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第二章 騎士団
10. 宇宙戦 2
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砲戦が激化する中で、戦術士官から「貴官の感覚で構わないから」と、AIから求められる二つから五つの目標やタイミングの選択肢を選び取る任務を任されてしまい、ただイエスとAIに応じているだけではいられなくなっていたクリシュナだが、艦長達が期待する以上の働きを見せていた。
狙撃手である前に経験豊富な兵士であり、軍曹時代はギア戦も行っていた彼女には、瞬時に戦況を判断する能力と、敵が嫌がる選択肢を正確に選び取る勘とが備わっていた。地上と宇宙では分野違いとはいえ、決して素人ではない。
艦の進行方向や敵の動きを見ながら素早く予測し、狙撃手としての経験から得た人間が陥りがちな癖やミスを読みきり、次々に砲に指示を与えていく。
管制はあくまでも艦が行っているとはいえ、その指示は見事で、やがて宇宙海賊の船が一隻、砲の直撃を後部船体に受けて航行不能になり、戦闘から脱落した。
相手も防御フィールドを張っている中で直撃を与えられたのは、クリシュナの指示で最大限に収束させたエネルギービームが、正確な射角で何本もほぼ同じ位置でフィールドに当たり、そのエネルギー密度で突き破って船体に到達したということだ。
理屈は地上と変わらない。
速度域が地上とは桁違いで、距離もめまいがするほど離れてはいるが、AIの補正が入るから、全然対応できないほどの問題にはならなかった。
地上戦につきまとう限定戦闘の制約が、宇宙戦にはほぼ無いのが良い方に働いている。
地上戦では、成層圏以上の上空からの攻撃禁止や、一定以上の爆発を生む兵器の禁止、完全に自動で行う攻撃の禁止など、様々な制約が課せられる。クリシュナなどはそれに慣れきってしまっているが、惑星保護や自然環境の保護などの原則を持ち出す必要がない宇宙では、それらの制限が無い。
だからこそAIを使い倒しているのだし、大出力のエネルギービームも使える。
その結果として、クリシュナは宇宙海賊の船を一隻戦闘不能に出来た。
この段階で航行不能な敵が出るとは思っていなかった艦長たちは、快哉を叫んだ。
「やるじゃないか少尉、その調子で頼む」
そんなこといわれても、まぐれ当たりだしなあ、と本人は素っ気なく思っている。
狙撃手としての彼女には、手応えが無かった。AIが提示してきた選択肢の積み重ねの中で偶然いい感じに当たっただけだ、と思っている。自分の仕事じゃない、AIの仕事だ、と。
狙撃位置の選定から姿勢作り、狙撃対象の選定に実際の射撃まで、一から十まで行って戦果を上げてきた彼女にとって、選択肢を提示してもらって選んでいっただけというのは、AIから功績を奪うような感じがしてあまり気分は上がらない。
自分の功績だといわれても、戸惑ってしまう。
まだ戦闘が続いているのが、救いといえば救いだ。目の前のやるべき事に集中していれば良い。直前の戦果など、次の選択肢には何の関わりも無いのだ。
艦橋、というのは、少なくともこの時代の一般的な宇宙船の場合、操船操艦を行うための指揮所のことを指す。
通常航行中は広い空間にゆったりとした配置で席が置かれ、無重量空間で無駄な事故が起きないよう、微弱な慣性重力を発生させていることが多い、通常艦橋を使う。
たいていの船は、恒星間航行を行う場合、つまり時空跳躍を行う場合も通常艦橋を使う。たまに、構造上あるいはデザインの問題で、跳躍時だけ別の部屋に入る船もある。
それが戦闘ともなれば、様々な障害からスタッフを守るために、強力な防御機甲に守られた戦闘艦橋に移動する。
閉塞的な宇宙勤務のストレスを緩和するために広く作られている通常艦橋と比べ、戦闘中しか使わない戦闘艦橋は狭く、だが極めて機能的に出来ている。
慣性重力がエラーで暴走しても困るので、戦闘中は微重力もカットされる。
窓は意味が無いから無く、壁は各種モニターで埋まり、前後左右に三次元の空中投射型モニターがズラリ並んで、各種データを刻々と遷り変わるグラフやアニメーションで表現している。
外の光景をモニターに出すようになるのは、寄港する時や地上降下する時くらいだ。それ以外は非常に殺風景なのが戦闘艦橋だった。
私の部屋といい勝負だよね、とクリシュナが自虐気味に思いつつ、艦橋用の余計な付属物が無い宇宙服を着たまま任務に勤しむ。
宇宙服は宇宙艦艇の外殻と似たような構造になっている。真空と放射線の嵐から人間の体を守るため、炭化水素と珪素の複合繊維と、指向性を高めて障壁性能を上げた電磁場発生強化繊維の混紡で織られた生地を、超炭素繊維の被膜で隙間無く覆い、与圧減圧の衝撃に耐えられるよう各部に補強縫いを幾重にも入れたものだ。
微細なスペースデブリからならしっかり体を守ってくれるし、当然ながら空気漏れするようなことは無い。まともな保守点検をしていれば、だが。
ヘルメットはさほど大きくない。大きければ艦内勤務に支障をきたすのだから当然だ。首周りはフリーフランジ構造で割と可動域が広いので、キョロキョロしても問題無い。
スーツの締め付けはほとんど無く、通常服の上から着られないこともなく、電源さえあれば温湿度管理も快適で、排便用の道具を手順通り身に付けておけば三日程度は処理を続けてくれる。
ヘルメットはでかい上に微動だにせず、スーツには様々な補機類が着いていて鈍重で、一人で脱ぎ着するのが困難な上に、専用の下着の上に着るのでどうしても装着まで時間がかかり、総重量四〇キログラム強という非人道的な重さがあるので移動もままならないという、地上型ギアのパイロットスーツを嫌というほどよく知っているクリシュナからしたら、宇宙艦艇の宇宙服など、快適すぎて涙が出る。
大して責任も負わず、割と安楽な環境で、割と快適な宇宙服を着て、なんだかよくわからないなりに頑張っているクリシュナは、地上でのあの試験機地獄から考えれば、完全にぬるま湯の中だわ、などとドMくさいことを考えたりするのだった。
やがて彼我の距離が詰まってくると、相対速度も差が無くなってくる。
当然、砲の精度が上がる。
制式艦の砲の精度を嫌った宇宙海賊は、戦術を変えてくる。
数に物をいわせた包囲戦を挑むには、いくら老朽艦といえど相手が悪いと思ったようで、このまま砲戦を継続しない選択をした。
砲撃に向けていたエネルギーを防御フィールドに割り振り、砲の精度を無視して不規則軌道の動きを加速させながら、宇宙海賊の船は、その船体からポロポロと光をこぼした。
ジャミングの激しいノイズで電磁波観測による索敵はほとんど機能していないが、重力波や素粒子放射観測による索敵で、敵の行動は大まかにわかる。
AIは、敵の動きを解析して結果を返してくる。
小型舟艇あるいは小型砲台の分離。
あら、砲戦諦めて、戦闘機戦でも始めようってことか?
彼我の距離がある程度詰まれば、戦闘機の強力な機動性が有効になってくる。あまり船同士が近付きすぎると一発勝負のギャンブルになるから、ある程度距離を保った上で、小型軽量ゆえに機動性に優れた兵器を使って敵を撃滅する。
宇宙時代以前の航空戦全盛期、海洋ではごく当たり前だった発想だ。海に浮かぶ船はあまりに鈍重なので、比べ物にならないほど機動性が高い航空戦力がその護衛を行い、あるいは攻撃を行う。
時空を跳躍できず、自力での加速性能にも限界がある小型舟艇あるいは宇宙戦闘機は、宇宙戦闘の花形とはいいにくいが、有効な武器ではある。
こちらにもそれらがあれば対抗のために出さなければならないが、この時は配備が無い。
ギアはあったが、あれは完全な宇宙空間での戦いにはほぼ用いない。それ用に作られていないから、障害物もろくに無い宙域で戦闘機相手に戦えるものではない。
かといって、戦闘機相手に巡宙艦が立ち向かうのは、なかなかリスクが大きい。相手に対して機動力が落ちすぎる。
防御力も攻撃力も圧倒しているのだから、ギアもうまく使いつつ損害覚悟で迎え撃つしかない。
「ギアは出撃準備を整えつつ待機、指令あり次第敵を迎撃せよ」
わずか三機のギアは、既に準備を終えている。出撃の命令が下るのを待っていた。
そのうちの一機にエステルが乗っていると思うと、クリシュナを焦燥が襲う。
あの中尉のことだから色々上手くやって見せそうだが、今回は戦力に差がある。向こうの戦闘機に対し、地上軍ではほとんどが引退済みである型落ちのギアに乗っていては、本当に撃ち落とされかねない。
新型が出来上がっていれば話は違ったのかもしれないが、後の祭りだ。
クリシュナは眼の前の事にただ集中することにした。
この距離ならむしろ……と思いつき、AIが出す正解には含まれない行為を、それとなく行いつつ。
具体的には、艦に搭載されてはいても、今はほぼ動いていない実体弾の砲の制御を開放することだ。
要は、地上戦でカノン達ギア部隊がさんざん使っていた、あの砲の宇宙版。
動かない敵を倒すのには、エネルギービームなどより、高質量弾を超高速でぶち当てた方が威力は遥かに高い。動かない敵が宇宙にはほとんど存在しないために、普段は誰も使おうとしないが。
使うとしたら、要塞戦か極近接戦の場合で、むしろ戦闘よりは微小天体の排除などスペースデブリの除去に使う方が多い。
クリシュナはAIに問い合わせ、砲を艦の制御から外して自分が制御できるか調べた。
士官なら出来るらしい。
つい最近士官になった身を褒めつつ、自分のコンソールの一つに重粒子レールガンの制御を割り付けた。
宇宙用のギアなど、シミュレーションでしか操作経験が無いエステルが、旧式ギアのコクピットで操作の確認に必死になっている。
士官育成課程の訓練でも見たことがない旧型のギアは、操作系だけはさすがに更新されていたから、コクピット内の取り回しなどに迷うことはなかったが、何しろ機体形状も関節系もパワーも武装も違うし、何より無重力での機体制御など感覚が全く無い。
基本的にエンジニアは人間のことなど少しも信用していないので、機体制御などはすべて機体に任せれば良く、どう動いてどこに行きたいのかを指示すればそのとおりにきれいに制御してくれるのだが、地上機しか知らないエステルには、まずその感覚が馴染めない。
どこまで機体の自動制御を信用して良いのかの境目が、見当もつかずにいた。
たぶん、器用で経験も豊富なクリシュナ先輩なら上手くやるんだろうな。
艦橋要員に引っ張っていかれた年上の先輩を思うと、恨めしくなってきた。どうして一緒にいさせてくれなかったんだろう。
彼女が経験皆無の中尉であることは誰もがわかっていて、それでもギアパイロットとしてコクピットに収まっていることは出来るし、多少荒っぽく機体が動いても平気な人間であることもわかっている。実はそれができる人間がいるというだけで貴重で、艦のスタッフたちにとってはありがたい人材なのだが、そのあたりの感覚もエステルにはわかりにくい。
「座っていてくだされば、あとはギアがやります」
と、担当の後方管制員もいっていた。地上戦ギアとは違い、無人機のように自律行動できるようになっているのだから、当然といえば当然だ。
乗る意味無くない?
と思わないでもない。地上のように国際法における制約で「人間が乗っていなければならない」という縛りがないのだから、無人機にしたほうがよほどいい動きをするだろう。
「そうもいかないんですよ、艦から離れたらほぼスタンドアローン(孤立)になるので」
妨害により母艦との無線通信はほぼ通じなくなるし、ランダムな軌道で動き回っている最中にレーザー通信を艦に向けるのはさすがに至難の業だ。
ギアのAIはもちろん自律制御で任務を完遂しようとするし、無理なら敵を振り切って帰投するなり逃げ去るなりする。その節目節目で人間による判断を行う必要がある。
機体に責任を負わせることは出来ない。責任は、人間しか取れない。
そのあたりを有耶無耶にして無人機をガンガン使う陣営もたくさんある。まず間違いなく、宇宙海賊などは無人機しか使わない。法に従う義理など賊にあるはずがないのだから。
フェイレイ・ルース騎士団は、地上だろうが宇宙だろうが海中だろうが、どこであろうと法は遵守する。それを大前提にして行動しているからこそ、特定の国に従うことなく独立系の組織でやってこられた。
である以上、敵である賊共と同様に無人機を使って相手を屠るような真似はできなかった。
機械に任せるといっても、その中で座っているだけでだいぶプレッシャーになる。体も相当きついし、自分で動かしていない機械の中にいると疲労が倍増するのは、車でもギアでも同じことだ。
むしろ操作の方法を知るために色々と調べたり試したりしている方が、気が楽だった。多少でも気が紛れる。
などとやっている内に、敵戦闘機からの弾着で艦が揺れた。
防御フィールドを破られたようだが、外郭はその直撃に耐えたらしいとデータに表示された。
宇宙の感覚に慣れていないエステルはやや動揺する。
ギアに乗っているから、少しの動揺で済んだのかもしれない。いざとなればギア一つで虚空に飛び出せば、危険になった艦内からは逃げ出せる。
たが、この艦にはクリシュナも乗っている。
戦闘艦橋は頑丈に作られているし、いざとなれば、艦から切り離されて単独でも生存できるよう作られているはずだ。
しかしそれは安全を意味しないだろう。宇宙海賊が、戦闘艦橋に乗るような面々を見逃すはずがない。士官クラスを数人捕まえたとなれば、身代金交渉にも使える。騎士団に恨みでもあれば、女性であるクリシュナには様々な「使い道」もあるだろう。
そこまで想像が行き着いて、エステルは瞬時に腹を立てた。
そんなものに先輩が巻き込まれてたまるものか。
自分が宇宙戦に不慣れなことに、歯ぎしりする。
ただでさえギアは宇宙戦闘機に比べて不利だというのに。
もっとも、宇宙海賊が持つ戦闘機が、それなりの性能を持つ、それなりの年式であればの話だ。
旧式の、整備もさほど行き届いていない機体の可能性だってある。所詮海賊なのだから。
でもそうでない可能性も高い。わざわざ騎士団の艦に喧嘩を売ってくるくらいなのだから、自分達の戦力にそこそこの自信はあるのだろうから。
でも、とエステルの思考はぐるぐると回り始め、やがて戦場経験がそれを断ち切った。
意味のない思考は戦場では命を削る愚行だ。
とにかく、あの戦闘機共を何とかすることだ。それ以外にエステルがするべきことは無い。AI任せでしかないとしても。
腹を立てたからか、それまでの緊張が戦意にすり替わった。
エステルの思考に反応し、AIが攻撃のオプションを幾つも提案してくる。ノイズの除去のためにかなり深いカスタマイズが必要な神経系制御は行っていないが、その程度ならできる。
エステルのそれまでの学習や戦闘経験が、次々に出てくるAIからの提案を瞬時に判断させ、取捨選択し、戦術行動を組み上げていく。
どうもエステルには、その見た目や普段のおとなしさに反し、瞬時に沸騰する悪癖と、それなりに戦闘を組み立ててしまう喧嘩屋としての素養があるらしかった。
狙撃手である前に経験豊富な兵士であり、軍曹時代はギア戦も行っていた彼女には、瞬時に戦況を判断する能力と、敵が嫌がる選択肢を正確に選び取る勘とが備わっていた。地上と宇宙では分野違いとはいえ、決して素人ではない。
艦の進行方向や敵の動きを見ながら素早く予測し、狙撃手としての経験から得た人間が陥りがちな癖やミスを読みきり、次々に砲に指示を与えていく。
管制はあくまでも艦が行っているとはいえ、その指示は見事で、やがて宇宙海賊の船が一隻、砲の直撃を後部船体に受けて航行不能になり、戦闘から脱落した。
相手も防御フィールドを張っている中で直撃を与えられたのは、クリシュナの指示で最大限に収束させたエネルギービームが、正確な射角で何本もほぼ同じ位置でフィールドに当たり、そのエネルギー密度で突き破って船体に到達したということだ。
理屈は地上と変わらない。
速度域が地上とは桁違いで、距離もめまいがするほど離れてはいるが、AIの補正が入るから、全然対応できないほどの問題にはならなかった。
地上戦につきまとう限定戦闘の制約が、宇宙戦にはほぼ無いのが良い方に働いている。
地上戦では、成層圏以上の上空からの攻撃禁止や、一定以上の爆発を生む兵器の禁止、完全に自動で行う攻撃の禁止など、様々な制約が課せられる。クリシュナなどはそれに慣れきってしまっているが、惑星保護や自然環境の保護などの原則を持ち出す必要がない宇宙では、それらの制限が無い。
だからこそAIを使い倒しているのだし、大出力のエネルギービームも使える。
その結果として、クリシュナは宇宙海賊の船を一隻戦闘不能に出来た。
この段階で航行不能な敵が出るとは思っていなかった艦長たちは、快哉を叫んだ。
「やるじゃないか少尉、その調子で頼む」
そんなこといわれても、まぐれ当たりだしなあ、と本人は素っ気なく思っている。
狙撃手としての彼女には、手応えが無かった。AIが提示してきた選択肢の積み重ねの中で偶然いい感じに当たっただけだ、と思っている。自分の仕事じゃない、AIの仕事だ、と。
狙撃位置の選定から姿勢作り、狙撃対象の選定に実際の射撃まで、一から十まで行って戦果を上げてきた彼女にとって、選択肢を提示してもらって選んでいっただけというのは、AIから功績を奪うような感じがしてあまり気分は上がらない。
自分の功績だといわれても、戸惑ってしまう。
まだ戦闘が続いているのが、救いといえば救いだ。目の前のやるべき事に集中していれば良い。直前の戦果など、次の選択肢には何の関わりも無いのだ。
艦橋、というのは、少なくともこの時代の一般的な宇宙船の場合、操船操艦を行うための指揮所のことを指す。
通常航行中は広い空間にゆったりとした配置で席が置かれ、無重量空間で無駄な事故が起きないよう、微弱な慣性重力を発生させていることが多い、通常艦橋を使う。
たいていの船は、恒星間航行を行う場合、つまり時空跳躍を行う場合も通常艦橋を使う。たまに、構造上あるいはデザインの問題で、跳躍時だけ別の部屋に入る船もある。
それが戦闘ともなれば、様々な障害からスタッフを守るために、強力な防御機甲に守られた戦闘艦橋に移動する。
閉塞的な宇宙勤務のストレスを緩和するために広く作られている通常艦橋と比べ、戦闘中しか使わない戦闘艦橋は狭く、だが極めて機能的に出来ている。
慣性重力がエラーで暴走しても困るので、戦闘中は微重力もカットされる。
窓は意味が無いから無く、壁は各種モニターで埋まり、前後左右に三次元の空中投射型モニターがズラリ並んで、各種データを刻々と遷り変わるグラフやアニメーションで表現している。
外の光景をモニターに出すようになるのは、寄港する時や地上降下する時くらいだ。それ以外は非常に殺風景なのが戦闘艦橋だった。
私の部屋といい勝負だよね、とクリシュナが自虐気味に思いつつ、艦橋用の余計な付属物が無い宇宙服を着たまま任務に勤しむ。
宇宙服は宇宙艦艇の外殻と似たような構造になっている。真空と放射線の嵐から人間の体を守るため、炭化水素と珪素の複合繊維と、指向性を高めて障壁性能を上げた電磁場発生強化繊維の混紡で織られた生地を、超炭素繊維の被膜で隙間無く覆い、与圧減圧の衝撃に耐えられるよう各部に補強縫いを幾重にも入れたものだ。
微細なスペースデブリからならしっかり体を守ってくれるし、当然ながら空気漏れするようなことは無い。まともな保守点検をしていれば、だが。
ヘルメットはさほど大きくない。大きければ艦内勤務に支障をきたすのだから当然だ。首周りはフリーフランジ構造で割と可動域が広いので、キョロキョロしても問題無い。
スーツの締め付けはほとんど無く、通常服の上から着られないこともなく、電源さえあれば温湿度管理も快適で、排便用の道具を手順通り身に付けておけば三日程度は処理を続けてくれる。
ヘルメットはでかい上に微動だにせず、スーツには様々な補機類が着いていて鈍重で、一人で脱ぎ着するのが困難な上に、専用の下着の上に着るのでどうしても装着まで時間がかかり、総重量四〇キログラム強という非人道的な重さがあるので移動もままならないという、地上型ギアのパイロットスーツを嫌というほどよく知っているクリシュナからしたら、宇宙艦艇の宇宙服など、快適すぎて涙が出る。
大して責任も負わず、割と安楽な環境で、割と快適な宇宙服を着て、なんだかよくわからないなりに頑張っているクリシュナは、地上でのあの試験機地獄から考えれば、完全にぬるま湯の中だわ、などとドMくさいことを考えたりするのだった。
やがて彼我の距離が詰まってくると、相対速度も差が無くなってくる。
当然、砲の精度が上がる。
制式艦の砲の精度を嫌った宇宙海賊は、戦術を変えてくる。
数に物をいわせた包囲戦を挑むには、いくら老朽艦といえど相手が悪いと思ったようで、このまま砲戦を継続しない選択をした。
砲撃に向けていたエネルギーを防御フィールドに割り振り、砲の精度を無視して不規則軌道の動きを加速させながら、宇宙海賊の船は、その船体からポロポロと光をこぼした。
ジャミングの激しいノイズで電磁波観測による索敵はほとんど機能していないが、重力波や素粒子放射観測による索敵で、敵の行動は大まかにわかる。
AIは、敵の動きを解析して結果を返してくる。
小型舟艇あるいは小型砲台の分離。
あら、砲戦諦めて、戦闘機戦でも始めようってことか?
彼我の距離がある程度詰まれば、戦闘機の強力な機動性が有効になってくる。あまり船同士が近付きすぎると一発勝負のギャンブルになるから、ある程度距離を保った上で、小型軽量ゆえに機動性に優れた兵器を使って敵を撃滅する。
宇宙時代以前の航空戦全盛期、海洋ではごく当たり前だった発想だ。海に浮かぶ船はあまりに鈍重なので、比べ物にならないほど機動性が高い航空戦力がその護衛を行い、あるいは攻撃を行う。
時空を跳躍できず、自力での加速性能にも限界がある小型舟艇あるいは宇宙戦闘機は、宇宙戦闘の花形とはいいにくいが、有効な武器ではある。
こちらにもそれらがあれば対抗のために出さなければならないが、この時は配備が無い。
ギアはあったが、あれは完全な宇宙空間での戦いにはほぼ用いない。それ用に作られていないから、障害物もろくに無い宙域で戦闘機相手に戦えるものではない。
かといって、戦闘機相手に巡宙艦が立ち向かうのは、なかなかリスクが大きい。相手に対して機動力が落ちすぎる。
防御力も攻撃力も圧倒しているのだから、ギアもうまく使いつつ損害覚悟で迎え撃つしかない。
「ギアは出撃準備を整えつつ待機、指令あり次第敵を迎撃せよ」
わずか三機のギアは、既に準備を終えている。出撃の命令が下るのを待っていた。
そのうちの一機にエステルが乗っていると思うと、クリシュナを焦燥が襲う。
あの中尉のことだから色々上手くやって見せそうだが、今回は戦力に差がある。向こうの戦闘機に対し、地上軍ではほとんどが引退済みである型落ちのギアに乗っていては、本当に撃ち落とされかねない。
新型が出来上がっていれば話は違ったのかもしれないが、後の祭りだ。
クリシュナは眼の前の事にただ集中することにした。
この距離ならむしろ……と思いつき、AIが出す正解には含まれない行為を、それとなく行いつつ。
具体的には、艦に搭載されてはいても、今はほぼ動いていない実体弾の砲の制御を開放することだ。
要は、地上戦でカノン達ギア部隊がさんざん使っていた、あの砲の宇宙版。
動かない敵を倒すのには、エネルギービームなどより、高質量弾を超高速でぶち当てた方が威力は遥かに高い。動かない敵が宇宙にはほとんど存在しないために、普段は誰も使おうとしないが。
使うとしたら、要塞戦か極近接戦の場合で、むしろ戦闘よりは微小天体の排除などスペースデブリの除去に使う方が多い。
クリシュナはAIに問い合わせ、砲を艦の制御から外して自分が制御できるか調べた。
士官なら出来るらしい。
つい最近士官になった身を褒めつつ、自分のコンソールの一つに重粒子レールガンの制御を割り付けた。
宇宙用のギアなど、シミュレーションでしか操作経験が無いエステルが、旧式ギアのコクピットで操作の確認に必死になっている。
士官育成課程の訓練でも見たことがない旧型のギアは、操作系だけはさすがに更新されていたから、コクピット内の取り回しなどに迷うことはなかったが、何しろ機体形状も関節系もパワーも武装も違うし、何より無重力での機体制御など感覚が全く無い。
基本的にエンジニアは人間のことなど少しも信用していないので、機体制御などはすべて機体に任せれば良く、どう動いてどこに行きたいのかを指示すればそのとおりにきれいに制御してくれるのだが、地上機しか知らないエステルには、まずその感覚が馴染めない。
どこまで機体の自動制御を信用して良いのかの境目が、見当もつかずにいた。
たぶん、器用で経験も豊富なクリシュナ先輩なら上手くやるんだろうな。
艦橋要員に引っ張っていかれた年上の先輩を思うと、恨めしくなってきた。どうして一緒にいさせてくれなかったんだろう。
彼女が経験皆無の中尉であることは誰もがわかっていて、それでもギアパイロットとしてコクピットに収まっていることは出来るし、多少荒っぽく機体が動いても平気な人間であることもわかっている。実はそれができる人間がいるというだけで貴重で、艦のスタッフたちにとってはありがたい人材なのだが、そのあたりの感覚もエステルにはわかりにくい。
「座っていてくだされば、あとはギアがやります」
と、担当の後方管制員もいっていた。地上戦ギアとは違い、無人機のように自律行動できるようになっているのだから、当然といえば当然だ。
乗る意味無くない?
と思わないでもない。地上のように国際法における制約で「人間が乗っていなければならない」という縛りがないのだから、無人機にしたほうがよほどいい動きをするだろう。
「そうもいかないんですよ、艦から離れたらほぼスタンドアローン(孤立)になるので」
妨害により母艦との無線通信はほぼ通じなくなるし、ランダムな軌道で動き回っている最中にレーザー通信を艦に向けるのはさすがに至難の業だ。
ギアのAIはもちろん自律制御で任務を完遂しようとするし、無理なら敵を振り切って帰投するなり逃げ去るなりする。その節目節目で人間による判断を行う必要がある。
機体に責任を負わせることは出来ない。責任は、人間しか取れない。
そのあたりを有耶無耶にして無人機をガンガン使う陣営もたくさんある。まず間違いなく、宇宙海賊などは無人機しか使わない。法に従う義理など賊にあるはずがないのだから。
フェイレイ・ルース騎士団は、地上だろうが宇宙だろうが海中だろうが、どこであろうと法は遵守する。それを大前提にして行動しているからこそ、特定の国に従うことなく独立系の組織でやってこられた。
である以上、敵である賊共と同様に無人機を使って相手を屠るような真似はできなかった。
機械に任せるといっても、その中で座っているだけでだいぶプレッシャーになる。体も相当きついし、自分で動かしていない機械の中にいると疲労が倍増するのは、車でもギアでも同じことだ。
むしろ操作の方法を知るために色々と調べたり試したりしている方が、気が楽だった。多少でも気が紛れる。
などとやっている内に、敵戦闘機からの弾着で艦が揺れた。
防御フィールドを破られたようだが、外郭はその直撃に耐えたらしいとデータに表示された。
宇宙の感覚に慣れていないエステルはやや動揺する。
ギアに乗っているから、少しの動揺で済んだのかもしれない。いざとなればギア一つで虚空に飛び出せば、危険になった艦内からは逃げ出せる。
たが、この艦にはクリシュナも乗っている。
戦闘艦橋は頑丈に作られているし、いざとなれば、艦から切り離されて単独でも生存できるよう作られているはずだ。
しかしそれは安全を意味しないだろう。宇宙海賊が、戦闘艦橋に乗るような面々を見逃すはずがない。士官クラスを数人捕まえたとなれば、身代金交渉にも使える。騎士団に恨みでもあれば、女性であるクリシュナには様々な「使い道」もあるだろう。
そこまで想像が行き着いて、エステルは瞬時に腹を立てた。
そんなものに先輩が巻き込まれてたまるものか。
自分が宇宙戦に不慣れなことに、歯ぎしりする。
ただでさえギアは宇宙戦闘機に比べて不利だというのに。
もっとも、宇宙海賊が持つ戦闘機が、それなりの性能を持つ、それなりの年式であればの話だ。
旧式の、整備もさほど行き届いていない機体の可能性だってある。所詮海賊なのだから。
でもそうでない可能性も高い。わざわざ騎士団の艦に喧嘩を売ってくるくらいなのだから、自分達の戦力にそこそこの自信はあるのだろうから。
でも、とエステルの思考はぐるぐると回り始め、やがて戦場経験がそれを断ち切った。
意味のない思考は戦場では命を削る愚行だ。
とにかく、あの戦闘機共を何とかすることだ。それ以外にエステルがするべきことは無い。AI任せでしかないとしても。
腹を立てたからか、それまでの緊張が戦意にすり替わった。
エステルの思考に反応し、AIが攻撃のオプションを幾つも提案してくる。ノイズの除去のためにかなり深いカスタマイズが必要な神経系制御は行っていないが、その程度ならできる。
エステルのそれまでの学習や戦闘経験が、次々に出てくるAIからの提案を瞬時に判断させ、取捨選択し、戦術行動を組み上げていく。
どうもエステルには、その見た目や普段のおとなしさに反し、瞬時に沸騰する悪癖と、それなりに戦闘を組み立ててしまう喧嘩屋としての素養があるらしかった。
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