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外伝
外伝-2
しおりを挟む斧滅大帝の目覚め
《時間軸:九十六日~百十八日目》
外界よりも濃い魔力に満ちたこの場所で、中鬼という種族が一体、己の目の前に立ちふさがっている。
かつての己や仲間達とは似て非なる種なのだと、直感で理解できた。悔しい事に己がホブゴブリンだった時に戦っていれば、数秒も経たずに殺されていただろうと分かる程度には、このホブゴブリンは強そうだ。
同じホブゴブリンの段階でコイツに勝てるのなんて、オガ朗くらいしか思い浮かばない。
「キウャァァァァアアアアアアッ!!」
威嚇を無視して敵を観察する。
外見的特徴として、まず赤みの強い肌が挙げられる。次いで筋肉の形がハッキリと分かるかなり太い四肢、かつての己をやや上回る大きさを誇る肉体、黄色く汚れた乱杭歯、やや煤けた灰色の頭髪に、殺意が滲む赤い目玉。
装備している防具は黒鉄の胴鎧と手甲、要所を金属で補強した黒革のズボン、踵に小さな突起が取り付けられた黒鉄のブーツ。いずれも動きを阻害せず、それでいて高い防御力を確保したモノである。
と、そこまで観察したところで赤いホブゴブリンが動いた。
まだ己と相手の間には十数メートルほどの距離があったのだが、敵の攻撃は届く。敵の武器が、投擲できるモノだったからだ。
「ギィキャアアッ!!」
鋭い呼気と同時に投げられ、縦に高速回転して甲高い風切り音を生み出しつつ己に迫るのは、小さな斧だった。確か手斧という武器で、この赤いホブゴブリンと出会う前に遭遇したゴブリン達も持っていたモノだ。そいつらは、一匹残らず殺してきたが。
トマホークは金属製ではなく、斧頭から柄まで全て、何かの骨を削り出したような品である。
そんなトマホークを、己は右手に持つ戦斧で叩き落とした。左手の盾で防ぐ方が対処はより簡単だったが、盾だと高性能すぎて大半の攻撃は何も感じられない。まるでスライムボールのように弾いてしまうので、敵の実力を正確に測定し難い。だから、あえて戦斧で叩き落としたのだ。
そしてその感触から、己が推察していた敵の実力を修正する。
トマホークを叩き落とされた事で警戒態勢を強め、どこからともなくユラユラと湾曲した刀身の大剣を取り出した赤いホブゴブリンの姿を見て、己は更に確信を深めた。
まるで燃え盛る炎のような形の大剣を構える敵は、普通のホブゴブリンとは比べ物にならないほどに強い存在なのだ、と。
そして、だからこそ期待する。
己が友に、オガ朗に追い付く為の糧足りえる存在であれ、と。
己の奥底から、戦闘を欲する衝動が浮上した。
「ガァアアアアッ!!」
[オガ吉は鬼能【赤銅大鬼の咆撃】を繰り出した]
昂る感情のままに、大きく吸い込んだ空気を一瞬で吐き出すように雄叫びを上げる。
横幅も高さも六メートル程度しかない、茶褐色の金属で造られた四角く狭い通路にその雄叫びが反響し、しばらく残留し続けた。
己の声ながら五月蠅いと感じるが、滾る欲望の前では問題にならない。
牙を剥き出しにし、右手に持つ斧を肩に担ぎ、左手に持つ盾を前方に突き出すように構えて前進する。
一歩進む度に、金属で覆われた床から耳障りな異音が聞こえたが、気にせずただ前に。オガ朗から教えてもらったように、真っ直ぐの最短軌道で敵に向かって突き進む。
赤いホブゴブリンとの距離は、走ればたったの四、五歩程度でしかない。瞬きの間に進んだ二歩目には、己の殺傷圏内に敵が入った。
担ぎ上げた斧の柄を握る力を微かに緩める。確か【脱力】というモノで、こうすると素早く動けるらしいが、理屈は知らない。オガ朗が教えてくれたのだから、きっと重要な事なのだろう。
即座に斧を振り下ろせる体勢を整えてから、己は敵を見る。
今から殺す敵の全身を視る。
己の行動に対して敵がどんな反応をするのかを知る為に注視する。
そこには期待もあった。
己よりも速くその波打つ大剣で反撃してくるのか、それとも己の一撃を防ぐつもりなのか、あるいは恐れをなして逃げてしまうのか。
それを知りたいが為に視る。
反撃してくるのならば良し。どのような攻撃でも左手の盾で防ぎ、斧の一振りを喰らわせるまで。
防ぐつもりならば面白い。如何に堅牢な守りだろうとも、一撃で粉砕してみせよう。
逃げるのならば仕方ない。その背中に斧を喰らわせてくれる。
その三択から導き出されるだろう、と己が思い、期待した結末。しかし現実は違っていた。
己が殺傷圏内に捉えた敵は、ただのホブゴブリンを超えた能力を持つホブゴブリンは、こちらの発した雄叫びただ一声に竦み、怯えたのだ。
一応大剣で防ごうとしている風ではあるが、四肢の筋肉が緊張し過ぎて、その動きはあまりにも鈍い。これでは反撃も、防御も、逃走すらも出来ないのは当然か。
あの雄叫びなど、己にとっては、戦う前の挨拶のようなモノだったというのに。
赤いホブゴブリンはそれだけで動けなくなっていた。先ほどまで殺意が滲んでいた目からは、ただ己に対する恐怖の色しか読み取れない。
普通よりも格段に強いとはいえ、やはりホブゴブリンはホブゴブリンでしかないのか。
なんて、無様な。同じ【鬼】として、腹立たしさが込み上げた。
そう考えた時、己の中でコイツは敵という認識から外れ、ただの獲物になり下がっていた。
拍子抜け。期待外れ。数秒前に感じた思いは、期待は、跡形もなく霧散してしまった。
そして己の顔に、ハッキリと憤怒の感情が浮かんだのを自覚する。期待させておいてこの程度だった獲物が、ただ不快だった。
「脆弱ナ」
怒りを込めて吐き捨て、動けない相手の頭上に斧を振り下ろす。
もはやコイツの姿など一瞬でも見たくない、という思いを込めて振り下ろした斧は、己が意思の通りに目標を左右に分断した。
防具に覆われていない頭部の肉は一瞬で吹き飛んで、中身を撒き散らす。頭部から飛び出した目玉が二つ、己の顔に向かってきたので、それをそのまま食する。
獲物の胴体を守っていた黒鉄の防具はやはり硬く、それなりの手応えがあった。
だが己が愛用している斧の切れ味は、元々あまり良くない。普段からその重量を使って、叩き斬るように扱う事が多い。
黒鉄の防具も、斧の圧に耐えきれずに砕けた。よく見れば死骸の断面はグチャグチャに潰れている。
それでも一応以前と比較すれば、獲物の肉体を綺麗に切断できていた。己の成長を知る事ができ、多少の達成感のようなモノを得る。
しかしその嬉しさも、獲物の断面からはみ出た血と、臓腑に混じった糞の嫌な臭いで霧散した。
死んでも尚、己を不快にさせる奴だ。そう思いながら獲物だった肉塊を睨みつける。
[魔斧【魔焼の断頭斧】の固有能力【燃える罪人】が発動しました]
しかし血肉が轟、と燃えた事で、その臭いも食欲をそそる香りに変わる。そう言えば前の食事から既に二時間は経過しているだろうか。どうやら小腹が空いていたらしく、香りにつられて腹が鳴った。
焼いた肉は生よりも美味い。これもオガ朗から教えられた事の一つだ。
獲物の死体を燃やす炎が消えるまで数秒待ち、こんがり焼けた二つの肉塊を掴んで、こびり付いていた黒鉄製のブーツを剥いでから、片方に噛みついた。流石に一口で全てを喰う事はできないので、数回に分けてその肉を咀嚼する。
いい具合に焼けた肉の味を堪能し、多少歯ごたえのある骨を粉々になるまで噛み砕く。肉を喰い終わった後、ボロボロになりながらも口の中に残った黒鉄の鎧の破片を床に吐き出した。
小さな鉄片が床に落ち、甲高い音を立てる。
「ふム」
肉としては普通のホブゴブリンよりも美味いだろうか。己が中でこいつの分類を『期待外れ』から『美味い獲物』に切り替える。
敵としては期待せずとも、見つけ次第積極的に殺して、オガ朗達へのお土産にでもしよう。
とも思ったが、確かココで死んだ生物の死骸は〝収納のバックパック〟などに入れたとしても、一定時間が経過すると全て消えてしまうのだったか。
どうしてそうなるのかについては興味すらないが、とにかくそうなるらしい。であるならば、肉をお土産に、というのは無理だ。
仕方ない。今度は綺麗に殺して装備品を剥いで、それを土産にしよう。今回も一応、大剣は回収する事ができたのだし。この考えで正解なのだろう、きっと。
などと考えていたら、背後から声をかけられた。
それが誰なのか、振り返るまでもなく分かる。己が聞き間違えるはずが無い。
己が初めて好いて、守りたいと思った存在――アス江である。
「吉やん、お疲れさん。今回も期待外れで、残念やったな」
「ン、ああ。敵はまた探せばイイ。ココは、外よリモ強い敵がイると言ウ話ダカらな。イズれハ出会エルはずダ。それにココに居なイのナラ、また別ノ迷宮ヲ探せばイイ。それよリも、美味いゾ。アス江達も食べてミロ」
「ん、あんがとね。ほら、皆も食べー」
己は己が背後に控えていた四名――己の恋鬼であるアス江と、ホブゴブリン・クレリックのホブ水、足軽コボルドの柴犬、最後に【盗賊】と【罠師】を持つマグルという人間の小男に、残しておいた焼き肉を差し出す。
半分とはいえ、他者からすれば十分大きい。その為、己に次いで大きな体格のアス江がそれを受け取った。
そしてアス江はかつて腕と足だった部分を掴み、引っ張った。焼き肉はブチブチと小さな音を出すという微かな抵抗を見せたモノの、アス江の手慣れた手つきによって徐々に解体されていく。
尤も、己に近い膂力を誇るアス江ならば、焼けているかどうかなどは関係なく、生きていた状態でも同じ事ができただろうが。
解体した肉を、アス江が皆に配っていく。
「ありがとうございますです、アス江隊長」
「心遣い、忝い」
「あー、っと。腹は減っていないので、アッシは辞退させていただきヤス。どうぞ皆さんで喰ってくだセー」
ホブ水と柴犬は頭を下げてアス江から肉を受け取ったが、マグルだけは受け取らなかった。
腹が減っていないとはいえ、折角アス江が厚意で解体したというのに、それを受け取らないのか。
そんな不満が内心から滲み出て、ついマグルを凝視してしまった。不機嫌そうな表情になっているのかもしれない。
「ひぃッ……あ、あれ~? やっぱり腹が減ってたようでヤス。う、美味そうな匂いがするそれを、アッシにもくれやせんか、アス江の姐御」
「我慢は毒や。腹が減ったんなら隠す事は無い、気兼ねなく言うんやで?」
苦笑するアス江はそう言いながら、獲物の肩から肘の間までの部分を、何故か微妙な表情を浮かべているマグルに渡した。ホブ水と柴犬は既に美味しそうに肉を頬張っている。
それを見て、己ももっと喰いたいな、という思いを抱いた。
次はもう少しジックリ味わうとしよう。
さて、問題はこいつらがどこに居るのかという事か。ココに来るまでは一体も見なかったので、たぶん更に地下に行けば自ずと会えるのだろう。
地下に潜る目的が一つ増えた。
ふむ、オガ朗が言っていた食材探索ツアー、というのも面白いかもしれないな。
「あ、ありがとうございヤス……あ、本当に美味いっすネ、コレ」
マグルは最初躊躇いながら焼き肉を一口頬張ったが、その後は全て腹に収めるまで止まる事は無かった。
そんなに美味そうに喰うのなら、何故喰わないなどと言ったのだろうか。まったく、訳の分からん奴だ。
「んじゃ食事も済んだし、先行こかー。今度の戦闘はウチ等がやるけん、吉やんは下がっといてな。吉やんが出るとウチ等暇なんよ。ウチ等も経験積みたいし、我慢してなァ」
普段通り穏やかで明るい笑みを浮かべ、アス江は己にそう言った。
己としては、日々途轍もない速さで開いていくように感じるオガ朗との力の差を縮める為に、少しでも多くの敵と戦いたい。だが、やはりアス江の意思も意見も無視する事はできない。
森を出る前にオガ朗から言われた指示の中にも、全体のレベル上げが含められていた。
全く面倒な事だ、と思いながら、ココに至るまでの出来事が一瞬だけ脳裏を過る。
◆◆◆
「現時点で厳守する事は四つだ。一つ目、何でもいいから森の外の情報を集めて来る事。二つ目、自分達の手に負えなくなるような揉め事は起こすな。一応イヤーカフスで助言はできるが、できる限り自分達で考えるように。三つ目、全員のレベルを上げて来る事。最後の四つ目が、絶対に死ぬな。一人でも欠けていた場合は、生き残ったメンバーに罰則を与えるからそのつもりで。あとは臨機応変って事で、また連絡するからその時に。では出発だ。健闘を祈る」
これが、森の住処から出立する日にオガ朗から言われた言葉だった。
そして五つ作られたグループはそれぞれ違う方向に向かって突き進み、己達のグループは、出発した日の夕方になってようやく森を抜けた。
その後、食事をしながら行われた活動方針を決める話し合いの中で、己はまず一つ質問した。
強くなる為にはどこに行けば一番良いか、と。
その問いに答えたのは、三人居た人間のうちの一人だった。
迷宮都市に行き、迷宮に挑むのが一番手っ取り早い、と奴は答えた。
だから、己達はココに来た。
地下に進むほど攻略難度が上昇する地下階層型の迷宮【デュシス迷廊】などを保有する、壁で囲われた迷宮都市《グリフォス》に。
迷宮都市に入ろうとしても、オーガである己が原因で手続きに手間取るか、最悪入れない、と予め聞いていた。そこで、己は鬼人種の為比較的警戒されない立場のアス江の奴隷という事にして、どうにか入る事ができた。
そして迷宮都市に入った当日は、オガ朗に渡されていた素材を売って資金に換えたり、宿を見つけたりと、初めて経験する事の連続だった。
説明が面倒なので詳細は省くが、イヤーカフスを使ってオガ朗に相談しつつ、他のメンバーにも意見を聞いて事を進めた。そうしてどうにかこうにか迷宮に潜るまでの段取りが完成した頃には、迷宮都市に訪れてから既に三日が経過していた。
そして今、己達は【デュシス迷廊】の地下十八階にて、赤いホブゴブリンを殺した。
一度も地上に戻っていないので、久しく太陽を見ていない。だが、迷宮内部の壁自体が発光して昼は明るく、夜になればボンヤリとうす暗くなるので、時間の経過は大雑把に知る事ができる。
潜り始めて既に二日が過ぎた。壁の明るさから推察するに、現在は三日目の昼前くらいだろうか。所々にある罠のせいで進行が遅れるが、マグルによればこれでもかなり速いペースだという。
【デュシス迷廊】は二十五階までという事なので、今日の夕方には最下層に到着できると思われる。最下層にはかなり強い敵が居るそうだが、それなりに深い階層のはずの十八階で出会った赤いホブゴブリンの事を思えば、余り期待できないかもしれない。
まあ、その時は別の迷宮に潜ればいい。
現在ココに居ないメンバーの五名は、外での情報収集を主にさせている。
情報収集という仕事は己には向かないモノだったので、部下達に一任しているという訳だ。
一応五名にも迷宮に潜るようにとも言ってある。定時連絡の時にレベルも上がっていると報告があったので、レベル上げについても問題は無い。
そして己達は、深く深く潜っていく。
◆◆◆
予測通り、夕方には【デュシス迷廊】最下層の地下二十五階に到着できた。
今己達の前には巨大で、かつ綺麗な細工が施された門がある。集めた情報によれば、この向こう側が終着点らしい。
閉じられた門を前に、ココに来るまでに出会った獲物達を思い出す。
あの赤いホブゴブリンの他にも、青い槍を持った青いホブゴブリンや、巨大な槌を持った黄色いホブゴブリン、何らかの金属でできたような巨大な猪、武装したオーガなどとも出会った。
そしてその全てを屠ってきた。中には手応えのある者もいたが、大半は期待外れなモノだった。
最後の締めくくりがどうなるのか、今はそれだけが気になっている。
「確か、最後ノ敵は……」
【デュシス迷廊】に潜る前、(己としては知らない方が面白いと思っていたのだが)アス江が中心になって、出現する敵の情報を集めていた。
己はほとんどその内容を知らないのだが、最下層に出現するモノだけは聞いていた。が、詳細は思い出せない。己の記憶力はあまり良くないのだ。
苦笑しつつ、アス江がそっと教えてくれた。
「えーとな。確かここの最下層で会うボスは、一般的な【固定式】ではなくて毎回出てくるヤツがちゃう【召喚式】、てゆー珍しいやつらしくてな、全部で三通りあるらしいんよ。一番多いんが多分吉やんが次ランクアップしたら成ると思う〝牛頭鬼〟らしくて、二番目は強力な魔術を使ってくる〝魔導女鬼蛇〟て言うヤツらしいわ。んで最後の三番目なんやけど、これは滅多に出えへんらしくて、集団ならともかく一対一になったらまず逃げろ、て言われてる〝心象の仇敵〟ってヤツらしいわァ」
「ソうか。ならば、ソノ〝心象の仇敵〟とやらガ出るのを期待シヨう」
「そう言うても、三番目のは千に一つ、万に一つて話や。期待せんほうがええとちゃう?」
どこか諭すように語るアス江。確かにその通りなのかもしれない。
だが己はアス江のように頭は良くない。だから願ってもよいではないか。どうか、強敵と戦う機会を与えてくれと。
「では、行ってくル。手出しは無用ダ」
「吉やん、頑張ってな。待ってるから」
戦いの準備は既に完了している。ボス戦は己だけで挑むと予め決めてあるので、アス江やホブ水達は門を潜らず、ココで待機する事になっている。
両手で巨大な門を押す。すると大した力も必要なく、簡単に開いた。
「オガ吉の旦那。門は開けたままにしときやすんで、ヤバくなったら出てきてくだセー。ボスは門から外には出られやせんので」
「分かッた。覚えテおコウ」
マグルの忠告を聞きながら、中に入る。そこは今までの通路と同じく茶褐色の金属で造られていたが、縦も横も優に五倍はあるだろう。幅六メートル程度しかなかった狭い通路と違い、斧を窮屈な体勢で振るう必要もなさそうだ。
それにしても、かつてオガ朗と共に見たベルベなんたらのダンジョンと比較すると、余りにも無機質な部屋である。部屋の中心部となる床に赤い何かで刻まれた直径四メートルほどの円陣があるだけで、装飾の類は一切無い。
壁も天井も床も全て真っ平らで、とにかく頑丈さだけを求めたように見える。軽く床の感触を確かめると、僅かな凹凸も感じない。ツルツルとしていながらも踏ん張りは利くようで、奇妙な違和感を覚える。これまで進んできた通路は多少なりにも破損があったので、なおさらそう感じているのかもしれない。
部屋の状況を観察しつつ進んでいくと、門から一〇メートルほど歩いたところで、床に刻まれた円陣から唐突に白い光の粒子が噴き上がった。
反射的に盾を構えたが、光の粒子はどうやら攻撃の類ではないらしい。それでも一応はその体勢のまま、更に量を増やしながら激しく渦巻き出した光の粒子に注目する。
そして視界の先で、光の粒子が何かを形作り始めた。どうやらホブゴブリンと同程度の大きさのヒト型のようであるが、まだその細部は分からない。
しかし今まさに【召喚】されている敵から感じる魔力の奔流から、直感は強敵だと告げている。
「面白イ」
自然、四肢に力が漲る。即座に動けるよう踵を僅かに浮かせ、腰を落とした。戦いに向けて頭が高速で回転し始める。
身体で感じる魔力の量は、魔術だけならオガ朗を超えていたスペ星と対峙した時と似たモノがある。恐らくは相応の魔術を行使してくるに違いない。
つまり今【召喚】されているのは、己と同じく斧を使った接近戦を好むというミノタウロスではないだろう。
ならば魔術の扱いに長けているという、確かラミーア、だったか? 既にうろ覚えだ。
まあいい。
己にできるのは近づいて斧で斬り殺すか、盾を使うか、肉体を使うかの近距離攻撃か、あるいは口から炎を吐き出しての中距離攻撃だけである。選択肢はオガ朗のように多くない。だから難しく考える事はない。オガ朗も「直感で戦え」と言っていたのだし。
近づいて斬る。うむ、単純明快だな。
と自己完結したのと同時に、光の粒子が収束した。最後の一瞬だけ一際激しく輝いた後、白い光の粒子は一つ残らず消え去った。
応援ありがとうございます!
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