集めてみた。




****

 ――数十分が経過した。正確な時間はわからない。

 全身を汗に濡らし、魔力を手加減なしでぶつけ続けたけど、鉄枷てつかせが壊れる気配はなかった。

 やっぱり鉄と砂じゃ、強度が違うのかなー?!

 いける気がしたんだけど、甘かったか。

 砂粒と違って、容赦ない全力で叩き付けてたんだけどなぁ。

 それでもひびひとつ、入る様子がなかった。

 この疲れ具合だと、これ以上は精神力が尽きる。

 私は鉄枷てつかせを魔力で破壊することを諦めた。

 今回、トネリコの葉は持ってきていなかった。

 こういう時のための葉っぱなんだけど。

 でもたとえ持ってきていても、私一人が逃げ出すわけにもいかない。

 三人の無事が確認できるまで、使うことはなかっただろう。


 しばらく何もできない時間が過ぎていった。

 ……困った時の神頼み、やるかー!

 二人の神の気配は、すぐに見つかった。

 早速愛の神の気配を手繰り寄せ、話しかける。


(愛の神様ー、聞こえますかー)


 返事はなかった。

 何度か呼び掛けてみたけど、声が返ってこない。

 豊穣の神に話しかけても、同じ結果だった。


 残った手は……古代魔法だけか。

 幸い、この場に他人は居ない。

 神の気配はあるから、使うことはできるはずだ。

 鉄枷てつかせを破壊する魔法をイメージして、祈りをささげた。

 ――だけど、愛の神の魔力が集まってくる気配がなかった。

 豊穣の神にも祈ってみたけど、結果は変わらなかった。

 お母様は『神様が応じなければ、古代魔法は発動しない』って言ってたっけ。

 つまり神の力でも破壊できないか、私のイメージが足りてないのかな。

 打てる手が、なくなっちゃった。

 こういう時は……寝逃げよね。

 私は対応を諦めて、目をつぶった。




****

 私は何度か寝逃げを繰り返したけど、誰かがやってくる気配はなかった。

 最初に目覚めてから、おそらく一日以上は経過してる。

 私だって成長期真っ盛りの子供だ。

 空腹で倒れそうになっていた。

 さらっておいて放置するとか、何がしたいのかわからないな。

 空腹に苛立ちながら、もう回数も覚えていない寝逃げを行った。




****

 体感で二日以上は経過した。

 薄明りで放置されて、時間間隔はおぼろげだ。

 空腹でかなり衰弱してる。

 体に力が入らない。

 だけど今は、ご飯よりお水が飲みたかった。

 人間は食事抜きには結構耐えられるらしい。

 だけど『水を飲めないと数日で死ぬから気をつけなさい』って、お爺様が教えてくれたっけ。

 死が、確実に近づいてきていた。

 わかっているけど、打つ手がない。

 イメージを変えた初歩的な古代魔法も、いくつか試してみた。

 だけど『古代魔法そのものが使えない』ことがわかっただけだった。

 つまりこれは、神様が力を貸そうとしていない――貸せない理由がある?

 自分もそうだけど、三人の命が心配だ。

 なんとか脱出方法を考えてるうちに、私はまた意識を失った。




****

 最初に目覚めてから、どれくらい時間が経ったのだろうか。

 もう私には、それすらもわからなくなっていた。

 目が覚めても、意識がもうろうとする。

 水が欲しくてたまらなかった。

 次に意識を失ったら、もう命がないかもしれない。

 そんな予感が、私を襲っていた。

 レナ、ララ、サニー。巻き込んで、ごめんね。

 薄れゆく意識の中で、石畳を叩く激しい足音を聞いたような気がした。




****

 ――口の中が湿ってる。

 朦朧とした意識の中で、そのことに気が付いた。

 私は慌てて水分を喉の奥に流し込んだ。

 乾いた喉は、少しの水分すら、引っかかってうまく流れていかない。

 必死に飲み込むと、また口が湿らされた。

「慌てないで。ゆっくり、噛むように飲んでください」

 誰……? 誰かに、抱きかかえられてる?

 ゆっくりと目を開けると、そこにはヴァルター様の顔があった。

 私は口を湿らせてくるヴァルター様の手を遮り、声を出す。

「レナ……たち……は?」

 私のかすれ声に、ヴァルター様が応える。

「別の牢屋で見つけて、今は他の男子が手当てをしています」

 それだけ言うと、再びヴァルター様は私の口を水筒の水で湿らせていく。

 私は黙って、その水を飲み続けた。

 今の私は、すべての拘束から解放されていた。

 辺りを見ると、猿ぐつわと鉄枷てつかせ、眼帯までがすべて外され、床に落ちていた。

 ヴァルター様が持っていた小さな水筒を空にして、私はようやく「ここは?」と聞けた。

「ペテルの首都から、馬車で一日ほど離れた森の中です。
 ――歩ける様子ではないですね。
 背負います」

 ヴァルター様が、手早く私を背負い、立ち上がった。

 牢屋を出て通路を進んで行くと、男子たちが合流した。

 アレックス様、サイ兄様、アラン様、アミン様、スウェード様。

 スウェード様がレナを、アミン様がララを、アラン様がサニーを背負っている。

 サイ兄様とアレックス様は、長剣を手に持っていた。

 サイ兄様が告げる。

「ヴァルター、俺がマリーを背負う。
 お前とアレックスが、道を切り開け」

 私はサイ兄様によって丁寧に背負い直された。

 ……そうか、『妹は兄が背負う』ことにしたのか。

 子供とはいえ、婚前の淑女。

 家族以外の男性に、みだりに背負われていい訳じゃない。

 サニーのお兄さんはここに居ないから、一番家格が高いアラン様が背負ってるのかな。


 そのまま私たち一行は、通路を先に進んで行く。

 ――どうか、このまま無事に脱出できますように。
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