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第2章:華麗な舞踏会
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ヴォルフガングさんが前に出てきて、力強い言葉で告げる。
「アルフレッド殿下、それは少々行き過ぎた発言だ、訂正を願いたい。
殿下はまだ十七歳、婚約者こそおられるが、まだ未婚の身。
そんな殿下が公妾を作るなど、それこそ示しが付かないだろう」
殿下が不敵な笑みで応える。
「そうか? エミリアは私と心を通じ合わせている。
私のわがままも、彼女なら納得してくれよう。
公妾は一定の権限を持ちうるが、妃よりも格が落ちる。
彼女が不満に思う事はあるまい?」
ヴォルフガングさんが厳しい顔で殿下に告げる。
「それはフォーゲルザング侯爵令嬢から直接聞いた言葉ではなく、殿下の勝手な判断だ。
そのような勝手な振る舞いは、お互いの信頼関係に亀裂を生む。
そこは自重し、再考すべきだと改めて言わせてもらう」
周囲の視線が、自然と一人の貴族令嬢に集中した。
銀髪が美しい線の細い女性が、落ち着いた表情で口を開く。
「……殿下が彼女に執心しているのは見て取れます。
そのことに不満はありますが、相手は平民、我が侯爵家の名誉を傷つける相手ではありません。
王族に嫁ぐのであれば、側室の存在は当然の覚悟。
殿下が彼女を欲しているのであれば、それを私は飲み込みましょう」
殿下がニヤリと微笑み、銀髪の女性に応える。
「さすが我がエミリアだ、私のことをよくわかっている。
私も平民に入れ込むなど、我ながら戸惑っているのだがな。
我が手が、彼女の手を放そうとしない。
ならばいっそ、私の傍に置こうと思ったのだが。
――だがそうだな、エミリアが不満に感じているのも考慮しよう。
では写本に失敗した場合、ヴィルマは私の傍仕えとなり、私の世話をするがいい」
再び周囲が騒然となり、ざわつく中で私は声を上げる。
「殿下、傍仕えになれということは、司書を辞めろと言う事ですか?」
「ん? もちろんそうなる。不誠実な者を王立施設で雇うつもりはない。
だが公妾ならば目こぼしをしてやろうと、そう思ったのだが、どうも反発があるようだ」
私は深く検討しながら、銀髪の女性――エミリアさんに告げる。
「エミリアさん、私のわがままを許してもらっても良いですか?」
エミリアさんがきょとんとした顔で私を見つめた。
「わがままとは? 言ってごらんなさい」
私は殿下の顔を見つめ、大きな声で宣言する。
「私は司書です。それ以外の何かになるつもりはありません。
写本しろと言うなら、写本してみせますよ!
だけど失敗したら世話係になれなんて要求、私は受け入れられません。
公妾なんて不本意な立場も欲しくありませんけど、司書以外を命じられるくらいなら、その挑戦を受けて立ちます!」
私は殿下に続いて、エミリアさんの目を見つめた。
エミリアさんが思案した後、静かに口を開く。
「……いいでしょう。あなたの気持ちは理解しました。
あなたが納得できるよう、頑張ってみなさい。
仮に公妾となっても、あなたなら傲慢な振る舞いなどしないと、信じていますよ」
私は左手で自分の胸を叩いて声を上げる。
「任せてください! 立派な司書だったお父さんの娘として、司書の務めを果たし切って見せます!」
****
エミリアさんが近づいてきて、殿下の手を私の右手から引き剥がしてくれた。
バツの悪そうな笑みを浮かべる殿下に、エミリアさんが告げる。
「ゲームは開始されました。
彼女が失敗する前から接触するのはルール違反ですよ、殿下」
「……そうだな、そこはお前の言う通りだろう。
わかった。ヴィルマが写本に失敗するまで、私も節度ある態度を心がけよう。
だが話しかけるぐらいは構わんだろう? 彼女は興味深く面白い」
ふぅ、とエミリアさんが息をついた。
「本当に、殿下は一度お心が執着すると周りが見えなくなられますね。
平民に入れ込むなど、周囲から反発が出て彼女の迷惑となりますよ?」
殿下がフッと笑った。
「それは今さらだろう。ゲームのペナルティとして、公妾になれと命じたのだ。
もう今夜中にでも、この噂が広まっていく。
ならばヴィルマを守るためにも、適切な距離で親交を深めるべきではないか?」
私はジト目で殿下を睨み付けながら告げる。
「ほんとーに大迷惑ですよ。
なんで『公妾になれ』なんて言い出したんですか。
これで司書業務に影響が出たら、どう責任を取ってくれるんですか」
きょとんとした殿下とエミリアさんが、同時に楽しそうに笑みをこぼした。
「ハハハ! この期に及んで、心配するのが司書業務か!
やはりお前は面白いな、ヴィルマよ」
「本当に楽しい方ね。
公妾なんて眼中にないというその姿勢、私は好ましく思います。
あなたは権力や権威に興味がないのね」
私はムスッとしながら応える。
「当たり前です。権力も権威も、私の心を満たしてくれませんから。
魔導書に囲まれて生きる司書という仕事こそ、私の心を満たしてくれるんです。
公妾になっても煩わしいことが増えるだけで、私に何のメリットもないですし」
殿下がニヤリと微笑んで応える。
「私の妾となれるのは、メリットにならんのか?」
私は殿下に噛みつくように応える。
「なるわけないでしょ!
恋愛には興味がないし、結婚も妾も考えたことがないです!
第一、殿下の傍にずっと居ろとか、わがままで振り回されて疲れそうですよ!」
エミリアさんがクスクスと笑いながら頷いた。
「そうなのよ、殿下ったら本当にわがままで困ってしまうわ。
親しい人にだけ見せる姿だから、今夜のわがままも驚いてるくらいなの。
それだけ殿下は、あなたのことを気に入ってしまったのね」
優しい人だなぁ、エミリアさん。
婚約者が公然と『妾を作る』って言ってるのに、怒らないでいてくれるなんて。
私は申し訳ない気持ちになって、エミリアさんの顔を見ながら応える。
「ごめんなさい、エミリアさん。私のわがままで、あなたを苦しめるかもしれない。
万が一失敗したら、今度こそあなたの迷惑にならないようにしますね」
エミリアさんがニコリと微笑んだ。
「ええ、それは期待しているわね。
もしこの約束を破ったら――その時は、我がフォーゲルザング侯爵家の力を、思い知ってもらうことになるわ」
……こわっ! それって、暗に『迷惑かけたら潰します』宣言?!
優しい顔して、案外過激な人だな?!
私は乾いた笑いをあげながら、エミリアさんや殿下と他愛ない言葉を交わしていった。
****
殿下がエミリアさんに促されて、私の傍から離れていった。
ようやく殿下から解放された私は、深いため息をついて呟く。
「はぁ~~~~。ようやくあっち行ってくれた……」
気が付くと私の周囲に、ヴォルフガングさんやディララさんや司書のみんなが集まっていた。
ヴォルフガングさんが、少し怖い顔で私を見つめて告げる。
「ヴィルマ、自分が口にしてしまったことの意味は理解しているね?」
私は気圧されながら応える。
「う……はい、それはもちろんです」
なんだかヴォルフガングさん、怒ってるなぁ。
そりゃあ、魔導三大奇書を写本するなんて、とんでもない挑戦を受けて立っちゃったけど。
「あの本は本当に難解なんだ。
ヴィルマの魔導センスでも、まだ読み解くのは無理だと私は思っている。
だから、失敗を前提で話をさせてもらおう。
――公妾には権限が付随するが、それと同時に責任も発生する。
国家の運営に影響する立場だ。それを心に深く刻み込んでおいて欲しい」
ヴォルフガングさんが挑戦の失敗を前提にするなんて、本当に珍しい気がする。
この人は誰かが挑戦することを応援するような人だと思ったんだけど。
私はおずおずとヴォルフガングさんに尋ねる。
「そんなに難しいんですか?」
ヴォルフガングさんが頷いて応える。
「書いてある理論は当然だが、その理解は写本に不要だから除外しよう。
だが記述されている魔導術式が、非常に高度なんだ。
構築途中の術式も多数記載されていて、パズルのようなそれを理解するのは私でも無理だった。
それを正確に写本するのは、まず不可能だと思っている」
サブリナさんが声を荒げて告げてくる。
「もう、ヴィルマの馬鹿! なんであんな宣言したのよ!
あのまま『傍仕えになれ』って言われただけなら、ヴォルフガング様がもう一度交渉して、無難なペナルティに落とし込んでくれたかもしれないのに!
あんな風に受けて立ってしまったら、もう引き下がれないのよ?!」
シルビアさんも、普段より厳しい表情で私に告げる。
「あなたが司書以外の存在になりたくないと強く思ってるのは伝わったけど、今回は迂闊な発言だったわね。
ヴォルフガング様が不可能と断じる写本なんて、成功の目途が立たないということよ?
あなた、公妾なんて務まるの?」
カールステンさんが軽妙な笑い声をあげた。
「ハハハ! みんな、何を不安に思ってるんだ?
こいつはヴィルマ、とんでもない規格外のモンスター司書だ。
今回だって、写本に特化して作業すれば、充分に目があると思えないか?」
ファビアンさんが静かな表情で告げる。
「そうだな……魔導士として魔導書を読んでしまうヴォルフガング様と違い、司書として写本に専念すれば、あるいは術式の複製も可能かもしれない。
そこに一縷の望みを託して、成功を祈るしかないか」
フランツさんが、悲しそうな表情で告げる。
「なぁヴィルマ、今からでも発言を撤回させてもらえないか、頼み込んだらどうだ。
ここの図書館以外でなら、司書として生きる道もあるはずだ。
なぜあんな挑戦を受けてしまったんだ?」
なんで? なんでってそりゃあ――
「フランツさん? 私は司書ですよ?
写本を依頼されたなら、その業務を誇りを持って遂行してみせます!
不完全な写本なんて、私はしたくありません!
私の意地と矜持をかけて、今回の写本を成功させてみせますよ!」
ディララさんが小さく手を打ち鳴らして告げる。
「はいはい、ヒートアップはそれくらいにしましょう。
もっと建設的に、どうしたら写本が成功するか、どうヴィルマをサポートすべきか。
そういったことを考えましょう。道はきっと開けます。そう信じましょう」
その夜は、みんなの優しさに包まれて過ぎて行った。
夜会が終わると私たちは早々に大ホールを後にして、図書館に戻っていった。
「アルフレッド殿下、それは少々行き過ぎた発言だ、訂正を願いたい。
殿下はまだ十七歳、婚約者こそおられるが、まだ未婚の身。
そんな殿下が公妾を作るなど、それこそ示しが付かないだろう」
殿下が不敵な笑みで応える。
「そうか? エミリアは私と心を通じ合わせている。
私のわがままも、彼女なら納得してくれよう。
公妾は一定の権限を持ちうるが、妃よりも格が落ちる。
彼女が不満に思う事はあるまい?」
ヴォルフガングさんが厳しい顔で殿下に告げる。
「それはフォーゲルザング侯爵令嬢から直接聞いた言葉ではなく、殿下の勝手な判断だ。
そのような勝手な振る舞いは、お互いの信頼関係に亀裂を生む。
そこは自重し、再考すべきだと改めて言わせてもらう」
周囲の視線が、自然と一人の貴族令嬢に集中した。
銀髪が美しい線の細い女性が、落ち着いた表情で口を開く。
「……殿下が彼女に執心しているのは見て取れます。
そのことに不満はありますが、相手は平民、我が侯爵家の名誉を傷つける相手ではありません。
王族に嫁ぐのであれば、側室の存在は当然の覚悟。
殿下が彼女を欲しているのであれば、それを私は飲み込みましょう」
殿下がニヤリと微笑み、銀髪の女性に応える。
「さすが我がエミリアだ、私のことをよくわかっている。
私も平民に入れ込むなど、我ながら戸惑っているのだがな。
我が手が、彼女の手を放そうとしない。
ならばいっそ、私の傍に置こうと思ったのだが。
――だがそうだな、エミリアが不満に感じているのも考慮しよう。
では写本に失敗した場合、ヴィルマは私の傍仕えとなり、私の世話をするがいい」
再び周囲が騒然となり、ざわつく中で私は声を上げる。
「殿下、傍仕えになれということは、司書を辞めろと言う事ですか?」
「ん? もちろんそうなる。不誠実な者を王立施設で雇うつもりはない。
だが公妾ならば目こぼしをしてやろうと、そう思ったのだが、どうも反発があるようだ」
私は深く検討しながら、銀髪の女性――エミリアさんに告げる。
「エミリアさん、私のわがままを許してもらっても良いですか?」
エミリアさんがきょとんとした顔で私を見つめた。
「わがままとは? 言ってごらんなさい」
私は殿下の顔を見つめ、大きな声で宣言する。
「私は司書です。それ以外の何かになるつもりはありません。
写本しろと言うなら、写本してみせますよ!
だけど失敗したら世話係になれなんて要求、私は受け入れられません。
公妾なんて不本意な立場も欲しくありませんけど、司書以外を命じられるくらいなら、その挑戦を受けて立ちます!」
私は殿下に続いて、エミリアさんの目を見つめた。
エミリアさんが思案した後、静かに口を開く。
「……いいでしょう。あなたの気持ちは理解しました。
あなたが納得できるよう、頑張ってみなさい。
仮に公妾となっても、あなたなら傲慢な振る舞いなどしないと、信じていますよ」
私は左手で自分の胸を叩いて声を上げる。
「任せてください! 立派な司書だったお父さんの娘として、司書の務めを果たし切って見せます!」
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エミリアさんが近づいてきて、殿下の手を私の右手から引き剥がしてくれた。
バツの悪そうな笑みを浮かべる殿下に、エミリアさんが告げる。
「ゲームは開始されました。
彼女が失敗する前から接触するのはルール違反ですよ、殿下」
「……そうだな、そこはお前の言う通りだろう。
わかった。ヴィルマが写本に失敗するまで、私も節度ある態度を心がけよう。
だが話しかけるぐらいは構わんだろう? 彼女は興味深く面白い」
ふぅ、とエミリアさんが息をついた。
「本当に、殿下は一度お心が執着すると周りが見えなくなられますね。
平民に入れ込むなど、周囲から反発が出て彼女の迷惑となりますよ?」
殿下がフッと笑った。
「それは今さらだろう。ゲームのペナルティとして、公妾になれと命じたのだ。
もう今夜中にでも、この噂が広まっていく。
ならばヴィルマを守るためにも、適切な距離で親交を深めるべきではないか?」
私はジト目で殿下を睨み付けながら告げる。
「ほんとーに大迷惑ですよ。
なんで『公妾になれ』なんて言い出したんですか。
これで司書業務に影響が出たら、どう責任を取ってくれるんですか」
きょとんとした殿下とエミリアさんが、同時に楽しそうに笑みをこぼした。
「ハハハ! この期に及んで、心配するのが司書業務か!
やはりお前は面白いな、ヴィルマよ」
「本当に楽しい方ね。
公妾なんて眼中にないというその姿勢、私は好ましく思います。
あなたは権力や権威に興味がないのね」
私はムスッとしながら応える。
「当たり前です。権力も権威も、私の心を満たしてくれませんから。
魔導書に囲まれて生きる司書という仕事こそ、私の心を満たしてくれるんです。
公妾になっても煩わしいことが増えるだけで、私に何のメリットもないですし」
殿下がニヤリと微笑んで応える。
「私の妾となれるのは、メリットにならんのか?」
私は殿下に噛みつくように応える。
「なるわけないでしょ!
恋愛には興味がないし、結婚も妾も考えたことがないです!
第一、殿下の傍にずっと居ろとか、わがままで振り回されて疲れそうですよ!」
エミリアさんがクスクスと笑いながら頷いた。
「そうなのよ、殿下ったら本当にわがままで困ってしまうわ。
親しい人にだけ見せる姿だから、今夜のわがままも驚いてるくらいなの。
それだけ殿下は、あなたのことを気に入ってしまったのね」
優しい人だなぁ、エミリアさん。
婚約者が公然と『妾を作る』って言ってるのに、怒らないでいてくれるなんて。
私は申し訳ない気持ちになって、エミリアさんの顔を見ながら応える。
「ごめんなさい、エミリアさん。私のわがままで、あなたを苦しめるかもしれない。
万が一失敗したら、今度こそあなたの迷惑にならないようにしますね」
エミリアさんがニコリと微笑んだ。
「ええ、それは期待しているわね。
もしこの約束を破ったら――その時は、我がフォーゲルザング侯爵家の力を、思い知ってもらうことになるわ」
……こわっ! それって、暗に『迷惑かけたら潰します』宣言?!
優しい顔して、案外過激な人だな?!
私は乾いた笑いをあげながら、エミリアさんや殿下と他愛ない言葉を交わしていった。
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殿下がエミリアさんに促されて、私の傍から離れていった。
ようやく殿下から解放された私は、深いため息をついて呟く。
「はぁ~~~~。ようやくあっち行ってくれた……」
気が付くと私の周囲に、ヴォルフガングさんやディララさんや司書のみんなが集まっていた。
ヴォルフガングさんが、少し怖い顔で私を見つめて告げる。
「ヴィルマ、自分が口にしてしまったことの意味は理解しているね?」
私は気圧されながら応える。
「う……はい、それはもちろんです」
なんだかヴォルフガングさん、怒ってるなぁ。
そりゃあ、魔導三大奇書を写本するなんて、とんでもない挑戦を受けて立っちゃったけど。
「あの本は本当に難解なんだ。
ヴィルマの魔導センスでも、まだ読み解くのは無理だと私は思っている。
だから、失敗を前提で話をさせてもらおう。
――公妾には権限が付随するが、それと同時に責任も発生する。
国家の運営に影響する立場だ。それを心に深く刻み込んでおいて欲しい」
ヴォルフガングさんが挑戦の失敗を前提にするなんて、本当に珍しい気がする。
この人は誰かが挑戦することを応援するような人だと思ったんだけど。
私はおずおずとヴォルフガングさんに尋ねる。
「そんなに難しいんですか?」
ヴォルフガングさんが頷いて応える。
「書いてある理論は当然だが、その理解は写本に不要だから除外しよう。
だが記述されている魔導術式が、非常に高度なんだ。
構築途中の術式も多数記載されていて、パズルのようなそれを理解するのは私でも無理だった。
それを正確に写本するのは、まず不可能だと思っている」
サブリナさんが声を荒げて告げてくる。
「もう、ヴィルマの馬鹿! なんであんな宣言したのよ!
あのまま『傍仕えになれ』って言われただけなら、ヴォルフガング様がもう一度交渉して、無難なペナルティに落とし込んでくれたかもしれないのに!
あんな風に受けて立ってしまったら、もう引き下がれないのよ?!」
シルビアさんも、普段より厳しい表情で私に告げる。
「あなたが司書以外の存在になりたくないと強く思ってるのは伝わったけど、今回は迂闊な発言だったわね。
ヴォルフガング様が不可能と断じる写本なんて、成功の目途が立たないということよ?
あなた、公妾なんて務まるの?」
カールステンさんが軽妙な笑い声をあげた。
「ハハハ! みんな、何を不安に思ってるんだ?
こいつはヴィルマ、とんでもない規格外のモンスター司書だ。
今回だって、写本に特化して作業すれば、充分に目があると思えないか?」
ファビアンさんが静かな表情で告げる。
「そうだな……魔導士として魔導書を読んでしまうヴォルフガング様と違い、司書として写本に専念すれば、あるいは術式の複製も可能かもしれない。
そこに一縷の望みを託して、成功を祈るしかないか」
フランツさんが、悲しそうな表情で告げる。
「なぁヴィルマ、今からでも発言を撤回させてもらえないか、頼み込んだらどうだ。
ここの図書館以外でなら、司書として生きる道もあるはずだ。
なぜあんな挑戦を受けてしまったんだ?」
なんで? なんでってそりゃあ――
「フランツさん? 私は司書ですよ?
写本を依頼されたなら、その業務を誇りを持って遂行してみせます!
不完全な写本なんて、私はしたくありません!
私の意地と矜持をかけて、今回の写本を成功させてみせますよ!」
ディララさんが小さく手を打ち鳴らして告げる。
「はいはい、ヒートアップはそれくらいにしましょう。
もっと建設的に、どうしたら写本が成功するか、どうヴィルマをサポートすべきか。
そういったことを考えましょう。道はきっと開けます。そう信じましょう」
その夜は、みんなの優しさに包まれて過ぎて行った。
夜会が終わると私たちは早々に大ホールを後にして、図書館に戻っていった。
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