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第5章:羽化

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 王立魔導学院付属図書館の繁忙期――それは、想像していたよりずっと目が回る忙しさだった。

「フランツさん! 『古代神話学への旅路』、『幻影の書』、『新訳魔法大全』持ってきました!」

「ありがとう! じゃあ次はこのオーダーの本を頼む!」

 そして渡されたメモにある、『なんとなくこんな本』というニーズに合わせて魔導書を特定し、書架の間を駆け回って集めてはメインカウンターへ持っていく。

 ニーズが曖昧なものは私が直接ニーズを聞き取り、なるだけ一冊に絞り込んでいく。

 生徒たちは卒業研究が目的なので、比較的目的の書物が特定されることが多い。

 カウンターでの事務業務をディララさんとフランツさんに任せ、私はひたすらカウンターと書架の間を往復し続けていた。

 目録から探しださなきゃいけないフランツさんより、蔵書の所定位置を覚えきってる私の方が早いんだもの。

 ――だからって! 走り回るのはキツイ!

 読書スペースは満員なので、なるだけ足音を立てないようにもしていた。

 一人の生徒が何度も本を求めてくるのも珍しくないので、エンドレスにオーダーが飛び交っていく。

 生徒たちの波は閉館間際まで続き、閉館十五分前のベルで生徒たちが引き上げていくと、私はようやくカウンターで一息ついていた。

「はぁ、はぁ、なんなのあれ……普段は閑古鳥が鳴いてるのに、なんでこの時期だけ休む暇が無くなるの……」

 フランツさんが苦笑を浮かべながら告げる。

「卒業研究は教師から『不可』をもらってしまうと卒業が取り消しになるからね。みんな必死なんだよ」

 それなら、前もって研究を進めておけばいいじゃないか!

 なんていきどおりをフランツさんにぶつけてもしょうがない。

 私たちは司書室に集まり、ミーティングに参加した。

 ディララさんが嬉しそうに告げる。

「みんな今日はお疲れ様。ヴィルマのおかげで、昨年よりも迅速な対応ができていたと確信しているわ。
 この調子で夏まで、一丸となって乗り切っていきましょう」

 みんなが「はい!」と声を上げる中、私一人が「うえぇぇ?! 夏まで?!」と泣き言を言っていた。

 カールステンさんが明るい笑い声で告げる。

「ハハハ! ヴィルマは館内を走り通しだったからな!
 だがお前のおかげで、昨年までと比べると捌いた生徒の数は十倍じゃ効かない。
 まったく頼りになる新人だよ!」

 サブリナさんが困ったように笑った。

「でも、もう司書就任半年を超えるわ。そろそろ新人とは言い辛くなってきたわね。
 新しい人がまた入ってくれるといいんだけど、次はいつになるのかしら」

 ファビアンさんが穏やかに微笑んで告げる。

「そこはオットー子爵夫人やヴォルフガング様に任せるしかないさ。
 ――それより、今日はどうするんだ? 飲み会、やるのか?」

 私は声を大きくして告げる。

「もちろんやりますよ! これだけ走り回ったんですから、お酒ぐらい飲みたいです!」

 シルビアさんがクスリと笑った。

「決まりね。じゃあいつも通り、ヴィルマの宿舎に集合ね。
 お酒と料理の手配は――ファビアン、カールステン、よろしくね」

 みんなが声を上げ、ディララさんに挨拶をしてから司書室を出て行く。

 最近はちょくちょくこうして、週末の飲み会が恒例となっていた。

 私は美味しいお酒を楽しみにしながら、宿舎へ向かって歩きだした。




****

 宿舎一階に三部屋あるうちの中央の部屋――ここが初回以降、宴会場として定着した場所だった。

 最初に持ち込んだローテーブルが置いてあるのが大きな理由だ。

 ヴォルフガングさんの代わりにお爺ちゃんが参加し、男性が女性に変なことをしないか見張ってくれている。

 アイリスも参加して、お爺ちゃんの横でミードをちびちび飲んでいた。

 最初は男女別に分かれて座っていたのだけれど、最近は男女入り乱れて座るようになって居た。

 お爺ちゃんの横にアイリス。

 ファビアンさんの隣にシルビアさん。

 カールステンさんの隣にサブリナさん

 そして――

「あまり飲みすぎるなよ、ヴィルマ」

「言われなくても分かってますよ、フランツさん」

 そう、私の隣にはフランツさんが座っている。

 最近では挙動不審になることも減り、飲み会の間は普通に会話できているように感じていた。

 顔を見つめても、ちょっと頬が赤くなるくらいで、目を逸らそうとはしないみたいだ。

「どうした? 見つめてきて」

「いや、フランツさんの女性不慣れも治ったのかなーと思いまして」

 フランツさんが苦笑を浮かべて応える。

「だから言っただろう? 私は別に、女性に不慣れな訳じゃない。
 男爵家とは言え下位貴族の一員。社交界には十年以上親しんでるんだ」

 私はシードルをちびちびと飲みながら小首を傾げた。

「じゃあ、なんで最初の頃はあんなに挙動不審だったんですか?
 マギーが来た頃ぐらいまでは、面白いぐらい取り乱してましたよね?」

 フランツさんが私から目を逸らし、ワインを一口飲んだ。

「……それはまだ、許してくれないかな。いつか言えると思うから」

 そうか、何か言えない理由があるのか。それじゃあ無理に聞きだす訳にもいかないな。

 背中からマギーが声を響かせる。

『おいおい、俺にもわかるようなことがわからないのか?
 ヴィルマは鈍い奴だなぁ! そこがお前の可愛い所だが』

「うるさいな、鈍くて悪かったわね!」

 隣でエールを飲んでいるお爺ちゃんが、横目でジロリとフランツさんを睨み付けた。

「ま、若造が何をしでかそうが、俺が必ず止めるけどな。
 ヴィルマがそう簡単に手に入ると思うんじゃねーぞ?」

 私を手に入れる? 私は物か?

 フランツさんは少し委縮したように身を縮めていた。

 私は視線をカールステンさんとサブリナさんに移す――楽しそうに歓談する二人は、やっぱり仲が良さそうだ。

「なんでこんな配置になったんでしょうね。最初の頃は男女で別れてたのに」

 フランツさんがクスリと笑って応える。

「結局、よく言葉を交わす相手が隣に居る方が楽だからな。
 つまりこの組み合わせが、そういう関係なんだろう」

「でも、カールステンさんとサブリナさんって、結婚を意識してる訳じゃないんですよね? 恋人同士でもないし」

 フランツさんがワイングラスを見つめながら応える。

「そうだな……だがどことなく、意識し合ってるようにも見える。
 一緒に居て楽しい相手ってのは、婚姻相手として認識するのに充分な条件じゃないかな」

 そういうもんなのかな? 私にはよくわからないんだけど。

 お爺ちゃんがカカカと笑った。

「お前ら若造共は、まだ結婚が手の届く年齢だ。
 手遅れになる前に、さっさと身を固めちまえばいいのさ」

 私はお爺ちゃんに振り向いて告げる。

「でもサブリナさん、関係を深めるつもりがないみたい。
 もう二十四歳だし、結婚するなら早い方がいいと思うんだけど」

 お爺ちゃんがニヤリと笑った。

「そうしたい、そうあるべきだ――そう思っても、怖くて踏み出せねぇんだろう。
 今の関係が心地いいから、それを壊したくない。その気持ちも、理解はしてやれるがな。
 その環境に甘えていると手遅れになる。その前に気付けるかどうかだ」

 ふーん。恋愛って難しいのかな。

 お爺ちゃんはアイリスが小皿に取った料理を受け取り、それを口に運んでいた。

 アイリスはヴォルフガングさんの横に居た頃よりも、なんだか幸せそうだ。

 貴族として壁を作ってしまうヴォルフガングさんと違って、お爺ちゃんは壁を作らない人だから、気分も楽なんだろう。

 フランツさんが少し迷ったような声で私に告げる。

「……ヴィルマ、少し二人だけで話がしたいんだけど、いいかな」

「え? 私と? ――お爺ちゃん、行ってきて大丈夫かな?」

 お爺ちゃんがジロリ、とフランツさんを睨み付けて告げる。

「……まぁいいだろう。話をするぐらいなら見逃してやる」

 頷いたフランツさんが立ち上がったので、私も立ち上がった。

 私たち二人は笑顔があふれる宴会場からそっと抜け出し、宿舎から外に出た。
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