新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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127.夏季休暇の催し物(1)

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 お母様の魔術授業も、最終日の朝を迎えた。

 私はいつものように、ザフィーアのみんなと食卓を囲んでいた。

 最終日の今日は、お母様やお父様、お爺様も加わっている。

 これは良いタイミングかもしれない。

 私はお母様に宣言する。

「お母様、私はグランツに寄宿したいと思います」

 仲間たちの前で、私はお母様に希望を告げた。

 周囲は声を抑えながら、嬉しそうな顔で見守っていた。

 お母様が私に応える。

「……本気なの?
 少しずつあなたは今の魔力を使いこなせるようになってきたけれど。
 グランツのカリキュラムについて行けるかは、わからないわよ?」

 私はうなずいて告げる。

「私も悩みました。
 でも私は、自分を高めるためにグランツに通うべきだと思うのです。
 魔術の勉強に追いつく自信はありませんが、そこは熱意でカバーします」

 お爺様が、楽しそうに微笑みながら告げる。

「マリーの熱意があれば、追いつくことは可能だろう。
 私は問題がないと思うよ」

 お母様は、まだ不安気な表情だ。

「お父様ったら……マリーは熱意があり過ぎるのよ。
 熱中してまた倒れてしまっても、寄宿では私が助けることができないわ。
 どうして寄宿を選びたいの?」

「通学時間を勉強時間に充てられるじゃないですか。
 勉強に不安があるなら、なおのこと寄宿にするべきです」

 マーセル殿下が横から口を挟んでくる。

「ヒルデガルト、兄上以外は寄宿生になる。
 マリオンがやり過ぎないよう、俺たちが必ず止める。
 それに今のグランツのカリキュラムなら、それほど無理なく追いつくことができるはずだ」

 お母様はマーセル殿下の目を見つめたあと、小さく息をついた。

「……そうね。
 みんなが見張ってくれるなら、なんとかなるかもしれないわね」

 お父様が穏やかな笑顔で私に告げる。

「マリーの将来の為にも、きっとこれは良い経験になるでしょう。
 休日しか会えなくなるのは寂しいですが、これも親の務めです。
 俺はマリーを応援していますよ」

「お父様……ありがとうございます!」

 お母様が柔らかい笑顔で、私に告げる。

「では来年から、マリーもグランツ寄宿生ね。
 これからは年末のグランツ入試に備え、勉強内容を変更しましょうか。
 今から準備すれば、落ちる心配はないでしょう」

 ザフィーアの仲間たちが、とうとう我慢できずに歓声を上げる。

「マリーと三年間一緒ね!」

「俺たちも、二年間は一緒だ!」

 私はみんなの喜びの声に包まれながら、お母様に「ありがとうございます」と頭を下げた。




****

 最終日の鍛錬も終わり、みんなは魔術鍛錬上に集合していた。

 お母様が、みんなを見回してから口を開く。

「これでグランツ入学前の、特別魔術授業は終了よ。
 みんな、よく頑張ったわね」

 これからは、休日に魔術授業の日を常設するそうだ。

 続けてお母様に教えてもらいたければ、その日に我が家に来ることになる。

 そうすれば、もっとたくさんのことを教えてくれるらしい。

「――みんなはもう私の弟子なのだから、気兼ねすることはないわよ?」

 オリヴァー殿下が慌てて告げる。

「ヒルデガルト、我々は基礎の魔力鍛錬を受けただけです。
 それで『あなたの弟子』を名乗るのは、プレッシャーがきつすぎますよ」

 なんせ、お母様は『空を駆け、山を消し飛ばす魔導士』だ。

 その弟子だなんて、簡単に名乗りたくないよね。

 同じことを期待されても、私たちにはできないもん。

 お母様が楽しそうに笑った。

「そんなに気負うことはないわよ。
 お父様の弟子だって、基礎の魔力鍛錬を重点的にやっていたの。
 その頃と大して変わらないわよ?」

 いやー、『お爺様の弟子』と『お母様の弟子』じゃ、大違いじゃないかなぁ。

 背負うプレッシャーが段違いだよ?

 他の仲間たちもやっぱり、引きつった苦笑を浮かべていた。

 みんなの気持ちが、密かにひとつになった瞬間だ。




****

 最後の賑やかな夕食も終わり、私たち女子は臨時女子部屋に居た。

 レナとララが、惜しむように口にする。

「こうやって四人で寝ることも、今日で最後かー」

「少し感慨深いわね」

 そして二人の目が、私とサニーに注がれた。

「……こうしてホールドされるマリーを見るのも、見納めね」

「マリー、よくその恰好で眠れるわね」

 そう、私は既に、サニーに抱き着かれていた。

 サニーはこの一瞬を惜しむかのように、いつもより強い力で抱き着いている。

「この二か月間! 抱き続けた子の感触と離れ離れになるだなんて!」

「私は二か月ぶりの安眠が、ようやく返ってきそうで一安心してるわ……」

 サニーの抱き着きは、両手両足で絡みついてくる。

 とても寝苦しいのだ。

 慣れてしまったので、私も熟睡は出来てるけど。

 抱き着かれないに越したことはない。

 レナがぼそりと告げる。

「来年の寄宿で、マリーとサニーがルームパートナーになったら、三年間その生活ね」

「ちょっと?! それは考えないようにしてたのに!
 今から口にしないでくれる?!」

 私にとって、寄宿生活最大の不安は勉強より、そっちだ。

 ルームパートナーで、三年間の生活品質が左右される。

 そりが合わない相手がルームパートナーになったら、地獄の三年間だ。

 それに比べたらサニーがルームパートナーになるのはましかもしれない。

 だけどこの悪癖は、なるだけ直してほしい。




****

 最後の夜も過ぎ去り、朝食を終えた仲間たちは、次々と自宅へ戻っていった。

 私は最後の一人を見送った後、久しぶりに自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。

「サブリナー、ミルクティーちょーだーい」

 私は苦笑するサブリナからカップを受け取り、甘い香りに身を委ねた。

「はー。癒されるわ……」

 打ち解けた仲とはいえ、二か月間に及ぶ共同生活が終わった。

 私は、久々の『ひとりの時間』をゆっくりと味わった。

 そして二か月ぶりに、手足を伸び伸びと伸ばせるベッドで、安眠を貪ったのだった。




****

 あれから二か月が経過し、季節は六月になっていた。

 サイ兄様は、四月からグランツの寄宿舎に行ってしまった。

 私は平日にサイ兄様が居ない生活にも、慣れ始めた頃のこと。

 休日の魔術授業にザフィーアが集まったところで、オリヴァー殿下が『ある提案』を口にしたのが、すべての始まりだった。

「北方国家旅行に、ザフィーアで行かないか?」

 北方国家は、一番近い南端の国でも片道一週間はかかる。

 旧帝都であるペテル共和国なら、片道二週間だ。

 私は疑問を口にする。

「往復で一か月かかりますよ?
 その上、旅行であちこちを見て回るんですか?
 その間、グランツはどうするんです?」

 サイ兄様が、笑いながら教えてくれた。

「今年度のグランツには、夏季休暇があるんだ。
 それに合わせて『なにかイベントをやらないか』という提案だよ」


 七月から九月の三か月、学院が閉じられるらしい。

 その間は寄宿生も自宅に帰されるそうだ。

 『貴族子女にも余暇が必要だろう』という、お父様の提案らしい。

 もちろん、ただ『三か月を好きに過ごせ』という話でもない。

 『貴族子女として、自立心を持って三か月を過ごしてほしい』というのが、お父様の考えだ。

 その期間を社交に費やすも良し。

 自習に費やしても良し。

 そしてオリヴァー殿下のように他国に赴き、文化的交流を図るのもまた良し。

 そういった『それぞれのやり方』で自分を磨く期間として『夏季休暇』を制定したらしい。

 特に他国を理解するには、現地を見るのが一番だ。

 だけど移動だけでも時間がかかるので、そのために三か月という長期間なのだろう。

 争乱の無くなった今だからこそできる制度、と言えるのかもしれない。

 その分、通常のカリキュラムは従来より減らされたことになる。

 当然、卒業生の質を疑問視する声も出るだろう。

 この制度が来年度以降も続くかは、今年度の生徒たちの頑張り次第、とのことだ。


 私はオリヴァー殿下に尋ねる。

「ではオリヴァー殿下も、そういった他文化交流が目的なのですか?」

「どちらかというと、『またザフィーアの皆で何かをしたい』というだけだがな」

 ただのわがままだったーっ?!

 私はいたずら小僧のように笑うオリヴァー殿下の顔を、呆然と見つめていた。
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