宇宙の騎士の物語

荻原早稀

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第二章 騎士団

12. 宇宙戦 4

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 基力という、超常の力を持ったかつての超人類の末裔が持つ力は、数々の伝説や神話として語られる先祖には比べようもないほど衰弱しているが、それでも常人からは想像もできない力を発揮する。
 つい先ほど、クリシュナ・ゴーシュ少尉の職人芸とでもいうべき妙技を見せつけられた巡宙艦「トレバシェット」のクルーは、次いで基力持ちの異能の凄まじさを見せつけられることになった。
 もちろん、騎士団などという組織に勤めている以上、基力持ちなど珍しくも無いし、幹部クラスの異能持ちがどれだけ強力な戦闘力を持っているかも知っている。
 ただ、宇宙では異能の力を十全に発揮する機会などそうは無い。艦隊戦では目に見えるような異能を発揮する場が無いし、要塞や宇宙都市に上陸する作戦は地上軍か艦隊陸戦隊の仕事だから、艦のスタッフが実見することは無い。
 だから、エステル・ドゥ・プレジール中尉が艦防御目的でギアに乗り出撃した時に、直掩機として「トレバシェット」至近の宙域を固めること以上の期待をかけた人間はいなかったし、当然ながら彼女の異能に期待をかける者もいなかった。


 五隻の宇宙海賊に襲撃されていた「トレバシェット」は、艦長らの操艦のよろしきを得て、クリシュナの絶妙な砲撃もあり、二隻を航行不能に陥れた。残り三隻。
 宇宙海賊は、あるいはその損害により逃走を選ぶのではないかとクリシュナ辺りは思っていたのだが、そうでもない。クリシュナの砲撃を二度と喰らわないように防御フィールドを強化し、砲撃の脅威度設定もマックスにして食い下がってくる。
 意地なのか、別に目的があるのか。
 寄り合い所帯でその場限りの船団を組むことが多い宇宙海賊ではよくあることだが、他の船がどうなろうが、最終的に自分の船が利益を受けられればいいと考え、勝手に離脱したり、勝手に攻撃に入ったり、ばらばらの指揮系統で動くことも多々ある。
 今回もそれだろう。特別な目的があれば、もう少し連携した動きをしてくるものだ。
 宇宙戦の素人であるエステルでさえ、敵の動きが船の単位でしか組織化されず、船と船との連携が見えてこないことに気付いていた。
 艦の格納庫から自在に射出方向を設定できるカタパルトに接続され、艦直掩であるためほぼ加速も無しに虚空に放たれたエステル機。
 期待される動きは、艦と敵無人機の間をチョロチョロ動き回り、小柄故にエネルギー密度に優れる自機の防御フィールドで敵の攻撃を弾いたり逸したりして、艦を守ること。
 それこそAIに任せきりで十分な仕事で、人が乗れば動きが鈍るだけなのだが、それでも乗らなければいけない以上、基力持ちで肉体的な耐久性はピカイチのエステルが乗るのは、道理は通っている。
 コクピットのシートに座りながら、ひたすら全方位から襲い掛かるGに耐え続けるだけの、簡単なお仕事。
 その水準が異常に高いことに初めに気付いたのはクリシュナだったが、概ねそうなることは予想できていたから、特に誰にもいっていない。
 次に気付いたのは艦に関わる通信から敵妨害手段の解析、艦内の保安までを担当している通信士だった。
「少尉、ドゥ・プレジール中尉の機体、異常に動きが良くないですか?」
 私語のしようもないほど狭い戦闘艦橋で、斜め後ろに座っている通信士から声をかけられる。
 クリシュナがうなずく間、他の艦橋要員たちも各種データに目を走らせて、エステルの機体の動きをチェックしている。
「AIが求めてくる動きの、たぶん一番鋭い動きを採用している結果だと思います」
 とクリシュナは答えたが、確信は無い。あるいは、自分でギアの機体を制御しているのかもしれない、と思わないでもないが、それはいくら何でも難度が高すぎるだろう。シミュレータで宇宙空間での訓練も経験はしているだろうが、基本的にギアパイロット専科の訓練コースに叩き込まれない限り、騎士団の士官養成課程では宇宙空間でのギア訓練は行わない。
 ほぼ未経験の宇宙空間であんな動きは出来ない。才能や異能の問題ではない。
「無人機相手に互角に近い動きじゃありませんか?」
「それはいい過ぎだと思いますが……まあ、私などが乗るよりよほど動いているのは確かですね」
「少尉もギアに乗られるのでしたね」
「一応。異能持ちといっても、私の場合は肉体強化はほとんど無いので、大して役にも立たないんですが」
 おかげでつい最近までひどい目に遭っていたのだが、説明するのも面倒なので省く。
 ギア運用を行う管制官は戦闘艦橋ではなく格納庫近くのブースに配置されているので、この問答には加わっていない。管制に入るデータを見ればすぐわかることだが、自分の管理すべきデータ以外のデータを表示させる場所的な余裕は無いので、憶測になる。
 もっとも、臨時で入っているクリシュナには、閲覧権限自体無いのだが。
 実態はどうなのか。


「……っくっ!」
 エステルは、クリシュナと共に遭っていた「ひどい目」を超えるような、強烈かつ予測不可能な加速度に激しく揉まれ、耐Gスーツに下半身を引き絞られながら、気絶しそうになっていた。
 下半身の血液を強制的に上半身に追いやるためのスーツの機能で、下腹部から下がギリギリと絞られているのだが、それでも脳から血が抜ける瞬間があり、その一瞬後に全身の血が脳に叩きつけられ、意識が引き裂かれそうになる。
 AIのパラメータ入力時に、自分の限界値を、標準を遥かに振り切った数値にしたからだ。
 通常、パイロットのそんな勝手な変更は許されない。数値設定は管制が行うことで、パイロットには触れる権限は無い。
 はずなのだが、例外がある。パイロットが士官で、騎士団の通称「異能者規定」で肉体強化系異能者の指定を受けていれば、可能になる。
 エステルはその規定を開放し、最大値に振っていた。新型機の訓練中、行っていたことだ。
 だが、試験中は地上である。宇宙とは条件が全く異なる。
 地上でも空中戦を想定した訓練では壮絶な加速度を経験させられるが、大気という強力な外力の中で動く場合と、その障害がない宇宙空間で動く場合とでは、加速度のかかり方が違う。
 その意味を、エステルはまさにこの瞬間に味わわされていた。
 ちょっと無茶だったかな、と思うが、今更だ。
 慣れていればまた違うのだろう。対処の仕方が身についているのといないのとでは、雲泥の差だ。それは地上でも同じだ。慣れというのは馬鹿にできない。
 他のギアが艦に張り付くようにしているのに対し、エステルの機体だけが離れた虚空を舞う。
 管制からのレーザー通信が何やら怒鳴り声を乗せてくるが、エステルにその意味を捉える余裕は無い。
 間違いなく怒られているんだろうな、とわかるから、いちいち聞いてもいない。
 艦を出てしまえば多少は自由にやらせてもらう、と、エステルは意外に野放図なことを考えながら、コンタクトに表示されるのでブレることがないデータを見た。
 基力で強化していないと、桁外れの加速度に眼球自体がぶれたり歪んだりしてまともに見えないのだが、エステルの目はがっちりと基力が効き、少しもぶれない。
 観測できる敵の無人機は一八機。うち六機が航行不能になった船のものだが、元々射出されてしまえばほとんどスタンドアローンなので、自律的に動いているから、母艦がどうあろうとあまり関係が無い。
 それら無人機のうち、五機がエステルの異常な動きに反応し、迎撃しようという軌道を取り始める。
 視線で射線を設定しながら、エステルはAIが管理する自機の軌道計算には手を入れず、姿勢制御用のため今は動いていない、ギアの腕や足に付いたスラスターを吹かした。
 あふれるエンジン出力で強力な電力を生み、ブラズマを制御して推進力に変える仕組みのスラスターだが、推進力がメインの推進機と比べて大きいわけではない。
 それでも、軌道を変える力はある。
 AIが作る軌道はそもそも読めないものだが、エステルの余計な動作が更に不規則性を高める。
 もっとも、不規則に不規則を加えたところであまり意味はない。
 意味があるのは、この動きの中でも自分がギアを操作できたという、エステルの自信だ。
 襲いかかる慣性重力に負けず、コクピットのシートの中で、エステルはコントロールレバーについているいくつかのキーや、視線を読み取るヘルメットのセンサーを使って機体に指示を出し、繊細な操作で腕や脚を動かし、スラスターから推進剤を高速で噴射させることができた。
 無人機ほどには無茶な動きは出来ないにしても、多少のコントロールなら出来る、と思ったエステルは、敵無人機からの攻撃で自機の防御フィールドが光り、減衰しきれなかったレーザーのエネルギーが装甲に当たるのを感じながら、それを無視してペダルを踏み込んだ。
 地上型と違い、パイロットの四肢を包むようなコントロールデバイスは無い。宇宙型のコクピットはパイロットがシートに座り、ペダルやレバーと視線や意思で機体を操作する。
 ペダルを踏まれたことで操作系のほとんどをパイロットにゆだねた機体は、AIが補正して軌道に不規則性を加えてはいたが、大まかにはパイロットの意図するように進み始める。
 その方向は、敵船の一隻への直線コース。宇宙で最も忌まれる軌道だ。
 AIがその軌道を察知して強制的にコースを変更しようとするのを、エステルは無視。
 なぜ忌まれるかといえば、直線ということは極めて予測がつきやすいということだし、直進しかしないレーザー兵器にとって一番当てやすいのは、自分に向かってくる敵を撃つことだからだ。
 AIが止めようとするのは当然で、無視するエステルが異常だ。
 案の定、軌道の先にある船からの射線が、一気にエステル機に集中する。
「計算、どお、りっ」
 直進コースとはいえ、補正がかけられて不規則に加減速と上下左右への微動、あらゆる方角への回転などが加えられる機体の中で、エステルは途切れ途切れにつぶやく。
「もっと、集ま、れっ!」
 無駄でも打たなくては当たらないとばかりに、エステルは特に狙いもせず、ギアが装備した重粒子砲を低い出力で撃ちまくる。
 狙っていないのはエステルだけで、機体の方はエステルのトリガーを感知したタイミングで最適化した砲撃を繰り出しているのだが。
 それでも、そう当たるものではなく、敵船の一隻に狙いを定めて飛ぶエステル機に対し、無人機が次々と追尾に入る。数にして一八機中半分の九機。
 エステル機は防御フィールドの展開を四つに分割できる。その機能を使い、四つの方向までは同時に対処できるが、フルパワーで四方向の防御など長続きするものではない。機械にかかる負荷が大きすぎる。
 敵の数が九機になり、いよいよ危地に陥るかに見えたエステル機だが、そうはならなかった。
 エステルからしたら簡単な話だ。
 直進、つまり敵船の一隻に対して最短コースで疾駆するエステルに対し、敵無人機はアルゴリズムが命じるままに、安全ではあるが効率は悪い、大回りな三次元の不規則運動を交えたコースをたどっている。
 同じ距離を進むなら、同じ方向に向かって全力で加速したほうが速いに決まっている。
 敵は無人機を、距離が十分詰まる前に出した。
 エステルから見たら、敵がこちらが自由に動けるスペースを作ってくれたようなもので、無人機と交錯する前に充分加速し、会敵してからもさらに増速を続けていれば、自然、敵無人機はすべてエステル機を後ろから追う態勢になる。
 投影面積の少ない側を敵に見せ、防御フィールドを集中展開することもできる。
 敵船からの砲撃を食らいかねないリスクは大きいが、少なくとも一時的に敵無人機を無力化してみせたことになるだろう。
 そんな利点は、敵船との距離が縮まれば霧消してしまう、無茶な行動なのだが、これも地上戦では日常茶飯事なやり方だ。やる方には決死の覚悟は必要だが。
 敵船は、正確には敵船のAIは、さすがに無謀にも単機突進してくるエステルのギアに対し、警戒度を上げて精密砲撃をしかけてくる。
 いくら有人機でもワープの機構を持つようなでかい船と比べれば、機動力は遥かに高い。エステルにあまり近付かれると、思わぬ怪我をすることもあるかもしれない。
 エステルはその敵船からの砲撃をAIにかわさせつつ、増速はやめない。
 敵船との相対速度は秒速一〇〇キロメートルほどにまで高まる。接近する速度、といい代えた方が良いか。
 そうなると、敵からのエステル機に対する脅威度評価は加速度的に上がっていく。
 無人機たちは、完全にエステル機をロックし、巡宙艦「トレバシェット」からの砲撃ももはや無視し、全速でエステルを追った。
 ここでポイントは、敵船とエステル機を結ぶ線を伸ばした先には、無人機は入り込まないということだ。当たり前だ。船からの砲撃のほとんどはエステルに当たらないのだから、その線上に入ったら誤爆を受けてしまう。
 エステル機が、それを読んだかのように、突然逆方向に大増速した。地上の見方で考えれば大ブレーキだ。
 異常なまでの大ブレーキで敵無人機に自機を追い越させ、振り切ろうというのか。
 少なくとも無人機のAIたちは少なからずそう判断した。
 目標に直線で突進するという、間抜けなことを考えるパイロットがやりそうなことだ。そんなもので無人機が振り切れるはずがないのに。
 いくら異能があろうと、人間が耐えられる負荷など、無人機からしたらたかが知れている。エステル機との距離がまたたく間に縮まる。
 距離が縮まるということは劇的に砲の命中率が上がるということだ。自分から包囲網に入って行くかのようなエステルのギアに、無人機は殺到した。
 すれ違いざまにエステルが何を撃とうと、当たる数は知れている。まして、不規則運動をやめているわけではない無人機に、そう当たるものではない。
 エステル機が好餌になるとみた無人機の群れは、更に増えて計一一機。
 リアルタイムで観測していた人々が思わず声を上げる。エステルは瞬時に絶体絶命の危機に陥っていた。
 距離を恐ろしいほどの速さで詰めた無人機たちが、エステルのギアを袋叩きに叩く。
 はずだった。


 次の瞬間、人々は絶句した。
 無人機が複数、爆光を上げていた。
 何が起きたかわからない、クリシュナを除いた人々を置き去りにして、事態は進む。


 エステルは、重粒子砲を知り尽くしている。経験が少ない新人中尉だが、再訓練とテストに明け暮れる濃密な日々の中で、「狙撃者」クリシュナから、重粒子砲を始めとするギア用の武器の反則的な使い方をしこたま仕込まれていた。
 エステルのギアは、重粒子砲を二門装備している。一門を右腕に持ち、一門は背中の推進ユニットの左側に取り付けている。
 その砲を、加熱した重粒子を散弾のようにばらまくモードにしたまま、設計上の最大量を限界まで加速させ、一度キャンセルしつつ、事前にプログラムしていたコードを起動し、AIのコントロールを切る。
 射出レールに接続されないまま加熱された重粒子は圧力を高めたままだが、射撃をキャンセルすると、そのままにしていては機械的に破壊されてしまうので、圧力を開放した上で減速しながら排出する。
 彼女が流したコードは、砲に弾体を排出させない。砲が壊れるので技術陣からしこたま怒られるやり方だが、圧力も温度もそのままに、ユニット内でグルグルと凄まじい速度を保ったまま重粒子が更に増量され加熱されていく。
 安全装置を切って限界を超えさせた弾体は、砲を破壊し自爆する寸前に一部が気化する。
 そのタイミングで、エステルのギアは機体を回転させ、右腕の砲と背後の砲を撃ち放った。
 そのタイミングは、無人機たちが自分の機体に最接近する瞬間だった。
 レールガンとしての射出部は、弾体を収束したまま射出するために凄まじい圧の電磁場をかけているのだが、そのおかげで、一部が気化し爆発する弾体は無理矢理に撃ち出される。
 不揃いの散弾のように、砲の設計値を遥かに超えた速度で飛び出た弾体は、エステル機から四方八方に飛ぶ。
 距離を詰めていた無人機たちにとって、防御フィールドを突き破るほどのエネルギー量を持つ多数の粒は、致命的だった。
 不規則な動きなど、距離の近さと粒子の多さの前には意味が無い。設計値から砲の限界を知る無人機にとって、砲を無駄に壊すような突飛なこの攻撃は完全に想定の外にあり、対応などできるはずがなかった。
 多少の想定外は許容するAIも、多少どころではない想定外は吸収しきれない。
 砲二門を犠牲にしながら、エステルは無人機を五機爆散させ、ニ機を行動不能にしていた。
 さらに、エステルの動きは止まらない。
 近距離になったのをいいことに、エステルは最大推力で強引に方向を変えながら、無傷だが行動の判断がつかないのか停止に近い状況にあった無人機に肉薄し、肩の装甲に装備されているレーザー砲で撃ち抜いた。
 これで撃破スコアは八機。
「やった!」
 ここまで上手くいくとは思っていなかったエステルが快哉を叫ぶ。


「褒めていいんだか、怒るべきなんだか……」
 このやり方を教えたクリシュナは苦笑している。この場面であれをやってのける強心臓と恐ろしいほどの身体能力に呆れながら。
「……なんと、まあ……」
 艦長が呆気に取られている。他のメンツも似たようなものだ。あまりの事態に言葉も出てこない。
 呆然としたのは敵も同じことだったらしい。
 宇宙海賊の残り三隻は、何が起きたのかとっさに判断がつかなかったようだが、無人機が一気に八機も撃ち落とされたことがわかると、もはや「トレバシェット」を攻撃することがリスクでしかないと判断したらしい。
 破壊した砲の熱でボロボロになった腕部ユニットをぶら下げたエステルのギアが「トレバシェット」に向けて帰投しようとした頃、宇宙海賊たちは未練なく撤退を始めた。
「トレバシェット」側も追うような余力は無いので、ここで戦いは幕を閉じた。
 異能がどうこうより、経験と思い切りの良さとで状況をひっくり返してみせたクリシュナとエステルの活躍に、「トレバシェット」の人々は絶句するしかないのだった。
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