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本編
ポーカーセット【クッキーとブラックコーヒー】
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「ここに載ってるクッキーとビスケットを全部お願いします」
「あいよ。……ってこんなに食べるんですか?」
「いえ、種類によってチップを変えます。たとえばカジノのチップは色でこのように区別されているんですよ?」
先生がホワイトボードに一筆。
白 1ドル
赤 5ドル
緑 25ドル
黒 100ドル
紫 500ドル
黄色 1000ドル
茶色 5000ドル
「ちなみに5000ドルは通称『チョコレート』、10万ドルを超える超高額チップはコイン型ではなく四角いカード型をしているので『ビスケット』と呼ばれています」
「へー」
今回のチップは安いのから順番にバター、チーズ、クリームサンド、レーズン、チョコチップのクッキー、そしてチョコビスケットと設定された。
お茶は茎茶とブラックコーヒー。
どちらもクッキーによく合う飲み物だ。
ブラックコーヒーとの組み合わせで一番人気があるのはチーズケーキだが、気軽につまめるのでオーダーはクッキーの方が多い。
「デハ始めまショー!」
ポーカー勝負が始まった。
まず2枚の手札が配られ、俺は『手札を見る振り』をする。
自分の手番が来るまで手札は見ない。
すぐにカードを見ると、悪い手だった場合は気が抜ける。
いい手なら無駄に夢を見てしまう。
常に観察を怠《おこた》らない先生のようなプレイヤーなら、俺のその微妙な心の動きを読み取るはずだ。
だから手札を見ないことで相手に情報を与えず、逆に自分の手番が来るまで周りのプレイヤーの心を読むことに全神経をそそぐ。
だがそう簡単に心を見透かせるほどアリスと先生は甘くはなかった。
アリスは完全なデジタルプレーヤー。
俺たちが理解できないレベルの確率を計算して最も可能性の高い手を打ってくる。
しかもいつもニコニコしているので表情も読みにくい。
そして先生だ。
先生は常に同じテンポでプレイする。
強い役の時でも、弱い役の時でも、必ず10秒ほど考えてからアクションしていた。
強い手の時はノータイムでプレイしがちだが、先生は絶対にそんなことはしない。
考える必要のない時でさえ10秒使うので、10秒考えないといけない場面でも不自然に感じないのだ。
やはり今回も二人の心は読めない。
やむなく自分の手札を確認。
悪くない手だ。
さて、どうするか。
「クロック」
「え?」
「長考《タンキング》禁止ですヨ」
「場所によって時間は違いますが、クロックされたプレーヤーは決められた時間内にアクションしないといけません。今回は5秒にしましょう」
手番が来て初めて自分の手札を見て考え始めたので、予想外に時間がかかっていたらしい。
それにしても5秒は短い。
「コール」
そしてゲームが進み、ショーダウン。
「ぐあ、負けた!?」
「ふふん」
将棋で秒読みに慣れていても、ポーカーでは慣れていない。
時間に追われるとろくな結果にならないようだ。
「ネクストゲーム!」
新しく手札が配られる。
トンッ
「そのアクションはバッドですネ」
「なんで?」
「オフィシャルなゲームでは、指でテーブルを叩くのはチェックのアクションになりマス」
「そうなの?」
「はい。アユ太君と桃園さんは無意識にテーブルを叩くことがあるので気を付けてください」
「はーい」
その舌の根も乾かぬ内に、
トンッ
「チェックですネ」
「え、テーブル叩いてないわよ?」
「チップを指で指しながら数えましたよね? それもチェックのアクションと勘違いされることがあります」
ポーカーにもチェスのように、初級者が陥りがちな罠が色々あるようだ。
「それからコールとフォールドの発音にも気を付けてください。声がかすれていたり、周りが騒がしかったりすると、英語圏のプレイヤー同士でも聞き間違えることがありますから」
「そうなのか?」
「イエス」
「公式の場でははっきり発音するか、アクションを明確にしてください」
「はーい」
マナーを学びながら再びゲームを進めていく。
今回もカード運がいい。
「よし」
勝負に参加すべくチップを置く。
「う」
「レイズ」
瑞穂の反応を見てさらにチップを増やした。
「ストリングは禁止デスよ?」
「ストリング?」
「ストリングベット。チップを数回に分けて賭けることです」
「あー、やっぱり反則なんですかこれ」
「わざとコールやレイズと宣言せずにチップを置きましたよね? そして桃園さんがリアクションしなければそのままコール、顔に出ればレイズでチップを追加して、賭ける金額を操作する。これがありだとゲーム性が崩壊してしまいますから」
「……そんなことしてたんだ。よくもまあ次から次へとこんな反則思いつくわね」
「それほどでも」
「褒めてない!」
俺がストリングでレイズしたチップを先生が元の位置に戻す。
「ストリングによるレイズは認められず、コールとして処理されます。ただ反則をする意識がなくても、レイズをするとチップが多くなりますよね? すると一度のアクションでは、賭けようとしているチップを全部動かせないことがあります。こういう場合は注意しないといけません」
「あー。本人は最初からレイズするつもりでも、チップが多いから2回に分けて動かしてしまうのか。その動きをストリングベットと取られてしまう、と」
「はい。『レイズしたいのにコールになってしまう』わけです。ミスによるストリングベットを防ぐために、レイズの時はレイズと宣言しましょう。これなら最初にコール分のチップを動かして、レイズ分のチップを上乗せすることが出来ます」
「チェック、コールとフォールド、それにレイズ。要するにどんなアクションをする時でも、誤解されないようにちゃんと宣言しろってことね」
「そういうことです。ではアユ太君のコールでゲームを進めましょう」
ゲーム再開。
ストリングで俺の手はコールにされたものの、瑞穂の手が弱いのはわかった。
無難にそのゲームは俺が制し、ネクストゲーム。
「レイズ」
瑞穂がチップを積んだ。
「ん?」
そのチップに違和感を覚える。
最初のゲームと賭けた金額は同じ。
だがチップの数が違う。
「リレイズ」
「え」
「リリレイズ」
「ええ!?」
ショーダウン。
やはり瑞穂の手はツーペア。
標準的な役であり、勢いで押せるほど強い手ではない。
レイズはブラフだ。
「……なんでブラフってわかったの?」
「チップの数だよ。最初のゲームと同じ額のチップを賭けられるのに、少額チップを積んでたろ? それは初回の手と比べて自信がないからだ。手の弱さを誤魔化すために無意識にチップを積んで、俺たちに視覚的なプレッシャーをかけようとしたんだな」
一枚のチョコチップクッキーより、山のように積まれたバタークッキーの方が強そうに見えるということだ。
同じ額のチップを賭ける場合でも、精神状態によって賭け方が変わる。
無意識にこういうことをやらないようにしよう。
「細かいチップが増えたな」
「プレイしやすいように両替えしますよ?」
「お願いします」
にぱー
先生がにんまりと笑った。
「あ、ちょっと待った!?」
「待ったなしです」
「ぐああ!?」
「ちょっと、どうしたの?」
「……やられた。カジノの例を持ち出されてチップを金額順に分けたが。よく考えたらこれは食い物だ。それぞれのチップに差なんてほとんどないんだ!」
「どういうこと?」
「シンプルなバタークッキーと比べれば、たしかに他のクッキーはバタークッキー2枚か3枚の価値があるだろう。人によっては5枚の価値があるかもしれない。だがレーズンとビスケットを比べたらどうだ? 5倍も10倍も差があるか?」
「あ」
「このレートだとビスケットやチョコチップ一枚で、うん十枚というレーズンやクリームサンドクッキーを手に入れることができる。いま先生が俺のチップを両替したみたいにな。つまり先生は俺たちにチップの価値を錯覚させて、差額を巻き上げてたんだよ!」
「あいよ。……ってこんなに食べるんですか?」
「いえ、種類によってチップを変えます。たとえばカジノのチップは色でこのように区別されているんですよ?」
先生がホワイトボードに一筆。
白 1ドル
赤 5ドル
緑 25ドル
黒 100ドル
紫 500ドル
黄色 1000ドル
茶色 5000ドル
「ちなみに5000ドルは通称『チョコレート』、10万ドルを超える超高額チップはコイン型ではなく四角いカード型をしているので『ビスケット』と呼ばれています」
「へー」
今回のチップは安いのから順番にバター、チーズ、クリームサンド、レーズン、チョコチップのクッキー、そしてチョコビスケットと設定された。
お茶は茎茶とブラックコーヒー。
どちらもクッキーによく合う飲み物だ。
ブラックコーヒーとの組み合わせで一番人気があるのはチーズケーキだが、気軽につまめるのでオーダーはクッキーの方が多い。
「デハ始めまショー!」
ポーカー勝負が始まった。
まず2枚の手札が配られ、俺は『手札を見る振り』をする。
自分の手番が来るまで手札は見ない。
すぐにカードを見ると、悪い手だった場合は気が抜ける。
いい手なら無駄に夢を見てしまう。
常に観察を怠《おこた》らない先生のようなプレイヤーなら、俺のその微妙な心の動きを読み取るはずだ。
だから手札を見ないことで相手に情報を与えず、逆に自分の手番が来るまで周りのプレイヤーの心を読むことに全神経をそそぐ。
だがそう簡単に心を見透かせるほどアリスと先生は甘くはなかった。
アリスは完全なデジタルプレーヤー。
俺たちが理解できないレベルの確率を計算して最も可能性の高い手を打ってくる。
しかもいつもニコニコしているので表情も読みにくい。
そして先生だ。
先生は常に同じテンポでプレイする。
強い役の時でも、弱い役の時でも、必ず10秒ほど考えてからアクションしていた。
強い手の時はノータイムでプレイしがちだが、先生は絶対にそんなことはしない。
考える必要のない時でさえ10秒使うので、10秒考えないといけない場面でも不自然に感じないのだ。
やはり今回も二人の心は読めない。
やむなく自分の手札を確認。
悪くない手だ。
さて、どうするか。
「クロック」
「え?」
「長考《タンキング》禁止ですヨ」
「場所によって時間は違いますが、クロックされたプレーヤーは決められた時間内にアクションしないといけません。今回は5秒にしましょう」
手番が来て初めて自分の手札を見て考え始めたので、予想外に時間がかかっていたらしい。
それにしても5秒は短い。
「コール」
そしてゲームが進み、ショーダウン。
「ぐあ、負けた!?」
「ふふん」
将棋で秒読みに慣れていても、ポーカーでは慣れていない。
時間に追われるとろくな結果にならないようだ。
「ネクストゲーム!」
新しく手札が配られる。
トンッ
「そのアクションはバッドですネ」
「なんで?」
「オフィシャルなゲームでは、指でテーブルを叩くのはチェックのアクションになりマス」
「そうなの?」
「はい。アユ太君と桃園さんは無意識にテーブルを叩くことがあるので気を付けてください」
「はーい」
その舌の根も乾かぬ内に、
トンッ
「チェックですネ」
「え、テーブル叩いてないわよ?」
「チップを指で指しながら数えましたよね? それもチェックのアクションと勘違いされることがあります」
ポーカーにもチェスのように、初級者が陥りがちな罠が色々あるようだ。
「それからコールとフォールドの発音にも気を付けてください。声がかすれていたり、周りが騒がしかったりすると、英語圏のプレイヤー同士でも聞き間違えることがありますから」
「そうなのか?」
「イエス」
「公式の場でははっきり発音するか、アクションを明確にしてください」
「はーい」
マナーを学びながら再びゲームを進めていく。
今回もカード運がいい。
「よし」
勝負に参加すべくチップを置く。
「う」
「レイズ」
瑞穂の反応を見てさらにチップを増やした。
「ストリングは禁止デスよ?」
「ストリング?」
「ストリングベット。チップを数回に分けて賭けることです」
「あー、やっぱり反則なんですかこれ」
「わざとコールやレイズと宣言せずにチップを置きましたよね? そして桃園さんがリアクションしなければそのままコール、顔に出ればレイズでチップを追加して、賭ける金額を操作する。これがありだとゲーム性が崩壊してしまいますから」
「……そんなことしてたんだ。よくもまあ次から次へとこんな反則思いつくわね」
「それほどでも」
「褒めてない!」
俺がストリングでレイズしたチップを先生が元の位置に戻す。
「ストリングによるレイズは認められず、コールとして処理されます。ただ反則をする意識がなくても、レイズをするとチップが多くなりますよね? すると一度のアクションでは、賭けようとしているチップを全部動かせないことがあります。こういう場合は注意しないといけません」
「あー。本人は最初からレイズするつもりでも、チップが多いから2回に分けて動かしてしまうのか。その動きをストリングベットと取られてしまう、と」
「はい。『レイズしたいのにコールになってしまう』わけです。ミスによるストリングベットを防ぐために、レイズの時はレイズと宣言しましょう。これなら最初にコール分のチップを動かして、レイズ分のチップを上乗せすることが出来ます」
「チェック、コールとフォールド、それにレイズ。要するにどんなアクションをする時でも、誤解されないようにちゃんと宣言しろってことね」
「そういうことです。ではアユ太君のコールでゲームを進めましょう」
ゲーム再開。
ストリングで俺の手はコールにされたものの、瑞穂の手が弱いのはわかった。
無難にそのゲームは俺が制し、ネクストゲーム。
「レイズ」
瑞穂がチップを積んだ。
「ん?」
そのチップに違和感を覚える。
最初のゲームと賭けた金額は同じ。
だがチップの数が違う。
「リレイズ」
「え」
「リリレイズ」
「ええ!?」
ショーダウン。
やはり瑞穂の手はツーペア。
標準的な役であり、勢いで押せるほど強い手ではない。
レイズはブラフだ。
「……なんでブラフってわかったの?」
「チップの数だよ。最初のゲームと同じ額のチップを賭けられるのに、少額チップを積んでたろ? それは初回の手と比べて自信がないからだ。手の弱さを誤魔化すために無意識にチップを積んで、俺たちに視覚的なプレッシャーをかけようとしたんだな」
一枚のチョコチップクッキーより、山のように積まれたバタークッキーの方が強そうに見えるということだ。
同じ額のチップを賭ける場合でも、精神状態によって賭け方が変わる。
無意識にこういうことをやらないようにしよう。
「細かいチップが増えたな」
「プレイしやすいように両替えしますよ?」
「お願いします」
にぱー
先生がにんまりと笑った。
「あ、ちょっと待った!?」
「待ったなしです」
「ぐああ!?」
「ちょっと、どうしたの?」
「……やられた。カジノの例を持ち出されてチップを金額順に分けたが。よく考えたらこれは食い物だ。それぞれのチップに差なんてほとんどないんだ!」
「どういうこと?」
「シンプルなバタークッキーと比べれば、たしかに他のクッキーはバタークッキー2枚か3枚の価値があるだろう。人によっては5枚の価値があるかもしれない。だがレーズンとビスケットを比べたらどうだ? 5倍も10倍も差があるか?」
「あ」
「このレートだとビスケットやチョコチップ一枚で、うん十枚というレーズンやクリームサンドクッキーを手に入れることができる。いま先生が俺のチップを両替したみたいにな。つまり先生は俺たちにチップの価値を錯覚させて、差額を巻き上げてたんだよ!」
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