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第3章:神霊魔術
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翌朝、朝食を済ませた私は宿舎の外に居た。
えーと、確か防護結界の術式はっと。
実用書に記載されていた防護結界を発動させ、自分の周囲に光の壁を作る。
次に初歩の魔導術式をその結界の中で次々に発動させていく。
「うーん、やっぱり簡単だな、初歩の魔導って」
基礎の四元素、火、風、土、水。
全ての魔導はこの四元素から構成されると定義されている。
簡単だけど、こうして実際に発動させるのは初めてに近い。
今までは、せいぜい暖炉に火を起こすぐらいだった。あれは生活術式の一つに数えられるらしい。
風属性の応用の雷、水属性の応用の氷など、ちょっとした応用術式も試していく。
丸暗記している術式を発動しているだけなので、安定して発動できていた。
「こらこら、何をしてるんだい」
声に驚いて振り返ると、困ったように笑うヴォルフガングさんと、衛兵が三人。
「あれ? 休日なのにヴォルフガングさんが居るんですか?」
ヴォルフガングさんが優しい微笑みで応える。
「私には研究があるからね。休日だろうと研究室に通っているよ。
――それよりも、学院の敷地内で勝手な術式の使用はルール違反だ。
宿舎内なら大目に見られるが、外で使うのは頂けないね」
「え?! そうなんですか?! そっかー、困ったな……」
ヴォルフガングさんがパチンと指を鳴らすと、私が発動していた防護結界が解除された。
「術式の練習かな? 我流の君が基礎から鍛え直すのは素晴らしいと思うが、監督者が居ないところで練習するのは褒められた行為じゃない。
万が一にも術式が暴走した時、対応できる人間が付いていなければいけないね」
「はーい、すみませんでした」
私は素直に頭を下げた。
顔を上げると、ヴォルフガングさんが微笑みながら告げる。
「仕方ない、私が見て居てあげよう。
――そういうことだから、君たちは持ち場に戻りなさい」
衛兵たちが返事をして、敬礼をしてから立ち去っていった。
「もしかして、衛兵たちがヴォルフガングさんを呼び出したんですか?」
「そうだよ? 彼らは魔導の心得がない。
君が勝手に魔導の練習をしているところに、近づくのは危険だからね。
対応できる人間を探して、私に行きついたのだろう」
うわ、めっちゃ迷惑かけてる!
「なんかほんと、ごめんなさい。
私に付き合うとヴォルフガングさんの研究の邪魔になるでしょうし、私は宿舎に戻りますよ」
ヴォルフガングさんが私の肩に手を置いて告げる。
「司書業務にしか興味がない君が、突然魔導の基礎を習い始めたのは理由があるんだろう?
その理由を、聞いても良いかな?」
「え? はい……実は、モーリッツ公爵の魔力を解読して、不足を感じていたんです。
もっと魔導のことを知らないと、この先でつまずくような気がして。
モーリッツ公爵は独自体系の魔導。その謎を解き明かさないと、『神霊魔術』の写本は完遂できないんじゃないかって」
ヴォルフガングさんが楽しそうに頷いた。
「そうだね。彼は一般的な属性とは別の魔導を得意としたと言われている。
そういった魔導を特異属性と呼ぶ。
モーリッツ公爵はその中でも、精霊と交信する魔導に長けていたと言われているね」
「精霊ですか? 確か、神秘の存在で人間よりも高位の知性体、でしたっけ?
肉体を持たない不可視の存在でしたよね?」
ヴォルフガングさんが頷いた。
「その通り、精霊は魂の器たる肉体を持たない、目に見えない存在だ。
精霊魔術という魔術体系は、そういった高位の存在から力を借り、物理現象を引き起こす。そういった魔導だね。
特異属性でなくとも精霊魔術は使えるが、モーリッツ公爵はそれに特化した魔導士だったと言えよう。
それが高じて神と交信する魔導に行きつき、『神霊魔術』を執筆したとも言われている」
この人、何でも知ってるんだな……。
「そこまでわかっていても、あの魔導書を解読できなかったんですか?」
ヴォルフガングさんが楽しそうに微笑み、私を見た。
「ふむ……百聞は一見に如かず、だ。
これから『神霊魔術』を読みに行こう」
「え? はい。わかりました」
私は歩きだしたヴォルフガングさんの背中を追った。
****
修復室に『神霊魔術』を持ち込み、ヴォルフガングさんがページをめくっていく。
「……あった。ここだよ」
ヴォルフガングさんが指さしたページには、びっしりと術式が記されていた。
その複雑度は、今まで見たことがないほどに入り組んでいた。
「うっわ……なんですか、この術式。
でたらめにしかみえないんですけど、これで術式が成立するんですか?」
「おそらくだが、成立はしないだろう。
それが構築途中の術式だと断定した理由だ。
成立する前の、アイデア状態の術式が記されているのだと思う。
細かいことは、前後の文章に記されているよ」
その章は、まさに神の言葉を聞く≪神託≫の術式に付いて書かれている。
神と交信する術式の、核となる部分だ。
だけど、書いてるモーリッツ公爵にも確信がないような口ぶりだな?
「ヴォルフガングさん、これってモーリッツ公爵も本当は神霊魔術に到達していなかったんじゃ?」
「現在では、その説が主流だね。
だからこそ魔導三大奇書の一つでありながら、私が譲り受けることもできた。
あくまでも偉業に挑んだ男の空論、それが世間の評価だ」
私は術式を丁寧に精査していった……ん? んん? なんだこれ?
「あの、ヴォルフガングさん、モーリッツ公爵に共著者は居たんですか?」
「いや? そんな話は聞かないね。彼一人が書き上げた魔導書だと言われている。何か気付いたのかね?」
私は術式の中の二か所を指で示して応える。
「この二つの部分……魔力の波長が異なります。
かなり近い波長ですけど、別人が書いてますよ、これ」
ヴォルフガングさんが懐から防魔眼鏡を取り出し、眼鏡ごしに術式を精査し始めた。
「……別人、なのか? 違和感はあるが、私にはそこまで断定することが出来ない。
他に何か、気付いたことはあるかね?」
私はヴォルフガングさんと頭を突き合わせて、一緒に術式を精査していく。
「……二人じゃないですね。最低でも五人。五種類の波長があります。
でも、これだけ独特の魔力をもったモーリッツ公爵に、四人も同類が居るとか考えにくいです。
それに字形は一人分、モーリッツ公爵の筆跡だけ。
これはいったい、どういう意味でしょう?」
ヴォルフガングさんが顔を上げ、腕を組んで天井を睨んでいた。
「……憑依魔術、というものがある」
私はきょとんとして応える。
「憑依? 憑りつくんですか? どういう魔術なんです?」
「依り代となる物に、自分の意識や他者の意識を憑りつかせる。そういう魔術だ。
そうすることで依り代を操る。
精霊魔術には、精霊を人形に憑依させて動かすものがあるという」
私は小首を傾げて尋ねる。
「それとこれが、何か関係あるんですか?」
「まぁ、簡単な推理だよ。
魔力が異なる存在が、モーリッツ公爵の身体に宿って術式を記述した。
これなら、筆跡は本人の物で、魔力が別人という結果を導き出せる。
――だが、彼の魔力に近しい存在、という謎が残るね」
精霊……憑依……操る……。
「――あ! もしかして、精霊を身体に宿して術式を書いていたんじゃ?!」
えーと、確か防護結界の術式はっと。
実用書に記載されていた防護結界を発動させ、自分の周囲に光の壁を作る。
次に初歩の魔導術式をその結界の中で次々に発動させていく。
「うーん、やっぱり簡単だな、初歩の魔導って」
基礎の四元素、火、風、土、水。
全ての魔導はこの四元素から構成されると定義されている。
簡単だけど、こうして実際に発動させるのは初めてに近い。
今までは、せいぜい暖炉に火を起こすぐらいだった。あれは生活術式の一つに数えられるらしい。
風属性の応用の雷、水属性の応用の氷など、ちょっとした応用術式も試していく。
丸暗記している術式を発動しているだけなので、安定して発動できていた。
「こらこら、何をしてるんだい」
声に驚いて振り返ると、困ったように笑うヴォルフガングさんと、衛兵が三人。
「あれ? 休日なのにヴォルフガングさんが居るんですか?」
ヴォルフガングさんが優しい微笑みで応える。
「私には研究があるからね。休日だろうと研究室に通っているよ。
――それよりも、学院の敷地内で勝手な術式の使用はルール違反だ。
宿舎内なら大目に見られるが、外で使うのは頂けないね」
「え?! そうなんですか?! そっかー、困ったな……」
ヴォルフガングさんがパチンと指を鳴らすと、私が発動していた防護結界が解除された。
「術式の練習かな? 我流の君が基礎から鍛え直すのは素晴らしいと思うが、監督者が居ないところで練習するのは褒められた行為じゃない。
万が一にも術式が暴走した時、対応できる人間が付いていなければいけないね」
「はーい、すみませんでした」
私は素直に頭を下げた。
顔を上げると、ヴォルフガングさんが微笑みながら告げる。
「仕方ない、私が見て居てあげよう。
――そういうことだから、君たちは持ち場に戻りなさい」
衛兵たちが返事をして、敬礼をしてから立ち去っていった。
「もしかして、衛兵たちがヴォルフガングさんを呼び出したんですか?」
「そうだよ? 彼らは魔導の心得がない。
君が勝手に魔導の練習をしているところに、近づくのは危険だからね。
対応できる人間を探して、私に行きついたのだろう」
うわ、めっちゃ迷惑かけてる!
「なんかほんと、ごめんなさい。
私に付き合うとヴォルフガングさんの研究の邪魔になるでしょうし、私は宿舎に戻りますよ」
ヴォルフガングさんが私の肩に手を置いて告げる。
「司書業務にしか興味がない君が、突然魔導の基礎を習い始めたのは理由があるんだろう?
その理由を、聞いても良いかな?」
「え? はい……実は、モーリッツ公爵の魔力を解読して、不足を感じていたんです。
もっと魔導のことを知らないと、この先でつまずくような気がして。
モーリッツ公爵は独自体系の魔導。その謎を解き明かさないと、『神霊魔術』の写本は完遂できないんじゃないかって」
ヴォルフガングさんが楽しそうに頷いた。
「そうだね。彼は一般的な属性とは別の魔導を得意としたと言われている。
そういった魔導を特異属性と呼ぶ。
モーリッツ公爵はその中でも、精霊と交信する魔導に長けていたと言われているね」
「精霊ですか? 確か、神秘の存在で人間よりも高位の知性体、でしたっけ?
肉体を持たない不可視の存在でしたよね?」
ヴォルフガングさんが頷いた。
「その通り、精霊は魂の器たる肉体を持たない、目に見えない存在だ。
精霊魔術という魔術体系は、そういった高位の存在から力を借り、物理現象を引き起こす。そういった魔導だね。
特異属性でなくとも精霊魔術は使えるが、モーリッツ公爵はそれに特化した魔導士だったと言えよう。
それが高じて神と交信する魔導に行きつき、『神霊魔術』を執筆したとも言われている」
この人、何でも知ってるんだな……。
「そこまでわかっていても、あの魔導書を解読できなかったんですか?」
ヴォルフガングさんが楽しそうに微笑み、私を見た。
「ふむ……百聞は一見に如かず、だ。
これから『神霊魔術』を読みに行こう」
「え? はい。わかりました」
私は歩きだしたヴォルフガングさんの背中を追った。
****
修復室に『神霊魔術』を持ち込み、ヴォルフガングさんがページをめくっていく。
「……あった。ここだよ」
ヴォルフガングさんが指さしたページには、びっしりと術式が記されていた。
その複雑度は、今まで見たことがないほどに入り組んでいた。
「うっわ……なんですか、この術式。
でたらめにしかみえないんですけど、これで術式が成立するんですか?」
「おそらくだが、成立はしないだろう。
それが構築途中の術式だと断定した理由だ。
成立する前の、アイデア状態の術式が記されているのだと思う。
細かいことは、前後の文章に記されているよ」
その章は、まさに神の言葉を聞く≪神託≫の術式に付いて書かれている。
神と交信する術式の、核となる部分だ。
だけど、書いてるモーリッツ公爵にも確信がないような口ぶりだな?
「ヴォルフガングさん、これってモーリッツ公爵も本当は神霊魔術に到達していなかったんじゃ?」
「現在では、その説が主流だね。
だからこそ魔導三大奇書の一つでありながら、私が譲り受けることもできた。
あくまでも偉業に挑んだ男の空論、それが世間の評価だ」
私は術式を丁寧に精査していった……ん? んん? なんだこれ?
「あの、ヴォルフガングさん、モーリッツ公爵に共著者は居たんですか?」
「いや? そんな話は聞かないね。彼一人が書き上げた魔導書だと言われている。何か気付いたのかね?」
私は術式の中の二か所を指で示して応える。
「この二つの部分……魔力の波長が異なります。
かなり近い波長ですけど、別人が書いてますよ、これ」
ヴォルフガングさんが懐から防魔眼鏡を取り出し、眼鏡ごしに術式を精査し始めた。
「……別人、なのか? 違和感はあるが、私にはそこまで断定することが出来ない。
他に何か、気付いたことはあるかね?」
私はヴォルフガングさんと頭を突き合わせて、一緒に術式を精査していく。
「……二人じゃないですね。最低でも五人。五種類の波長があります。
でも、これだけ独特の魔力をもったモーリッツ公爵に、四人も同類が居るとか考えにくいです。
それに字形は一人分、モーリッツ公爵の筆跡だけ。
これはいったい、どういう意味でしょう?」
ヴォルフガングさんが顔を上げ、腕を組んで天井を睨んでいた。
「……憑依魔術、というものがある」
私はきょとんとして応える。
「憑依? 憑りつくんですか? どういう魔術なんです?」
「依り代となる物に、自分の意識や他者の意識を憑りつかせる。そういう魔術だ。
そうすることで依り代を操る。
精霊魔術には、精霊を人形に憑依させて動かすものがあるという」
私は小首を傾げて尋ねる。
「それとこれが、何か関係あるんですか?」
「まぁ、簡単な推理だよ。
魔力が異なる存在が、モーリッツ公爵の身体に宿って術式を記述した。
これなら、筆跡は本人の物で、魔力が別人という結果を導き出せる。
――だが、彼の魔力に近しい存在、という謎が残るね」
精霊……憑依……操る……。
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