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東方不敗(ひがしかた・まさる)

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本編

謹慎将棋セット【天ぷらとハーブティー】

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「アイスホッケー将棋を考えてみた」

「は?」
「昨日たまたまテレビでアイスホッケーやっててな。ペナルティが変わってるんだよ」
「どういうの?」

「『10分退場、ただし交代選手はすぐに出られる』とか『2分退場、ただし交代選手は出られない』とかだ」

「将棋で退場とか交代ってどうやるのよ。持ち駒と交代するの?」
「このゲームでは最初に自分で好きな駒を選んでデッキを組む。つまり『デッキに選ばれなかった駒がいる』わけだ。そいつらを交代要員にする」
「文字通りの先発(スターター)デッキね」
 そもそも持ち駒はついさっきまで敵の駒だ。
 それを交代要員にするのは違和感がある。
 だからこういう方式になった。

「舞台は江戸時代がいい。反則を犯した駒は蟄居閉門(ちっきょへいもん)、つまり自宅謹慎させられる」

「……なにそのシュールな世界観」
「他にイメージの合いそうな時代があるか?」
「ないけど……」
「これぞサムライの将棋だ」
 テーブルに盤と駒を並べる。
 玉は謹慎できない(玉が盤外に避難できると詰まない)ので帝(みかど)と皇后にした。


帝・皇后


三人官女


五人囃子


随身(右大臣・左大臣)


仕丁


将軍と世継ぎ


大名


旗本


御家人


浪人


 将軍は直垂(ひたたれ)で紫、世継ぎは赤だ。
 これは実際に決められている色である。
 大名は大紋、身分の高い武士の旗本(はたもと)は布衣(ほい)、下級武士の御家人(ごけにん)は裃(かみしも)。
 わかりやすくするために服装を変えているものの、冠位で服装は変わるのでこれが正しいわけではない。
 浪人は新撰組である。
 あとは謹慎期間の管理方法だ。

 将棋盤の横にもう一つボードを用意し、対応する日数の部分に駒を置くことにする。

「謹慎期間がすぎたらすぐに交代できるの?」
「ああ。玉以外の駒となら好きに入れ替えられるし、入れ替えなくてもいい」

「状況に応じてわざと反則をしたほうがいいわけね」

「そういうことだ」
「でも将棋の反則ってなに?」
「『二歩』とか『打ち歩詰め』だな。反則を犯したら歩が別の駒に交代するわけだから、実質的にこの将棋には二歩や打ち歩詰めによる反則負けは存在しない」
「なるほどね。あとは二手続けて指す『二手指し』かしら」
「二手指しは悪質だから交代選手は認められないし、二手目の行動も認められない」
「使えないわね」

「そうだな。使える反則はイリーガルムーブ、『本来なら動けない位置に駒を動かす』だな。たとえば進路上に味方の駒があるのに、それを飛び越えて相手の駒を取る反則だ。これは交代が認められる上に、一手戻す必要もない」








※前にいる角を飛び越えて相手の駒を取る反則。
指しなおしにはならず、謹慎と交代だけ


「味方の駒がなければ飛車は敵の駒を取れた。味方の横を挨拶もなしに通り抜けて敵を倒すのは無礼ではあっても、武士道に反しているとまでは言えないからな」
「飛車で角の動きをして相手の駒を取ったら?」
「その駒にできない動きで反則をした場合は交代なし、駒を戻して再開する」


  ○
 /


※飛車は斜めには動けないので、斜め移動で敵の駒を取った場合は駒を戻して謹慎、交代なし


 ちなみに敵の駒は飛び越えられない(相手に進路を塞がれているイメージだ)。
 敵の駒を飛び越えた場合も交代なしで駒を戻す。

「それと非紳士的行為だな。古将棋の駒は存在が反則みたいなもんだから『貫通』『射撃』『焼く』『二回行動』といった特殊能力はすべて反則として謹慎・交代になる」

「それ強すぎない? だって能力駒で敵陣に突っ込んでも、弱い駒と交代できるってことでしょ」
「だから駒の使い方が重要になる」
 強い駒がより強くなるルールではあるが、反則がメインのゲームなのでこれでいい。
 サッカーのような『戦術的反則』の腕が問われる。

「じゃあ今日は天ぷらを賭けるか」

「喫茶店で天ぷらって……」
「肉や魚介類みたいに重いもんじゃない。紫蘇やよもぎ、ミョウガ、あさつき、ミツバ、ワサビ、バッケだ」
「ばっけ?」
「フキノトウだ」
「ヘルシーね」
「天ぷら屋じゃないからな」

 ちなみに現代では何でもかんでも天ぷらと呼んでいるが、天ぷらは本来魚介類を揚げるものであって、野菜類を揚げる場合は精進揚げと呼ぶ。

 卵の黄身を解いた衣で揚げるのを『金ぷら』、白身を『銀ぷら』とも呼んでいたが、やはり現代では天ぷらと一括りにされている。
 素材に応じて金ぷら、銀ぷらを使い分け、具材をこんがり揚げていく。
「さて……」
 天ぷらにつけるのは何がいいだろう。
 目ぼしいものを物色する。
 天つゆ、レモン、カレー粉、あら塩、抹茶塩
 大根おろしもいいな。

『天ぷらに新鮮な大根おろし、これに醤油をかけて食べれば俗な出汁に優る』と語ったのは美食家の魯山人(ろさんじん)だったか。

 塩に粉山椒を混ぜた山椒塩もいい。
「んー、サクサク。それになんかいい匂い。天ぷらじゃないみたい」

「この天ぷらとサンショウは日本のハーブだからな」

「え、これ全部ハーブなの?」
「ああ。いくつかはハーブティーとしても飲めるぞ」
「へー」
 最近は紅茶を出す天ぷら屋も多い。
 定番の日本茶より口がサッパリすると評判だ。
 なら次はハーブが来てもおかしくはない。
 たぶん。
「よし。じゃあテストプレイをしよう」
 天ぷらをつまみつつ、デッキを組んで盤に並べて対局開始。
 そしてタイミングを見計らい、

「仕丁を旗本と交代する」

「え」
「ベンチは交代要員だろ? 反則でしか交代できないのはおかしい」
「……それもそうね」
 一手消費することで交代は認められることになった。

「かかったな、バカめ! 仕丁を大名と交代する!」

「ええ!? ちょ、ちょっと待って!」
「なんだ?」

「なんだじゃないでしょ! いつでも歩を交代できるんなら、スターターデッキの意味がないじゃない! 歩は交代できないことにしましょ」

「ちっ、しょうがない。いいだろう」
 やむなく普通に駒を進め、
「官女を将軍と交代する」
「う」
「そしてこうだ」
 『砲』の能力で離れた場所にいる瑞穂の駒を撃ち殺した。
「特殊能力使ったから退場よ?」
「だが交代選手は出場できる」

「……もしかして交代戦術やるために火力の低いスターターデッキ組んだの?」

「今頃気づいたのか」
「ぐぬぬ!」

 勝負は対局前から始まっていたのだ。
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