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第6章:司書ですが、何か?

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 豪華な客間に案内された私たちに、従者は「ごゆっくりおくつろぎください」と告げて去っていった。

 私は無駄に広い部屋を見回しながら呟く。

「なにこれ、リビングにダイニングにお風呂やトイレ、あっちにはベッドルームが二つもあるし。
 しかも調度品がやたら高価そうなんだけど?! 壊したらって思うと、迂闊に歩けないよ?!」

 お爺ちゃんがカカカと笑ってリビングに歩いて行き、ソファに腰を下ろした。

「壊したって構やしねぇよ。俺が直してやる。
 それよりお前らも、こっちに来て気分を落ち着けろ。
 今夜はここに泊まることになる」

 お爺ちゃんがソファに座ると同時に、いつの間にか部屋に控えていた侍女たちが紅茶を給仕していく。

 私とアイリスが恐る恐るソファに座ると、私たちの紅茶も給仕された。

 侍女たちが壁際に下がると、お爺ちゃんはいつものように片手でカップを掴み、紅茶を喉に流し込んでいく。

「お爺ちゃん、いつも通りだねぇ……こういうの、慣れてるの?」

「そんなわきゃねぇだろう? だが委縮する理由もねぇ。
 自分の部屋のつもりで、好きに振舞えばいいのさ」

 アイリスを見ると、やっぱりガチガチに緊張してるみたい。

 アイリスの隣に座るお爺ちゃんが肩に手を回して告げる。

「ほれ、何を緊張する必要がある? いつも通り俺の隣に居るだけだ。
 今日は俺だけを見ていろ。それで少しは気分が楽になるだろ?」

 その瞬間、雷に打たれたようにビクンと身体がはねたアイリスは、お爺ちゃんの顔を見つめてトロンと目をとろかせた。

「ラーズさん……見つめても、いいんですか?」

「おぅよ。いつもみてぇに俺を見つめろ。お前は俺が守ってやるから心配すんな」

 お爺ちゃんの胸の中に飛び込むように体重を預け、もはや涙すら流して喜んでいるアイリスはすっかりいつも通りだ。

「お爺ちゃん……まさかと思うけど、『万が一』は……ないよね?』

 お爺ちゃんはバツが悪そうに頭を掻いて応える。

「そのつもりなんだが、こうも長く一緒に居ると、どうにも情が移っていけねぇな。
 逃げる時も連れて行く約束をしちまったし、こうなったら抱え込むしかねぇかと思ってる」

 私は冷や汗をかきながらお爺ちゃんに尋ねる。

「抱え込むって……まさか……」

「そうさなぁ、きっちり俺の妻に据えるのが、誠実な対応じゃねぇか?
 アイリスは若すぎるから、そこだけが気になるところだが、俺が死んだ後も元王族の妻なら、ある程度は保証してもらえるだろ」

 ~~~~~~~~っ?! 心配していた事態になりつつある?!

「お爺ちゃん、それ本気で言ってるの?!」

 お爺ちゃんはニヤリと私に微笑んだ。

「まだ検討段階だがな。選択肢の一つだと思い始めた。
 これからどうなるかはわからねぇが、エテルナ王妃にアイリスがなるのは悪い話じゃねぇだろ」

「悪いよ! アイリスは私の友達で、十六歳で、お爺ちゃんの奥さんになったら、私との関係はどうなるの?!」

「そりゃおめぇ……義理の祖母、ってことになるのか? そこはもう、諦めるしかねぇんじゃねぇか?」

 私は頭がくらくらして、ソファに倒れ込んだ。




****

 部屋の入り口から女性の声が聞こえる。

「ヴィルヘルミーナ王女、ドレスの試着をお願いいたします」

 おっと、ショックで倒れ込んでる場合じゃない。やるべきことはやらないと。

 よいしょっと起き上がり、「お爺ちゃん、行ってくるね」と伝え、入り口にいる女性――侍女の後を付いて行く。

 辿り着いたのは近くの部屋。中には十人を超す侍女が待機していて、部屋には真っ白なドレスが置いてあった。

 うーん、あれってシルクかなぁ? レースや刺繍がふんだんに使われていて、ふんわりと可愛らしく感じる。

「ではお召替えを」

 扉が閉められるとさっそく服を脱がされ、やっぱりコルセットを巻かれて行く。

 一度経験してるからなんとか耐えたけど、これを半月後もまたやるのか……。

 パニエも着けられ、全体的にふんわり優しいイメージのドレスが私の身体を包んでいた。

 姿見で確認すると、肩は透け素材、オーガンジーというらしい。中の腕が薄っすら見えて、軽やかに感じる。

「苦しい所はございますか」

「特にないですね。動きにくいとかもないです」

 ベルベットのドレスに比べれば軽い軽い。

「折角ですので、お化粧の方向性も決めたいと思いますが、よろしいですか」

「あーはい! 可愛くしてくださいね!」

 今回はアップスタイルではなく下ろしたままにするみたいだ。

 前髪をあげられ、ペタペタとお化粧が塗られて行く。

 途中経過をじーっと見つめる私に、侍女が告げる。

「ご注文はございますか」

「いつもの私と同じイメージに仕上げてください。ふんわり柔らかい感じで!」

「畏まりました」

 ぺたぺたぽんぽんと化粧が進み、だんだんと私の顔が塗りたくられて行く。

 途中で「あ、そこハッキリさせないでください」とか「もう少し色合いを抑えてください」とか注文を出した。

 一時間ほどでメイクが完了し、できあがったのはいつもの私。

 ぬりたくったのでほんのり頬に赤みがさしてたり、肌が明るめになってたりするけど、トータルイメージは変わってない。

「よし! 可愛い!」

 私の言葉に、侍女が応える。

「では、この方向性でよろしいですか」

「はい、これでお願いします!」

「せっかくですので、晩餐会もこの装いで参加なされてはいかがでしょうか」

「うーん、試着ってことだし、過ごしやすいか確認するのもいいのかな? もしかしてそろそろ晩餐会の時間?」

「はい、もう一時間ほどでお時間となります」

「じゃあこのままで!」

「畏まりました」

 立ち上がるとズシッと重たい、けど動けないほどじゃない。

 ヒールのある靴の歩き方を教わり、慣れた頃に侍女が告げる。

「晩餐会のお時間です」

 おっと、もうそんな時間か。

 私はてくてくとドレスで歩きながら、侍女が案内する場所へ向かった。




****

 廊下で合流したお爺ちゃんは、私を見て嬉しそうに微笑んだ。

「なんでぇ、王女らしい格好も様になってるじゃねぇか」

「そう? 王女らしいかな?」

 アイリスは私を見てぽやーんとしてるみたいだ。

「すごい、綺麗です。ヴィルマさん」

 私はニコリと微笑んでサムズアップして応える。

「でっしょー! 自分でも可愛くできたと思ってるんだ!」

 お爺ちゃんがクスリと笑みをこぼして告げる。

「あとは振る舞いを王女らしくしねぇとな。それじゃあ平民丸出しだ」

 私は唇を尖らせて応える。

「仕方ないでしょ! 平民なんだから!」


 侍女に案内されて晩餐会の会場に辿り着く。

 中に居るのは先ほどのメンバー……だけじゃない?!

 エミリアさんと、図書館のみんなが参加していた。

「あれ?! 人が増えてる?!」

 ディララさんがニコリと微笑んで告げる。

「見知った顔が多い方が、緊張しないかと思いまして。
 ヴィルヘルミーナ王女もそうですが、アイリス様が特に緊張してらしたでしょう?」

「アイリス……『様』?! どういうこと?!」

 お爺ちゃんが私の横で告げる。

「お前が出ていったあとディララが来てな。アイリスをどういう扱いにするかって話になった。
 そこで『妃候補だ』と俺が伝えたんで、この場では正式に俺の妻扱いにするってことで落ち着いた」

 外堀が埋められているー?!

 私は慌ててアイリスを見て告げる。

「大丈夫?! アイリス、王様の奥さん扱いだよ?!」

 アイリスは戸惑うように応える。

「正直、怖いです。ですがラーズさんの横に居られるなら、私は耐えてみせます!」

 お爺ちゃんはアイリスの手をしっかり握ってあげてるみたいだ。

 なんだかそれだけで、アイリスの肩から緊張が抜けて行ってる気がした。

「うーん、アイリスが大丈夫なら、今日はそれでいいかぁ」

 足音がして振り向くと、フランツさんが喜びを溢れさせながら、爽やかな笑顔を浮かべていた。

「数時間振り、というのも変ですね。お綺麗ですよ、ヴィルヘルミーナ王女」

「ありがとうございます。でもヴィルマでいいですよ、フランツさん。
 みんなからも王女って呼ばれたら、調子が狂っちゃいます」

 みんなも私の周りに集まってきて声をかけてくれる。

「おー、馬子にも衣裳だな。この間のドレスよりヴィルマらしいじゃないか」

「うるさいですね、カールステンさん。いつもの私が一番かわいいんだから当然ですよ」

 シルビアさんがクスリと笑みをこぼす。

「すっかり自分の事を可愛いと思えるようになったのね。喜ばしいわ」

「自分に自信を持てたのはみんなのおかげです!」

 サブリナさんがドレスをまじまじと見て告げる。

「すっごい……随分と高級な素材を使ってるわね。やっぱり王族の扱いは違うわ」

「そうなんです? 見ただけで分かるとか、凄いですね」

 ファビアンさんが穏やかに微笑んで告げる。

「私たちはドレスを見慣れているからね。生地の品質も、ある程度わかるんだ」

 ディララさんがいつものように両手を打ち鳴らした。

「はいはい、あなたたち。相手は仮にも王女様よ?
 愛称呼びは許していただいたけど、言葉遣いはきちんとしなさい」

 みんなが返事をして、それぞれの席に移動していく。

 私たちも移動して席に就いた。

 王様が一番偉い席に座って、お爺ちゃんがその隣、その隣がアイリスになって、私はアイリスの隣だ。

 みんなは反対側、王様の次がアルフレッド殿下、エミリアさん、ヴォルフガングさんにディララさん、そしてみんなが続く。

 王様がグラスを片手に持って声を上げる。

「では、晩餐会を始めよう!」

 私たちもグラスを掲げ、「乾杯!」の声が響いた。
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