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第5章:羽化

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 閉館十五分前を告げるベルが鳴り、みんなで司書室に引き上げる。

 ディララさんとの業務連絡も終わり、カールステンさんが明るい笑顔で声を上げる。

「さぁ週末だ! 今日も飲み明かそうじゃないか! みんな、参加するよな?!」

 私はおずおずと手を挙げ、カールステンさんに尋ねる。

「あの……会場はやっぱり宿舎ですか?」

「ん? 他にどこがあるんだ? 何か不都合でもあるのか?」

「不都合というかなんといか、その……いえ! なんでもないです!」

 みんなが続々と参加表明をする中、フランツさんが告げる。

「申し訳ないが、私は予定があるんだ。今日は不参加でいいかな」

 眉をひそめて元気がなさそうなフランツさんは、そのまま司書室を出て行ってしまった。

 カールステンさんが呆気に取られてドアを見つめて告げる。

「……あいつ、どうしたんだ? せっかくヴィルマと一緒に飲める日だっていうのに」

 シルビアさんが、私を心配する様な顔で告げる。

「いいの? このままで。今のままではきっと後悔するわよ?」

 私は意味がわからず、小首を傾げた。

「後悔、ですか? なぜです?」

「あなた、今週はほとんどフランツと目を合わせて居ないじゃない。
 さっきも自分の家にフランツを呼びたくなかったのでしょう?
 フランツはそれで気を使って帰ったのよ」

 そんなことを言われても、なんだか目を合わせづらくて、何て会話していいかわからなくて、避けるようになっちゃったのは悪いなって思うんだけど、だけど――

「――ああもう! わかりましたよ! フランツさんを呼び止めてきます!
 みなさんはいつものように宴会の準備を進めておいてください!」

 私は大きな声を上げたあと、エプロンを脱ぎ捨てケープを羽織り、司書室の外に駆け出していった。




****

 馬車に乗りこもうとするフランツさんを見つけ、私は駆け寄りながら声を上げる。

「こらー! 意気地なしのフランツさん! 止まりなさい!」

 フランツさんが驚いた様子で振り返り、私を見つめてきた。

 それだけで駆け寄ろうとする私の足が鈍ってしまい、ゆっくりと彼に近づいて行く。

 目の前に辿り着くと、フランツさんはおずおずと私に告げる。

「……どうしたんだ? 週末の打ち上げ、やるんじゃないのか?」

「~~~~、そっちこそどうしたんですか! なんで逃げるように帰ろうとするんですか!」

 フランツさんが私から目を逸らし、寂しそうに告げる。

「避けられてる自覚くらいある。何かしてしまったんだろうと思うんだが、心当たりがなくて……すまん」

「あ、謝らないでください! 私が勝手に、その、どう接していいかわからなくなってるだけなので!」

 フランツさんの視線が、私の顔に戻ってくる――なんでそれだけで、こんなに恥ずかしくなるんだろう?!

「……それだけなのか?」

「はい! それだけです! だから今日も一緒に飲みましょうよ!」

 しばらく悩んでいたみたいだけど、フランツさんは御者に二言、三言告げたあと、私の背を押して宿舎に向かい歩きだした。

 歩きながらぽつりとフランツさんが呟く。

「嫌われたんじゃなくて良かった」

「嫌ったりはしませんよ! フランツさんが良い人なのは知ってますし!」

 クス、とフランツさんが笑みをこぼす。

「良い人か。よく言われたんだ、その言葉。
 結婚適齢期にアプローチをした令嬢からは、そう言って交際を断られていた」

 私はきょとんとして小首を傾げ、フランツさんを見上げた。

「どういう意味ですか? 良い人なら、付き合えば良いじゃないですか」

「女性にとって、『良い人』は婚姻相手の資格にならないらしい。
 私に男としての魅力が足りないから、そう言われてしまうんだろうな」

 男性としての魅力かぁ~。確かに私も、フランツさんを男性として見てるかと言われると、ちょっと自信がない。

「私だって、女性としての魅力なんてありませんよ」

「そんなことはないさ。ヴィルマは可愛らしい、魅力的な女性だ」

 顔が真っ赤に燃え上がるほど熱くなる――なんでこんな恥ずかしいんだろう?!

「変なことを言わないでください! 私に女性的な魅力がないのは自覚してます! 胸だって大平原だし! こんな慎ましい体型に男性が惹かれる訳がないんです!」

「ヴィルマの魅力は、そんなところにはないよ。素直で元気で誠実で、ちょっと鈍いけどそこもまた可愛い」

「~~~~!! ですから、そういう恥ずかしいセリフを臆面もなく言わないでください!」

 フランツさんの明るい笑い声を聞きながら、私たちは宿舎に入っていった。




****

 飲み会が始まり、カールステンさんが音頭を取る。

「それじゃあ今週も――お疲れ!」

 グラスが打ち合わされ、みんながお酒を呷っていく。

「――ぷはぁ! この一杯が沁みる!」

 お爺ちゃんが楽しそうにカカカと笑った。

「それじゃあ、まるでおっさんだぞ。もう少し女子らしいセリフにならねぇのか」

「しょうがないじゃん、そう思うんだから!」

 テーブルの上の料理をひょいひょいと小皿に盛っていき、もっしゃもっしゃと食べていく。

 今日はなんだか、すっごい疲れた! 今日はって言うか、さっきのやりとりで、とんでもなくエネルギーを使った気がした。

 隣のフランツさんが、私のグラスにシードルを注いでいく。

 そのままワインを手酌で注ぎ、クイッと一口飲んでいた。

 私はなんとなく落ち着かない気分を必死に我慢して、ひたすら料理とお酒に集中していく。

 ――フランツさんの隣が、こんなに落ち着かない場所になるなんて思わなかったぞ?!

 だって、私に想いを寄せる男性とか初めてだし。しかも七歳も年上とか、どう対処していいかわからない。

 だけど逃げちゃうとまたフランツさんが傷ついちゃうから、私は逃げないように我慢するのが精一杯だった。


 シルビアさんが席を立ち、私とフランツさんの間に割り込んで座ってくる。

「ちょっとごめんなさい、ここに座って良いかしら」

 座った後に言うとか、問答無用という奴なのでは?

「ええ、いいですけど……どうしたんですか?」

 シルビアさんはニコリと優しく微笑んで応える。

「せめて緩衝材くらいは欲しいでしょ? 無理は良くないわ。少しずつ慣らしていきましょう」

 フランツさんの向こう側にファビアンさんが座り、シルビアさんとはフランツさんをまたいで会話をしているようだ。

 なんだか、気を使わせちゃってるのかな。楽しい飲み会のはずなのに。

 自己嫌悪に陥りながら、シルビアさん越しにフランツさんを盗み見る――なんだか嬉しそうな顔で、こちらに視線を寄越していた。

 慌てて視線を手元のグラスに戻し、ゴクゴクとシードルを飲み干していく。

 グラスが空くとフランツさんがスッとお代わりを注いでくれて、やっぱり見られてるんだと実感した。

 どうしよう……何か、何か話さないと。でも、何を?

 困っていると、お爺ちゃんが笑みをこぼしながら告げる。

「ククク……無理をするなとシルビアも言っていただろうが。
 今は同じ場所に居てやるだけでいいじゃねぇか。
 言葉なんかなくても、伝わることはあるだろう?」

 そうなの? 本当に伝わるの?

 ちらっとフランツさんを盗み見る――やっぱりどこか、嬉しそうな顔だ。

 私は料理とお酒をお腹に注ぎ込みながら、チラチラとフランツさんの顔を盗み見ることを繰り返した。


 飲み会は夜遅くまで続き、フラフラになりながらシードルに口を付ける。

 アイリスは既に酔い潰れ、お爺ちゃんにもたれかかって寝ていた。

 いつの間にか隣に座っていたフランツさんが、私の肩を抱いて告げる。

「それ以上は止めておけ。深酒になる」

 そうなのかな? うーん、なんとなくそんな気もする。

 私は気持ち良い酔い心地に身を任せ、隣のフランツさんに体重を預けた。

 そのまま目をつぶった私は、いつのまにか夢の世界に旅立っていった。
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