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第3章:神霊魔術

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 午後からは本腰を入れて写本作業に取り掛かった。

 丁寧にページに施された術式を解読し、見極めて行った。

 私が手を止めて魔導書を睨んでいると、隣の机に居るサブリナさんが声をかけてくる。

「珍しいわね、あなたの手が止まるだなんて」

「――ええ、さすがにこの魔力の波長を解読するのは、簡単には終わらないので。
 モーリッツ公爵は異端の天才だったという話ですけど、魔導の才能が魔力にも表れてますね」

 サブリナさんが困惑する声で応える。

「どういうこと? 魔力で才能なんてわかるの?」

「魔力の波長というのは、得意属性にも影響すると言われてます。
 その波長の性質が術式に馴染みやすい、とかそういうことです。
 たとえば、サブリナさんは風の術式が得意ですよね? そういう波長をしてますから。
 そういった相性が魔力にはあるんです」

「……なんで魔力だけで、得意属性まで見抜けるのよ」

 私はクスリと笑みをこぼして応える。

「王都第五図書館は小さな施設でしたが、その蔵書だけでもいろんな魔導士の本があったんです。
 著者の来歴や過去の逸話なんかも時折載って居て、そういった情報を反映させていくと、得意属性もわかったんですよ。
 そこから波長と得意属性の相関性に気付いて、司書業務に応用してるだけです」

 サブリナさんが感心したかのようなため息を漏らした。

「本当に凄いわね。そんな魔導理論、今まで聞いたことがないわ。
 ヴォルフガング様なら、何かご存じかもしれないけれど。
 ――それで、その魔導書の著者であるモーリッツ公爵は、どの属性が得意そうなの?」

 私は魔導書を見つめながら応える。

「んー、とても独特の波長なんですよね。独自属性、なんじゃないでしょうか。
 おそらくモーリッツ公爵独自の魔導体系を持っていて、それがこの魔導書の難解さに繋がっているんだと思います」


 ようやく波長を見極められた私は、記載されている術式を正確に写し取っていった。

 一度波長を見極めてしまえば、次からは処理が早い。

 私はいつも通りスイスイとページを写し取っていき、机の上に写し取ったページの束が出来上がっていく。

 サブリナさんが呆れたような声を出した。

「あなた……規格外にもほどがあるわ。なんで魔導三大奇書をそんなスイスイと写本できるのよ」

「そんなことを言われても、書いてある通りに写し取るだけですから。
 なにが書いてあるかを見極められたら、他の本と変わりませんよ」


 その日の閉館ベルが鳴り、私はペンを置いた。

「――ふぅ、なんとか十ページちょっと進みました。明日からは一日二十ページぐらいでしょうか。
 この魔導書は全部で五百ページ足らずですから、一か月前後で終わる計算ですかね」

「……もう、何も言う事はないわ。
 そういえばダブルチェックはどうするの?
 そんな魔導書、私たちじゃチェックできないわよ?」

 私はサブリナさんに振り向いて応える。

「そこはヴォルフガングさんに頼むことになると思います。
 私が解析した結果も伝えれば、ヴォルフガングさんが解読する助けになるかもしれませんし」

 そのためにも、新しく気付いたことはメモにまとめてある。

 でもここまでの内容をヴォルフガングさんが読み解けなかったとも思えない。

 きっとどこかで、とんでもなく難しいものが待っている気がした。




****

 司書室に戻ると、男性陣が何かを打ち合わせしているようだった。

「何を話してるんですか?」

 カールステンさんが微笑みながらこちらに振り向いて応える。

「ああ、今日は週末だろう? だから今夜は飲みに行かないかって話をしていたんだ。
 お前たちもどうだ? これから一緒に町の酒場にでも」

 私はきょとんとして応える。

「週末って……図書館はどうなるんです?」

「あー、その辺の話は聞いてないのか?
 魔導学院は休日が休み、つまり付属図書館も閉館だ。
 次の業務は週明けからだよ」

 なんと。そうか、王都の図書館と違って、学院の運営スケジュールに引っ張られるのか。

 そうなると、写本も一か月じゃ終わらないかもだなぁ。

「休日出勤とか、できないんですか?」

 ディララさんが困ったように微笑んだ。

「特別な事情があれば、出勤しても構わないわ。
 だけどあなたの場合、一人で図書館に入ることが出来ない。
 誰か別の人が付き添うことになるわね」

 そうか~。私の『写本を早く進めたい』ってわがままに、付き合わせるのは悪いしなぁ。

 そこは諦めるか。

 フランツさんが爽やかな笑顔で私に告げる。

「どうだ、ヴィルマ。お前も飲みに行かないか」

「そうですね~。う~ん……今日は疲れましたし、行っちゃいましょうか!」

 サブリナさんが私たちの会話に割り込むように告げる。

「ちょっと! ヴィルマはお酒に弱いのよ?! 飲ませちゃダメ!」

「えー、もう大丈夫ですよ。二日酔いを治す術式は覚えましたし」

「そういう問題じゃないでしょ! あんなにすぐに酔っぱらってたら危なっかしいのよ!」

 ファビアンさんが静かな微笑みで告げる。

「そこはサブリナとシルビアがフォローしてやれば大丈夫だろう。
 一人で町に放り出すような真似をしなければ、私たちの誰かが守ってやれる」

 ディララさんが優しい笑顔で告げる。

「懇親会を開くのは結構だけれど、ヴィルマは一人じゃ学院の敷地に戻ってこれないことも忘れないでね。
 誰かが付き添って送り届ける必要があるの。
 シルビア、サブリナ、頼めるかしら」

 私は慌てて声を上げる。

「ええ?! そこまでご迷惑をかけるのは悪いです!
 それなら私は不参加にしますよ!」

 カールステンさんが「ふむ……」と腕を組んで考え始めた。

「確かにヴィルマは学外へ自由に出入りできない。
 ……それなら、学院の敷地内で飲めばいいんじゃないか?
 まだ食堂は開いているし、常時夜会への対応ができる体制が整ってる。
 あとは会場を用意出来れば、酒と食事を持ち込むだけで済むはずだ」

 ディララさんがクスリと笑って告げる。

「悪くないアイデアね。でも、学院設備であるホールを使うのは、なるだけ避けなさい。
 ……そうだ、ヴィルマが使っている宿舎、まだ空き部屋があったわね。そこを使うのはどうかしら」

 サブリナが眉をひそめて応える。

「女性であるヴィルマの家に、フランツたちを招くんですか?」

「不安なら、お目付け役にヴォルフガング様でも呼んでおきましょうか?
 そもそも声を上げれば近くの警備兵が飛んでくるわ。
 セキュリティ上は大きな問題でもないはずよ。
 ……あとは、男子諸君の品性次第ね」

 ふむ。宿舎にヴォルフガングさんを呼べるのか。アイリスが喜びそうだな。

「私は構いませんよ。一階の部屋は使ってませんし、そこにテーブルを運び込めば宴会場にできると思います」

 シルビアが困ったような笑顔でため息をついた。

「それじゃ、男性は二階に立ち入り禁止ね。これなら大丈夫でしょう。
 御者たちの食事も手配しなきゃいけないし、すぐに動きましょうか」

 各自が声を上げ、笑顔で司書室の外に向かった。
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