新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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117.ジャスミン畑(1)

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 私たち女子は、サブリナに森に行くことを伝えた。

「マーセル殿下のお願いなの。
 お昼までには戻るから、お母様には内緒にしておいて」

 サブリナはしばらく悩んでいたようだ。

 危険な森に行くのに、賛成する侍女なんて居ないだろう。

 だけど第二王子の要望に、応えない訳にもいかない。

「……わかりました。
 ですが、お昼までに戻られなければ、奥様にご報告いたします。
 それをお忘れなきように」

「ありがとう、サブリナ!」


 男子たちは、自宅から持ち込んできた長剣を腰に帯びた。

 女子たちは、森でも動きやすい服装に着替えておいた。

 ドレス姿では、枝に裾が引っかかって危ないからね。


 全員が集合して、サイ兄様が号令をかける。

「――よし、それじゃあ行くぞ!」

 サイ兄様が先導して、ザフィーア全員で森の中へ足を踏み入れた。




****

 人の出入りがなくなる冬の森に、道らしい道はない。

 男子たちが長剣で枝を打ち払い、地面を踏み固めていく。

 そのあとから女子たちが、慎重に進んでいった。


 しばらく歩くと小川に出た。

 夏にはお父様とサイ兄様が、釣りをする場所だ。

 案の定、水は凍り付いている。

 マーセル殿下が疑問を口にする。

「なぁ、この小川は歩いて渡れると思うか?」

 私は慌ててそれを止める。

「凍った小川の上を歩くのは危険ですよ。
 氷が抜ければ、溺れ死にますから」

 サイ兄様が、別の方角を指さした。

「あっちに橋が架かっている。
 そこから渡ろう」


 またしばらく歩いて行くと、木製の小さな橋が架かっていた。

 それを男子を先頭に、順番に渡っていく。

 レナが「なんか、冒険してるって感じだね」と言った。

 サニーは「男子ってほんと、こういうの好きよね」とぼやいた。

 ララはどこか楽しそうだ。

 私は不思議に思い、ララに尋ねる。

「何か面白いものでも見つけたの?」

 周りを見回しても、辺りには常緑樹しかない。

 別に女子に面白い景色じゃないと思うんだけど。

「……気付かないの?
 男子たちはね、あなたに良いところをみせようと必死なのよ」

 私に? なんで?

 私がきょとんとしていると、ララは「ふふ、そのうちわかるわよ」と笑っていた。


 ザフィーア一行は、かなり森の奥まで踏み入っていた。

 サイ兄様が懐中時計を確認する。

「……そろそろ戻らないと、昼に間に合わなくなるぞ」

 マーセル殿下が、遠くを見て声を上げた。

「おい、この先に何かあるぞ!
 ちょっとだけ行ってみよう!」

 サイ兄様はため息をついて、先導を続けた。




****

 森の奥が急に開けて、花の香りが辺り一面に広がった。

 そこは、一面のジャスミン畑だった。

 黄色い花が、見える範囲のあちこちに群生している。

「ジャスミンの群生地か。
 こんなところに咲いていたのか」

 私は花を確認しながら告げる。

「これはウィンタージャスミンね。
 なんだかジャスミンティーが飲みたくなってきたわ」

 スウェード様が、私に同意するようにうなずいた。

「確かに、体を温めたい気分だな」

 一月の森の中、それも午前中だ。

 雪はあちこちに残り、それなりに冷え込んでる。

 冷え切った風が、否応なく私たちの体温を奪っていく。

 みんなが吐く息は、白くあたりに散っていった。


 ジャスミン畑はかなり広く、中央付近まで来ると視界がジャスミンで覆われた。

 女子たちは突然の花畑で、少しテンションが上がってるみたいだ。

 サイ兄様が再び懐中時計を確認した。

「……限界だ。もう戻るぞ。
 母上を怒らせたらどうなるか、知らないぞ」

 ジャスミン畑で満足したのか、今度はマーセル殿下も同意した。

 みんなで踵を返し、来た道を戻ろうとした――その時。

「静かに!」

 ヴァルター様が、人差し指を口に当てるジェスチャーをして腰を落とした。

 静かに耳を澄ませてるみたいだ。

 男子たちは無言のまま、怪訝な顔でその様子を窺ってる。

「……囲まれています。獣だな、これは」

 それを聞いたオリヴァー殿下が、長剣を鞘から抜き放って構えた。

「こんな香りが強い所に襲いに来るのですから、かなり飢えてますね」

 普通、野生動物は強い香りを嫌う。

 それでもかすかに感じる私たちの匂いを狙って近づいてきてる、ということだ。

 私はサイ兄様に確認を取る。

「サイ兄様、この季節の飢えた獣って……」

 長剣を抜き放ちつつ、サイ兄様がうなずいた。

「灰色狼だな。厄介だぞ。
 森の中なら対応できただろうが、こう開けていたら対応しきれない」

 樹木が覆い茂っていれば、それを盾に立ち回れた。

 だけどジャスミン畑じゃ、身を隠す場所がない。

 怯える女子たちを中央に集め、男子がその周囲を円陣で囲んだ。

 男子はみんな、険しい顔で周りの気配を警戒している。

 戦える男子が八人、あとは私が魔術を少しだけ、か。

 古代魔法はみんなには見せられないし……。

 私は女子三人に確認を取る。

「みんな、魔術は使える?」

 三人が首を横に振った。

 普通、魔術を修得するのは早くても十三歳からだ。

 十二歳の間は、魔力制御の鍛錬に費やすことになる。

 彼女たちが魔術を使えないのも、当たり前だ。


 ヴァルター様がまたつぶやく。

「……かなり数が多い。十匹以上は居そうだ」

 私はサイ兄様に再び確認を取る。

「サイ兄様、灰色狼の群れって、何匹ぐらいなんですか?」

「……『少なくて』十匹前後、多ければニ十匹を超える。
 子供八人には、荷が重すぎるな」

 不敵に笑うサイ兄様の頬を、汗が伝っていた。

 灰色狼は体長二メートル前後、俊敏で獰猛だ。

 それが飢えて、群れで襲てくる――。

 ヴァルター様が叫ぶ。

「来ます!」

 彼の目の前に、体長二メートルの灰色狼が姿を現した。

 襲い掛かってくるそれを、ヴァルター様が素早く長剣で弾き返す。

 ……あまり、有効打は与えられてないみたいだ。

 いくら≪身体強化≫を使っていても、十二歳の子供の体だ。

 二メートルの害獣相手は、苦しいものがあるんだろう。

「こっちも来た!」

 あちこちから灰色狼が現れ、飛び掛かってくる。

 それを男子たちがなんとか弾き返していった。

 私は覚えたての魔術で火を生み出し、灰色狼を牽制する。

 獣は火を嫌がる。これで怯ませられるはずだ。

 そのまま牽制を続けながら、周囲の状況に目を走らせた。


 ヴァルター様は対等以上の戦いができてる。

 灰色狼の分厚い毛皮に対して、同じところを何度も攻撃していた。

 とうとう一匹目を先頭不能にまで追い込んでいた――けどすぐに、周囲から別の個体が襲い掛かってくる。

 ――これじゃあキリがない!


 アレックス様は、剛腕で一匹の顔面を貫き、戦闘不能にしていた。

 だけどこちらも後ろから新しい個体が補充されて行く。


 オリヴァー殿下、アラン様も、一匹を先頭不能にしていた。

 やはりこちらも後ろから補充されて行くのが見えた。


 アミン様は片手で長剣を扱いつつ、もう片方の手で火炎魔術を組み合わせて戦っていた。

 たぶん、これが彼本来の戦闘スタイルなんだろう。

 魔術と剣術を組み合わせて戦う。だから片手スタイルなんだ。

 彼も目の前の一匹を先頭不能にしていた――そして、後ろから湧いて出た個体を新たに相手にしていく。


 スウェード様は、マーセル殿下をフォローするように動いている。

 一緒になって灰色狼を弾き飛ばしていた。

 実力が劣るスウェード様は、正面から戦うのを諦めたみたいだ。

 マーセル殿下の動きに合わせて、サポートするように攻撃を加えてる。


 サイ兄様はマーセル殿下をフォローしつつ、正面の灰色狼を切り伏せていた。

 だけどやっぱり後ろから別の個体が補充されていく――そして大きく声を上げる。

「――マリー! このままじゃ体力を削られて、こっちが先に力尽きる!
 でかい火炎魔術で焼き払え!」

 灰色狼を焼き尽くすほどの火力?!

 ……私なら、たぶん出せるはず。

 だけど、制御しきれるかどうか。

 私には、その自信がなかった。

 制御を間違えば、近くの仲間ごと燃やしてしまう。

 だけどやらないと、こちらの身が危ない。

 スウェード様が悲壮な声で叫ぶ。

「おい! ニ十匹以上いるぞ!」

 ――迷ってる時間はない!

 私がやらないと、みんなが死んじゃう!
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