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第3章:神霊魔術

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 私は馬車の車窓から外を見て、ぽつりと呟く。

「……なんだか、物々しい雰囲気ですね」

 馬車の周囲を数十人の騎兵たちが取り囲み、護衛をしていた。

 そりゃあ貴重な魔導書を運搬するんだから、用心はした方が良いんだろうけど。

 ヴォルフガングさんが魔導書を抱えながら応える。

「この魔導書ひとつで城を一つ買えるほどの代物だ。
 私が付いているとしても、護衛が付くのは仕方がないね」

「ええ?! そんなに安いんですか?!」

 私の発言で、シルビアさんがずっこけた。

「あなた……お城がいくらかかるか、わかってるの?
 私たち下位貴族でも見たことがないほどのお金が必要なのよ?」

 私はきょとんとして応える。

「何を言ってるんですか? 魔導三大奇書の一冊ですよ?
 たかが城の一つや二つが買える程度の値段で済む訳、ないじゃないですか。
 本来なら、値段も付けられないほど貴重な一冊なんですから」

「それはそうかもしれないけれど……ああもう! 胃が痛い!
 今日一日でどれだけ心配させるの、あなたは!」

 私は小首を傾げて尋ねる。

「そんなに心配させてしまいました?」

 ヴォルフガングさんが楽しそうに笑みをこぼす。

「王族相手でも物怖じしないのは、君の個性かな?
 普通なら委縮してしまって、満足に受け答えするのも難しい相手だ。
 君ほどの教養があれば、王族の格が理解できない訳もない。
 その上でああした対応を取れるのだから、立派なものだよ」

「えー、王様相手にため口で話すヴォルフガングさんに言われても、説得力がなぁ~い」

 ヴォルフガングさんが楽しそうに笑いだした――私の視線は、その胸に抱く魔導書に吸い付けられる。

 ≪防護≫の魔導術式で幾重にも守られたそれは、この大陸で一冊しかない、歴史的にも貴重な書物。

 その中に何が書かれているのか、今からワクワクして堪らなかった。

 ヴォルフガングさんがニヤリと微笑んだ。

「そんなに楽しみかい? 顔がにやけているよ?」

「え?! ほんとですか?!」

 私は慌てて自分の顔をマッサージし、顔を引き締めていく。

 ――引き受けたのは、ヴォルフガングさんでも読み解けなかった難解な書物。

 この本の写本を、私は必ず成功させてみせる!

 私の強い思いを胸に、馬車はゆっくりと魔導学院に向かって駆けて行った。




****

 図書館に戻ると、『神霊魔術アニムスルクス』は稀覯本庫きこうぼんこに収蔵された。

 魔導書を多く収蔵する図書館の稀覯本庫きこうぼんこは堅牢な作りで、窓一つ付いていない。

 そこにヴォルフガングさんが新たに≪防護結界≫と≪警報≫の術式を付与した厳重な警備態勢だ。

「これでいいだろう。
 持ち出す時は、教えた術式で警報を解除してくれ。
 図書館自体にも持ち出せないように結界を施しておくから、それは注意をするように」

「はい、わかりました!」

 ヴォルフガングさんは稀覯本庫きこうぼんこに『神霊魔術アニムスルクス』を収めると、「私は研究があるので失礼するよ」と言って立ち去った。

 シルビアさんは「私は蔵書チェックに戻るわね」と言って司書室に戻っていく。

 ……よし、じゃあ早速取り掛かりますか!

 えーと、教えられた術式の解除鍵はっと……よし、解除できた!

 私は手袋をはめてから、そっと『神霊魔術アニムスルクス』を手に取ると、心を躍らせながら修復室へと向かった。


 修復室ではサブリナさんが修復業務をしていた。

「失礼しまーす。横の机を使いますねー」

 サブリナさんが修復作業をしながら応えてくる。

「王様との謁見はどうだったの?
 どんな気分だった?」

 私は机の上に魔導書を置き、写本に必要な道具を揃えながら応える。

「んー、王様はやっぱり威厳がありますよねー。
 こちらを見透かしてくる視線は、やっぱり王様の貫禄を感じました」

 サブリナさんが一息ついて顔を上げた。

「そう、失敗はしなかった?」

「はい、してないと思います。
 ……でも、シルビアさんから『グイグイ行きすぎ!』って怒られちゃいました」

 サブリナさんが、唖然として私の顔を見つめた。

「あなた……シルビアから怒られるような態度で陛下に接したの?」

「いつも通りですよ? 失礼なことはしてないと思うんですけど」

「……まぁいいわ。お昼の時に話を直接聞いておくから。
 ――それが『神霊魔術アニムスルクス』なのね。少し見ても良いかしら」

 近づいてきたサブリナさんに「ええ、どうぞ?」と場所を空けた。

 サブリナさんは慎重に装丁を確認しながら口を開く。

「……凄いわね。修復歴がまるでないわ。
 その割に損傷もほとんど見受けられない。
 よっぽど大切に扱われて来たのね」

「三大奇書の一つですからねー。
 当時から話題になってたんじゃないですか?」

 サブリナさんが慎重に本を開き、中に目を通していく。

「……なによこれ、一ページごとに防護術式が組み込まれてるじゃない。
 その上に、いきなり専門用語の羅列で、何が書いてあるのかもわからない。
 記載されてる術式も、まるで読み取れる気がしないわ。
 こんな本の写本なんて、本当にできるの?」

 私は横から覗き込みながら応える。

「んー、これは神秘学と神学、霊子力学の用語が多く記載されてますね。
 それらを組み合わせた造語も散見されます。
 少し文字が掠れて読みづらいですけど、読み取れないということはないですよ」

「術式はどうなの? いけそう?」

 私は慎重に術式を精査していった。

 私の知識では不足していて、どんな術理の術式かはわからない。だけど――

「書かれている通りに写し取るのは、可能だと思います。
 モーリッツ公爵の込めた魔力の波長が独特なので、その解読はちょっと時間がかかるかもしれませんけど」

 サブリナさんが呆れたようにため息をついた。

「あなた、本当に凄いわね。
 今見たばかりで、そこまで言い切れるの?」

「少なくとも、今見ている範囲で『無理だ』と判断する材料はないですね。
 この先のページがどうなるかはわからないですけど」

 サブリナさんが私を見て苦笑した。

「本当に規格外の子ね、あなた。
 あなたと一緒に仕事できることを、誇りに思うわ」

「大袈裟ですよ、ただの写本ですよ?
 魔導理論を理解できる訳じゃないですから、そんな大それた話じゃないです」

 はぁ、とサブリナさんがため息をついた。

「格が違うってのはこういうことを言うのね。
 私には最初の一ページすら、写し取る自信がないわ」

「慣れだと思いますよ? ただ正確に読み取って、正確に再現するだけの作業ですから」

 サブリナさんは私の肩を叩いて「頑張ってね」と言って、自分の作業に戻っていった。

 私は椅子に座ると新しい紙に向き合い、インクにペンをひたした。




****

 お昼のベルが鳴り、私はペンを置いた。

 ――ふぅ、この短時間じゃ、一ページも終わらないか。

 サブリナさんも立ち上がり、私に告げる。

「今日も食堂に行くんでしょ?」

「そうですね、じゃあ私はこの本を戻してきますね」

 私はサブリナさんと別れ、稀覯本庫きこうぼんこに『神霊魔術アニムスルクス』を戻してから司書室に行き、みんなと食堂に向かった。


「ええ?! 陛下相手にそんな態度で応じたの?!」

 サブリナさんの声が、食堂に響き渡った。

「声が大きいですよ? そんなにいけないことでしたか?」

 シルビアさんが小さく息をついた。

「この子ったら、陛下を前にいつも通りに受け答えするんだもの。
 私は緊張して、ろくに話せなかったって言うのに。
 ヴィルマは緊張という言葉を知らないのかしら」

 私は曖昧に笑いながら応える。

「あはは……私は平民で、王様なんて『とっても偉い人』ぐらいの認識なので。
 私が貴族じゃないから、緊張しなくて済んだだけじゃないですか?」

 ファビアンさんが私に微笑んで告げる。

「それだけではないだろう。
 その自然体で居られる精神性こそが、ヴィルマの真の魅力だと思う。
 貴族の作法を身につけたら、他国の王族と言われても疑えなくなるんじゃないかな」

 私は苦笑を浮かべて応える。

「買い被りですよ、そんなの。
 私が王族とか、さすがに畏れ多いです。
 お父さんは司書で、お爺ちゃんは農夫ですよ?
 至極まっとうな平民の家系ですから」

 カールステンさんが微笑んで告げる。

「何にせよ、写本が成功すると良いな。
 私たち全員、応援しているぞ」

「はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
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