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第3章:神霊魔術

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 今朝も司書室のドアを開けて、私は元気に声を上げる。

「おはようございまーす!」

 中から司書仲間の返事が返ってくる。

 カールステンさんが目を見開いて驚いていた。

「げっ! なんだよそれ、浮遊型移動書架台フロートじゃないか!
 そんなものを持ち出していたのか?!」

 私は照れながら応える。

「えへへ……ちょっと休日の暇潰しに読書などしてまして」

 ファビアンさんが書架台の中身を見て、やはり驚いたように目を見開いていた。

「ちょっと待て、休日で読める量じゃないだろう。百冊近くないか?」

「そうですね。ちょうど百冊です。
 一昨日読み終わったんで、昨日は実践して魔導の練習をしてました」

 サブリナさんが呆れたような声で告げる。

「どういう速度よ……いえ、あなたの速読力は良く知ってるけど、それにしても百冊を一日で読破?」

「一冊十分かからないんで、百冊でも十時間ちょっとですよ?」

 シルビアさんが苦笑しながら告げる。

「驚くのが馬鹿らしい話よね。
 私たちだって決して読むのが遅くはないけれど、比較にならないわ」

 フランツさんが私の背中を押した。

「ほら、返却記録を付けるんだろ。さっさと済ませてしまおう」

「はーい」


 返却記録を付けて本を所定位置に戻してから、私はエプロンを身にまとって早朝の蔵書チェックを開始した。

 みんなは先にチェックを始めていて、あちこちを走り回っている。

 ……私の真似をしてるのかな? 書籍記憶能力インスタント・アーカイブを持っていないみんなが真似しても、ちゃんと覚えられないんじゃ?

 疑問に思いながらも、私も書架の間を駆け抜けて本の配置を覚えて行った。


 ざっと走り回った後、私はカウンターの目録で所定位置とのズレがないかを確認していく。

 ……うん、ズレはなしっと。

 司書室に戻ると、みんなはソファで一休みしているところのようだ。

 侍女が入れてくれたハーブティーを飲みながら、私はみんなに告げる。

「どうしてみんな走り回ってたんですか?
 あの速度で記憶するのは、みんなには無理じゃない?」

 カールステンさんがニヤリと微笑んだ。

「同じ結果を出すのは無理でも、頭の中に『あんな本があの辺にあったな』という記憶は残る。
 精度を上げるのはこれから続けていけばいい。
 見てわかる損傷のチェックと、ざっくりとした配置の記憶。それを短時間でなるだけ多く見て回ってるんだ。
 ま、私たちなりの悪あがきって奴だ」

 ファビアンさんが微笑みながら告げる。

「フランツやカールステンがこの作業に慣れれば、蔵書チェックメンバーに加えていくこともできる。
 人数が少ない分、一人ができる作業の幅は広げるに越したことはないからね」

 ディララさんが両手を打ち鳴らして注目を集めた。

「そのことで少し、ヴィルマに話があるの。
 写本の最中で悪いんだけど、今週はカウンター業務をフランツと変わってくれないかしら。
 フランツをファビアンに同行させて、蔵書点検の研修をさせてみようかと思うの。
 どうかしら、引き受けてもらえる?」

「構いませんよ? 昨日、ヴォルフガングさんと『神霊魔術アニムスルクス』の解読を終わらせたので、あとは書き写すだけですし。
 よく考えたら期限も切られてないので、一か月が二か月に伸びたとしても、問題ないです」

 サブリナさんがジト目で私を睨んできた。

「あのね……五百ページに及ぶ魔導書の写本なんて、普通の本でも数か月かかるのが当たり前なの。
 それが魔導三大奇書なら、年単位でかかっても不思議じゃないのよ?
 一人で作業して二か月で終わらせるなんて、陛下や殿下だって想像してないわよ……」

 シルビアさんがハッとしたように私に告げる。

「――ちょっと待って?! 『解読を終わらせた』ってどういう意味?! 昨日、何があったの?!」


 私は昨日判明した、『神霊魔術アニムスルクス』の真相を手短に説明していった。業務直前だしね!


 ディララさんが困ったように微笑んでいた。

「あなたは規格外だと思っていたけれど、本当に毎回驚かされるわね」

 フランツさんも困惑したようにつぶやく。

「精霊との……共著? 意味が分からない」

 私はポン!と手を打ち鳴らして告げる。

「そういう訳なので! 作業時間で五週間あれば写本は終わりますから!
 多少の遅れは問題ないです! 何かあれば、気兼ねなく言ってください!」

 ディララさんが時計を確認してから告げる。

「そうね、驚いていても仕方ないわ。
 今日も一日、頼んだわよ」

 みんなの元気な声が響き、持ち場へ移動していった。




****

 私は静かに、黙ってカウンターの中に居た。

 この入り口付近にある南カウンターがメインカウンターで、普段はフランツさんの担当。

 奥にも小さな北カウンターがあって、そちらはカールステンさんの担当だ。

 朝早いから、生徒は誰も来ない。

 誰かが来たときに即応できないといけないから、なるだけ中に居なきゃいけない、だけどこれは暇だ……。

 ぼんやりしてるのも得意じゃないし、どうやって時間を潰そうか。

 悩んでいると、ディララさんが司書室から出てきて近づいてきた。

「どう? 困ってることはあるかしら」

「暇ですぅ~」

 私は正直に、半泣きで吐露した。

 ディララさんはクスリと笑みをこぼして応える。

「そう言うと思って――はい、こんなのはどうかしら」

 そう言ってディララさんが手渡してくれたのは、刺繍セットと刺繍入門の本。

 私は冷や汗を流しながら告げる。

「……刺繍を、してみろと?」

「貴族子女の嗜みとして、刺繍はポピュラーなの。私もカウンターで暇なときは、刺繍をして過ごしていたわ。
 試しにやってみたらどうかしら」

「私、ものすご~~~く、不器用なんです……」

 ディララさんが驚いて目を見開いていた。

「嘘でしょう? 本の修復も写本も完璧にこなせるあなたが、不器用? どういうことかしら?」

「記憶力と一緒で、本に関してはやたらと器用になるんですけど、それ以外がてんで駄目で……ほんと、なんででしょうね……」

 ディララさんが困ったように微笑みながら、小さく息をついた。

「それじゃあ、手先の訓練だと思って試しにやってごらんなさい。午前中でどうにもならなかったら、午後は別のことを試してみなさい。
 ――私はこれから、また家に戻るわ。夕方には戻ってくるから、それまでお願いね」

「――あ、はい。いってらっしゃい」

 ディララさんが図書館から立ち去る背中を見送った後、私はため息をつきながら刺繍入門を開いた。




****

 十分後、入門本を読み終わった私はマニュアル通りにやってみることにした。

 刺繍セットにある絹のハンカチに刺繍枠を装着!

 モチーフの選定――デイジーでいいかな……。

 針に糸を通――せない!

 通れ! 通れ! ああもうなんで針孔に糸が入らないの?!

 プルプルと震える指先で、何度糸を通そうとしても、糸が針から逃げていく。


 悪戦苦闘して疲れたので、一度刺繍道具をカウンターに置いて時計を見た――これで一時間か。

 うーん、どうやっても糸が針の穴に通る気がしない。どんだけ不器用だ、自分。

 ……あ、そうだ昨日の魔導訓練。物に魔力を浸透させて操る魔術があったな。

 試しに糸に魔力を浸透させて動かしてみる――するっと針の穴に糸が通っていった。

「――ふぅ。それじゃあ次はっと」

 裏から針を通して、それを同じ穴に――刺さらない!

 この! えい! 今度こそ! ……よし、針も魔力で操ろう。

 マニュアル通りに針が動くイメージで操作すると、見る間に綺麗な花弁が作られて行く。

 そんな花をいくつもハンカチに咲かせていくと、あっという間に刺繍枠の中が花畑になっていった。

 ……あれ? もう終わり?

 刺繍枠を外すと、ハンカチの一面にお花畑。これ以上、刺繍を刺す場所はなさそうだ。

 時計を見る――あれから三十分も経過してない。お昼までまだ二時間近い。

 これは……魔力で楽をすると、暇潰しにならない?!

 私はため息をつくとハンカチから糸を引き抜き、また一から手作業で刺繍にチャレンジしはじめた。
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