上 下
4 / 56
序章:第五図書館の小さな司書見習い

4.

しおりを挟む
 ヴォルフガングさんに送られて第五図書館に戻ってきた私は、カウンターにいるサシャに手を挙げて告げる。

「ただいま~……なんか、大変なことになっちゃった」

 サシャがきょとんとした顔で私を見て応える。

「大変なことって……面接はどうだったの?」

「うん、なんか受かっちゃったんだけどさ、『住み込みで働いてくれ』って言われて……」

 サシャが目を見開いて驚いていた。

「ええ?! 住み込みの司書って……どんな大きな図書館よ?!」

 私は両手の指先を胸の前で合わせつつ、おずおずと応える。

「……王立魔導学院の、大図書館」

 パカッとサシャの口が開き、言葉もないようだった。

「だからね? 私、今日でここの仕事を辞めないといけないの」

 サシャはようやく口を閉じ、私をまじまじと見て応える。

「そんなの、元々あなたは非常勤の司書見習い、毎日通わなくても良かったんだから、問題はないわよ。
 それにしても……あんな大きな図書館で働けるなんて、凄いわねぇ。
 あそこ、王侯貴族以外が入れないんじゃないの?」

「ああうん、自由に出入りできないみたいだから、住み込みで敷地から出るなってことみたい」

 サシャが納得するように頷いた。

「なるほどねぇ……エーヴェンシュヴァルツ伯爵だからこそ、ヴィルマを勧誘できたのかしら」

 偉い教授さんって言ってたしなぁ。

 ディララさんも、『ヴォルフガングさんが後押ししてくれるから大丈夫』って言うくらいだし、凄い人なんだろうけど。

「じゃあ、司書長さんにはよろしく伝えておいてもらえるかな。
 直接ご挨拶できなくてすみません、って」

 サシャがニッコリ笑って応える。

「ええ、いいわよ。あの人も明日になったら驚くんじゃないかしら。
 でも、家族の説得は大丈夫なの?」

「う、それを言われると……頑張るよ……」

 お爺ちゃん、孫馬鹿だからなぁ。

 お父さんとお母さんが死んじゃってから、私しか家族が居ないし。

 お爺ちゃんのことも心配だけど、あの人は殺しても死ぬような人じゃないのが救いといったところか。

 私はふぅと息をついて、サシャに告げる。

「もうこの図書館の本も修繕してあげられないけど、サシャ一人で頑張れる?」

 サシャが呆れたようなジト目で私を見つめた。

「なーに馬鹿なこと言ってんのよ。
 あんたが来るまで、ずっと私一人で回してたのよ?
 元に戻るだけで、何の問題もないわ。
 ヴィルマは気兼ねなく、大きな職場で頑張ってきなさい!」

「……うん、ありがとう!」

 私はサシャを一度抱き締めたあと、退勤記録を付けてから家路についた。




****

 帰宅してからお爺ちゃんと向き合い、真剣な顔で告げる。

「お爺ちゃん……実はね私、この家を出ていかないといけないの!」

 優しいお爺ちゃんの微笑みが凍り付き、どす黒いオーラが漂い始めた。

「なんだと? まさか男か? 男に付いてどこかに行くのか?」

 私は慌てて手を横に振って否定しながら応える。

「ち、違うってば! なんでそう考えちゃうかなぁ。
 ちょっとした転職だよ。働く場所が変わるの」


 私はお爺ちゃんに、事の仔細を全て伝えていった。


「――と、いうことで、私は三日後から魔導学院に住み込みだから!」

 お爺ちゃんは喜んでいいのか、悲しんでいいのか、怒っていいのかわからず、なんだか複雑な表情をしていた。

「そりゃお前、栄転ってことになるのか?」

 私は腕を組んで考え込んだ。

 栄転と言えば、これ以上ないほどの栄転だろう。

 ちょと不自由にはなるけれど、あれほど貴重な本に囲まれた環境で、尚且つ私が望める職場はあそこぐらいだ。

 私は顔を上げ、笑顔でお爺ちゃんに頷いた。

「うん、栄転で合ってると思うよ」

「そうか……お前、司書が好きだったからなぁ。
 そんなお前が大きな職場で働けるなら、俺の寂しさなんて我慢せにゃならん。
 ――よしヴィルマ、お前はきっちり仕事で大きくなって帰ってこい!」

「え、いや、そんな『ビッグプロジェクトをやり遂げて来い』みたいに言われても、今まで通り司書として過ごすだけなんだけど?」

 お爺ちゃんが楽しいそうにカカカと笑った。

「どんな仕事でも、高い目線で取り組んでりゃ、相応に成長できるもんだ。
 それが上等な職場なら、得られるものは他と比べようがない。
 特に貴重書なんて、そう滅多にお目にかかれんからな。
 せいぜいドジ踏んで本を駄目にしないよう、気を付けておけ」

「はーい。わかってまーす。
 それより、今日の夕食はなにかな?!」

 お爺ちゃんが楽しそうに応える。

「まったく、司書の仕事ばかり覚えて、料理の一つも覚えやがらねぇ。
 そういうとこは父親そっくりだな、お前は」

 立ち上がったお爺ちゃんが、台所に向かって歩きだした。

 私は夕食の支度を手伝うため、その背を追った。




****

 翌日、翌々日と、私はヴォルフガングさんに手伝ってもらって引っ越しの準備をしていった。

 なんせ自分一人じゃ外出できない環境だ。女子が生活するのに困らないよう配慮はしてくれるらしいけれど、相応に必要なものは出て来てしまう。

 カツカツの生活だった私の貯金じゃ、ちょっとお金が足りなかったのだけれど、ヴォルフガングさんが「先日の写本のお礼だよ」と言って、支度金を用意してくれた。

「……なんだか悪いです、ここまでしてもらうなんて」

 ヴォルフガングさんがにこりと微笑んで私に告げる。

「それだけ、君の司書としての仕事に期待をしているのさ。
 王立魔導学院が何故あれほど大きな図書館を自前で持っているのか、知っているかい?」

 そう言われれば、理由までは聞いたことも、考えたこともなかったな。

 私が首を横に振ると、ヴォルフガングさんがニコニコと言葉を続ける。

「魔導において、知識こそが要だ。
 古来より伝わる知識、技法、そこに最新の理論が加わり、新しい魔導が生み出されて行く。
 王立魔導学院はね、ただ魔導を扱える人間を育てている訳じゃない。
 これから新しい魔術を作れるような、高度な人材育成を目指している場なのさ。
 だからこそ、宮廷図書館に比肩するほどの魔導書を蔵書として収めている。
 生徒たちに、正しく質の高い教養を身につけさせるためにね」

 ほぁ~、やたらと志の高い図書館だった! そんなところで、私に司書なんて務まるのかなぁ……。

 なんだか不安で背中を丸めて歩いていると、その背中をヴォルフガングさんが優しくポンポンと叩いてくれた。

「君の能力なら問題ないさ。
 最初は戸惑うだろうが、やることは今までと大して変わらない。
 君ならではの仕事ぶりも、あるいは見れるかもしれないね」

「私、ならでは? どういう意味ですか?」

 きょとんとする私に、ヴォルフガングさんは意味深な柔らかい笑みで応えていた。




****

 出発当日の朝、迎えに来たヴォルフガングさんに対して、お爺ちゃんが睨み付けていた。

「おう、あんたがヴォルフガングか。
 貴族かなんだか知れねーが、孫を泣かせるような真似はすんじゃねーぞ?
 そんときゃ俺が、あんたに生まれてきたことを後悔させてやるからな?」

 殺気を目に宿らせたお爺ちゃんが、ドスの効いた声で告げる。

 ヴォルフガングさんはいつものように柔らかく微笑んで頷いた。

「ああ、安心して任せて欲しい。
 彼女のサポートは万全にしておこう。
 ただもちろん、彼女が自分自身で乗り越えなければならない壁もまたあるだろう。
 そこは彼女を成長させるための試練だと思って、あなたも理解をして欲しい」

 あくまでも理性的なヴォルフガングさんの微笑みに、お爺ちゃんは毒気を抜かれたようだ。

「……チッ、あんた中々やるな。
 それだけ飄々としておきながら、全く隙を見せやがらねぇ。
 仕方ねぇから、あんたに孫を預けてやらぁ」

 隙って、お爺ちゃん?! ヴォルフガングさんに何をするつもりだったの?!

 ヴォルフガングさんが楽しそうに笑い声をあげる。

「ハハハ! さすがヴィルマの御祖父殿だね。
 あなたも並々ならぬ魔導の腕前とお見受けする」

 お爺ちゃんは「ケッ!」とそっぽを向いて応える。

「魔導? なんのことだかわかんねーな。
 俺ぁただの農夫、小さい畑を耕して生きる、平民だよ」

「ハハハ、ではそういうことにしておきましょうか。
 ――ではヴィルマ、行こうか」

「――あ、はい!」

 ヴォルフガングさんに手を借りて、私は馬車に乗りこむ。

 馬車の窓からお爺ちゃんに手を振っていると馬車が走り出し、仏頂面のお爺ちゃんが遠くなっていく。

 私はお爺ちゃんが見えなくなるまで、窓からずっと手を振り続けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...