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第6章:司書ですが、何か?

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 突発的な飲み会が終わり、宿舎から出たカールステンがフランツに声をかける。

「なぁフランツ、もう少し飲まないか? まだ早い時間だろ?」

「まだ飲むのか? ……まぁいいだろう。一時間だけだぞ」

 二人はカールステンの馬車に乗りこみ、王都の酒場へと向かった。

 サブリナが馬車を見送りながら呟く。

「あれだけ飲んで、まだ足りないって言うの?」

 シルビアがクスリと笑みをこぼして応える。

「フランツ、少し元気がなかったもの。それを気にしてるのよ」

 ファビアンがそれに同意するように頷いた。

「ヴィルマが王女の扱いになるからな。
 これからどう接していいか、わからないんじゃないか」

 サブリナが頭を振りながら告げる。

「ばっからしい。ラーズさんも言ってたじゃない。今までと扱いは変わらないわ。
 ――でも、王女が未婚って訳にもいかないわよね。そこはどうするのかしら」

 ファビアンは馬車に向かって足を向けながら応える。

「それはラーズ王次第だろう――それじゃあ二人とも、また明日」

 ファビアン、サブリナ、シルビアを乗せた馬車も、学院外へと駆けて行った。




****

 街角の酒場、奥まった座席でカールステンとフランツが飲んでいた。

 あれほど酒を欲していたカールステンはちびりちびりとエールを口にする。

 フランツが意外に思って尋ねる。

「どうしたんだ? まだ飲むんだろう?」

「もう充分飲んだだろ。これ以上は明日に響く。
 ――それよりフランツ、お前はヴィルマを吹っ切れたのか?」

 ワイングラスに目を落としたフランツが、ぽつりと呟く。

「私にはまだ、彼女を諦めることはできない。
 だが彼女はこれから王女として扱われる。
 同僚として接することが許されるとしても、それ以上はもう、許されないだろう」

 カールステンがつまみの干し肉をかじりながら応える。

「そんな腰が引けてたら、何も手に入らんぞ。
 ラーズさんがどう望もうと、王女となれば縁談は避けられなくなっていく。
 放っておけばどこかの馬の骨がヴィルマをさらっていくんだぞ?」

「……それはわかっているが、私は一度振られた身だ。
 今さらどのつらを下げてアプローチしろっていうんだ」

「そ・の・つ・ら・だ! たわけ!
 お前の恵まれた顔面を、今生かさないでどうする。
 『恋愛がわからないから』と言われたんだろう?
 ならば恋愛を教え込めばいい」

 フランツがカールステンを睨み付けながらワインを飲んだ。

「……言うだけなら簡単だよな。
 そういうお前はサブリナを娶らないのか」

「フッ、うちに嫁いでも、苦労をするだけだ。
 子爵家とはいえ、次男では満足な生活はさせてやれん。
 司書の俸給じゃ、屋敷一つ買えやしない」

「別に最初は屋敷じゃなくたっていいじゃないか。
 サブリナと二人で貯金すれば、屋敷を買う事は無理じゃない」

 カールステンがフッと笑いながらエールを呷った。

「――ふぅ。平民のような家に暮らせってか?
 俺は構わないが、サブリナが社交界に参加しづらくなるだろう。
 実家に居候させてもらえている今の状態が、一番マシなのさ」

 フランツがカールステンを心配しながら告げる。

「だがそれは、サブリナが言った言葉ではなくお前の憶測だろう?
 彼女はそれでもお前と近づきたいと思ってるんじゃないか?
 きちんと話し合ってから決めた方が良い」

「ハッ! なんだか立場が逆になっちまったな。
 だがお前は他人の心配をしている場合じゃない。
 今ここできちんと踏ん張れなきゃ、もう二度と手が届かなくなるぞ」

「……そうだな。だがそれはお前もだぞ、カールステン。
 お互い、後悔のないようにしよう」


 その晩、男たちは一時間の語り合いで言葉を交わした後、それぞれの家路に就いた。




****

 翌日も午後からみんなが来てくれて、修復作業が進んでいく。

 なんだかんだと早朝蔵書点検を続けているみんなは、以前よりも蔵書の位置を特定するのが早くなったみたいだ。

 サブリナさんの修復技術の腕も、半年前とは見違えるほど上達している。

 シルビアさんが何気に修復技術が巧いのが意外だった。

 一人で進めるのが一番効率的だと思っていたけど、やっぱり六人で作業すればもっと早い。

 この週末は予定を大幅に上回る本を修復して終わった。


 司書室でエプロンを脱いでいると、フランツさんが声をかけてくる。

「なぁヴィルマ、ちょっといいかな」

 私は振り向きながら笑顔で応える。

「はい、なんですか?」

「繁忙期が終わったら、一緒にまたどこかに行かないか。
 それまでにヴィルマが楽しめそうな場所を見繕っておくよ」

 私は小首を傾げながら尋ねる。

「またデート、ですか? でも私に構うより、きちんと結婚できる相手を探した方が良くないですか?
 私は恋愛の分からないお子様だから、デートしても意味がないと思うんですけど」

 フランツさんが爽やかに微笑んで告げる。

「意味はあるさ。お前と一緒に過ごせる。私には宝物のような時間だ。
 結婚なんて、できなくてもいい。今はただ、ヴィルマと共に過ごしたい」

 うーん、そこまで言うなら、また付き合ってあげても良いのかなぁ?

 悩んでいると、耳にカールステンさんの声が届いた。

「なぁサブリナ、これから飲みに行かないか。フランツの野郎には断られちまった」

「ええ? これから? ……まぁ、遅くならないならいいけど」

 私は驚いて振り返り、二人の方を見た。

 どことなく嬉しそうなサブリナさんが、カールステンさんと一緒に司書室を出て行く。

「……カールステンさんからあんなことを言いだすなんて、意外ですね」

 フランツさんは嬉しそうに微笑みながら告げる。

「あいつもようやく、重い腰を上げる気になったみたいだな。
 うまく行くといいよな、あいつら」

「そうですね……えっ?! そういう意味なんですか?! あれ!」

 ちょっとした笑いが司書室に巻き起こり、ファビアンさんとシルビアさんも司書室を出て行く。

 なんだか三人に笑われてしまった。

 でもそうか、カールステンさんも、サブリナさんを悪いようには思ってないのか。

 私はサブリナさんの頑張りを心の中で応援しながら、司書室を出た。




****

 学生たちの卒業研究が終わり、我が図書館の繁忙期も無事終了した。

 学期末最後の週、朝のミーティングでディララさんからお話があった。

「ヴィルマのために教えておくけど、来週から一か月の夏期休校に入るわ。
 もちろん、この図書館も閉館するの。
 あなたたち職員にも一か月の休暇が訪れるわね」

 わっとみんなが喜び、ディララさんが両手を打ち鳴らした。

「はいはい、嬉しいのはわかったからちゃんと聞いて頂戴。
 ヴィルマは今日、午後からラーズさんと一緒に王宮に行ってもらうわ。
 そこで大切なお知らせがあるらしいの」

 私はきょとんとして小首を傾げた。

「大切なお知らせ、ですか?」

 ディララさんが優しい顔で頷いた。

「ええそうよ。ヴォルフガング様と私も同伴するから、一緒に馬車で向かいましょう。
 午前の作業も、そのつもりで進めて頂戴」

 そっか、午後の修復作業時間がないのか。

 じゃあ午前の半分で本をピックアップして、残り半分で修復を終わらせる感じかな。

 ディララさんが「今日も一日、よろしくね」と告げると、みんなが元気な声を上げて司書室から出て行った。

 私もピックアップする本を考えながら、書架に向かった。




****

 昼食を済ませて司書室に戻ると、お爺ちゃんとヴォルフガングさん、そしてディララさんと――アイリス?!

「え?! なんでアイリスも居るの?」

 アイリスも小首を傾げて私に応える。

「さぁ? ラーズさんから『いいから一緒に来い』って言われまして」

 ヴォルフガングさんが私に告げる。

「ラーズ殿が決めた事なら問題ないさ。それよりも早く向かおう。陛下がお待ちだ」

「え?! 王様が呼んでるの?!」

 ヴォルフガングさんがニヤリと微笑んで応える。

「そりゃそうさ。王宮に行くとはそういう事だ。さぁ出発するよ」


 私たちは一台の馬車に乗りこみ、馬車は間もなく出発した。

 私は不安な気持ちを隠せないまま、流れる窓の外の景色を眺めていた。
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