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第3章:神霊魔術

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 それからは平穏な日々が続いた。

 ヴォルフガングさんに確認してみると、やっぱりアルフレッド殿下が学院内に広く『ヴィルヘルミーナに迷惑をかけないように』と宣言したらしい。

 時折、普通に魔導書を借りに来る生徒たちは居たけれど、変な態度を取られることもなく、自然に対応できていた。

 司書の業務を続ける傍ら、写本作業も進めて行き、二か月が経過する頃には『神霊魔術アニムスルクス』の写本作業が完了した。

 今はヴォルフガングさんに、ダブルチェックとして内容を確認してもらっているところだ。

 早朝蔵書点検や日々の業務で、五万冊あるという蔵書の所定位置は把握し終わっていた。

 内容も少しずつ読み進めて行き、様々な魔導理論が私の頭の中にある――理解はまだ、できていないけれどね。

 休日はヴォルフガングさんに魔術の実践練習を見てもらいながら、私は司書として、魔導士として着実に成長を遂げていた。


「おはようございまーす!」

 今朝も司書室のドアを開けると、みんなの姿が目に入ってくる。

 図書館の隣に宿舎がある私は時間ギリギリに出勤するのだけれど、馬車で通ってくるみんなは少し早めに出勤する。

 フランツさんが爽やかな笑顔で告げる。

「おはよう、ヴィルマ。今朝も元気だな」

「そりゃあもう! 元気ぐらいしか取り柄がないですからね!」

 ぺしっと後頭部を叩かれ、振り向いて抗議をする。

「いたっ! 何するんですか、サブリナさん!」

 サブリナさんがジト目で私を睨んでくる。

「あんたね……司書としてそれだけの能力がありながら、なーにが『取柄は元気だけ』よ。
 嫌味に見えるからやめておきなさい?」

「はーい」

 シルビアさんがクスクスと笑みをこぼした。

「二か月経っても、ヴィルマは変わらないわね」

 カールステンさんが、「ハッ!」と笑った。

「元気で明るいヴィルマが、他の何かに変わるわけがないさ。
 ぼんやりしているようで言い出したら止まらない、手のかかる後輩だ」

「そんな、私ってそんなにぼんやりしてますかー?」

 みんながいっせいに頷いた――酷くない?!

「ちょっとー?! 私はぼんやりなんてしてませんよー?!」

 ファビアンさんが楽しそうに微笑んでいた。

「なんにせよ、ヴィルマショックが治まってよかったな。
 お前もここの仕事にすっかり慣れたみたいだし、最近は明るい笑顔ばかりだ。
 写本も無事に終わったし、殿下とのゲームも間もなく終わる」

 ディララさんが両手を打ち鳴らした。

「そのことに関連して、お知らせがあるわ。
 今夜は小ホールでお祝いの夜会を予定してるの。
 業務が終わったら、みんなで移動しましょう」

 私はきょとんとして尋ねる。

「お祝いって? どういう意味なんです?」

 ディララさんが柔らかく微笑んで応える。

「殿下とのゲームに関連していて、お祝いで、ヴォルフガング様が言い出した夜会よ。
 これで理由がわからないとは言わせないわ」

 サブリナさんが嬉しそうに声を上げる。

「つまり、写本の確認が取れたんですね?!」

 ディララさんがゆっくりと頷いた。

 みんなが、わっと盛り上がり、司書室はちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 ディララさんが再び両手を打ち鳴らし、みんなが静かになったところで告げる。

「そういうことだから、今日の業務もしっかりお願いね」

 みんなの「はい!」という返事が司書室に響き渡り、各自が持ち場へ向かって散っていった。




****

 私は一人で書架を走り回り、蔵書点検を進めていく。

 二か月も経過すると、見てわかるほど傷んだ本はなくなり、所定位置のズレや中身の軽微な損傷を確認するだけ。

 午前中で書架十個分、約千冊の本を見て回り、午後に修復する本を決定していく。

 お昼はみんなで食堂に行き、歓談しながら過ごすと、午後からは修復室で、サブリナさんと並んで修復作業だ。


 丁寧に文字を入れ直していると、サブリナさんが私に告げる。

「二か月くらいじゃ、まだまだあなたの速度には追い付けないわね」

「アハハ……速度より精度ですよ。正確な修復ができれば、速度なんてどうでもいいじゃないですか。
 数をこなしていけば、自然と速度も上がっていきますって」

「……速度と精度を両立してるあなたに言われると、なんだか腹が立ってくるわね」


 そんな他愛ない会話をしながら、午後の修復作業も終わり、本を所定位置に戻して司書室に戻っていく。

 エプロンをロッカーにしまうとみんなで小ホールに移動し、そこで私は少し驚くことになる。

「アルフレッド殿下と――王様?!」

 小ホールではヴォルフガングさんとアルフレッド殿下、そして王様が微笑んで迎えてくれた。

 王様が大仰に頷いて告げる。

「ヴォルフガングから写本完了の報告を受けてな。
 祝いの席を設けるからと、我々も参加させてもらえることになった。
 本来なら王宮で大々的な夜会を開くべきだろうが、ヴィルヘルミーナが嫌がるだろう、と言われてな」

 アルフレッド殿下が不敵な笑みで告げる。

「ゲームでは負けたが、貴重な魔導三大奇書の写本はされた。
 我が国に偉業を成し遂げる司書が居ることが証明され、人類の文化財が保護されることで名声も上がる。
 やはりこのゲームに、私の負けはないな」

 ヴォルフガングさんが優しい微笑みで告げる。

「中身を拝見したが、実に精巧な複製がされていた。
 内部の術式まで完全再現された写本など、できる者は限られる。
 それが魔導三大奇書ならば、大陸でもヴィルマ以外に達成できる者は居ないだろう。
 今日はその、偉大な司書の誕生を祝う席でもある」

 私は慌てて声を上げる。

「ちょっとちょっと?! そんな褒め倒されても困りますよ?!
 私はまだまだ未熟、お父さんの足元にも及ばない司書なんですから!
 うっかり調子に乗ったらどうしてくれるんですか!」

 サブリナさんがクスリと笑った。

「その時は、いつでも後ろからその後頭部をはたいてあげるわよ」

 シルビアさんがクスクスと楽しそうに笑みをこぼす。

「今日は素直に、写本の成功を喜びましょう?
 あなたは凄いことを成し遂げたのよ」

 カールステンさんが明るく笑い声をあげる。

「ハハハ! 理由は何でもいい! 美味い酒が飲めるなら、楽しんで飲み明かそう!」

 ファビアンさんが小さく息をついた。

「お前な。今日の主役はヴィルマだ。それだけは忘れるなよ?」

 フランツさんが嬉しそうに笑っていた。

「ヴィルマの同僚であることを、私は誇りに思うよ」

 ディララさんが両手を打ち鳴らして告げる。

「はいはい、そういうのは夜会が始まってから思う存分おしゃべりして頂戴。
 グラスを手に持って、乾杯してしまいましょう?
 ――陛下、お願いできますか?」

 王様がゆっくりと頷き、片手に持ったグラスを掲げた。

「では、偉大なる司書、ヴィルヘルミーナに――乾杯!」

「乾杯!」

 私たちの声が小ホールに木霊し、あとはなし崩しにワイワイと賑やかなおしゃべりに移行した。

 二時間ほどの夜会で飲み食いした私たちは、明るい笑顔で解散し、私は宿舎に戻っていった。




****

 カウンター内に立って魔導書を読む私に、声をかけてくる男子生徒が居た。

「あの、本を探しているんです。
 雷系統の魔導術式が苦手で、どうやったら克服できるかわからなくて。
 何か参考になる魔導書はありませんか」

 私は本から顔を上げ、営業スマイルで応える。

「雷ですか? お客さんは――土属性が得意みたいですね。あんまり相性が良くないです。
 土属性を得意とする魔導士で、雷系統の魔導書を書かれているのはアーウィン・ヘルベルト・ラウテンベック子爵ですね。
 彼の著書で雷系統の本は、こちらにありますよ。ご案内します」

 私は目録も見ずに書架に向かい、生徒を案内した。

「ここにあるのが彼の雷系統の本です。
 ごゆっくり自分にあった本をお探しください」

 男子生徒が呆気にとられた顔で私を見ながら、おずおずと告げる。

「ありがとうございます……なんで私の得意属性がわかるんですか?
 なんで目録も見ないで、本の場所がわかるんですか?
 そんなアドバイス、魔導の教師ですらできませんよ?
 あなた、本当に司書なんですか?」

 私はにっこり微笑んで応える。

「司書ですが、何か?」

 私は会釈をしてからゆっくりとカウンターに戻っていった。
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