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115.お母様の弟子(4)

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 改めて、以下の対戦を行うことになった。

 サイ兄様とヴァルター様、そしてアラン様とアミン様だ。


 いつものように両手で構えるサイ兄様。

 鏡のように同じ構えを取るヴァルター様。……あれ? さっきは片手じゃなかった?

「……真似っこが好きなのかい?」

「そういう訳ではありませんが、この方が楽に勝てるので」

 ヴァルター様、普段は弱気な物腰なのに……。

 剣を持つと、性格が変わるタイプなのかしら?

 しばらく睨み合い、動かない二人。

 ヴァルター様が「来ないのですか?」と挑発を口にした。

 次の瞬間、サイ兄様の姿が、そしてヴァルター様の姿が掻き消えた。

 私の目では追いつけない速度で、激しく動き回り、木剣を打ち合う音が響き渡る。

 アストリッド様が楽しそうな声を上げる。

「おお、サイモンも中々やるじゃないか」


 しばらく動き回る影と打ち合う音が続き、ついに二人の動きが止まった。

 木剣を振り下ろした姿で硬直するサイ兄様。

 その背後で、剣を横に振り切った姿で硬直するヴァルター様。

 どちらが勝ったのか、私にはわからなかった。

「……参った」

 サイ兄様はそう言って、片膝を地面に着いた。

「サイ兄様!」

 私は慌てて駆け寄り、覚えたての治癒魔術で治療を開始する。

 お母様が『早めに修得しておきなさい』と教えてくれてて良かった!


 幸い、サイ兄様の怪我はうち三程度だったので、負傷はすぐに完治した。

 私はヴァルター様に振り返って叫ぶ。

「木剣を当てるだなんて、酷いですよ!」

 木製とはいえ、鈍器には違いない。

 当たりどころが悪ければ、最悪の場合は死に至る。

 寸止めするのがマナーだ。

 私が涙目で睨み付けていると、ヴァルター様は挙動不審になって謝ってきた。

「あっと、その、えーと……も、申し訳ありませんでした」

 その姿に、私はすっかり毒気を抜かれてしまった。

 剣を振るってるときとは、本当に別人みたいに弱気な物腰ね。

 アストリッド様が、笑いながら私の頭を撫でた。

「今のは仕方がない。サイモンも迷いがない、良い踏み込みだった。
 寸止めしていたら、ヴァルターが逆に胴を切られていただろう。
 ――なに、大怪我をするような打ち合いじゃなかったさ。
 もしそうだったら、途中であたしが割って入っていた」


 アストリッド様が「これでヴァルターの一位に不満はないね?」と確認を取った。

 このうち三人は、前の対戦で力量差を知っている。

 オリヴァー王子と対等だったサイ兄様が負けたので、今度は誰も反対しなかった。


 今度はアラン様とアミン様が対峙した。

 どちらも片手で木剣を持つスタイルだ。

 ただし、相手に向けるアラン様に対し、アミン様は手に下げている。

 じりじりと間合いを詰めていく二人。

 刹那で二人の姿が掻き消えた。

 やっぱり私の目で、追いつける速度じゃない。

 アミン様は、また体の動きだけで木剣をかわしているのだろう。

 木剣が空振りする音だけが聞こえてくる。

 アラン様は年少組なのに、年長組のアラン様と互角の動きができるの?!

 伊達にファルケンシュタイン公爵家の嫡男じゃないってことかな。

 次第に木剣が打ち合う音が響き始めた。

 サイ兄様の時と同じく、体の動きだけでかわしきれなくなってきたのだろう。

 打ち合う頻度が多くなり、遂にはアミン様の木剣が弾き飛ばされた。

 その首筋に、アラン様の木剣が突き付けられている。

 ――あれ? アラン様が両手持ちに変わってる。

 ああそうか、力で押し切るために、構えを変えたのか。

「……参りました」

 息を荒げたアミン様が、負けを認めた。

 アストリッド様が声を張り上げる。

「これで決着だ! マリーの告げた順位にまだ不満のある奴は名乗り出な!」

 アラン様は、サイ兄様に勝てないと認めた。

 アレックス様も、ヴァルターの実力を認め、勝てないと告げた。

 年長組の速度臭い付ける自信は、マーセル殿下にはないみたいだ。

 つまり、誰からも異存は出なかった。

 こうして、突如勃発した第剣術大会は、何とか無事に幕を下ろした。




****

 大人たちは、遠くから子供たちの雄姿を見守っていた。

 子供たちはお互いの健闘を称え合い、談笑を始めたようだ。

 アストリッドたちが立会人から戻ってきて、席に着いた。

「いやあ、元気な子供たちだね!」

 ヒルデガルトが、深いため息をついた。

「子供の集団は、突然なにを始めるのか予想が付かないわね……」

 クラウディアが楽しそうに微笑んだ。

「その面倒を、あなあが二か月間見るのよ?
 息子たちをよろしくね」

 ルイーゼが紅茶を一口飲んだあと、微笑を浮かべた。

「それにしてもリッドの息子、強かったわね」

「あの子は体力もみっちり鍛えてある。
 そこにあたし仕込みの技巧が加わるんだ。
 強くて当然だよ」

 エミリもケーキを頬張りながらうなずいていた。

 飲み込んでから、口を開く。

「――アランも、あの外見に似合わず強かったね。
 ディーター様の息子とは思えないよ」

 ヒルデガルトがそれに応える。

「ディーターだって、ああ見えてそれなりに鍛えていたわよ?
 今では立派に騎士並みの実力があるし。
 やっぱり本家のスパルタ教育を受けてきただけはあるわね」

 ルイーゼがヒルデガルトの肩を叩いた。

「元気の有り余る男子の集団は怖いわよ?
 そこにお姫様が居るなら、なおさらね」

 ヒルデガルトは目を見開いた。

「……まさか、それってマリーの事?」

「アラン以外の男子、みんな見惚れているみたいだったわね。
 あの年頃の男の子はわかりやすくて、楽しいわ」

 エミリが補足を告げる。

「アランはヒルダと同じ、精霊眼を持つマリーに興味を持ってるだけみたいだね。
 ディーター様と同じく、マリーシンパになるんじゃない?」

 アストリッドが大笑いした。

「今度は婚約前の大混戦だ。
 果たして誰がお姫様の心を射止めるんだろうね?」

 フィルが苦笑いを浮かべている。

「マリオン様はヒルデガルト夫人と違い、気性が荒い子ではないでしょうから。
 私のように顔面を殴られるようなことは、ないでしょうね」

 ハーディがニヤリと笑った。

「――いや、あそこまでヒルデガルト夫人に似ているのだ。
 中身が同じでも、不思議じゃあるまい?」

 ヒルデガルトが困惑して応える。

「マリーは心の優しい、穏やかな子よ?
 私みたいに『怒ったら何をするかわからない』子じゃないわ」

 ルイーゼがあきれたように告げる。

「あなたね……自分も外見はそうだったこと、忘れちゃったの?
 それにマリーはあなたより、ずっとしたたかな子よ。
 本性を隠すのなんて、訳ないわ」

 フィルが軽快に笑った。

「ハハハ! もしかすると、この中の誰かはヒルデガルト夫人と親戚関係になるわけですね」

 フィルにも息子がいるが、まだ幼くこの場には連れて来ていない。

 ただ場を楽しんでいるだけのようだ。

 クラウディアがそれに圧のある笑みで応える。

「あら? それを私が他人に譲り渡すと思って?
 ヒルダの親戚の座は、私のものよ?」


 大人たちは子供たちを肴に、談笑を続けていった。
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