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3巻
3-3
しおりを挟む《百三日目》
早朝、宿の近くにある空き地にて訓練した後、俺だけ単独で街を放浪する事にした。
ダム美ちゃんが鍛冶師さん達と一緒に服を見に行くと言っていたので、熱鬼くんや幻鬼くんには彼女達の荷物持ちという生贄になってもらう。風鬼さんは鬼人三人の中で唯一の女性体なので、むしろダム美ちゃん達と一緒に買い物を楽しむだろう。
尊き二人の犠牲に、敬礼。
俺は、今回は目立たないよう【変身】と【形態変化】を使い、前世の身体に似せた人間体となっている。
ふらふらと放浪しつつ、街の情報を収集していく。やはりと言うか当然と言うか、俺の噂は既に結構広がっていた。
基本的に大鬼は周囲の生物にとって危険な【大勢に害なすモノ】として知られている。知能が高いオーガ・メイジなどの中には、人間に害をなさない個体も稀にいるが、概ね危険な種族として認知されている。門での騒ぎもそれに起因していた。
ただのオーガの割に知性的という、良く分からない存在である俺への反応は様々だが、恐ろしいとか、怖いとかといった傾向がやはり強かった。まあ、そんなモノだろう。
三時間ほど表通りを歩いて適当な店で昼食をとった後、路地裏を歩く。
そこそこ身なりの良い装備にしているので、ゴロツキが釣れないかなー、と思っての行動だ。
結果、釣れた。ナイフや鉈に似た刃物で武装したゴロツキが六名。ゲヘヘ、とこれまた典型的な下種な笑いを見せる奴等だ。
周囲に人気も無かったので、問答無用で叩き伏せる。
ただ、本来よりも小さい人間体であった事を失念していた為に距離感が狂ってしまい、その隙を突かれて最後の一人にナイフで心臓を刺されてしまった。
とは言え、姿は人間でも中身はオーガだ。多少の痛みこそあれど大したダメージではなかった。徐にナイフを引き抜くと、酷く驚かれた。まあ、いい。そいつの首の骨も捻り砕き、全員の死体を喰う。【気配察知】で周囲には誰もいないと分かっているが、誰が来てもいいようにさっさと喰った。
[能力名【職業・盗賊】のラーニング完了]
[能力名【静寂の突き】のラーニング完了]
[能力名【逃煙玉】のラーニング完了]
この六名は盗賊だったようだ。共通の紋様が刻まれた指輪を嵌めていたので、同じ組織に所属していた可能性が高い。こんな特注品を持っているという事は、もしかしたら結構大きな組織の構成員だったのかもしれないな。
価値のある所持品は回収し、残りは食べ残した死体ごと酸性に変化させた体液で溶かして、殺人の痕跡を隠蔽。
再びゴロツキが釣れるのを期待しながら路地裏を歩いていると、五人の男達と一人の少年が激しく言い争う場面に出くわした。
五名の男達の平均的な年齢は二十代後半くらいだ。刀傷のついた強面が多く、一般人なら関わりたくない類の職業に就いていそうだ。鉄の臭いや仕草で、懐に刃物を仕込んでいるのが分かる。
それらと真正面から言い争っている少年は十三、四歳くらいだろうか。薄暗い路地裏の僅かな光でも燦然と輝く金髪と端整な顔立ちが、将来はすこぶる美男子になるだろうと予感させる。
白銀の軽甲冑を着け、赤いマントを羽織り、腰には剣があるので、騎士見習い、もしかしたら騎士なのかもしれない。武装の品から、そこそこ名のある家の子ではないかと推察できた。
隠れて話を聞いていると、どうやら誘拐がうんたらかんたら、という話だった。騎士の少年は今にも抜剣しそうな勢いで、男達から情報を聞き出そうと躍起になっている。
別に興味も無かったので帰ろうとした時、男達の指に先ほど俺が喰った盗賊連中と同じモノが嵌められているのに気が付いた。
取りあえず最後まで見てみるかと思い直した途端、乱闘が始まった。
個人としては少年の方が強かったようで、容易く押し潰されはしなかったのだが、最終的には数の差で取り押さえられてしまった。
馬乗りになった男の握るナイフが少年の胸を突き刺す寸前、俺は割って入った。
五人の男達を気絶させてから分体を寄生、こいつらのアジトの調査に使う。
ボロボロになった少年を担いで、そこから立ち去る。後々少年が男達を殺したり、捕まえたりしないようにする為だ。
だいぶ離れたところで、少年の怪我を有料で治してやった。『何故あの男達を逃がした』と少年には怒鳴られたが、命の恩人になんだその態度は、と鉄拳制裁。それから、しばし休んだらコレを誰にも悟られぬように使え、と〝名鉄〟を渡す。『お前は何者だ』と聞かれたので、『ただの傭兵だ』と答えて帰った。
少年は美形だったが、所詮男なのだからこんな扱いで十分だろう。
《百四日目》
まだ闇に包まれた街中を、俺はオーガの姿で移動していた。その傍らにはダム美ちゃんや幻鬼くんに加え、昨日助けた少年騎士の姿がある。
昨日俺が宿に帰ってすぐ、少年に渡した〝名鉄〟から連絡があった。
宿の場所を教えると、即座に少年はやってきた。『本当に傭兵か』と聞かれたので『本当に傭兵だ』と答えると、『では依頼したい』と言われた。
依頼内容は、少年が仕えるお転婆姫の救出だそうだ。
なんでも、お忍びで《トリエント》まで来ていたのだが、お転婆姫はお供の隙をついて宿を抜け出してしまい、案の定ヒト攫いの組織に拉致されたそうだ。
身代金を要求する手紙が送られてきたので、少年が護衛団の代表として指定された場所に行ったところ、そこに居たのは六名の下っ端だけ。俺が見た時より一人多いのは、先に身代金を持ち帰った奴が居た為だ。
言い争っていたのは、姫を解放しないどころか、金を更に請求されたからだそうだ。
そんな微妙な状況で男達を叩きのめしては不味かったかもしれないが、先に手を出して事を荒らげたのは少年の方だ。それに分体を寄生済みの男達には、予定通りに進めるよう仲間に伝えさせてある。話がこじれている心配は無い。
これから闇に紛れて、組織のアジトを襲撃する。分体のおかげで内部情報は筒抜けだ。
足手まといにしかならないから、姫の護衛団メンバーには何も知らせていない。少年は今回の雇い主であり、ついて行きたいと言うので仕方なくだ。
護衛団同様に何も知らない赤髪ショート達も宿で寝ている。必要無いとは思うがボディーガードは風鬼さんや熱鬼くんに任せてきた。こっちは少年を除いた三人でも十分事足りるので問題無し。
目的地である、今は人の住んでいない元貴族の屋敷に到着すると同時に、少年には分からないように密かにブラックスケルトン・アサシンを生成。敷地内に十体ほど放ち、敵の取りこぼしが無いように周囲を警戒させる。
そうして俺達は敵のアジトに侵入した。
結果だけを言うと、朝日が昇る前に組織は壊滅した。
まず酒を飲んで寝ていた盗賊団のリーダーを暗殺し、その他もあっという間に殺し尽くして決着がついた。見逃しは一切無し。そういう依頼だったからだ。
お転婆姫も無事救出できた。予想に反して、線が細いというか、触れれば壊れてしまいそうなほど儚げな少女だった。歳は十~十二歳といったところだろうか。白金に輝く髪は美しく、将来は美人になるだろうなと思わせる端整な顔立ちだった。
四肢には鉄の拘束具が嵌められ、声が出せないように口を塞がれていたが、幸い薬で眠らされていただけで、服の乱れも暴力の痕も無かった。少年も護衛団も、一先ず首を刎ねられずに済むだろう。
ついでに溜め込んでいた財宝や、王国の暗部に関わる書類を少年に隠れて回収しておく。また一つ、いざという時の為のネタができた。というか、書類を見る限り今回の誘拐は計画的なモノだったらしいのだが、そこまで深く関わるつもりは無いので目を瞑っておこう。下手に手を出せば無用な争いに巻き込まれかねない。
俺は、何も見ていない。
少年は、何も知らない。
むしろ、そもそも誘拐など初めから無かった。
コレでいこう。
少年に『全ては王女様が計画した悪戯だった。そして自分は仕方なくそれに協力していた』と護衛団に報告しろ、と言い含める。
王女誘拐なんて事実はもみ消した方が無難そうだ。大事にして厳しい罰を与えられるより、お転婆姫の悪戯に振り回された、という事にした方がまだマシだろうよ。
お転婆姫の武勇伝の数々を少年から聞いた限りでは、そんな報告でも十分信じてもらえるのではないかと思うのだ。
しかし少年は、国王には全て伝えるべきである、と頑として聞き入れてくれなかったので、幻鬼くんの催眠術で無理やり納得させた。ついでに、お転婆姫にも口裏を合わせるように言っておけ、とも。
全く、真っ直ぐ過ぎるのも考えモノだ。俺の迷惑となる事はして欲しくない。
催眠によって一時的に少年の意識が混濁している間に、組織の構成員を喰ってみた。
[能力名【足止める蜘蛛の糸】のラーニング完了]
[能力名【毒煙玉】のラーニング完了]
[能力名【盗聴】のラーニング完了]
[能力名【ヒト攫い】のラーニング完了]
まあまあな成果、といったところだ。
日が昇る前に、俺達はアジトから撤退した。
屋敷からは、轟々と炎が立ち上っている。証拠隠滅、真実は灰燼に帰したのだ。
その後は昼まで寝たり、少年が持ってきた報酬を受け取ったり、副店長との約束でファルメール商会の支店に顔を出しに行ったりして過ごした。
明日、この街を出立する。森の拠点で次代を担うゴブリンなどの子達が生まれたとの連絡があったので、一旦帰るのである。
鍛冶師さん達がどういった選択をするのか、若干不安だった。
《百五日目》
鍛冶師さん達はこれまで通り、俺についてきてくれるそうだ。
嬉しい事である。というか、『今更だ』と言われた。
昼前、荷物を纏めて街を出立……しようとして、邪魔が入った。
騎士の少年と、小さなお転婆姫の二人が、宿を出たところで待ち構えていたのである。
昨日は言葉を交わす事無く別れたお転婆姫からは一応、助けた事への感謝を告げられた。
可愛らしい外見からは想像し難い、やけに年寄り臭い口調ではあったが、それは、まあいい。人の口調をとやかく言うつもりはない。むしろオーガである俺を恐れる事無くしっかりと話す様は、やはり王族の貫録があった。図太い、と言ってもいいかもしれん。
が、少年の困ったような表情を見て、面倒事の予感がした。
案の定、お転婆姫は、まさに王が下民に命令するように、シュテルンベルト王国の王都《オウスヴェル》までの護衛を俺達に依頼してきた。
つい従ってしまいそうになる不可思議な魅力の声音だったが、それに呑まれる事無く、護衛団がいるだろう、と言ってみる。すると、『アヤツ等はつまらん、お主と居た方が面白そうだ』と返してきた。お転婆過ぎる。周囲の迷惑を考えろ、と思わず説教してしまったほどだ。
しかしお転婆姫は、『我にそのようなモノ言いをするのはお主が初めてぞ』と愉快そうに笑うだけで、こちらの話を聞いていない。少年を見ると、仕方なさそうに苦笑していた。
一先ず護衛の報酬を聞くと、金板一枚――つまり百万ゴルドだそうだ。
赤髪ショートによれば、普通の行商人の護衛は(ギルドが仲介するので幾分か手取りは減るとは言え)ココから王都までなら銀板一枚――つまり一万ゴルドの報酬が基本なのだという。
一ゴルドが十円と勝手に解釈しているので、普通は十万円、今回は一千万円といった感じか。食料費とかも込みの金額なのだろうが、取りあえずアホかと。血税を何だと思っているのだと言いたい気分である。無駄に使うんじゃないと。
とは言え、とは言えだ。王族という事を考慮に入れれば、リスクと報酬は釣り合っている気がしないでもないし、王都《オウスヴェル》に行くのも悪い話ではない。
街に来た目的は達成済みだから一旦拠点に戻ろうか、と思っていた程度である。絶対に戻らねばならないという状況でも無い。拠点には分体もいるし、生まれた子らの教育にも問題は無いだろう。
別にココで依頼を受けてもいいのではないか?
結局、そんな軽い気持ちで引き受けたのだが、待ち合わせ場所を門の外に指定された時点で、この依頼の危うさに気が付くべきだった。
一時間後、約束通り門まで出向くと、そこに居たのはお転婆姫と少年の二人だけである。少年は〝収納のバックパック〟とそれよりも多くの品を入れる事ができる高級品の旅行鞄――〝収納のキャリーケース〟を抱えていた。
護衛団は? と聞くと、『置いてきた』とお転婆姫は言う。
え、これ、誘拐って思われるんじゃ……
都市に残してきた分体の情報網を駆使すると、護衛団と思しき連中が姫を探している事が分かった。冷や汗が流れる。正直頭が痛いが、既に契約は成されている。護衛団は置いていくのだ、と言う依頼主の意向は、守らねばなるまいよ。
それに少なくとも頼りにはされているようなので、ここはひとつ、少女の希望に応える事にした。
しょうがない。さっさと王都《オウスヴェル》に行ってしまおう。これも今後の軍資金の為だ。いや、【黄金律】と【幸運】は依然発動中だし、もしかしたらコレだって良い事が起こる予兆なのかもしれない。
もし追手が追いついた時には、お転婆姫がどうにかしてくれるだろう。最悪、追っ手を殺さねばならないかもしれないが、それは姫の責任という事で。
さて、王都《オウスヴェル》には何日で到達するだろうか。俺達は骸骨百足に揺られて、街道を進んでいく。
それにしても、このお転婆姫はどうやら俺の肩が気に入ったようで、まるで椅子に腰かけるように、かなりの時間座っていたのであった。
この世界の歌を歌うほど上機嫌なのだが、一体何なのだろうか。
分からん。分からんが、まあ、王都に着くまでの付き合いだ。
《百六日目》
出立した当初、お転婆姫のお守りは色々と厄介を極めた。
何故か俺以外は、お転婆姫の突飛な行動に気付かない事が多く、かなり危険だったのだ。
街道近くに出没する、巨大な灰色のニワトリ型モンスター〝ビッグコッコ〟に無邪気に近寄って行くわ、骸骨百足から身を乗り出して落ちそうになるわ、料理中に包丁を扱っていた姉妹さん達を後ろから驚かすわ、更には王族という事で畏まっている鍛冶師さん達に『我にひれ伏すが良いぞ』などとのたまうのである。
これらはほんの一例で、他にも色々と困った行動はある。まあ、本当に王族だから最後のは別に問題無いのかもしれないが。
とは言え、だ。
ビッグコッコは駆け出し冒険者が経験値稼ぎに狩るような雑魚だが、一応モンスターはモンスターである。戦闘系の職業を持たない幼い少女が、無手で近づいていい生物ではない。
普段は小さな虫を啄ばむ大人しいビッグコッコも、お転婆姫を追い払おうと翼を広げて威嚇していた。それでも近づこうとするものだから、ついには嘴で攻撃してきた。
幸い嘴が直撃する前に【大気操作能力】の風でビッグコッコを追い払えたが、危険だった事に変わりない。下手すれば目玉を抉り取られていたかもしれない。
骸骨百足の例でもそうだ。
高速で移り変わる景色に気を取られるのは、子供なのだから分からないでもない。しかし結構な速度で走っている骸骨百足から落ちれば確実に怪我するし、死んでしまう可能性すら有り得る。
包丁を扱っている人を驚かしたら、その人が手を切ってしまうかもしれない。
子供が危ない事をしたら叱る、それが大人の責任である。
王族? そんなのは関係ない。むしろ民を率いる王族だからこそ、厳しく躾ける必要があるのだと俺は考える。
そう言う訳で、悪い事をすれば尻を叩きながら何がダメだったのかを共に考え、良い事をすれば頭を撫でながら褒めてやった。
お転婆姫の尻を叩いている時の赤髪ショート達の反応が面白かった、とだけ補足しておこう。
騎士の少年は姫について俺に何も説明しないが、俺以外の皆がいくら注意していても悪戯を実行に移せる様子を見ていると、何か不可思議な力を持っているのだろうと推察できる。
また、王族には珍しく、庶民の常識をよく知っている事にも、何かしら秘密めいたものを感じる。
それにしても、モンスターが危険だと理解していながらも近づいて行く様は、まるで初めて触れる外の世界を精一杯堪能しようとしているような、不思議な印象があった。
年相応に走り回り、笑顔を振りまく姿に思わず笑みが零れる。
そして疲れれば俺のところに来て、背中をよじ登り、肩に座って休憩する。
俺の肩はたった一日で、お転婆姫の特等席になっていた。転げ落ちないように俺の髪をその小さな手で握り締めている様は、赤髪ショート達曰く、かなり可愛らしいそうだ。
眼を離した隙にアッチコッチに行かれるよりも、こうやっていた方が色々と都合が良かったので文句は無い。
ただオーガの肩に乗る美少女、というのは些か目立ち過ぎる。街道ですれ違う様々な種族の冒険者や行商人達はかなり驚いた表情で俺達を凝視してきた。
とは言え、それに気圧される事も無く、俺達は歌いながら楽しく進んでいった訳であるが。
余談だが、ダム美ちゃんと錬金術師さんが面白半分で、男を落とす方法、と言いつつ色々な仕草やら何やらをお転婆姫に伝授する際、実験台として少年騎士が誘惑されていた。初心な少年の姿には笑わせてもらった。
今日も野宿である。
《百七日目》
俺達の早朝の訓練に、お転婆姫と少年が参加した。
騎士である少年は兎も角、お転婆姫までやる必要性は無い。だが、『我もやれるぞ、と言うよりもやってみたいのじゃ』とかなんとか、本人の強い要望があり参加させてみたのである。
お転婆姫の豪奢な服では運動などできるはずも無いので、俺の糸製姉妹さん作の庶民風の服を着させる事にした。
これには少年が異議を申し立てたが、お転婆姫自身が了承した為、少年もしぶしぶ従った。
尤も、お転婆姫に着させた服には分体を仕込んである。多少強く木刀を打ち込まれても分体が衝撃を吸収し、怪我を負う事は無い。痛みが全く無いと鍛錬にならないので多少の衝撃は通るが、お転婆姫はそれも了承済みだ。
訓練を始めてみると、やはり、少年はこの世界特有の弱点とも言える考え方、戦い方をしているのが分かった。
戦技やレベル、【職業】補正によって獲得した戦闘能力に頼り過ぎているのだ。
確かに強力な戦技を使えれば、格上の存在にも痛打を与えられるだろう。レベルを上げれば身体能力は強化され、多種多様な補正を与えてくれる【職業】を手に入れれば単純な【力】が得られる。
ちょっとレアな前衛職が三つもあれば、何の変哲もない、訓練さえろくにしていない十代前半の少年でも、身体能力だけでオーガすらも殺しうる。一方、魔法を扱う職業が一つでもあれば、木造の家屋を一撃で吹き飛ばす事が出来る。それだけの【力】が容易く手に入るのが、この世界だ。
簡単に強くなる方法があるのだから、それに飛びつくのも自然な事だとは理解できる。
しかしそれ等に頼るばかりで得た力など、鍍金で加工したクズ鉄のようなものだ。
どれほど外見を煌びやかにしたところで、その正体はボロく脆い何かでしかない。
基礎的な訓練を繰り返して剣の一振りを身体に刷り込み、使用できる戦技についての理解を深め、純粋な鍛錬によって自分の肉体全てを造り替え、数多の敵を殺害し、他者の命を喰らい、それ等を糧に成長せずして何が強さか。
戦技やレベル、【職業】補正など、強くなる為の選択肢の一つに過ぎない。言ってしまえば刀剣などと大差ない。持ち手がそれを十全に扱えないのでは、どんな名刀も鈍にしかならない。名刀魔剣を持った素人が無手の達人に敗れる、というのも良くある話だ。
最終的に信じられるのは、信じるべきなのは、戦技でもレベルでも、ましてや【職業】でもなく、己自身が身に付けた技法であり心得であり戦術だ。
当然これは俺の個人的な考えでしか無い。違う事を考える者もいるだろう。
それでもそんな事を説きながら、数回気絶するほど少年をしごいて、お転婆姫に素振りの指導などをした。
いやしかし、騎士である少年はさておき、お転婆姫も汗水流しながら真面目に訓練したのには驚いた。普段のお転婆さが窺えない。いや、お転婆なのには変わりないが、楽しそうにやっているので、これで良いのだろう。
朝の訓練が終わると、ダム美ちゃんやお転婆姫、赤髪ショートや風鬼さん達は近くにある川で汗を流しに行った。その間、男衆は適当に汗を拭きとったり、打撲の痕が痛々しい少年を介抱したりして時間を潰した。
その後、街道を進んでいると、相変わらず俺の肩に座るお転婆姫が『もっと面白い道を進んで行くのだ』と唐突に言い出した。
青空を映す河、風の吹き抜ける草原、遠くの方にチラホラとモンスターが見られる広い平原、コボルド種などを発見した雄大な丘陵地など、様々な景色が見られる平和な街道も悪くない。ただ俺としても、多少危険でも、まだ喰った事の無い強いモンスターが生息する地帯に行きたいと思っていた。
依頼人とその護衛両者の意見が一致したので、少年騎士が持っていた周囲一帯が詳細に描かれた地図を基に、現在地から王都に最短距離で向かうルートを選択。
俺達の森よりは小さいが様々なモンスターが生息している《シーリスカ森林》を抜け、大きな滝と温泉で有名だという《メイスン村》を経由し、巨人族の一種だという〝フォモール〟族が暮らす《クラスター山脈》を越えて、〔神代ダンジョン〕から派生してできた〔派生ダンジョン〕と呼ばれる中位ダンジョンを取り囲む迷宮都市《パーガトリ》に到り、そしてそこから北に進んでやっと到着する王都《オウスヴェル》にてゴール、という危険溢れるルートを行く事となった。
このままボルフォルに牽かれてのんびり街道を行けば約十三日、休み不要な骸骨百足に切り替えても八日ほどかかるのだが、この最短ルートならば七日ほどだ。
街道に放って脳内地図の穴埋めをさせていた分体からの情報によると、お転婆姫護衛団一行が俺達を見かけた冒険者などから情報を掻き集めて追ってきている。ココでルートを変更するのは色々と都合が良かった。
コレ以上の面倒事は回避したい。無能な護衛団には、きっとお高くとまった馬鹿な貴族様も居るに違いない。勝手な想像ではあるが、きっとそうに違いない。
取りあえず少年に聞いてみる。苦笑いされた。
居るな、コレは。
俺の【直感】がそう囁いた。
とにかくそんな訳で、邪魔な木々は地形を操作して退かせつつ、俺達は街道を逸れて道無き道を進んでいくのであった。
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