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本編
ポーカーセット【あられとほうじ茶】
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「ポーカーをしましょう」
「異議なし」
「みーとぅー」
「ポーカーならチップの代わりに賭けられるものにしよう。今日はあられだな」
それぞれの器ごとに塩・醤油・わさび・海苔巻きと種類の違うあられを盛る。
「お茶はほうじ茶だな。塩を一つまみして、ぶぶあられを入れよう」
「わ、ちっちゃい。このあられ、お茶漬けに入ってるカリカリしたやつよね?」
「ああ。もちろん他のあられもお茶漬けにしたら美味いぞ」
「ライスがありまセンが?」
「あられのお茶漬けだからな」
「え、あられだけのお茶漬けなんですか?」
「はい。うるち米で作られるのが煎餅、もち米で作られるのがあられですから。元がもち米なんで単品でも食べられますよ」
最初はそのままいただき、お茶をかけて二度楽しめる。
あられの塩気に、外はカリカリ中はモチモチとした食感、そこに染み込むお茶の旨味。
想像するだに美味い。
「賭けるに不足なしね」
「では始めまショー」
先生が新品のトランプの封を切ってシャッフル。
俺たちも順番にカードを切って机に置く。
先生には渡さない。
カジノでは基本的に山札を手に持ってカードを配らないそうだ。
ギャンブラーに山札を持たせるのは、マジシャンにカードを渡すのと同じなのだろう。
いくらでもカードのすり替えや並べ替えができる。
だから山札は必ず場に置いた状態で配らなければならない。
それぞれに2枚ずつカードを配る。
テキサス・ホールデムだ。
「……」
祈りながら手札を確認する。
4のワンペア。
かなり弱い役だ。
だがポーカーとは役の強さを競うゲームではない。
「あー、弱いわー。勝てないわー」
……たとえば露骨に弱いカードアピールをしている瑞穂の役は、1・2・3・4・5のように手札の数字が順番に並ぶ『ストレート』だろう。
ワンペア・ツーペア・スリーカードに勝てる強い手だ。
なぜ一目で相手の役がわかったのか?
それはカードを並び替えていたからだ。
これはポーカーだけでなく、花札や麻雀などの役をそろえるゲームで初級者がやらかしてしまう代表的なミスである。
特にデジタルゲームでルールを覚えた人間に多い。
デジタルゲームはプレイヤーがわかりやすいように自動で並び替えてくれるからだ。
なので現実でプレイする時も、デジタルゲームの時の癖が出て、無意識に並び替えてしまうのである。
しかし相手の役が読めたからといって、こちらの手を変えられるわけではない。
変えられるのは賭け金。
「10杯レイズ」
「え!?」
瑞穂の動揺が手に取るようにわかった。
「ふぉ、フォールド」
勝負を降りる(フォールド)場合はそれまで賭けていた金額を払わないといけない。
「コール」
「う」
だが先生は乗ってきた。
どうやらブラフ(ハッタリ)を見破られたらしい。
「ショーダウン」
先生は5のワンペアだった。
「ぐ、こんなローカードで!」
ブタではなかなかブラフをかませない。
最低でもワンペアが成立していると想定しているはずなのに、こんな小さな数字のワンペアで勝負に乗ってくるとは。
「3杯レイズだ!」
「コール」
「ぐああ!?」
その後もことごとく先生に競り負ける。
先生と張り合ってチップを大きく減らしてしまったのが失敗だった。
最初は表情の読みやすい瑞穂を攻めて、チップを増やしておけばよかったのかもしれない。
だがそれ以上に先生のポーカーフェイスはなんだ。
表情が全く読めない。
ポーカーに慣れているにしても余裕がありすぎるだろう。
ローカードで競り負けたのも気になる。
役がバレているのかもしれない。
「ん?」
配られたカードを持ち直した際、微妙な違和感を感じた。
念のためカードの表面を指でなぞってみる。
「……まさか」
いや、間違いない。
先生が役を読めた理由はこれだ。
「先生」
「なんでしょう?」
「マーキングしましたね?」
「マーキング?」
「カードにマークをつけることデスね」
「ああ。たぶん爪だ」
先生の爪を指さす。
「証拠があるんですか?」
「現にカードに爪の跡が……」
「それが先生の爪の跡だという証拠は?」
「うちは飲食店だから爪は伸ばしませんし、アリスは空手で相手が傷つかないように爪切ってます」
「でもマーキングできないほどではありませんよね?」
にぱー
「う……」
ぞっとする。
虫も殺せないような顔をしているくせに、腹の中は真っ黒。
笑顔で人を殺せる人種だ。
「……たしかに、これぐらいの跡なら誰でもつけられますね」
「ちょっと、イカサマされてるのよ! それでいいの!?」
「疑わしきは罰せず」
それが法治国家の悲しさ。
「でも紛らわしいから上着を脱いで、袖まくって、できれば爪も切ってください」
「わかりました」
先生が不承不承ながらボーリングのピンの形をした爪切りを取り出し、パチンと爪を切る。
袖をまくらせたのは服にカードを忍ばせないためだ。
カードゲームで先生の相手をするなら、これぐらいの用心でもたぶん足りない。
反射にも気を付けておくべきだろう。
念押しにカードを持つのはやめた。
配られたカードの角をつまんでピラッと数字とスートを確認したら、後はそのままテーブルに伏せる。
カードを手に持ってしまったら、ガラスのコップなどに反射して、カードの内容を見られてしまうかもしれない。
カジノではこれが基本だ。
これなら瑞穂のようにカードを並び替えてしまうミスもないし、カードを落として内容がバレることもない。
気を取り直してポーカーを再開する。
「15杯レイズします」
「15!? ぐ、コール!」
ショーダウン。
「へ? 勝った?」
「あー、さすがに15杯は痛いですね。では追加のあられをお願いします」
「は?」
「10人前です」
「ちょっと待った!」
「ブルジョアジー!」
「え、なんですか? チップは自腹ですよ? なにか問題でも?」
「ぐ」
ポーカーは心理戦だ。
チップの大小が心理状況を左右する。
必然的にチップをたくさん持っている人間が有利になってしまう。
大賭けして負けても痛くないからだ。
だからといって先生に合わせて俺もあられを補給すればインフレする。
「レイズ、あられ5人前!」
「うああ!?」
マネーパワーでは大人の先生には勝てない。
悪夢だ。
これで負けたらそれまでの負けを取り返せる量を賭けてくるだろう。
「……フォールド」
チップが大きくなりすぎて平静を保てない。
この状況で強気に攻めるにはどうすればいい?
ここは瑞穂だ。
表情を読みやすいからこそ裏をかける。
「2枚チェンジ」
手札をチェンジした瑞穂の口角が上がる。
「フォールド」
先生は瑞穂にいい手札が来たのだろうと判断して降りた。
しかし瑞穂の手は3のワンペアだった。
「え?」
続く勝負でも先生はことごとく瑞穂の表情を読みそこなった。そして俺の表情も。
「ど、どうして?」
表情を読めるはずがない。
なぜなら俺も瑞穂も、自分の役となにも関係ないところで表情が変わっているからだ。
「……テーブルの下でなにをやっているんですか?」
「な、なんでもないから!」
「イカサマはしてませんよ。ただ手を握ったりしてただけです」
名人・関根金次郎もやっていたイカサマだ。
いわゆる『合図将棋』。
こたつで対局しているのを観戦していた関根金次郎は、こたつの下で指を握って友人に指し手を教えていたという。
間違って隣の女性の手を握ってしまい、気があるのだと勘違いされてしまったというオチもある。
俺たちがやっていたのはその応用。
「手を触って表情(ポーカーフェイス)を操作していたんですね!」
「え? そ、そうだったの?」
「そうだよ。俺が下心を持って触ってたと思うのか?」
「思う」「思います」「思いマスね」
「ぐ」
世間が俺に抱いているイメージに若干傷つきはしたが、この程度で俺のポーカーフェイスは揺らがない。
……揺らがないはずだ。
「異議なし」
「みーとぅー」
「ポーカーならチップの代わりに賭けられるものにしよう。今日はあられだな」
それぞれの器ごとに塩・醤油・わさび・海苔巻きと種類の違うあられを盛る。
「お茶はほうじ茶だな。塩を一つまみして、ぶぶあられを入れよう」
「わ、ちっちゃい。このあられ、お茶漬けに入ってるカリカリしたやつよね?」
「ああ。もちろん他のあられもお茶漬けにしたら美味いぞ」
「ライスがありまセンが?」
「あられのお茶漬けだからな」
「え、あられだけのお茶漬けなんですか?」
「はい。うるち米で作られるのが煎餅、もち米で作られるのがあられですから。元がもち米なんで単品でも食べられますよ」
最初はそのままいただき、お茶をかけて二度楽しめる。
あられの塩気に、外はカリカリ中はモチモチとした食感、そこに染み込むお茶の旨味。
想像するだに美味い。
「賭けるに不足なしね」
「では始めまショー」
先生が新品のトランプの封を切ってシャッフル。
俺たちも順番にカードを切って机に置く。
先生には渡さない。
カジノでは基本的に山札を手に持ってカードを配らないそうだ。
ギャンブラーに山札を持たせるのは、マジシャンにカードを渡すのと同じなのだろう。
いくらでもカードのすり替えや並べ替えができる。
だから山札は必ず場に置いた状態で配らなければならない。
それぞれに2枚ずつカードを配る。
テキサス・ホールデムだ。
「……」
祈りながら手札を確認する。
4のワンペア。
かなり弱い役だ。
だがポーカーとは役の強さを競うゲームではない。
「あー、弱いわー。勝てないわー」
……たとえば露骨に弱いカードアピールをしている瑞穂の役は、1・2・3・4・5のように手札の数字が順番に並ぶ『ストレート』だろう。
ワンペア・ツーペア・スリーカードに勝てる強い手だ。
なぜ一目で相手の役がわかったのか?
それはカードを並び替えていたからだ。
これはポーカーだけでなく、花札や麻雀などの役をそろえるゲームで初級者がやらかしてしまう代表的なミスである。
特にデジタルゲームでルールを覚えた人間に多い。
デジタルゲームはプレイヤーがわかりやすいように自動で並び替えてくれるからだ。
なので現実でプレイする時も、デジタルゲームの時の癖が出て、無意識に並び替えてしまうのである。
しかし相手の役が読めたからといって、こちらの手を変えられるわけではない。
変えられるのは賭け金。
「10杯レイズ」
「え!?」
瑞穂の動揺が手に取るようにわかった。
「ふぉ、フォールド」
勝負を降りる(フォールド)場合はそれまで賭けていた金額を払わないといけない。
「コール」
「う」
だが先生は乗ってきた。
どうやらブラフ(ハッタリ)を見破られたらしい。
「ショーダウン」
先生は5のワンペアだった。
「ぐ、こんなローカードで!」
ブタではなかなかブラフをかませない。
最低でもワンペアが成立していると想定しているはずなのに、こんな小さな数字のワンペアで勝負に乗ってくるとは。
「3杯レイズだ!」
「コール」
「ぐああ!?」
その後もことごとく先生に競り負ける。
先生と張り合ってチップを大きく減らしてしまったのが失敗だった。
最初は表情の読みやすい瑞穂を攻めて、チップを増やしておけばよかったのかもしれない。
だがそれ以上に先生のポーカーフェイスはなんだ。
表情が全く読めない。
ポーカーに慣れているにしても余裕がありすぎるだろう。
ローカードで競り負けたのも気になる。
役がバレているのかもしれない。
「ん?」
配られたカードを持ち直した際、微妙な違和感を感じた。
念のためカードの表面を指でなぞってみる。
「……まさか」
いや、間違いない。
先生が役を読めた理由はこれだ。
「先生」
「なんでしょう?」
「マーキングしましたね?」
「マーキング?」
「カードにマークをつけることデスね」
「ああ。たぶん爪だ」
先生の爪を指さす。
「証拠があるんですか?」
「現にカードに爪の跡が……」
「それが先生の爪の跡だという証拠は?」
「うちは飲食店だから爪は伸ばしませんし、アリスは空手で相手が傷つかないように爪切ってます」
「でもマーキングできないほどではありませんよね?」
にぱー
「う……」
ぞっとする。
虫も殺せないような顔をしているくせに、腹の中は真っ黒。
笑顔で人を殺せる人種だ。
「……たしかに、これぐらいの跡なら誰でもつけられますね」
「ちょっと、イカサマされてるのよ! それでいいの!?」
「疑わしきは罰せず」
それが法治国家の悲しさ。
「でも紛らわしいから上着を脱いで、袖まくって、できれば爪も切ってください」
「わかりました」
先生が不承不承ながらボーリングのピンの形をした爪切りを取り出し、パチンと爪を切る。
袖をまくらせたのは服にカードを忍ばせないためだ。
カードゲームで先生の相手をするなら、これぐらいの用心でもたぶん足りない。
反射にも気を付けておくべきだろう。
念押しにカードを持つのはやめた。
配られたカードの角をつまんでピラッと数字とスートを確認したら、後はそのままテーブルに伏せる。
カードを手に持ってしまったら、ガラスのコップなどに反射して、カードの内容を見られてしまうかもしれない。
カジノではこれが基本だ。
これなら瑞穂のようにカードを並び替えてしまうミスもないし、カードを落として内容がバレることもない。
気を取り直してポーカーを再開する。
「15杯レイズします」
「15!? ぐ、コール!」
ショーダウン。
「へ? 勝った?」
「あー、さすがに15杯は痛いですね。では追加のあられをお願いします」
「は?」
「10人前です」
「ちょっと待った!」
「ブルジョアジー!」
「え、なんですか? チップは自腹ですよ? なにか問題でも?」
「ぐ」
ポーカーは心理戦だ。
チップの大小が心理状況を左右する。
必然的にチップをたくさん持っている人間が有利になってしまう。
大賭けして負けても痛くないからだ。
だからといって先生に合わせて俺もあられを補給すればインフレする。
「レイズ、あられ5人前!」
「うああ!?」
マネーパワーでは大人の先生には勝てない。
悪夢だ。
これで負けたらそれまでの負けを取り返せる量を賭けてくるだろう。
「……フォールド」
チップが大きくなりすぎて平静を保てない。
この状況で強気に攻めるにはどうすればいい?
ここは瑞穂だ。
表情を読みやすいからこそ裏をかける。
「2枚チェンジ」
手札をチェンジした瑞穂の口角が上がる。
「フォールド」
先生は瑞穂にいい手札が来たのだろうと判断して降りた。
しかし瑞穂の手は3のワンペアだった。
「え?」
続く勝負でも先生はことごとく瑞穂の表情を読みそこなった。そして俺の表情も。
「ど、どうして?」
表情を読めるはずがない。
なぜなら俺も瑞穂も、自分の役となにも関係ないところで表情が変わっているからだ。
「……テーブルの下でなにをやっているんですか?」
「な、なんでもないから!」
「イカサマはしてませんよ。ただ手を握ったりしてただけです」
名人・関根金次郎もやっていたイカサマだ。
いわゆる『合図将棋』。
こたつで対局しているのを観戦していた関根金次郎は、こたつの下で指を握って友人に指し手を教えていたという。
間違って隣の女性の手を握ってしまい、気があるのだと勘違いされてしまったというオチもある。
俺たちがやっていたのはその応用。
「手を触って表情(ポーカーフェイス)を操作していたんですね!」
「え? そ、そうだったの?」
「そうだよ。俺が下心を持って触ってたと思うのか?」
「思う」「思います」「思いマスね」
「ぐ」
世間が俺に抱いているイメージに若干傷つきはしたが、この程度で俺のポーカーフェイスは揺らがない。
……揺らがないはずだ。
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