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109.王子様とのお茶会(1)

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 王宮の王妃執務室で、ヒルデガルトはソファに座り紅茶を口に運んでいた。

 向かいでは、クラウディア王妃が執務の手を止め、同じようにカップを傾けている。

 話を聞き終わったクラウディアが、静かに告げる。

「――そう、マリーにそんなことがあったのね」

 ヒルデガルトは苦笑を浮かべ、うなずいた。

「あの子ったら、王家に嫁ぐ気満々みたい。
 我が家に高貴な血筋を入れたい一心なのね」


 ヒルデガルトは母親の目で、マリオンの心中を察していた。

 確かに今のエドラウス侯爵家に足りないのは、高貴な血筋くらいだろう。

 マリオンは彼女なりに、家のために尽くそうと必死なのだ。

 何人も男子を産めば、ひとりくらいは親戚筋として、養子に迎えることもできる。

 エドラウス侯爵家をその子に継がせ、サイモンにはグランツ伯爵家を継いでもらえばよい。

 それでエドラウス侯爵家は、高貴な血筋を手に入れることができる。

 ファルケンシュタイン公爵家の分家にして、新たな公爵家も夢ではない。


 クラウディアがヒルデガルトに応える。

「第一王子のオリヴァーが十三歳で、マリーの一歳年上ね。
 第二王子のまーせるが十二歳で、マリーと同い年。
 丁度釣り合うのではなくて?」


 親の欲目が入っているが、どちらの王子も充分に優秀だ。

 ただオリヴァー王子には一抹の懸念材料があった――『野心家』なのだ。

 クラウディアの血を色濃く受け継いだオリヴァー王子は、一見すると大人しい少年だ。

 だが不穏な野望を抱いている気配がある。

 彼が国を継ぐと、周囲の国家を侵略しかねなかった。

 フランツ国王とも『このままでは立太子させるのが難しい』と話をしているくらいだ。

 フランツ国王の血を色濃く受け継いだまーセル王子は、やんちゃな少年だった。

 だが健全な王の器を持つのは、こちらだろう。

 第二王子だが、『立太子させるならマーセルだろう』というのが、大人たちの意見だった。


「でもオリヴァーが野心を捨てれば、あの子は充分に王としてやっていける。
 だからどちらがマリーの伴侶になろうと、私は構わないのだけれど」

 それに対し、ヒルデガルトが応える。

「マリーはまだ、王族の伴侶がどういうものか、理解できていないわ。
 そんなあの子に、王族との婚約なんてものを結ばせる訳にはいかないの。
 今のままなら、他家に嫁がせる方が無難ね」


 ヒルデガルトはシビアな判断をしていた。

 王族は国家国民を背負うことになる。

 今のマリオンにその覚悟があるとは、到底思えなかった。

 仮にも筆頭宮廷魔導士の身である。

 国家国民のためにならない選択を、たとえ最愛の娘の希望だろうと叶えるつもりはなかった。


 クラウディアが楽しそうに笑った。

「あら、まだ十二歳だもの。
 そんな重たいものを知る機会がなかっただけよ。
 そんなものは、これから覚えていけばいいだけ」

 クラウディアも、十二歳の時点ではそこまで確かな覚悟を持っていた訳ではない。

 自分と重ね合わせ、『マリオンなら将来性がある』と判断していた。

 クラウディアが紅茶で口を湿らせてから告げる。

「それより、息子たちとの相性の方が問題ね。
 早めに会わせてどうなるか、見ておきたいわ」

 ヒルデガルトが再び苦笑を浮かべて応える。

「そうくると思ったわ――お茶会でいいかしら?
 どちらで開くつもり?」

「そうね……余計な子は入れたくないから、ヒルダの家にしましょう。
 近日中に日程を調整して頂戴」

 クラウディアの言葉に、ヒルデガルトがうなずいた。




****

 一月半ばになった、エドラウス侯爵家の朝。

 私の部屋では、毎朝恒例の儀式が繰り広げられていた。

「お嬢様! 朝でございますよ! ご起床ください!」

 今朝もまた、私は布団を深くかぶり、丸くなっていた。

「ああもう! ていっ!」

 そしてサブリナの『必殺・布団剥がし』で、今朝も私の体は朝の歓喜に放り出される。

 私はボスンとベッドに着地してから、不満を声に上げる。

「もう! 『丁寧に起こして』って、いつも言ってるじゃない!」

「本日は王子殿下がおみえになる、お茶会の日です。
 それでも惰眠を貪りたいと――」

「今起きるわ」

 私は被り気味に即答し、秒で起き上がって即座に顔を洗い始めた。

 サブリナがなんだか、疲れた顔で私を見ている。

 きっと『どうしていつも、こんな風に起きれないのかな』とか思ってるんだろう。

 私は普段着に着替えて髪を整えてもらう。

 お茶会の支度は、朝食が終わってからだ。

 だけど私は姿見を入念にチェックし、満足してうなずいた。

 よし、可愛い!

 ――精霊眼を見ないことにすれば、今まで通り『可愛い女子』だ。

 お母様とお爺様から、『精霊眼は治らない』と教えられている。

 いつかはきちんと向き合わなきゃいけないかもしれないけど、今は目に入れないことにした。

 ダイニングに降りて行き、家族と挨拶を交わしながら食卓に着いた。


 サイ兄様が感心するように告げる。

「お、今朝のマリーは早いな」

 私は得意気になって応える。

「今日のお茶会は午前ですもの。
 寝ている場合ではありませんわ」

 この国では通常、お茶会は午後に行われる。

 だけど王妃殿下や王子殿下の都合で、スケジュールを無理やりねじ込んだらしい。

 直近ではこの時間しか空いてない、ということだった。

 これを逃すと一か月後になってしまうらしい。

 それをクラウディア様が、待ちきれなかったそうだ。

 お母様の予想通り、クラウディア様が暴走気味なのかもしれないわね。

 王子様かー。どんな人かな?

 私はちらりと、お母様を盗み見る。

 ……今のところ、特に邪魔をしようって気配はないか。

 よかったー! あとは王子様のハートを射止めて、玉の輿に乗るだけよ!


 私は食事を終えると、すぐに部屋に戻った。

 サブリナたち侍女が、一番お気に入りの深緑のドレスに着飾らせていく。

 薄化粧を終えた頃に先触れが到着し、間もなくクラウディア王妃殿下が姿を見せた。


 お母様と一緒に、私とサイ兄様が王妃殿下一行を出迎える。

「いらっしゃいクラウ」

「ええ、ごめんなさいね。こんな時間で」

 二人は抱き合って、お互いの友情を確認しているようだった。

 お母様とクラウディア様は、学生時代からの友人らしい。

 その友情は、今でも健在みたいだ。

 噂では、王宮で密かにクラウディア様のお母様好きが暴走するらしい。

 友達が教えてくれた未確認情報だけど、そんな噂が立つほどに仲が良いのだろう。


 クラウディア様の後ろから、二人の男の子が現れた。

「紹介するわね。
 第一王子のオリヴァーと、第二王子のマーセルよ」

 長いプラチナブロンドと、女性的な顔立ちをしている少年がまず名乗る。

「第一王子のオリヴァー・ルーカス・フォン・レブナントです。
 サイモンとは同い年ですね」

 王子様にしては物腰の柔らかい、優しい振る舞いだ。

 外見はクラウディア様によく似た、繊細な美少年だ。

 続いて短いゴールドブロンドの、やんちゃそうな少年が名乗る。

「第二王子のマーセル・ルイス・フォン・レブナントだ。
 マリオンと同い年だな」

 こちらは王族のテンプレ通り、尊大な態度だ。

 だけど王族は貴族たちの上に立つ者。

 格下の人間に尊大に振舞ってしまうのは、もはや常識である。

 お母様がニコニコと「フランツ陛下によく似てるわね」と言っていた。

 こちらは、はつらつとした美少年だろうか。

 どちらも、相手にとって不足はなし!

 私は内心でガッツポーズだ。

 サイ兄様と私も、名乗りを上げながら臣下の礼を取る。

「ヒルデガルトの息子、サイモン・フォン・ファルケンシュタインです」

「同じく、娘のマリオン・フォン・ファルケンシュタインでございます」


 挨拶を交わし終わったので、中庭に移動して子供四人でテーブルに着いた。

 大人たちはガセボに座り、私たちを見守っている。


 よーし、このお茶会、確実にものにするぞーっ!
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