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第1章:王立魔導学院付属図書館

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 ぐらりと身体がかしいだヴィルヘルミーナの身体を、フランツが慌てて支えていた。

「うわっ、危ない! ――ふぅ、なんだ、もう酔い潰れたのか」

 フランツの視線が、気持ちよく夢の世界を漂っているヴィルヘルミーナの顔を見つめる。

 その真剣な眼差しを見たカールステンが、フランツの肩に肘を置いて告げる。

「おいおい、まさか本気になっちゃったのか? フランツ・ローレンツ男爵令息。
 相手は実力確かな司書とはいえ、平民だぞ? 家が許しちゃくれないだろ」

 途端に真っ赤になったフランツが、「そ、そんなこと誰も言ってない!」と、肘でカールステンを追い払った。

 酔い潰れているヴィルヘルミーナの顔を、シルビアが微笑みながら指でつつく。

「この子、身体が小さいものねぇ。だからお酒に弱いんじゃないかしら」

 サブリナが小さく息をつきながら応える。

「普段から飲まないと言っていたし、今度からこの子にお酒は厳禁ね。
 やっぱり見た目通り、お子様なんじゃないの?」

 ヴォルフガングが楽しそうに含み笑いをした。

「フフ、確かに身体は小さいが、秘めている可能性は途方もなく大きい。
 公式記録では五等級ということになっているが、ヴィルマの魔力は恐らく、一等級を超える」

 驚いた司書たちが、慌ててヴォルフガングの顔を見つめた。

 ファビアンが戸惑うように告げる。

「まさか、特等級魔力保持者だというのですか?」

「これは勘だがね。それに魔力測定器が反応しなかったという話も引っかかる。
 昔は過負荷に耐え切れず、爆発事故が相次いだ。以来、現在の測定器には安全装置が付けられている。
 おそらくその安全装置が発動して、ヴィルマの魔力を正常に測定できなかったのではないか、とね。
 ――尤も、これは確認すると藪蛇になる。『ヴィルマの魔力は五等級』として置く方が、今は都合が良いだろう」

 つまり、表向きは『魔力無しの平民』という形で魔導学院付属図書館に司書として勤務してもらう方が良いだろう、という判断だ。

 オットー子爵夫人がヴィルヘルミーナの頬を優しく撫でながら告げる。

「いつかは正式に魔力を測定し、しかるべき部署にこの子を預けた方が良いのかもしれない。
 だけど、ヴィルマは司書の道を望んでいるわ。
 そして私たちも、優秀な司書を欲している。
 そしてこの図書館は、魔導学院の生徒たちを助けるために存在する施設。
 この子は必ず、みんなの助けになってくれるはずよ」

 しんみりした空気の中、全員が優しい瞳でヴィルマの寝顔を見つめていた。

 静かな空気を破るように、フランツが口を開く。

「……ヴィルマを宿舎に送り届けてきます」

 ヴィルヘルミーナを横抱きに抱え上げたフランツが、静かに小ホールから出て行った。

 その背中を見ながら、カールステンが告げる。

「あーあ、あれは冗談じゃなく、本気だろう?
 どうするんだ? 職場恋愛で泥沼とか、勘弁して欲しいんだが」

 シルビアがクスリと笑って応える。

「きっと大丈夫よ。ヴィルマは見たところ、フランツを男性として意識してないもの。
 ――というか、たぶん色恋沙汰に興味がないタイプね」

 ファビアンが苦笑を浮かべて告げる。

「フランツの奴、失恋確定ってか? 不憫な奴だな、あいつも」

 サブリナがハッと我に返って口を開く。

「あ、いけない! 平民とは言え、婚前の男女を二人きりにしちゃってるじゃない!
 私、フランツを追いかけてくるわね!」

 慌ただしく駆けて行くサブリナに、他の司書たちが「まかせたぞー」と温かい声をかけていった。




****

 フランツは暗い夜の校舎の中を、ヴィルヘルミーナを抱えながら歩いていた。

 ――なんて軽いんだ。

 ヴィルヘルミーナは十六歳にしては小柄で、慎ましい体型をしている。

 十三歳と言って通るほどの体格の少女は、抱え上げても羽のように軽く感じた。

 肩までの柔らかい髪の毛がフランツの腕に当たり、なぜか心がくすぐったかった。

 気持ちよく寝息を立てるヴィルヘルミーナの小さな唇が、まるでフランツを誘惑しているかのように感じた。

 すぐに頭を振って邪念を追い払ったフランツは、彼女を起こさないように静かに歩を進めていく。


 校舎を出てすぐのところで、背後から誰かが駆けてくる音が聞こえ、すぐにサブリナが姿を見せた。

「はぁ、はぁ、ちょっとフランツ! あなたいくらなんでも、二人きりはまずいわよ!」

 ハッとしたフランツが、顔を赤く染めてうつむいた。

「そ、そうだな……すまん」

 ふぅ、と呼吸を整えたサブリナが、フランツと歩調を合わせて歩いて行く。

 歩きながらサブリナがフランツに静かに告げる。

「たぶん、片思いで終わるわよ?」

 誰が、とは言わなかった。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 フランツの返答に、サブリナが応える。

「諦められないとしても、貴族子女として二人きりになるのは避けなさい。
 『平民には適用されない』なんて言葉を振りかざすなら、私はあなたを軽蔑するわ」

 婚前の貴族子女が二人きりになるのはタブーだ。

 だが平民となら、そのルールは除外される――平民は、基本『妾』にしかなれないからだ。

 サブリナの厳しい言葉は、『ヴィルマを妾にするつもりなら軽蔑する』という意味だ。

 今日出会ったばかりの彼女に、サブリナは奇妙な友情と尊敬を感じ始めていた。

 フランツはただ、何も言い返さずに黙って歩を進めて行った。


 図書館裏手の宿舎に行くと、中には明かりがついていた。

「誰か居るのか?」

「わからないわ。でも、居てくれた方が好都合よ。
 私たち、この宿舎の鍵を持ってないし」

 ヴィルヘルミーナは持っているはずだが、どこにしまい込んでいるかがわからない。

 眠っている彼女のポケットをまさぐるより先に、誰かが居る可能性に賭けて、サブリナはドアをノックした。




****

 目が覚めると、なんだか世界が回っていた。

 うぅ……気持ち悪い。なのに、喉が無性に乾いてる。水……水を飲みたい。

 立ち上がると頭痛がして、それでもふらふらと部屋の外に出た。

 あちこちにごつごつと体をぶつけながら歩いていると、隣の部屋のドアが開いた――え?! 誰か居る?!

 中からコットンのワンピースを着た女の子が出てきて、私を見て告げる。

「どうしました? ふらふらとしてますけど」

「えっと……あなた、誰?」

 スッと頭を下げた女の子が、私に告げる。

「失礼しました。私はアイリス・ノクチルカ。
 ヴォルフガング様に仕える下女です。
 昨日からヴィルヘルミーナさんのお世話をするよう仰せつかりました」

「あー、ヴォルフガングさんが言って――」

 喉の奥から込み上げてくる吐き気に、思わず言葉を中断して耐えていた。

 壁に寄り掛かってなんとか呼吸を整えていると、アイリスが平坦な声で告げる。

「ああ、二日酔いですか。飲み過ぎましたね?
 今お水を持ってきますから、部屋で待っていてください」

 そう言うと、アイリスはポットを持って一階に降りて行った。

 私は彼女の足音で死にそうになりながら、ふらふらと自分の部屋に戻っていった。




****

 私はコップで水を二杯飲んだ後、ゆっくりとベッドに身体を沈めた。

「うぅ……二日酔いがこんなに辛いなんて」

「大変ですね。ですが司書の仕事はどうするんですか?」

「い、行くわよ! 這ってでも行くわよ!」

 私はゆっくりと体を起こし、服に手をかけて時間をかけて脱いでいく。

 服を脱ぎ終わると、アイリスが濡れタオルで私の身体を拭いていった。

「入浴できませんでしたから、せめてお酒の匂いを拭きとっておきましょう」

「……寒いんだけど」

「自業自得です。これに懲りたら、もう深酒はやめてください」

 下着姿で身体を拭いてもらった後、手伝ってもらいながらブラウスを着て、スカートを穿く。

 髪の毛も整えてもらい、なんとか体裁を整えた私は、アイリスに肩を借りながら図書館へと向かった。
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