Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

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7巻

7-3

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《二百六十日目》

 早朝、さっそく赤髪ショートに連絡を取った。
 どんな分野の能力が強化されたのかなどを鈍鉄騎士達の時と同じように聞き出し、しばらくの間は以前との差異について情報を収集してもらうよう伝える。そして聞きたい事を聞き出した後は、何気ない話題で盛り上がった。
 話を終えると栄養バランスの良い朝食をとり、団員達にざっと今日の指示を出した後、俺とカナ美ちゃん、ミノ吉くんとアス江ちゃんの四鬼は迷宮都市を出て、しばらく平原を進んだ。
 あれほど積もっていた雪も今では少なく、道程に問題はない。そして周囲に誰の気配も無くなると、事前に呼び寄せておいたタツ四郎に乗って【鬼哭神火山】にやって来た。
 入口付近で降ろしてもらって、敷地内ならば即座に何処にでも跳ぶ事のできるワープゲートを使用する。
 ワープゲートによる移動は一瞬だ。気がつけば、俺達は火山内最深部に居た。俺とカナ美ちゃんが竜肉を堪能したあの場所だ。
 ここのダンジョンボスである、今や全身が黒く染まった灼誕竜女帝は、壁の穴の棲家に収まって寝転んでいたのだが、やって来た主――つまり俺だ――に反応して眠りから覚めたようだ。
 灼誕竜女帝が、今回の来訪はどんな用事なのかと聞いてきたので、ここで今からミノ吉くんと訓練をすると伝え、しばらく上に行っていろと命令した。
 灼誕竜女帝は即座にそれに従った。広げられた竜翼が膨大な魔力を操作して、巨躯が軽やかに舞い上がる程の浮力を生じさせた、かと思えば数度羽ばたくだけでアッという間に上空に飛んでいく。
 あの巨躯が飛び上がる光景は何と見事で力強いものだろうかと思いつつ、カナ美ちゃんとアス江ちゃんには、危険だから灼誕竜女帝の棲家に引きこもっていてくれるように頼んだ。
【帝王】類と同等以上の力を持つ【地獄閻鬼アスフェールラージャ・亜種】に【存在進化】したアス江ちゃん。彼女の雷獄結晶らいごくけっしょうとカナ美ちゃんの魔氷による多層防壁なら、逸れた攻撃が直撃しても耐えられるだろう。
 アス江ちゃんは以前よりひと回り程も身体が大きくなり、更にガッチリとたくましくなった。褐色かっしょくの皮膚は滑らかな見た目に反して半端な攻撃では傷一つつかないし、その下にある筋肉は柔軟でありながら強靭だ。仮に皮膚を突破するような攻撃でも、この筋肉で止められるに違いない。カナ美ちゃんだって、華奢きゃしゃな見た目の割にかなり頑丈だ。
 そんな二鬼ならば、多層防壁を破壊する程の攻撃を受けたとしても、即死する事はない。それだけの防御力はある。
 多分、おそらく、きっと。
 ……やっぱり心配なので、手持ちの中で最も強力強固な防衛特化型マジックアイテムを渡しておく。設置型なので持ち運ぶには不向きだが、一度設置すればそうそう壊れる事はない。
 いい機会なので、ついでに二人の武具一式を更新した。それらは全体的な構成こそ変わっていないが、材質や細かいデザインに差異がある。しかもどれもこれも【神代ダンジョン】で獲得したマジックアイテムばかりであり、その性能は以前よりも向上している。そもそもが下手な攻撃では傷一つつけられない防御力だし、装備者の能力を大幅に引き上げる能力まで備えた優れ物だ。
 二鬼にはできる限りの事をしたので、改めてミノ吉くんと対峙した。
 現在のミノ吉くんは【雷牛帝王ギガミノテリオス・超越種】という種族に【存在進化】している。
【雷牛帝王】とは集団のおさとしての能力に優れた【帝】と、個体としての能力に優れた【王】の特性の両方を持つという、今回【存在進化】した八鬼の中で最も強力な種族だ。しかも【超越種】である為、ミノ吉くんはかなり俺に近い存在に成ったと言えるだろう。
 その肉体は以前と比べて、ふた回り以上は大きくなっている。金属繊維の束を組み上げたように筋骨隆々な肉体を覆うのは、黄金と純白、そしてそこに紋様を描く紅蓮ぐれんで構成された剛毛だ。これは聖剣魔剣の類でも容易に切り裂く事のできない硬度でありながら、ずっと触れていたいと思ってしまう程柔らかい。一度触れてしまえば離れられなくなる不思議な魅力があった。
 だがずっと触れている事は不可能だ。なにせ時折、黄金雷と白炎が生じるからである。とはいえミノ吉くんが意図しない限り、この黄金雷と白炎が他者を害する事はない。
 だが、今俺は、ミノ吉くんと戦う為に対峙している。ならば当然、黄金雷と白炎は俺に牙を剥くだろう。白炎は【炎熱無効化】や【炎熱吸収】があるので効かないとは思うが、黄金雷の方は【雷電攻撃無効化】だけだと防げない可能性が微妙にある。呼吸によって吐き出された呼気が攻撃だとは言いがたいように、自然発生してしまう黄金雷もまた攻撃と判断されないかもしれないからだ。
 まあ、ミノ吉くんの戦意に反応してか、紅蓮の剛毛によって全身に描かれている紋様があかく発光し、黄金雷と白炎はより一層激しく放出されて周囲を出鱈目でたらめに蹂躙している。流石さすがにあれが攻撃じゃないとは、少なくとも俺は思わない。半端な者では、近づく前に死んでしまうだろう。
 雷炎を纏い灼熱を宿した巨大なる牡牛。
 今のミノ吉くんは、まさにそう表現するのがピッタリだ。全身にみなぎる威圧は力強く、相手にとって不足はない。今回は様々な事情を考慮して無手で行うが、それでもきっと十分過ぎる程に楽しめる。
 構えた俺とミノ吉くんはどちらからともなく笑い、合図もないのに、同時に動いた。


  ◆◆◆


 最後まで無手で行ったこの組手は、周囲の地形を激変させながら、夜遅くまで一度も止まる事なく続いた。互いの体力はもはや無尽蔵むじんぞうといっていい段階に達している為、一切休憩する事なく全力で戦い続けられるのだ。
 そして勝敗は、もちろん俺に軍配が上がった。
 だが余裕である、という訳ではない。どうやら【物理ダメージ貫通】かそれに似た類の能力を新しく得たらしいミノ吉くんの物理攻撃は、完全に防御しても確実に一定以上のダメージを俺に与えた。
 しかも黄金雷と白炎を浴びると、これまた【物理ダメージ貫通】に似た類の能力による恩恵か、あるいは先の迷宮攻略ダンジョンアタック達成の特典として皆が得た【竜炎りゅうえんことわり】か、または別の能力――〝真名マナ〟によって得た固有能力ユニークスキル【神殺しの雷炎】あたりが非常に怪しい――によるものか、もしくはその全てが要因かは分からないが、こちらも一定以上のダメージが蓄積されていった。
 自分がやる側の時は分からないものだが、防御しても身体の芯にまで響く攻撃は、実にイヤラシイものである。今も馬鹿げた威力を秘めた殴打を受けて身体の節々ふしぶしが鈍く痛み、黄金雷と白炎を受けた部分はヒリヒリと日焼けしたようなダメージがある。
 このようにそれなりの痛手を負う程、激しい組手だったが、非常に有益な一日だったのは間違いない。この身体での戦闘技法の最適化を達成し、ミノ吉くんの成長具合を知る事もできたのは大きい。
 カナ美ちゃんとアス江ちゃんが用意してくれていた夜食を喰べた後は、寝具も敷かずにゴロンと寝転んだ。ゴツゴツとした足場の感触を背中に感じる。だが俺の皮膚は丈夫だ。多少不快感はあるが、寝る事に支障はない。
 仰向けになれば、自然と夜空が視界に入る。強化された視力は火口に浮いている《決闘場》の底部だけでなく、遥か遠くに存在する無数の星の輝きも鮮明に捉えた。
 たまにはこういった景色をジックリ見るのもいいもんだと思いつつ、そのまま眠りについた。
 ――のだが。


[秋田犬(アキカゼノツジ)が【鬼乱十八戦将】に覚醒しました]
[称号【忠犬侍ちゅうけんさむらい】が贈られます]
[女騎士(テレーゼ・E・エッケルマン)が【鬼乱十八戦将】に覚醒しました]
[称号【憐輝士れんきし】が贈られます]

 再び聞こえたアナウンス。
 正直女騎士がそうなるとは意外だったのだが、そういえば最近構っていないなと思ったので、絶対にいいお土産を渡そうと決めた。


《二百六十一日目》

 目覚めてすぐ、昨夜覚醒した両者に連絡を取る。これまでと同じ事を訊ね、その後はしばし会話を楽しんだ。
 そして竜肉で作られた朝食を平らげた後は、昨日の続きとばかりに張り切って訓練を行った。
 昨日は俺とミノ吉くんでひたすら一対一を繰り広げたが、今回はカナ美ちゃんとアス江ちゃんも参加している。つまり構図としては、俺対三鬼、という具合だ。そして無手ではなく、それぞれの得物や制限していた能力を全て使用可という、より実戦的な訓練である。
 ミノ吉くんは【存在進化】に伴って大きく変化した愛用の武器を手に、まるで霊峰の如く前衛に君臨している。彼の代名詞ともいうべき巨大な戦斧は天斧【炎霆えんてい断罪斧だんざいふ】となり、巨躯すら隠してしまう程巨大だった盾は天盾【雷牛帝王の絶炎城門ぜつえんじょうもん】となった。いずれも性能は以前と比べて段違いに向上し、下手な【神器】を上回っているのではないだろうかと思う程に威圧感が凄まじい。
 中衛として構えるアス江ちゃんは、頑丈さと破壊力を兼ね備えた【大地母神だいちぼしんの破城槌】という家のように巨大な鎚を片手で軽々と担ぎ、巨大な手を生成する能力を秘めた溶岩製ガントレット型マジックアイテム【猪鬼王ブルオークキングの溶岩手甲】を装備している。
 この三鬼の中では実力が劣っているが、大地などを操作する能力を活かせば、中衛としての役割は十分過ぎる程果たせるだろう。存在を軽く見ると、新しく生成できるようになった雷獄結晶などによって足元をすくわれかねない。
 そして後衛であるカナ美ちゃんは、数多あまたの生き血を吸ったからか赤く染まる美しくも禍々しいクレイモア型の魔剣【月光のしずく】を筆頭に、僅かな魔力で周囲に膨大な水を生成し意のままに操る事ができる【嘆水たんすいの腰布】、様々な魔矢を必中させる事ができる【必中フェイルノートの名弓フェイルノート】、周囲の水を取り込んで圧縮して撃ち出す事ができる魔銃【水圧縮銃すいあっしゅくじゅう水卵みずたまご】など数多くのマジックアイテムを装備している。【魔眼封じの眼鏡】も外して本気モードだ。これら様々な能力を秘めたマジックアイテムや強力無比な魔術も使いこなすので、多様性という点では三鬼の中で抜きん出ているだろう。
 そしてそうした付属品を抜きにしても、純粋にカナ美ちゃんは強い。後衛として広範囲高威力の攻撃を仕掛けてくるだけでなく、まさかこんな事はしてこないだろう、という意識の隙間を突く手を平気でやってのけるので要注意だ。
 それぞれの役割があらかじめ明確なだけでなく、臨機応変に対応もできる陣形は見事だった。付け入る隙が全く見当たらない。
 対する俺は、いつもの朱槍と呪槍、更に【猪鬼王の肉切り包丁ブルオークキング・ミート・チョッパー】と【水震之魂剣ネイレティス】を四本の腕に装備した。
【猪鬼王の肉切り包丁】は【巨人族の長持ち包丁】の上位互換のような代物で、切れ味はいいし耐久力も抜群だ。これならばミノ吉くんの強靭な肉体すらも切断可能だろう。
【水震之魂剣】は他人の【神器】なので能力を十全に発揮する事はできないが、【神器】の耐久力は役に立つと見込んで使ってみた訳だ。


 そんな訓練の結果だが、正直死ぬかと思った。
 三鬼とも、最初から最後まで一切の手抜きなく全力だ。
 俺相手なら何してもいいよね、とでも暗に示すような勢いで、三鬼による合体攻撃【滅撃めつげき八鬼殲陣はっきせんじん】やら陣形効果【無貌むぼう八鬼戦陣はっきせんじん】やらを全て使ってきたのである。【使徒鬼】時代だったら手足の五、六本はもぎ取られていただろう、凄まじい密度の攻撃でした。まあ、それでも勝つ事ができた。思った以上に、この肉体の性能は良いようだ。
 そんな感じの訓練を一日続けて、夜は昨日と同じように飯を喰う。
 ちなみに、なぜここで二日連続で訓練を行ったかというと、理由は単純明快だ。
 現在の俺達では、訓練ですら周囲に影響を及ぼし過ぎるからだ。全力で手加減しながらやればそうはならないだろうが、それは窮屈だし、変な癖がつきそうなのでやりたくない。ともかくギリギリの攻防をするには、普通の場所ではダメなのだ。
 軽い攻防の余波だけで地面に亀裂が走り、烈風が吹き荒れる。濃密な戦意と魔力の放出は、周りにいる者に何かしらの影響を与えるだろう。すると危険を察知したありとあらゆる生物が、付近一帯から逃げ出すはずだ。その中には当然【大勢に害なすモノモンスター】も含まれる。
 そのモンスター達の進行方向に防衛手段に乏しい村や町が運悪く存在すれば、圧倒的物量の前に呆気なく蹂躙されて消滅するのは確実。
 そうはならないかもしれない。が、しかし十分過ぎる程に考えられる可能性ではないだろうか。
 俺は別に破壊の限りを尽くしたい訳ではないので、そんな悲劇は避けたい。もしかしたら将来俺達にとって利益になる存在がそこにいないとも限らないし、敵でもない命を無駄に散らせたいとも思わない。
 だから俺が支配し、どれほど破壊しても自動修復する機能を持つ【鬼哭神火山】が、訓練には最適なのである。
 とはいえ、いつまでもここに居る訳にはいかない。明日の出発に備えてさっさと寝た。


《二百六十二日目》

 二日も訓練に費やした事だし、そろそろ《シュテルンベルト王国》の王都《オウスヴェル》に戻って子供達を回収して、拠点のある《クーデルン大森林》に向かおうか。
 と思っていたのだが、今日も一日【鬼哭神火山】で過ごす羽目になった。
 理由は、迷宮都市《ラダ・ロ・ダラ》で名剣魔剣の類や様々な【魔術書グリモワール】などを買い集めていたブラ里さんとスペ星さん達が、治療活動中のセイ治くんとクギ芽ちゃん、そして布教活動が一旦落ち着いたアイ腐ちゃんから、俺達が何をしているのか詳細に聞き出したからだ。
 つまり、ブラ里さんとスペ星さんも暴れたかった、という事である。
 俺から誘わなかったのは、皆がそれぞれ楽しそうにしていたからなのだが、こんな反応があるなら最初から連れてくれば良かった、と反省。
 そして、早速到着してやる気満々のブラ里さんとスペ星さんのコンビと訓練を行った。
 二鬼のスタイルからして、前衛は当然ブラ里さんであり、後衛はスペ星さんだ。
 ブラ里さんの種族は【血剣軍女帝ブラッディレイドエンプレス・亜種】となっている。外見はそこまで変わっていない。鬼珠オーブが増えていたり、以前よりも凛々しくなっていたりなど細かい変化はあるが、以前と変わらず敵の鮮血で己の身体を濡らしながら戦う、全身鎧を装備した赤い剣鬼だ。
 ただ、外見的な特徴で一点だけ、大きく変わった部分があった。
 それが、彼女の背面である。まるで天使の翼のようでありながら、鮮やかな血で出来た鋭利な剣翼が生えているのだ。以前もよく背後に無数の血剣を浮かべていたが、あれは多数の敵をほふり、その血を剣と化していたのであり、普段からそれを維持する事はできなかった。血という材料を貯蔵し、持ち運ぶのが困難だったからだ。
 だが【血剣軍女帝】になった事で、背部に血で出来た剣翼というタンクを獲得し、貯蔵可能となった。その恩恵によって、敵を無数に殺してからでなくても、最大の攻撃を行使できる。
 そして、同時に精密操作が可能な血剣の最大数は数百以上――振り回す程度の単純操作なら数千――に達するらしいので、ブラ里さんが率いる血剣の剣軍は想像するだに厄介だ。
 加えてそもそも高かった身体能力がより強化され、剣技にも磨きがかかった為に、戦闘スタイルが変化していた。以前は右手にロングソード型の魔剣【鮮血皇女せんけつこうじょ】を持ちつつ、血剣を操作するスタイルだったが、今は左手に新しく購入したらしいロングソード型の魔剣【屍斬血狩しざんけつが】を装備して、双剣使いになっている。二振りの魔剣と無数の血剣が織り成す濁流のような連続攻撃を捌くとなると、中々苦戦させられそうである。
 ちなみに、カナ美ちゃんと血の操作権利を争うと、カナ美ちゃんに軍配が上がるようだ。ただ完全に我が物とする事はできず、うぞうぞと中途半端に動かすのが限界だったので、そこまで力に差がある訳ではないらしい。
 一方、後衛であるスペ星さんは【煌魔星女王スペリティタンクイーン・亜種】という種族に【存在進化】していた。それに伴い、鬼珠が増えたなどの細かい変化に加え、恒星の周りを公転する惑星のように、彼女の身体を中心として虹色の球体が八個回遊するようになった。
 少し調べてみたがこの球体は鬼珠の亜種というか、似て非なるモノであるらしく、鋼鉄製のナイフでは傷一つつかなかった。ミスラル製の物でようやくうっすらと、あるようなないような傷がつく程度なので、結構な硬度なのは間違いない。銀腕を変形させて傷をつけてみたが、その傷も十数分で治っていた。
 これらは思考するだけで操作できるらしく、高速回転して攻撃を弾く、至近距離に迫った敵に強力な打撃を与えて粉砕する、という風に扱えると判明した。
 しかしその本質は、スペ星さんが魔術を行使する際の補助能力にある。この八個の球体を触媒にすれば、本来なら相応の手間を必要とする高階梯魔術でも簡単に使用できるし、しかも自動的に八倍の威力になるという桁違いの能力を秘めていたのだ。こと魔術の行使に関しては団内随一となったスペ星さんであるが、それと引き換えに身体能力はセイ治くん以下に落ち込んだ。
 致命的な魔術の弾幕を掻い潜り、八個の球体を避けて攻撃を当てられれば、【大鬼オーガ】程度の身体能力でも一瞬で気絶させられるだろう。以前ならそんな事もなかったろうに。
 まあ、今の彼女に近づくのは、断崖絶壁を飛び降りて群がる飛行型モンスターを蹴散らし、着地してから今度はその断崖絶壁を登り、再び飛行型モンスター達を蹴散らしつつ元の地点にまで無傷で生還する事くらい困難な訳だが。
 ともかく、そんな二鬼と訓練してみた。
 前衛であるブラ里さんに足止めされていると、死角から馬鹿げた威力と数の魔術が飛んでくる。それにいちいち対処していると、最小限の被害で俺に接近できるルートをブラ里さんが高速で進んできて、息つく暇もなく強烈苛烈な無数の斬撃を浴びせてくる。そして今度はそっちに対処していると、また魔術が飛んできて……の繰り返しだ。ブラ里さんとスペ星さんは俺と出会う前から長年共に戦ってきた仲なので、その連携は驚嘆にあたいした。
 まあ、結局勝たせてもらいましたが。
 要因は色々あるが、最も大きかったのは、俺の四本腕が全て斬撃を止めえる銀腕であり、ブラ里さんにとって相性最悪だった事だろう。どんなに強くなっても、相性が悪いと本領を発揮できないものである。
 その後はミノ吉くん達を含めて色々な組み合わせで訓練をして、締めに俺対五鬼で戦ってみた。詳細は省くが、転生してから数回も経験した事のない激戦だったとだけ言っておこう。
 皆、強くなったもんだ――と、全身傷だらけになりながら嬉しく思った。他の皆は俺以上に酷い有様だが、こんなひと時も、何だかいいもんだ。


《二百六十三日目》

 俺達は夜明け前に目を覚まし、タツ四郎に乗って【鬼哭神火山】を出立。タツ四郎の飛行速度は凄まじく、僅かな時間で迷宮都市《ラダ・ロ・ダラ》に到着できた。
 今回は以前のような上空からのダイナミック入場だと都合が悪いので、普通に門から入場する。
 列に並び、順番を待つ。早朝だったからかそれ程待つ事も無かった。そしてまだ早い時間だというのに活気が出始めた朝市を見つつ、俺達の屋敷に向かう。
 道すがら喰べたドネルケバブのような料理が、中々どうしてそれなりに美味しかった。どうやら派生迷宮のドロップアイテムを使用しているらしく、肉の質が思ったよりもいい。もちろん出来立てだというのも理由に違いない。まだ熱いそいつをホフホフしながら喰べつつ、今度竜肉でやってみようと決めた。
 さぞ美味いだろう。美味いに違いない。美味くないと詐欺さぎだ。
 なんて思いつつ、少しだけ寄り道してから屋敷に着いた俺達は、そのまま各自の荷造りを開始した。とはいえこの街に居た期間は短いので、私物はそこまで多くないし、ここでしか買えない衣服や装飾品、魔剣やら魔術書やらのご当地アイテムも大型の収納型マジックアイテムに放り込んでいくだけで終わるので、さほど時間はかからない。
 王都に帰還するのは、いつもの九鬼だけ。こっちに呼び寄せた団員達は、迷宮商会《蛇の心臓》の店員として今後も働いてもらう予定である。
 実は数度、うちが繁盛し始めた事を懸念してか、迷宮都市に昔からある他の商会から大小様々な嫌がらせ――強面のゴロツキによる恐喝、不良品を紛れ込ませてのイチャモンなど――や、普通に犯罪行為――屋敷に放火未遂、従業員の拉致監禁未遂――を裏でされている。
 店の下っ端には人材発掘も兼ねて迷宮都市の住人を雇うつもりだが、彼らはそんな迷惑行為に対処できない。だからそれができる団員をここから外す訳にはいかないのだ。
 青年実業家風店主に変身させた分体を責任者として置いていくが、残る団員達にはただ店と人員を守るだけでなく、迷宮商会《蛇の心臓》を繁盛させる力になってほしいと思っている。
 そうして帰り支度を終えた俺達九鬼は、【骸骨がいこつおお百足むかで】に乗って迷宮都市《ラダ・ロ・ダラ》を出発した。まずは王都を目指す。
 この街に初めて来た時と同じように、いやそれ以上に好奇畏怖いふ崇拝哀愁などをぜにしたような奇妙な視線を浴びながら、【骸骨大百足】は街道をひた走る。
 そして十分に街から離れた頃、少し道を外れて俺のアイテムボックスに【骸骨大百足】を収納し、事前に呼んでおいたタツ四郎に乗せてもらった。
【骸骨大百足】は休息を必要としないので、行きと同じようにそのまま乗って戻っても別にいいのだが、タツ四郎の最高速度や最大積載量、航続距離などを知りたかったのである。
 超重量級であるミノ吉くんとアス江ちゃんを乗せても凄まじい速度を叩き出し、何ら支障の無いタツ四郎の雄々おおしい姿に満足する。真っ直ぐ帰っても良かったのだが、せっかくなので空から名所を見て回る事にした。
 この世界は広大で、そこかしこに摩訶不思議まかふしぎな現象が存在する。
 とある森があった。広大なその森のには大小様々な樹木が生えた岩塊が無数に浮かび、飛行型モンスター達の巣となっているようだ。
 とある草原があった。色とりどりの花によって埋め尽くされ、非常に美しい。だが、食植物が紛れているらしく、時折蜜を求めて飛び回る〝アカハチドリ〟が捕食される。
 とある河があった。幅の広いその流れは青く澄んでおり、泳ぐ魚が上空からもよく見える。魚は掌よりも小さなモノから、数メートルにも及ぶ巨大なモノまで様々だ。
 とある山があった。雪化粧を施された山の直上には、まるで渦巻うずまきのような雲が存在した。太陽によって照らされた雲と山は、思わず見入る程に的である。
 そんな雄大で素晴らしい景色の名所をいくつも回ったが、王都の近くに到着したのはまだ夕方の早い時間帯だった。あれだけ寄り道しても、タツ四郎の飛行速度なら短時間で巡れてしまう。
 それはとても素晴らしい事であるが、王都でそんな姿を目撃されると面倒なので、山や大樹などの陰にあって街からは見えにくい、少し離れた広大な森に降り立った。
 空の旅はここまでとして、役目を終えたタツ四郎には棲家の【鬼哭神火山】に帰ってもらう。飛び立つと、アッという間に見えなくなった。タツ四郎には既に分体が【寄生】しているのでいつでも連絡できるが、用事があるまではしばしの別れだ。


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