新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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133.ペテル共和国の夜会(1)

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 翌日になり、私たちは散策を取りやめて夜会の準備を進めた。

 持参した盛装に身を包み、ペテル共和国の宮廷に向かった。

 今回の会場は、旧帝都の宮廷だ。

 普段は議会場として使われているその施設にある、大ホールが目的地だった。

 大ホールには、ペテル共和国の貴族議員たちが大勢参加しているみたいだ。


 レナが大ホールを見渡しながら告げる。

「おっきなホールですねぇ」

 サイ兄様が応える。

「旧帝都で、一番大きなホールらしい。
 かつては皇族が夜会を主宰していた場所だ」

 私たち年少組は十二歳、社交界に出る前の年齢だ。

 それがいきなり国外の夜会に参加なのだから、みんな緊張している様子だった。

 あのアラン様も、どこか動きがぎこちない。

 年長組だって、まだ社交界慣れできる年齢じゃない。


 結局誰も彼も、緊張しながらおっかなびっくり、夜会の空気に触れていた。

「楽しめていますか?」

 その声に振り向くと、人の良い笑みを浮かべた、恰幅の良い男性が居た。

 年齢は、五十前後だろうか。

 マーセル殿下が、私たちを代表して応える。

「ええ、ご招待ありがとうございます」

「なに、友人からの勧めでね。
 『オリヴァー殿下の友人も来ているなら、彼らも誘ってはどうか』とね」

 それからいくつかの言葉を交わしたあと、男性が告げる。

「何か困ったことがあれば、ぜひ頼って欲しい。
 いつでも力になろう」

 そう言い残して、彼は立ち去っていった。

 私はその背中を見やりながら、マーセル殿下に尋ねる。

「どなたですか?」

「ハーバート・ディーツ議長さ。
 ペテル共和国の国家元首、みたいなものだ。
 帝国時代は穏健派として知られていた人物らしい」

 私は驚いて声を上げる。

「好戦的だった帝国に、穏健派なんて居たんですか?!」

 オリヴァー殿下の声が私に応える。

「居たらしいですよ」

 その声に振り向くと、ひとりの老齢の男性を連れて近づいてくるところだった。

 オリヴァー殿下が言葉を続ける。

「『もっと内政に力を入れるべきだ』と言い続けていた人物だそうです。
 皇帝に意見を言える、数少ない貴族だったそうですよ」

 猫かぶりしてるオリヴァー殿下も、久しぶりだなぁ。

 さすがに外面は外せないか、こんな場所じゃ。

 オリヴァー殿下がすまし顔で言葉を続ける。

「彼が居るから、この国を安定して運営できているようなものですね」

 マーセル殿下がオリヴァー殿下に尋ねる。

「そんなに影響力がある人物なのか?」

「わがままばかり言う貴族議員たちを取りまとめられるのが、彼しかいないそうです」

 貧乏くじ、という奴かなぁ?

 なんだかとっても大変な役回りを引き受けた人なんだな。

 オリヴァー殿下が言葉を続ける。

「『この国に滞在中、困ったことがあればなんでも相談して欲しい』と言われています。
 マーセルたちも、覚えておくといいですよ」

 マーセル殿下が、オリヴァー殿下の背後に居る人物に視線を向けた。

「その方はどなたなんだ? 兄上」

「ああ、フロリアン・ベッカー議員ですよ。
 マーセルたちを招待するよう、ディーツ議長に勧めてくれた人です」

 ベッカー議員が前に出てきて、微笑みながら告げる。

「フロリアン・ベッカーです。どうぞよろしく」

 握手を求められ、マーセル殿下はにこやかに応じていた。

 私は疑問に思い、ベッカー議員に尋ねる。

「なぜ私たちを誘うように提案したんですか?」

 彼は笑いながら応える。

「オリヴァー殿下が、『友人と一緒に来たというのに、公務詰めだ』と嘆かれてね。
 年齢の割にしっかりした方だと思うが、それでは寂しかろう。
 ただの老婆心だよ」

 ベッカー議員の視線が、私の右目――精霊眼にとまった。

 私は苦笑を浮かべながら応える。

「……やっぱり、目立ちますか?」

 ベッカー議員が慌てて精霊眼から視線を外した。

「ああ、不躾な真似をしてすまなかった。
 ――私は帝国時代、精霊眼に関する伝承を調査していたんだ。
 とても不思議な瞳だろう?」

 何故こんな瞳を持った人間が生まれるのか。

 この瞳に、どんな力があるのか。

 そんなことを、若い頃から研究していた人らしい。

 精霊眼の研究者かぁ。

 私は少し考えてから、ベッカー議員に尋ねる。

「帝国に精霊眼保持者って、どれくらい居たんですか?」

「報告では十人に満たなかったはずだ。
 ほぼ全員が軍属で、レブナントの帝国攻略戦で命を落とした者も居る。
 だから、今ではもっと少ないだろうね」

 十人未満?! そんなに少ないの?!

 レブナント王国では百人は居ると言われてるのに。

 人口が三倍以上ある帝国で、たった十人も居なかったの?

 私は再び尋ねる。

「研究をしていて、精霊眼についてわかったことはあったんですか?」

 ベッカー議長が苦笑を浮かべた。

「残念ながら、これといった収穫はなかったよ。
 皇帝は精霊眼に興味がなかったからね。
 ろくな予算も出してもらえなかった」

 と、首を横に振っていた。

 マーセル殿下がベッカー議員に尋ねる。

「ディーツ議長と友人ということは、あなたも穏健派だったのですか?」

「ハハハ! 私は軍属だった。
 どちらかというと、ディーツ議長とは争うことが多かったね」

 と言って、ベッカー議員は笑っていた。

 なんだか不思議な話だな。

 私はベッカー議員に尋ねる。

「それでは何故、友人になったのですか?」

 ベッカー議員が微笑で応える。

「帝国時代は、立場の違いから争うことがあっただけだ。
 ペテル共和国になってからは、ともに国を回していかねばならない立場になった。
 国のためを思っているうちに、意気投合したのさ」

 ペテル共和国には、『国家のために動こうとする議員』が少ないと嘆いていた。

 だから有志が力を合わせ、少しでも協力していこうとしているらしい。

 どうやら、まともに考えて行動できる大人みたいだ。

 少なくとも『我欲で動くタイプ』ではないのだろう。

 だけど、妙な不快感があった。

 悪い人ではないように見えるのに、不思議だなぁ。

 さっき精霊眼を見つめられたことが、そんなに嫌だったのかな?

 だけど、元研究者だったなら、見つめるなという方が酷だと思う。

 仕方のないことだと思うんだけど。

 私は不快感を胸の奥に沈め、ベッカー議員に微笑みを返した。

 ベッカー議員が告げる。

「困ったことがあれば、いつでも相談して欲しい」

 そう言い残し、彼は立ち去っていった。


 私はベッカー議員の背中を見送ったあと、オリヴァー殿下に尋ねる。

「ああいったまともな議員って、どれくらいこの国に居るんですか?」

「とても数が少ないな。
 ディーツ議長やベッカー議員を含めても、片手で足りる程度だ。
 他は自分の利権を守ることに、必死な奴らばかりさ」

 と言って、肩をすくめた。

 サイ兄様が近づいてきて、オリヴァー殿下に尋ねる。

「ユルゲン伯父上やライナー様は、どこに行ったんだ?」

 ああ、そういえば姿を見てないな。

 オリヴァー殿下が応える。

「今日、この場に招待されたのは子供たちだけだからな。
 大人たちは会場周辺の警備に加わっているはずだ」

 魔術騎士たちも、会場に姿がない。

 全員が外で警備に参加してるのだろう。

 この大ホールに居るレブナントの人間は、ザフィーアの私たち十二人だけだった。

 ペテル共和国側の衛兵は立っているけど、レブナントの兵の姿はない。

 まぁ、外で会場の警備をしてくれてるなら、問題はないのだろう。


 私たち十二人はひとつの場所に集まって、初めての夜会を楽しみだした。
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