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6巻
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《二百二十六日目》
《シュテルンベルト王国》の王都にある、総合商会《戦に備えよ》本店。ここの店長の女武者は、俺、アポ朗がいなくても大丈夫な程に上手く切り盛りしてくれている。
王都の浮浪児を集めた年少実験部隊《ソルチュード》など、手足となる労働力もある。仮に彼女達では対処できない予想外の何かがあっても、支給品のイヤーカフスに仕込んだ俺の分体を介して、遠くから指示を出す事が可能だ。
よって、俺が王都に留まり続ける必要性はあまり無い。遅かれ早かれ、今後の活動の場は徐々に王国から外に移していくつもりである。
理由は幾つかあるが、最も大きなものは、王国内に存在する【神代ダンジョン】のランクは【亜神】級止まりで、その数も少ない事だ。
今後は戦力強化の為、俺単鬼ではなくカナ美ちゃんをはじめとする【八陣ノ鬼将】の八鬼と共に【神代ダンジョン】を攻略しに行こうと思っている。もちろん【亜神】級でも楽しめる事は楽しめるだろうが、すぐに攻略を終えてしまえそうだ。より上位の【神】級や、世界に五つしかない【大神】級に挑むなら、どうしても王国外に出る必要があった。
まず潜るのは、【亜神】級の次の難易度である【神】級にしようと思っている。
【亜神】級すら未体験の他の皆がいきなり【神】級に挑戦するのは早い気もするが、既に俺が【亜神】級に挑み、しかも攻略した事を知った皆は、是非【神】級にと意気込んでいる。俺個人としても挑戦したいとは思っていたし、まず挑戦してみて、どうにもならなかったら、さっさと別の迷宮に潜り直せばいいだけの話だ。
【神】級でも浅い階層は【亜神】級の中層から深層と同じ程度の難易度らしいので、最後まで攻略しないならさほど難しくはないはずだ。
どこのダンジョンに潜るかはまだ検討中なのだが、今のところ最も有力な候補を挙げるとすれば、《アタラクア魔帝国》の【フレムス炎竜山】になるだろう。
【フレムス炎竜山】は、魔帝国と犬猿の仲である《ルーメン聖王国》との間に存在する。このダンジョンがあるせいで大規模な戦争になり難く、小規模な争いや諜報戦が続いている訳だが、そこら辺の事情は一先ず置いといて。
これまでのダンジョンのように地下へ地下へと潜っていく地下階層型と異なり、ここは今まで一度も俺が挑戦した事のない、自然包囲型に分類される。
このタイプを簡単に説明するなら、【境界圏】と呼ばれる特殊で広大な領域内の全てがダンジョン化している場所、である。
大渓谷やら大森林やら色々な種類があるのだが、今回の【フレムス炎竜山】はそれらの中で高難度に分類される火山系だ。
ダンジョンボスが巣を構える螺旋状の火山を中心に、有害な火山ガスが噴出しているエリアや、溶岩の川が無数に流れるエリア、過酷な環境に適応した植物型モンスターで森が形成されたエリアなどが存在する。
出没するダンジョンモンスターも炎熱系と岩土系がメインの難敵ばかりの上、土地の特性を用いた極悪な天然トラップが至る所に設置されていて、攻略者の行く手を阻む。
フィールドボス――地下階層型における階層ボスと同列の存在――を殺して中央の螺旋火山にまで到達し、高位の【知恵ある蛇/竜】であるダンジョンボスを討ち滅ぼして完全攻略した者は、長い歴史を遡ってみても存在しない。つまり、未攻略ダンジョンだ。
魔帝国と聖王国の双方に接しているという立地から、他の【神】級自然包囲型と比べれば挑戦者はかなり多い。
過去には、聖王国とその同盟国所属の【英勇】六名が手を組み、更に多数の仲間を率いて挑んだ事もあったという。
全員が最低でも【亜神】級の攻略経験を持ち、他の【神】級を攻略した者すらいた。個としても群れとしても圧倒的な力を見せる彼・彼女達が挑むならば、ここの攻略ももうすぐ終わるか、と思われた。
だが、そんな【英勇】達の全員が、ここで消息を絶っている。その仲間も含めて生きて帰った者は一人もおらず、どうなったかはハッキリしていない。
ただ、【英勇】達が挑戦している間は激しい戦闘音が山の麓まで響き続け、空を舞う【知恵ある蛇/竜】の姿が目撃され、数日後に途絶えたという。恐らく、ダンジョンボスの元にまでは行けたが、そこで負けたのだろう。
【英勇】すら攻略できなかったのは、やはりダンジョンボスが〝亜竜〟などではなく本物の〝竜〟だという点が最たる原因だろう。
大空を自由に動き回れる自然包囲型のボスが【知恵ある蛇/竜】だった場合、竜種特有の高い知性と膨大な魔力で、ヒトの技を遥かに凌駕する高威力の魔法による空爆攻撃を繰り出してくる。難易度は、ある程度空間に制限のある地下階層型の比ではない。
巨大な身体や超硬の鱗など、ただでさえ攻略は困難を極めるというのに、対抗手段が限られる上空からの飽和攻撃を前にすれば、たとえ【英勇】達といえども苦戦は必至だ。
しかも【神】級とあっては、【英勇】はともかくその仲間達は抵抗する間もなく殺されたのではないだろうか。
成す術なく蹂躙されたであろう過去の【英勇】達を思い、黙祷を捧げる。
どんな味だったんだろう、という思いは俺の胸の奥深くに秘める事にして。
難易度に見合った貴重な鉱物資源や、ダンジョンモンスターから得られる希少なドロップアイテムは、今後の目玉商品になるだろう。ダンジョンボスまで行けないとしても、挑戦する価値は十分ある。
調べた限り、他の候補もそれぞれの良さはあるのだが、やはり【フレムス炎竜山】が総合的に頭一つ抜けている感じだ。
どうせ行くなら、ここが最良だろう。
ただ、八鬼の内の二鬼――イロ腐ちゃんと、ドド芽ちゃん改めクギ芽ちゃん――が『ちょっと暑いのが無理かなー。でも暑い所で汗を流し合いながら戦う雄達の宴……いやでも……ジュルリ』『今の私では足手纏いになりそうで、ちょっと……』と消極的なので、彼女らをやる気にさせる必要がある。
やる気がないなら置いていけばいいと思うかもしれない。だが、八鬼揃う事で発揮される『陣形効果』とやらの力を実戦で確認するのも目的の一つなので、今回は何が何でも連れて行く。
命令で無理やりという手もあるが、しかし二人がやる気にならない理由も一応納得できる部分がある。
アンデッドであるイロ腐ちゃんは炎熱に弱いし、戦闘能力に大きな不安を持つクギ芽ちゃんが皆の力になれるかは、確かに心配である。それぞれの理由があるので、一応最初は穏便に説得してみるつもりだ。
ただし明日から。
今日一日は、最近恒例になってきているミノ吉くんとの格闘戦をする事になっていたのだ。
周囲の被害が大きすぎるので得物は使わなかったが、俺から学んだ武術を駆使し、優れた身体能力を十全に扱えるようになってきたミノ吉くんは、確実に強くなっていた。
絶え間なく繰り出されるその拳は速く、骨が折れそうになるほど重く、的確に俺を破壊しようと急所を狙ってくる。
全ての攻撃を受け流しつつ、ミノ吉くんの体勢を崩すように力を加えていったが、崩れそうになっても身体能力によって強引に立て直してみせた。
以前のミノ吉くんなら、間違いなく地面に倒れてしまっただろう。もうこの程度の攻撃は、ミノ吉くんには通じないらしい。
その急成長具合に頼もしさを感じ、俺は自然と笑いながら、以前よりも本気で殴り合った。
あまり手加減しなくていい相手が身近にいるというのは、有難いものである。
《二百二十七日目》
午前訓練のついでにイロ腐ちゃんとクギ芽ちゃんがダンジョンに行きたくなるよう説得してみるが、反応は芳しくない。
まあ、一回の説得でコロッと意見を変えるとは最初から思っていない。このまま説得は続けるとして、しかしそれは王国から出る目処がまだ立たないという事でもある。
だから、今のうちにやるべき事を済ませようと、昼から仕事に取りかかった。
やるべき仕事。それは、工事が完成した我が屋敷の一階で行うマッサージサービスの宣伝だ。
手っ取り早く済ませる為、想定している客層の中でも地位の高いお転婆姫を最初に招待した。
お転婆姫だけだと宣伝としてはまだ弱いので、他にも最大一〇名、加えて身の回りの世話をするお抱えの侍女や執事を最大二名まで連れて来てもらう。誰を呼ぶかはお転婆姫に一任している。
これは選ぶのが面倒になったから丸投げしたのではなく、お転婆姫が派閥の者達とより深い関係を結ぶ切っ掛けとしてくれればいい、という善意だった。
その結果、招待客の中にはお転婆姫の母である、第一王妃が当然の如く加わっていた。
普段よりも少々気合が入ったその格好は、実年齢よりも遥かに若く見え、それでいて大人の色香を纏っている。
そしてその隣にはちゃっかり、王国お抱えの勇者の一人である闇勇がいる。二人の背後に控える四人の侍女さん達も顔馴染みだ。
いやまあ、お転婆姫に任せたら、このメンバーは高確率で入っているだろうとは分かっていた。第一王妃の趣味嗜好にもようやく慣れてきた――他人の趣味だから、諦めたとも言う――ので、絶対に嫌だという訳ではないのだが。
招待客の送迎に手配した【骸骨蜘蛛】に乗り、第一王妃を伴ってお転婆姫が一番に到着した。その意味深な笑みを見る限り、恐らくこの招待と引き換えに、第一王妃から何かしらの利益を得たに違いない。傍らに控える少年騎士の苦笑からも、ほぼ間違いないだろう。
お転婆姫、最近はあまり本性を隠さなくなってきている気がする。素材は良いのだから、どこか黒さが滲む笑顔より明るい笑顔の方が似合うだろうにと思いつつ、気を取り直して、岩盤浴やオイルマッサージなどを招待客に体験してもらった。
岩盤浴では、専用の衣服に着替えて、シーツを敷いた岩盤の上に寝転んでもらう。
直に肌で触ると熱すぎるが、シーツを挟めばやや暖かく感じる程度になる。三〇分も寝転んでいれば、遠赤外線によって身体の内部から温まるのだ。
これまであまり体験した事がないであろうその感覚に、皆が気持ち良さそうにしていた。
終わった時には、昔からあった身体の不調が和らいだ、と満面の笑みで言ってくれた貴婦人もいた。ここでガッチリと心を掴み、是非とも常連客になってもらいたいものだ。
水分補給用に、迷宮産の清水に塩、果汁などを少量混ぜたモノを出してみたところ、かなり好評だった。今後はバリエーションを増やそうと思っている。
オイルマッサージの方は、色んな面倒事を避ける為、基本的に客と同性の団員が行った。
今回使用したオイルは、生まれ故郷の《クーデルン大森林》で集めた素材と、今はそこの拠点にいるドリアーヌさんの蜜を配合して作った、様々な効果が即座に現れるという優れモノだ。
オイルの効果だが、美肌効果や若返り効果などは言うに及ばず、最も大きな特徴は、身体についた余分な脂が、オイルに秘められた魔法的な不可思議効果で効率よく燃焼されていく事にある。これは一度だけでも効果が実感できる上、同じような効能を持つ既存の魔法薬と違って副作用らしい副作用が存在しない。
まさにお手頃かつ気持ちのいい、安心安全な美容マッサージダイエットオイル。招待客にこの効果を説明すると、皆目の色を変えていたのが印象的だった。
それにしても、流石はドリアーヌさんだ。種族的に異性を鹵獲する能力に秀でているだけでなく、最近は更に美容方面の能力に特化してきている。
一度味わえば麻薬のようにリピーターを増やす彼女のオイル調合技能は、非常に有難い。今度上等なお土産を持っていこうと思う。
そんな感じで全行程を終えた後、感想を聞いてみると、全体的にかなり満足してもらえたようだった。本格的に始まったらまた来たいと全員が言い、その場で予約してくれた。この事業も幸先は良さそうだ。
今回の招待客は全員が常連になってくれそうなので、大切にしたいものである。
お付きの侍女や執事達にも、少しだけだが体験してもらった。これで彼・彼女達からも噂が広がるだろう。貴族の使用人は平民よりも給料が良いので、日々の疲れを癒しに来るかもしれないな。
夕方頃には無事宣伝活動が終了し、招待客達は来た時と同じく、骸骨蜘蛛でそれぞれの屋敷へ帰っていく。
雪道でも問題無く進める骸骨蜘蛛は乗り心地がいい。貴族や豪商など上客の送迎には、王都中を走らせている辻馬車仕様を更に豪華に仕立てた特別品を使用するつもりだ。存分に活躍してくれる事を期待している。
こうして招待客を自宅に送り届けたのだが、しかし全員が帰った訳ではなかった。
お転婆姫と少年騎士、それに第一王妃と闇勇及び侍女四人の八人は屋敷に残り、我が家の晩飯にまでチャッカリ出席したのである。
最初はどうしたもんかと思ったが、ニコニコと幸せそうな笑みを浮かべながら料理に舌鼓を打つ第一王妃と闇勇の姿を見ると、別にいいかという気になった。侍女さん達も色々と宣伝を手伝ってくれたしね。
料理を作った者としては、美味そうに食べられると帰れとは言い難い。
食事の後、第一王妃達は生まれたばかりの我が子オプシーをデレデレと緩みきった表情で眺め、プニプニとした頬を突き、肌に生まれつき埋め込まれている宝石に触れていた。
母親である赤髪ショートは、そんな第一王妃と闇勇に通じるところでもあるのか、気がつくとママ友的な友好関係を築いていた。
俺とお転婆姫の関係を思えば今更かもしれないが、社会的立場が隔絶しているこの三人が出会い、談笑している光景は、見る者が見れば唖然とするのではないだろうか。下手すれば不敬罪で処刑されている様な事もやっていたりするし。
結局お転婆姫達が帰ったのは、夜遅くになってからだった。
それにしても、街灯に照らされた夜の王都を骸骨蜘蛛が疾走する様はどことなく、地獄の使者が獲物を求めて走り回っているようである。
《二百二十八日目》
【フレムス炎竜山】は、調べた中では最も手頃で、最も利益が出そうで、今いる場所からも比較的近い。それに周囲にはそれなりの規模の迷宮都市があるので、そこに魔帝国内の拠点を造っておけば、聖王国と何かあった時に都合が良い。
しかしいざ実行するとなると、幾つか問題があった。わりと簡単に解決するモノから、やや面倒なモノまでチラホラと。
そんな問題の中の一つ、足手纏いになって迷惑をかけそうだから行きたくない、というクギ芽ちゃんの悩みを解決する為、俺は動いた。
もはや穏便な説得では埒が明かない、と判断していた。
これは、説得するのが面倒になった訳ではない。そう、決してそうではない。
ただ、時間を浪費するのはどうかと思ったので、実力行使に及んだだけである。
雪がゆっくりと降ってくる肌寒い早朝、俺とクギ芽ちゃんは屋敷にある訓練場の真ん中で対峙した。
クギ芽ちゃんは、自分の身体から生み出した生体武器の和傘と、黒銀と翡翠で出来た扇型マジックアイテム【夜風の太夫】を装備。
対する俺の武器は、二メートル程の長さに切った、ただの木の棒が二本。これのみである。
そしてどちらも、自前の生体防具――俺は上半身が裸になるので訓練用ポンチョも――を装着している。
防具はともかく、武器の攻撃力だけで言えば、覆しようのない差が存在する。
正面からぶつかり合えば、木の棒は容易く折り砕かれるだろうし、攻撃するにしても負荷に耐え切れず自壊してしまうだろう。
このように、武器の質では圧倒的に優位なのだから多少の余裕を持てばいいものを――クギ芽ちゃんは、普段はほとんど閉じている九つの瞳を限界まで見開き、その全てに怯えを宿しながら、緊張した表情を浮かべている。
一方、俺はあくまでも自然体だ。
この程度のハンデなら別に問題無いからだ。無駄な力みなど一切無く、二本の棒を手首と指だけで自在に動かして威圧し、ジリジリとクギ芽ちゃんに近づいていく。
しかし、一歩踏み出せばクギ芽ちゃんは二歩下がり、二歩踏み出せばクギ芽ちゃんは六歩下がる。距離は開くばかりで縮まらない。正確に俺の攻撃範囲を見極め、僅かに届かないギリギリの距離を保ち続ける立ち回りだった。
試しに攻撃動作をとってみると、クギ芽ちゃんはそれに即座に対応した。しかしそれが虚偽であると見抜いていたのだろう。最低限の対策をするだけで、隙を見せない。
次は虚偽ではなく実際に攻撃してみる。
木の棒で地面に転がる小石を弾き、真剣な表情を浮かべるクギ芽ちゃんの顔面を狙ったが、一発目の陰に隠していた本命の石弾も正確に把握して回避した。
どうやら【九祇眼鬼・亜種】となって向上した情報収集・処理能力を最大限に使って、俺の行動を先読みしているようだ。
俺が動く前から動き始めるので、特別な技法でクギ芽ちゃんの認識をずらさない限り、全てに先手を打たれて、思うように近づけない。俺も相手の行動を読む事はできるが、クギ芽ちゃんのそれは俺以上に早く、正確なようだ。
とはいえ、クギ芽ちゃんの戦闘能力自体はやはり低い。
【鬼】にしては身体性能が虚弱で、機動力も体力も戦闘センスもあるとは言い難い。
これではせっかくの先読み能力も、十全に発揮できない。
俺が少し本気を出すと、クギ芽ちゃんは身体の反応が間に合わず、木の棒によって胴体を強かに打たれた。
一応手加減していたものの、身体を貫く衝撃に肺の中の空気をガフ、と強制的に吐き出しながら、地面を勢いよく転がっていく。
やっと止まった頃には、クギ芽ちゃんは立ち上がる事すらできなくなっていた。痛みをこらえながら、胎児のように縮まって小刻みに震えている。
一撃でこうなってしまうとは。クギ芽ちゃんが迷宮に挑むのに及び腰だったのも納得だった。
クギ芽ちゃんは責任感の強い性分だけに、不安なのだ。他人の枷になる事が。
しかし俺に言わせれば、戦闘能力の低さなど大した問題ではない。
防御力に問題があるのなら、防具類をガチガチに固めた上で、俺達で守ってやればいい。一緒に行く事を承諾しているセイ治くんには仲間を守る能力もあるので、十分カバーできるだろう。
それに戦闘には直接関わらなくてもいい。クギ芽ちゃんは俺以上の精度で周囲の状況を感知できるのだから、敵やトラップを発見する生体レーダーとして非常に役に立つ。
クギ芽ちゃんが活躍する場は戦闘ではないのだから、戦闘能力など数秒間単独で自衛出来る程度あれば十分だ。そしてその条件は十分クリアしている。足手纏いになるという不安など、一度挑戦してみれば消し飛ぶだろう。
しかしメンタル面の不安に結果が引きずられる事はありうるので、確かに改善する必要はある。なるべく穏便な説得で済ませたかったのだが、仕方ない。だから、今日一日でミッチリと訓練を行い、強引に自信と覚悟を持ってもらう事にしたのだった。
――大丈夫大丈夫、腕の一本や二本折れても即座に治せるし、内臓が破裂しても秘薬でどうにかなる。
――だから安心して訓練をしようじゃないか、不安が無くなるまでずっと、さ。
そう言うと、クギ芽ちゃんは絶望に染まった表情を浮かべたが、それは意識の外側に追いやった。
それから半日の間に、クギ芽ちゃんは数百回地面を転がる事となった。途中で粉砕骨折やら内臓破裂やらをしつつも、訓練は無事に終了。今は何をしても絶対に動けない状態になっているので、強制終了とも言えるが、それはさて置き。
全身に大小無数の損傷を負い、それらを高速治癒されながら戦い続ける事を強制される経験を積んだクギ芽ちゃんに、もはや怖いものなど何もない。大抵の事にはもう動じないはずだ。
最初からやる気になっていれば、こんな事態にはならなかったのに――なんて感想は、俺の胸の中に留める事にした。
《二百二十九日目》
昨日の訓練の影響か、ゾンビのように生気を感じさせない有様のクギ芽ちゃんだったが、戦闘時の守備は素晴らしく改善された。
試しにミノ吉くんに戦斧で攻撃してもらったところ、それを完全に見切ったのだ。意地になったミノ吉くんが結構本気で攻撃を繰り出すも、攻撃の余波すら一度も当たらない。もちろん、ミノ吉くんが全能力を解放すればまた違う結果になるだろうが。
攻撃に関しては相変わらず駄目駄目だが、これだけ自衛できるならばダンジョンでも足手纏いにはならないはずだ。
どこか壊れた笑みを浮かべるクギ芽ちゃん本人に聞いてみると、既にダンジョンに行く気満々、すっかり心変わりしていて安心した。
それはまあ良いのだが、『だから二人だけの訓練は勘弁してつかーさい』と本気で懇願されてしまったのには納得がいかない。ミノ吉くん辺りなら、心底嬉しがるのだが。
まあ、それはいいとして。
クギ芽ちゃんの件は片付いたので、今日は次の問題解決に取り掛かる。イロ腐ちゃんに関してだ。
イロ腐ちゃんに対しても、クギ芽ちゃんのケース同様穏便な説得はそうそうに諦め、実力行使となった。
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