上 下
9 / 67

111.初めての女子会

しおりを挟む
 サイ兄様の息が整うまで、一分間の休憩が挟まれた。

 両手で木剣を持つサイ兄様とマーセル殿下。

 同じような構えで、睨み合う二人。

 二人の勝負は一瞬で決した。

 また姿が掻き消えたサイ兄様の木剣が、マーセル殿下の首筋に突き付けられていた。

 サイ兄様が微笑んで告げる。

「マーセル殿下は、まだまだのようですね」

「……らしいな。やはりサイモンは、兄上お同等の腕前のようだ」

 マーセル殿下の言葉には、実感がこもっているようだった。

 たぶん、オリヴァー殿下にもよく相手をしてもらっているのだろう。

 彼は肌で『サイ兄様とオリヴァー殿下の力量が等しい』と感じたのだ。


 私は三人の健闘を称えるように、拍手をしていた。

「みなさん、すごいですわね!」

 マーセル殿下は良いところがなかったけど、相手は『完璧超人』のサイ兄様。

 一歳年下なら、この結果は当然だろう。

 サイ兄様と同等の腕を持つオリヴァー殿下が異常なのだ。

 サイ兄様が倒せる王国一般兵も、正式な訓練を積んだ立派な大人。

 普通の十三歳が勝てる相手じゃないんだから。


 私の拍手を浴びながら、マーセル殿下がサイ兄様に告げる。

「お前なら、俺に敬語は要らん。
 ため口で良い」

 サイ兄様が微笑んで応える。

「そうか、なら有難くそうさせてもらおう。
 堅苦しいのは苦手なんだ。助かった」

 二人に近寄っていったオリヴァー殿下が告げる。

「サイモンなら、私に対しても敬語は不要ですよ」

 サイ兄様は、それにうなずいて応えた。

 私はむくれながら告げる。

「あら、男子の皆さんはすっかり仲良しさんですのね」

 剣術を習っていない、私一人が仲間外れだ。

 私が王子たちと親睦を深めるはずのお茶会で、どうしてこうなるの?!

 なんで男子だけが親睦を深めてる訳?! 納得いかない!

 サイ兄様が笑い声をあげながら「そうふてくされるな」と口にしていた。




 私たちはテーブルに戻り、再び会話が盛り上がっていた。

 ただし、剣術の話題だったので、私一人が蚊帳の外だった。

 そのままお茶会の時間が終わり、お母様たちが近寄ってくる。

「今日はここまでね」

 王子たちは「では、またな」と言って、クラウディア様に連れられて帰っていった。




****

 私はサロンでむくれながら、ミルクティーを飲んでいた。

 隣でサイ兄様が必死になだめてくる。

「悪かったって。そろそろ機嫌を直してくれ」

 向かいに座るお母様が、私に告げる。

「王子様はどうだったかしら」

 私は考えながら応える。

「そうですわね……」

 オリヴァー殿下は、サイ兄様同様の『完璧超人』に見える。

 だけど、どこか胡散臭い人に思えるのが不思議だった。

 マーセル殿下は裏のない性格で、好感が持てる人だ。

 おそらく、人の上に立つ力なら、マーセル殿下の方が持っているだろう。

 私の言葉に、お母様がうなずいていた。

 私お得意の『直感判定』だ。

 お母様も直感は鋭いらしいのだけれど、『マリーの直感の方が鋭いわね』と言っていた。


 王妃を狙うならオリヴァー殿下だろうけど、ちょっと近寄りがたい空気だったな。

 そうなるとマーセル殿下になるのかな。

 でも、あの横柄な態度はちょっと苦手かも。

 別に王妃を狙う必要もないし、王族である必要もない。

 合わない男子と、無理に婚約するかは悩ましかった。

 私はぼそりと、直感のままに言葉を口にする。

「直感判定で百点満点とした場合ですが。
 サイ兄様が五十点。
 マーセル殿下は三十点。
 オリヴァー殿下は五点といったところでしょうか」

 私の言葉に、サイ兄様が笑っていた。

「お前の判定はシビアだな。
 あのオリヴァー殿下が五点か」

 お母様は呆れたようにため息をついた。

「ブラコンも大概にしておかないと、婚期を逃すわよ?」

 そんなことを言われても、貴族令嬢にとっては社交界に出るまで、父兄しか異性が居ない。

 判断基準がサイ兄様になるのは、仕方がないと思わない?

 そう言うと、お母様が小さく息をついた。

「そこが問題じゃないのよ。
 『最高得点がサイモン』なのが問題なの。
 本当に頭の痛い子たちね」

 複数形なのは、サイ兄様がシスコンだからかな?

 私は自分がブラコンだとは思ってないんだけど。

 サイ兄様より優れた男性だって、きっと居ると思ってるし。




****

 一月の温かい昼下がり、エドラウス侯爵邸は、ちょっと賑やかな時間を過ごしていた。

 お母様の友人、その娘たちを呼んだのだ。

 昔から親子で個別に遊びに来ていたので、私と彼女たちは知り合いだ。

 だけど全員が集まるのは初めてなので、彼女たちは初対面ということになる。

 全員が今年で十二歳、同い年の女子会だ。


「全員集合なんて、初めてね」

 カップを傾けながら笑っているのが、ララ・フォン・ワグナー伯爵令嬢。

 燃えるような深紅の髪と、同じ色の瞳が特徴の大人びた少女だ。

 一歳年上の兄が居る、ということで、私とは何かと意気投合していた。

 でもちょっと彼女はブラコンの気があるみたい。

 お母さんはルイーゼ様だ。


「マリーからよく話は聞いていたわ。
 これからは四人で仲良くしましょうね」

 クッキーをかじっているのが、レナ・ウォルフ伯爵令嬢。

 クリーム色の髪の毛が可愛らしい、年齢よりは幼く見える少女だ。

 噂好きで、この年齢にして中々の情報通でもある。

 こちらも双子のお兄さんが居るらしい。

 兄妹仲は良好と聞くけど、ブラコンという感じはしない。

 お母さんはエミリ様だ。


「マリー! 今夜は泊っていくから、そのつもりでよろしくね!」

「うぇー?! サニー、今夜も止まるの?!」

 私にウィンクを飛ばしてきたのが、サンドラ・ブランデンブルク伯爵令嬢。

 長いゴールドブロンドが美しく、長身で肉付きも良い、優しい顔をした少女だ。

 見た目通りで心優しい子なんだけど、泊りに来ると私を抱き枕にする悪癖がある。

 最初に抱き枕にされた時に『なんで?!』と私は突っ込んだ。

 彼女は『私の体が”マリー大好き!”と叫んでるのよ」と、真剣な顔で意味不明なことを言われた。

 理解しようとするだけ、無駄だとすぐに悟った。

 サンドラのお父さんは、フィル・ブランデンブルク伯爵だ。

 彼は学生時代、お母様に想いを寄せていたらしい。

 だからきっとお父さん譲りの好みをしてるのかもしれない。

 だけどちょっと変な子だと思う。


「あなたたちは、グランツに通うの?」

 私は普段よりも砕けた口調で告げた。

 私にとって、素を出しても構わない、心を許せる友人たちだ。

 三人は顔を見合わせたあと、私にうなずいた。

 サンドラがクッキーの欠片をかじりながら告げる。

「親がグランツ卒業生だし。
 あそこを卒業すれば、箔が付くもの。

 グランツ卒業生の子供は、グランツに通うことが多い。

 優秀な人の子供は優秀だ。

 そして優秀ならばグランツだろう。

 そんな『暗黙の了解』が、貴族社会にはあるそうだ。

 別に優秀な人の子供だからって、劣っている子供も居るはずなんだけどね。

 螺良がカップを傾けながら告げる。

「私は寄宿生になるつもりよ。
 別邸から通うにしても、通学時間がもったいないもの」

 レナがニヤリとして突っ込む。

「貴方の場合、お兄さんが寄宿生だから追いかけたいだけじゃないの?」

 ララは顔を赤くしながら「うるさいわね!」と文句を言っていた。

 その様子に、みんなが笑顔になる。

 笑い終わったサンドラが、私に話を振ってくる。

「マリーはどうするの?
 私も寄宿生になるつもりなんだけど。
 どうせなら、一緒に寄宿生にならない?
 あなたがいないと、安眠しづらいのよ」

 最後の一言を聞かなかったことにして、私は応える。

「私はグランツには通わないかもしれないわ。
 それほど魔術を巧く扱えないから」

 サンドラは私の返答にとても残念がっていた。

「ルームパートナーになりたかったのに」

 と、酷く落ち込んでいた。

 レナがサンドラに尋ねる。

「なんでそんなに、ルームパートナーになりたいの?」

「マリーとルームパートナーになった暁には、『おはようからおやすみまで』なんて『温い』ことを私は言わないわ。
 『おはようからおはようまで、お休み中もずっと一緒』よ!」

 私は思わず突っ込んでいく。

「寄宿生活中、ずっと抱き枕にするつもりなの?!」

 サンドラは『当然よ?』とでも言いたげな得意気な笑みを浮かべていた。

 レナが遠い目をして告げる。

「クラウディア様も、ヒルデガルト様にべったりだったそうよ。
 きっとこんな感じだったのね」


 寄宿舎は二人一組の相部屋で、二段ベッドらしい。

 それほど広いベッドではないだろう。

 少なくとも、添い寝をするようにはできてないはずだ。

 そんな場所でサンドラに抱き枕にされたら、相当せまっ苦しいと思う。

 たとえグランツに通うことになっても、寄宿生は遠慮した方がいいのかも……。


 その日は四人で会話を楽しみ、夕方近くに解散となった。

 そしてサンドラは宣言通り、私の部屋に泊っていき、宣言通りに抱き枕にされた。

 翌朝サンドラは、満足した笑顔で帰っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?

仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。 そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。 「出来の悪い妹で恥ずかしい」 「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」 そう言ってましたよね? ある日、聖王国に神のお告げがあった。 この世界のどこかに聖女が誕生していたと。 「うちの娘のどちらかに違いない」 喜ぶ両親と姉妹。 しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。 因果応報なお話(笑) 今回は、一人称です。

処理中です...