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 魔王城の謁見の間、玉座に腰かけた魔王が楽しそうな笑みで私たちを見つめていた。

「よくぞ来たな、人間の勇者よ」

 ルーカス殿下が勇ましく剣を魔王に向けて叫ぶ。

「――魔王! その首、もらい受ける!」

 ギロリと、魔王の赤い目が殿下を睨み付けた。その瞬間、飛び掛かろうとしていた殿下の動きが止まっていた。

「貴様には言っていないぞ、愚かな人間よ」

 魔王の魔力は強大だ。その圧力と威圧感で、ルーカス殿下やブリギッツ、レナートは完全に委縮して足が止まっていた。

 平気なのは、同じくらいの魔力を持つ私だけみたいだ。

 魔王の目が、今度は私に向けられた。

「勇者よ、よくぞここまで辿り着いた。
 貴様の実力を、余は高く評価している」

「そう? ありがとう。
 そう言ってくれたのは人間を含めてもあんたが初めてよ、魔王」

 私は剣を構え、魔王の隙を窺った

 さすがに魔族の王を名乗るだけあって、簡単に切り込ませてはくれないか。

 魔王が私に笑みを向けて告げる。

「勇者よ、余の軍門に下れ。
 さすればお前の望みのものをくれてやろう」

「……悪いけど、魔族とは取引をしないことにしてるの」

 教師から『魔族は嘘をついて人間の心を惑わす存在だ』と教えられてきた。

 だからこの二年間、命乞いをする魔族の一匹だって許したことはない。

 私が隙を窺っていると、魔王が私に告げる。

「まぁ聞け、人間の勇者よ。
 このままお前が私を討伐したとして、お前は何を得られる?
 名誉か? 富か? それとも地位か?
 ――そのどれも、お前は手に入れられまい。
 それどころか、用なしになったお前を、人間どもは排斥するだろう。
 これはかつての人間の勇者たちが辿った道のりだ」

 私は剣を構えながら応える。

「……それくらいは予想がついてるわ。
 だからってあんたを放置する理由にはならない」

 魔王が私に手を差し出して告げる。

「だが余は違う。
 お前には望みのものをくれてやる。
 人間どもと違い、お前を大切に扱ってやれる」

 私は鼻で笑いながら応える。

「私の望み? そんなものが、あんたにわかるの?」

 魔王が目を見開いて声を上げる。

「三食昼寝付き! 労働と納税の義務なし!」

「――っ!」

「お前が望む相手との縁談も、余が直々に手はずを整えよう!」

「――っ!!」

「我が国から俸禄を出し、貴様には何一つ不自由のない暮らしを約束する!」

「卑怯なっ! そ、そんな言葉に私は惑わされないわよ!」

 魔王がニヤリと不敵に微笑んで告げる。

「疑うなら、≪誓約≫の魔法を交わしても良い。
 貴様の先代、そして先々代の勇者は、そうして我が国で平穏に暮らし、天寿を全うした。
 貴様はどうする、勇者よ。
 虐げられる人間の世界で暮らし続けるか。
 それとも厚遇される魔族の世界で暮らし続けるか」

 私は動揺する心を必死に抑え込みながら声を上げる。

「――魔族は人間の村を虐げていたじゃないか!」

「あれは納税の義務を果たさぬが故の懲罰だ。
 奴らは人間の国を追われた犯罪者たち。
 そんな奴らにも生存権を与えているだけ、我が国は温情があると思うが?」

「私は、魔族を数えきれないほど殺して来てるのよ?!」

「人間と魔族の生態は違う。
 魔族は肉体が死んでも蘇ることが出来る。
 魂が滅ぼされない限り、魔族は不滅だ。寿命を迎えるまでな。
 貴様は自分が殺した魔族の事を気に病む必要はない」

「……人間の国に攻め込んできてるのは、どう説明するの?!」

「先に攻め込んできたのは人間側だ。
 戦争する国同士が、勝手に戦いを止める訳にも行くまい。
 何度も使者を送り出しているのだが、話を聞く前に殺されてしまうのでな。
 停戦交渉にならんのだ」

 くっ、言うことがいちいち筋が通ってる!

 動揺する私の心を見透かしたように、魔王が再び告げる。

「今なら、貴様の疲れ切った身体が癒えるまで毎日の全身マッサージも約束しよう! 余が自らな!」

「――?! そこまでするというの?!」

 私たちのやりとりを唖然として見ていたルーカス殿下が、とうとう私に告げる。

「なぁシャーロット、お前は魔王の言うことを本気で信じるのか?」

 私は魔王とルーカス殿下の顔を見比べて応える。

「……少なくとも、殿下の言葉よりは信頼できると思います」

 ≪誓約≫の魔法は魂を縛る契約。絶対に背くことが出来なくなる魔法だ。

 そんなものを使ってもいいと言うのだから、魔王の言葉に嘘はないように思える。

 なにより――

「私は殿下たちのこと、仲間だと思えたことが初日以来ないので」

「――なっ?!」

 魔王が楽しそうに笑い声を上げた。

「ハハハ! ここで貴様たちの旅の様子を見ていたぞ!
 勇者を利用するだけ利用して、魔王討伐の名声だけ自分たちがせしめようという卑しい心根!
 魔族を蔑む前に、己の卑しさをもっと自覚すべきではないのか!」

「まったくですよ。この二年間、何度殿下たちを見捨てようと思ったか。
 私の負担を増やすだけ増やして、これなら一人で旅をしていた方がマシってもんです。
 ここまで殿下たちは、一匹の魔族でも倒したことがあるんですか?
 レナートの魔法だって、魔族の足止めをすることぐらいしかできてなかったですよね?
 ブリギッツに至っては、初日以来言葉を交わしたこともない。
 いったいどこが旅の仲間だって言うんですか」

 魔王が納得するように頷いていた。

「実に醜い人間どもだ。
 だがそんな人間どもでも、国外まで無傷で送り届けてやろう。
 ただし勇者よ。貴様が我が軍門に降るのであれば、だがな」

 ――魔王と私の実力は、たぶん互角。

 私たちが戦えば、ルーカス殿下たちを守りきることが出来ず、彼らは命を落とすだろう。

 気に食わない三人だけど、彼らの命を助ける方法も、一つしかないのか。

 私は渋々、魔王の差し出した手を取った。
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