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第6章:司書ですが、何か?

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 休日、朝日を浴びてパチリと目が覚める。

 昨日の飲み会は深酒せず、きちんと入浴してから寝たし、お酒の匂いは大丈夫なはず。

 さっさと顔を洗ってしまい、鏡の前でニコリと微笑む――よし、今日も可愛い!

 洗面所から出ると、台所でお爺ちゃんとアイリスが相変わらず新婚夫婦の圧を加えてくる。仲がいいなぁ。

「おはようお爺ちゃん」

「おぅ、おはようヴィルマ。今日は早くから出かけるんだったか」

「そうだよ。八時には迎えが来るはず」

 お爺ちゃんが苦笑を浮かべて応える。

「おいおい、随分と早い時間だな」

「いいじゃない、この季節は朝晩の方が過ごしやすいし」


 部屋に戻り、着て行く服を考える。う~ん、夏らしい色を選ぶか。

 着ることはないかな~? と思っていたライトブルーのチュニックを取り出す。これに白いスカートを合わせてみる――うん、夏っぽい。

 髪を鏡の前で整えて、いつものヘアピンを――いつものでいいのかな? ちょっと変えてみようか。

 普段は使っていない、マーガレットが付いたヘアピンを手に取り、髪を留める。

 お母さんの形見の銀のネックレスを手に取り、その細いチェーンを首に付ける。

 姿見の前で確認――よし、可愛い!


 やがて朝食が運び込まれ、もっくもっくとパンを頬張る。

 私の顔を見ながら、アイリスが戸惑うように告げる。

「どうしたんですか、ヴィルマさん。そんなにめかし込んでるのを見るのは初めてです」

 私はきょとんとアイリスを見つめ返す。

「めかし込んでる? そうかな?」

「そうですよ、ネックレスを付けてる所なんて、今まで見たことないです」

「んー、なんとなく、そんな気分だったんだよ」

 お爺ちゃんがカカカと笑って告げる。

「悪くない傾向だ。もう少し自覚が欲しいがな。
 今日一日、楽しんで来い」

「うん!」

 私の元気な声に、お爺ちゃんが頷いた。




****

 ベッドの上に腰かけ、そわそわそわそわと足を動かす。

 チラッと時計に目を走らせる――まだ、八時まで十五分もある。

 そわそわしながら何度も時計を確認するけど、時計の針はなかなか先に進まない。

 ついに八時十分前に我慢ができなくなり、私はポーチを持ってマギーを背負い、パタパタと部屋を飛び出した。


 宿舎の前で、学院の正門を見つめる。まだかな。それとも、フランツさん寝坊しちゃったかな。

 背中からマギーが声を響かせる。

『おいおい、焦り過ぎだぜ。慌てなくてもデートは逃げねぇよ?』

「焦ってなんかいないよ」

『あーそうかい、せいぜい楽しむことだな』

 楽しませるのはフランツさんの役目だから、彼に頑張ってもらわないと。

 デートの何たるかを、今度こそちゃんと教えてもらうんだから。

 そわそわうろうろしていると、ようやく正門に馬車の姿が見える。

 馬車がゆっくりと宿舎の前に来て、フランツさんが降りてきた。

 驚いた様子のフランツさんが私に告げる。

「……私は時間を間違えてしまっただろうか」

「私は時計を持ってないのでわかりませんが、結構待ちましたよ?」

 フランツさんが慌てて懐中時計を取り出し、時刻を確認した。

「……まだ、八時まで一分あるんだが。待ち合わせは八時、だったよな?」

「そうですね。そう約束しました」

「いつから待ってたんだ?」

「んー、十分ぐらいでしょうか。デートって女性を待たせていいものなんですか?」

 フランツさんが困ったような微笑みを浮かべて私に告げる。

「いや、当然待たせるのは良くないと思う。すまなかった」

 差し出された手を取って、私たちは馬車に乗りこむ。

 やがて馬車は走り出し、朝の王都を駆けて行った。




****

 馬車の中ではフランツさんの視線が、私の顔に釘付けだった。

 ポーチから小さな手鏡を取り出して顔を確認する――変な所はないよなぁ?

「フランツさん、今日の私はおかしいでしょうか」

 フランツさんは赤くなりながら私に応える。

「とんでもない! いつもよりずっと可愛らしいよ! そのヘアピンもネックレスも、いつもと違うヴィルマみたいで新鮮だ」

 私は会心の笑みでフランツさんにサムズアップして応える。

「当然です! 私は今日も可愛いんですから!」

 フランツさんの侍女が、楽しそうにクスクスと笑みをこぼした。

「どうしました? なにか変でした?」

「いえ、申し訳ありません。なんでもありませんから」

 私は小首を傾げてから、フランツさんの顔を見る。

 私が見つめれば見つめるほど、フランツさんの顔が赤くなっていく――あれ? 女性に慣れたんじゃなかったの?

 ついにはフランツさんが私から目を逸らし、窓の外を見始めた。

 私はその横顔を見つめながら、クスリと笑みをこぼす。

「また挙動不審になってますよ? フランツさん」

「……仕方ないだろう。そんな可愛い顔で見つめられたら、どんな顔をしていいのかわからない」

「そんな顔でいいんですよ。見ていて面白いですし」

「――面白い?! 私の顔に、なにかついてるだろうか」

「そんなことはないですけど、なんだか楽しいです」

 ガタガタと揺れる馬車の中で、フランツさんはすっかり黙り込んでしまった。

 ……おや? どうしたんだろう?

「ねぇフランツさん。一つ聞いても良いですか?
 私は一度、あなたの好意をお断りしたのに、なぜまたデートに誘ったんですか?」

「……言っただろう? 私にとっては宝物のような時間だと。
 君がエテルナの王女になってしまったら、もうこんな時間は味わえなくなる。
 だからその前に、大切な宝物を集めておこうと思ったんだ」

「はぁ……私が王女だと、もうデートができないんですか? 職場を変えるつもりはありませんよ?」

 フランツさんが、寂し気な顔で窓の外を見つめていた。

「さすがに王族の女性をデートに誘うには、私では格が違い過ぎるからね。
 こうして過ごせるのは、これが最後の機会だと思う」

「……滅んだ国の王族だから、何だっていうんですか。
 王族ってそんなに息苦しいものなんですか?」

 フランツさんがフッと笑みをこぼした。

「男爵家の息子である私には想像しかできないが、やはり息苦しそうだよ。
 同じ職場の司書を続けられるかもわからない。
 王族は社交場に出ることも仕事の一環になる。
 もう毎日図書館で会うことは、難しくなるんじゃないかな」

 私はムスッとしながら手をフランツさんの顔に伸ばし、頬をつねって引っ張った。

「いたっ! なに?! どうしたんだ?!」

「デート当日に、そんなつまらないことを考えないでください。
 今フランツさんの目の前に居るのはヴィルヘルミーナ・シュライバー、平民の司書です。
 私を楽しませるために、フランツさんはここに居るのでしょう?」

 私を唖然と見ていたフランツさんがフッと柔らかい笑みを浮かべた。

「そうだったな。年上として、きちんとエスコートしてみせるよ」

「はい、そうしてください」

 馬車はガタガタと、王都の朝市に向かっているようだった。




****

 馬車から降りると、フランツさんは御者に何かを指示していた。

 馬車が走り去ってしまい、私は思わずフランツさんに尋ねる。

「馬車を帰しちゃったんですか?」

「そうじゃないよ、先回りしてもらったんだ。
 ――それより、朝市を見て行こう」


 フランツさんの差し出した肘に掴まり、朝市の中を歩いて行く。

 まだまだ賑わっていて、商品も残っているようだ。

 ふわりと鼻孔をフルーティーな甘い香りがくすぐっていく。

「お、美味そうなプラムだな――少しくれ」

 フランツさんがプラムを一房買って、私の前に差し出した。

 一粒摘まみ取って口の中に放り込む――じゅ~し~。

 ひょいぱくひょいぱくと食べているうちに、あっという間に一房が溶けて消えていた。

「ハハハ! そんなに喜んでもらって嬉しいよ!」

「フランツさんだって結構食べてましたからね!」

 朝市には商人たち以外にも、私たちみたいな観光客が結構交じってるみたいだ。

 みんな新鮮な果物や野菜を買い求めて、楽しんでるみたいだった。

 リンゴやナシも味わいつつ、朝市を通り抜けた。

「……あれ? これでお終いですか?」

「そうかい? 結構歩いたよ?」

 え、自覚がない。いつの間にそんなに時間が経ってたんだろう。

 フランツさんが川べりの船着き場に行き、お金を渡していた。

「さぁ、船に乗ろうか」

 私はおずおずと差し出された手を取り、おっかなびっくり船に乗りこんだ。
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