新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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120.自習(2)

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 治療を続けるヒルデガルトの周囲で、子供たちはその様子を窺っていた。

 徐々に顔に血色が戻っていくマリオンを見て、友人たちは胸を撫で下ろした。

 サイモンが安心したように息を吐いた。

「マリーが倒れた時、頭が真っ白になった。
 どうしたらいいのか、まったくわからなかった――兄貴失格だな。
 ヴァルター、お前が迅速に動いてくれて助かった。礼を言う」

 その顔には、自嘲と安堵がないまぜになた笑みを浮かべていた。

 ヴァルターはそれに応える様子もなく、淡々と語り出す。

「マリオン様を遠目で確認したヒルデガルト先生が、小さくつぶやいたんだ。
 その時、先生のそばには僕しか居なかったから、みんなは聞いてなかったと思うけど」

 マーセル王子が尋ねる。

「先生はなんて言ったんだ?」

「『いけない、死にかけてる』って」

 それを聞いた一同は、言葉を失った。

 ただ倒れたのだと、そう思っていた。

 午前中も魔術を使って疲れていた。

 だが昼食をはさんで休息し、回復したはずだった。

 本人も、元気にそう言っていたのだ。

 その後の自習で、つい力が入り過ぎ、ただ意識を失ったのだろうと思っていた。

 それが、『たかが魔力鍛錬』で命をかけていたと知らされたのだ。

 スウェードが首を振りながら告げる。

「嘘だろ? 魔力制御で死にかける人間なんて、聞いたことないぞ?」

 どんなに頑張ろうと、先に魔力が尽きる。

 それが常識だった。

 魔力が尽きれば生命力で補充され、その時に意識を失うことはある。

 場合によっては、寿命が削られることもあるという。

 怪我を負ったり、極度に披露していれば命を落とす危険はある。

 だが無傷で食事と休息を挟んだ後に、座って行っていた鍛錬だ。

 生命力が尽きるわけがなかった。

 サイモンが真剣な顔で告げる。

「今のマリーは強大な魔力を持っている。
 母上も『人間には大きすぎる力』だと言っていた。
 その意味が、これなんだな」

 マリオンは魔力が尽きる前に、生命力が尽きる体質になったのだ。

 命の限界を、石の力で突破してしまった。

 マリオンはヒルデガルトに似て、頑固なところがある。

「――『その時』が来れば、いともたやすく命を落としてしまうだろう」

 アランもマリオンを見やりながら、ぽつrと語る。

「ジュリアス様に聞いた話ですけどね。
 マリオン嬢がやっていたのは、大叔母上が編み出した鍛錬法らしいですよ」

 ヒルデガルトは毎日、あの鍛錬で魔力が尽きるギリギリまで自分を追い込んでいた。

 毎日五時間、それを続けていたのだ。

 レナが思い出したように口を開く。

「ああ、シュテルンに入る前、みんなでそれを教わったって聞いたことがあるわ。
 無茶苦茶きついらしいわね。
 魔力が強いほど、高い集中力が要求されるって」

 今のマリオンの魔力で『砂一粒』など、自分の限界すら忘れて集中する必要がある。

 それは簡単に生命力の限界を突破してしまう、危うい橋なのだ。

 マーセル王子が一同を見回して告げる。

「いいか、マリオンに限界を超えて魔術を使わせるな。
 そんな状況には絶対にするな」

 マリオンは仲間の命がかかれば、自分の命を天秤にかけるまでもなく使ってしまうだろう。

 それを防げるのは、周囲に居る仲間たちだけなのだ。

 今日の灰色狼も、一歩間違えればこうなっていた。

「――今日の俺のわがままが、あいつを殺しかけたんだ」

 その言葉と眼差しには、深い後悔が強くにじみ出ていた。

 周囲の仲間たちは、しっかりとうなずいた。




****

 結局その日、私はそれ以上の鍛錬を禁止されてしまった。

 お母様は「ごめんなさい、今日は疲れたから、部屋に戻るわね」と、書斎に戻っていった。


 みんなが自習に戻る中、私はぼんやりと砂時計を眺めていた。

 手に持った砂時計を、逆さにしてみる。

 細かく砕けた砂粒が、さらさらとこぼれ落ちていった。

 いつの間に、こんなに砕いたんだろう?

 まったく気づかなかったけど、半分以上は砕け散ってるみたいだった。

 もしかしたら、砕けた欠片すら持ち上げようと集中子弟のかもしれない。

 そんなことをしてたら、そりゃあ精神力も尽きるよね。

 私はさっき、豊穣の神に自覚していなかった『自分の願望』を語っていた。

 もっと魔術を巧く使えるようになりたい。

 みんなの力になりたい。

 私がこの力を手に入れた最初は、『嫁ぐだけで義務を果たせる楽な身になった』と考えていた。

 だけど灰色狼に襲われたことで、今の自分にもできることがあると知った。

 果たせる責務が、この魔力に相応しい責務があるんじゃないかって。

 そう思えるようになっていた。

 私はエドラウス侯爵家の、誇り高く偉大なお母様の娘。

 貴族として、恥ずかしくない自分で在り続けたい。

 そんな自分を磨く為にも、私はグランツに通うべきじゃないのかな。

 だけど、私の魔術行使は命の危機と隣り合わせだ。

 お母様から遠く離れた場所で魔術の勉強をして、問題はないのかな。

 ……その自信は持てなかった。




****

 夕食の時間になり、みんながダイニングのテーブルに着く。

 成長期のみんなは、昼食を食べたことを忘れたかのように食事を貪っていた。

 お母様は、また書斎で食事をとっているみたいだ。


 食事が終わると、用意された寝所へ移動する。

 四人部屋へ、男女に分かれて散っていた。

 室内にはベッドが人数分用意されている。

 入浴は女子が先に入り、あとから男子が順番に入っていた。

 侯爵邸の浴場はそれなりに広いので、一度に四人くらいならなんとかなる。


 入浴が終わった私たちは、ベッドに飛び込んだ。

 レナやララは「つかれたー!」と言って倒れ込んでいた。

 サニーは私に抱き着いた後、そのままベッドに引きずり倒された。

「ちょっとサニー! まさか今日も抱き枕にするつもり?!」

「当たり前でしょう?
 ヒルデガルト先生に回復してもらった以上、元気は有り余ってるはず。
 ならばお休み中だろうと、私は一緒よ!」

 四人で寝るのは初めてのことだ。

 レナとララは、初めて見るサニーの抱き着きっぷりにかなり引いていた。

「ほんとにべったりとひっつくのね……」

「え? これを毎回やられてたの?」

 私は暴れながら「助けてー!」と叫んだ。

 だけど、女の友情は儚かった。

「サニーがすごい怖い目で睨んでるから、私たちは大人しく寝るわね」

「大丈夫、骨は拾ってあげるから。おやすみー」

「薄情者ーっ!」

 サニーは魔術の練習で疲れてるはずなのに、なんで引き剥がせないの?!

 それに、どうやったらこんなに大きく成長するのよ?!

 長身で肉付きが良いサニーに体重で抑え込まれると、小柄な私は身動きが取れないのだ。

 十二歳にして出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 実に女性の理想的な体型をしている――それがサニーだ。

 私はどちらかというと、『慎ましい体型』だ。

 もちろん、分厚いオブラートに包んだ表現である。

 どうやったらそんなに育つのか、聞いてみたいものだわ。

 ただし恥を忍んで聞けるなら、という条件が付く。

 私にも、乙女なりのプライドというものがあるのだ。


 毎回、我関せずを貫くサブリナが、私に布団をかけたあと、部屋の明かりを消していく。

「おやすみなさいませ、お嬢様方」

 その扉が閉まった時、私はすべてを諦め、夢の世界への切符を手にした。
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