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124.ゲームスタート(2)

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 『きちんと考えて、七人の男子たちの中で誰が好みか』か。

 私は苦笑いを浮かべながら、その言葉に応える。

「理性で考えて、ってことかしら。
 そういうことだと、私は前から『高貴な血筋』に嫁入りしたかったの。
 だからマーセル殿下か、アラン様ということになるわね」

 私は侯爵令嬢で、他の男子は伯爵令息だ。

 今より格下の家に嫁いでも、目的は果たせないだろう。


 ――ただ、最近はその願望が希薄になっているような気がした。

 『できれば望ましい』と、今でも思ってるけど。

 嫁入りして家庭に入るより、今は自分を磨いて『何ができるか』を探していきたい。

 たとえば『どうやったら魔術の腕を上げていけるのか』とか。

 そういったことを、多く考えるようになっていた。

 私もファルケンシュタインの一族だ。

 果たせる責務があるなら、それを果たして行きたかった。


 サニーが笑いながら告げる。

「オリヴァー殿下は、理性で考えても圏外なのね」

「それはしょうがないんじゃない?
 直感があそこまで警告する人を選ぶのは、理性でも嫌だわ」

 レナが私に尋ねる。

「どうしてそんなに高貴な血にこだわってるの?」

 私はすまし顔で応える。

「我がエドラウス侯爵家に、高貴な血筋の跡取りを入れたいのよ。
 サイ兄様の子供に、私の子供を嫁がせるか、養子に取ってもらうの。
 そうすれば我が侯爵家に、足りないものはなくなるわ」

 王族や公爵家の血が入れば、エドラウス公爵家にだってなれるかもしれない。

 ララが笑いながら告げる。

「あなたは、今の家が本当に大好きなのね」

 私は微笑んで応える。

「それはそうよ。敬愛するお母様が起こした分家ですもの。
 できることなら、立派な家系に育てたいわ。
 家を立派に盛り立てるのも、貴族の責務のひとつでしょう?」

 サニーが私に尋ねてくる。

「でも、あなたの心を射止めた人が高貴な血筋じゃなかったら、その時はどうするの?」

 私は少し考えてから答える。

「それは、その時になってみないおわからないわね。
 恋愛なんてしたことがないから、自分の心がどうなるかなんて、予想できないもの」

 三人が意外そうに「あら、初恋もまだなの?」と尋ねてきた。

 私はあきれ顔で応える。

「当たり前じゃない? 私の周囲に居る異性なんて、サイ兄様ぐらいよ?
 そういう意味では、初恋はサイ兄様かもしれないわね。
 兄様より素敵な男子を見たことは、今までないんだもの」

 ララが苦笑を浮かべながら告げる。

「ほんと、重度のブラコンよね。
 ――でもまぁ、しょうがないか。
 私も似たような物だし」

 レナも笑いながら告げる。

「高位貴族の令嬢って、よほど家族ぐるみでつきあいがないかぎり、男性と縁がないものね。
 グランツが最初に『家族以外の異性と出会う場』かしら」

 高位貴族の娘は原則、箱入り娘だ。

 両親が家の外に出そうとしないし、外出する時も侍女や兵士がきっちり身の回りを固める。

 社交界や学校に通うようになるまで、異性と知り合う機会がないのだ。

 親が幼い頃から嫁ぎ先候補と決めるような男子が居れば、会わせてもらえることはあるらしい。

 エドラウス侯爵家に通ってくる貴族子女。

 そんな家は、この女子三人ぐらいだった。

 そういう意味で『ザフィーア』が、私にとって初めて男子との邂逅になった。

 それはこの場に居る女子、全員が同じだ。


 私はふと気づいて、みんなに告げる。

「そういえば、みんなはザフィーアの男子をどう評価しているの?
 射止めたい男子はいるのかしら」

 サニーがため息をついて応える。

「私は親の決める相手に嫁ぐだけよ。
 レナやララも同じ。
 良家の男性にアプローチはしてみるけど、それは恋愛とは縁遠いものになるわね」

 ララが告げる。

「でも夫婦愛なんて、婚姻後でも育めるらしいわよ?
 だから私は、そこまで悲観はしてないわね。
 婚約期間中も、絆は育めるものだし」

 レナとサニーがうなずいた。

 彼女たちは、両親を信頼してるんだろう。

 『家のために、酷い男をあてがわれる』なんてことはないと、確信してるみたいだ。

 レナが笑いながら告げる。

「そもそも『ザフィーア』の男子はマリーに夢中だもの。
 それを横取りするほどの相手となると、そこまでの男子は居ないわね」

 サニーが続く。

「マリーとあの七人の誰かがくっついたとして、残り六人。
 その中から誰かを選べと言われても、確かに困るわね。
 ――結局、私たちも恋愛初心者に変わりはないのよ」

 同じ高位貴族の娘、男性との縁なんて、今までろくになかった。

 恋に恋するお年頃、ということかなぁ。

 グランツに通う間に『運命の人』に巡り合えたら――そう祈るだけだ。

 私はしんみりとした気分で告げる。

「グランツで良縁に巡り合えるといいわね」

 女子三人が笑った。

「そうね、そんな素敵な出会いが待っていたら、人生に楽しみも増えるわね」

 ほとんど叶わぬ望みだと、半ば理解している。

 私たち貴族の娘は、親の決めた縁談に身を任せるのが常だ。

 それ以外の道なんて、絵本の中でしか見たことがないのだから。




****

 三月を半ばも過ぎ、そろそろ春の訪れを感じるようになってきた。

 ザフィーアの魔力鍛錬は順調に進んだ。

 お母様は「みんな、すごい進歩をしてるわよ?」と褒めてくれた。

「基礎を徹底的に磨くわよ?
 魔力制御は基本にして奥義。
 決しておろそかにしてはいけないわ」

 そんなことを、口癖のようにみんなに伝えていた。


 大きなイベントこそなかったけれど、二か月近く寝食を共にしてきた。

 私たちの絆は、着実に深まっていた。

 みんなはお互いを異性だと感じていないらしい。

 『同性の仲間』として連帯している感じだと言っていた。

 これは子供ならではの感覚なのかもしれない。

 でもなぜか、『私だけは別』らしい。

 女子たちからはあれからも、散々『男子たちはあなたの心を狙っているの』と言い含められた。

 毎日しつこく言われれば、鈍いらしい私でも、少しは自覚ぐらい出てくる。

 信じられないけど、男子たちは本気なのだ。

 渋々だけど、その事実を受け入れていた。

 身分の差も、殿下たちが『俺たちの間に、敬語なんていらん』と言い出した。

 おかげで十二人の間に、身分の壁は無くなっていた。

 みんなが対等な仲間として、毎日を過ごしていた。


 オリヴァー殿下が、昼食後の紅茶を飲みながら告げる。

「ザフィーアの縁は不思議なものだな。
 俺が猫を被らずに済む友を得られたのは、僥倖と言えるだろう」

 オリヴァー殿下の素顔は、マーセル殿下と同じくらい尊大な、王族のものだった。

 柔らかい物腰は、やっぱり演技だったそうだ。

「あれは王宮に居る連中から、自分の身を守る護身術、みたいなものさ」

 と、笑って告げた。

 このオリヴァー殿下の素顔には、マーセル殿下も驚いたらしい。

 今まで家族の前でも、徹底して猫を被ってたのだとか。

 私はオリヴァー殿下に尋ねる。

「王族って、そんなに大変なものなのですか?」

 オリヴァー殿下がうなずいた。

「第一王子ともなれば、それなりに私を狙う者は増える。
 悪意を隠して接近し、取り入ろうとする輩がな。
 そういった連中から、身を守りたかったんだ」

 もっとも、お母様やお父様が、『悪いことを考える連中』を早々に潰してしまうらしい。

 なので、そこまで苦労することもなかったんだとか。

「――だが、下手にろくでもない奴らと縁を持っても、あとが面倒だ。
 だから徹底していたのさ」

 私は以前、お母様に言われた事をふと思い出した。

「他の貴族とは違う、『王族が背負う責務』とは、いったいなんなのでしょうか」

 オリヴァー殿下が、優しい笑顔で私を見つめた。
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