宇宙の騎士の物語

荻原早稀

文字の大きさ
上 下
6 / 37
第一章 ガレント遭遇戦

6. 「苦労砲」

しおりを挟む
 その砲撃は、あまりにも突然「共同体」軍の前線を切り裂いた。
 時間帯は現地時間の深夜。
 大型の衛星が存在しない惑星ゴルトベルクでは、夜に足元を照らしてくれるような天然の照明はない。だが、相変わらず砲戦が続く大平原は、そこかしこで爆発が起き、爆炎が上がり、電磁波の強烈な干渉による発光現象が起き、決して暗くはない。
 いよいよ「共同体」軍の砲撃が敵を圧倒しつつあり、その敵である「連合」軍の陣形がずたずたに崩壊しつつある中で、その砲撃は起きた。
 またしてもフェイレイ・ルース騎士団。
 その正面に立たされている「共同体」軍の司令官は、カノンやメグのことを「小娘」呼ばわりした挙げ句に「首を私に差し出して見せよ!」と叫んだ女性軍人だが、この砲撃が起きた時点では仮眠に入っていた。
 自らが率いる軍団がフェイレイ・ルース騎士団のおかげで前進できず、「共同体」軍の最前線をいびつにしてしまっていることで、疲労も極まっていた彼女の神経はあまりにもささくれだっており、薬を使って無理に仮眠を取ったところで、精神的な疲労感は少しも癒やされない。
 砲撃で起こされればなおさらだ。
「なんだというのだ」
 幾重にも防護障壁を張って安全を確保した塹壕の中で、機嫌が地下深く潜り果てた司令官がうなる。突然始まった騎士団の砲撃に、叩き起こされたのだ。
 叩き起こした参謀長は、緊張感に満ち満ちた顔をしていた。
「フェイレイ・ルース騎士団による砲撃です」
「延々続いているではないか、何を今更騒ぎ立てるか」
「今までの砲撃とは比べられません! 破壊力も射程距離も段違いなのです!」
 司令官の脂の浮いた顔に疑問の表情が浮かぶ。
「塹壕戦に移って以来、それを見せつけられているだろうが」
「その比ではないのですよ、早くご自身でご確認ください!」
 焦りからか、司令官より三〇歳ほども年長の参謀長の態度が荒い。
 仮眠スペースのすぐ近くに設置された司令部の天幕に、参謀長に腕を掴まれるようにして入った司令官は、自軍の戦力配置や補給状況などがひと目でわかるように表示された大きな画面を見て、それが示す事実を読み取るのに五秒ほどを要し、やがて、驚愕のあまり目を見開いた。
「……なんなんだこれは」
「ですから、非常事態です、閣下」
 参謀長が重々しく告げる。
 彼女がこの場で指揮権を有する自国の軍、戦時六個師団一〇万を超える軍団。
 対するフェイレイ・ルース騎士団はようやく一個師団を形成しているものの、兵員の数でいえば一万人に満たない。
 戦力差は一〇倍を超える。
 この圧倒的兵力差をどうにか一時的とはいえ均衡にまで持っていった騎士団の砲の優越がいかに凄まじいか、その数の差だけでもわかる。
 その、数的優位に立つ自軍の陣が、至るところで破れつつあった。
 敵の状況は妨害のおかげでよくはわからないが、こちらの被害はわかる。
 騎士団の新型砲のダメージを軽減するため、もともと配備していた自軍のギアをすべて防御フィールド展開に集中させ、攻撃は砲兵隊の既存の砲だけで行うようにしていた。攻撃力は明らかに落ちたが、ギア部隊の努力と工夫で騎士団の攻撃をどうにかいなせるようになり、被害は減っている。
 補給体制を再構築できれば、騎士団覆滅のために前進できると希望が持てるくらいに。
 ところが、僅かな間に状況は激変した。
 騎士団の砲が、再び彼女たちの堅陣を突き破り、容赦なく戦力を削り取っていた。
「どういうことだ、なぜ防御フィールドを破ってくる」
 新型砲には対処できていたはずだ、という司令官の叫びに、参謀長はデータを表示させた。
「砲の数は多いとは思えませんが、ある時点からフィールドを破る射線が生じています」
 時間経過で変化するデータを見せられ、司令官の眉間に深い溝が刻まれる。
「……なぜ砲撃が持続する!」
 同じ射線の砲撃が、ある時点から延々と続いている。
 彼女たちを苦しめた騎士団の射撃は、おそらくギアが搭載する新しい砲の最大出力であると思われた。騎士団はギアが多い代わりに砲兵部隊が存在しないからだ。
 最大出力であると考えた根拠は、一つの射線が続けて放つ砲撃が五発から一〇発程度、数分のインターバルを置いて再砲撃が行われていたからだった。最大出力で砲撃を続けるには、冷却と弾体やエネルギーの補充に多少の時間が必要になる。そうそう、連続の砲撃ができるものではない。
 なのに、こちらのフィールドを突き破るほどの、つまりそれまでの最大出力の射撃を超える出力の射撃が、間断なく放たれている。
 明らかに異常だった。
「冷却や補充の問題を、この短期間で解決したとでもいうのか」
「あるいは、さらなる新型でしょうか」
「馬鹿な、いくら連中が開発部門を持った特殊な傭兵団とはいえ、そうそう革新を戦場に持ち込めるものか」
 乗馬鞭をイライラと握りしめ、司令官はついにテーブルを鞭でひっぱたいた。
「フィールドの強化と再配置で対抗せよ!」
 出来るならもうやってるよ、と参謀長の顔が告げていたが、言葉に出すよりも先に観測兵からの報告が来た。
「正面、敵ギアです! 数は不明、突っ込んできます!」
「特攻か!」
 カノンやメグがいなければ「大平原の花」といわれてもおかしくない、それなり以上の美しさを持つ司令官の容貌が、驚愕に崩れた。



 レイがいう「別系統」で開発を進めていた新型砲は、現在騎士団がギアに標準装備している砲に比べ、製造コストが倍以上する。
 さらに製造ラインが特殊で量産体制がおぼつかず、わずか一二門しか持ち込めなかった。しかも、完成できずにパーツを戦場に持ち込み、この場で組み上げて無理やり試射するという荒業で実働に持ち込んだ。
 総じてあけすけなメグでなくとも「めちゃくちゃやるなあ」と慨嘆するような話だが、ベテランにいわせれば「レイ・ヴァン・ネイエヴェールならよくあること」なのだった。レイ指揮下の工兵たちの苦労が偲ばれる。
 それこそギア部隊の連中以上に不眠不休で砲を仕上げた工兵たちが沈没する中、カノン率いる旅団に配備された別系統の新型砲は、それぞれにギア一機をサポートにつけた状態で、塹壕の最先端部に据えられた。
 この砲の最大の特徴は、給弾システムだろう。
 通常は一発分の液状の重金属粒子が入った小型タンクを砲に装弾し、中身だけを加速して発射する。小型タンクはカートリッジに入れられ、砲の制御を行う必要からチェーンレールで外部接続されているが、装填前は加熱が、砲に入れられてからは冷却が必要という条件から、あまりたくさんの弾体を接続できない。都度、兵士達の協力による補給が必要になる。
 無重力の宇宙空間ならその必要はないのだが、重力圏内ではどうしても必要だった。
 新型砲はそれを、弾体カートリッジの改良で乗り越えた。
 彼らの他の技術同様、特に新味のある技術や発明ではない。どうしても宇宙戦用の武器開発に資源を投入しがちな大手メーカーではできない、地上戦専用武器の開発に全力を投入した結果、既存の技術を徹底的に磨き上げ、埋もれたアイディアを発掘し、弾体の加熱や冷却などの温度管理をカートリッジだけで出来るようにし、排熱の処理をカートリッジ専用の収納コンテナ内で行えるようにし、コンテナに積んだ二〇〇発分のカートリッジを連続装填できるユニットを制作した。
 そのコンテナの運搬が塹壕内ではまた一苦労で、兵士達の怨嗟の声を呼んだのだが、サポートに入ったギアのパイロットたちがさんざん愚痴りながら塹壕の地面を均したり、砲台兼ジェネレータ兼制御ユニットとしてしか機能しない未完成のギアの横に据え付けたりして設置し、なんとかクリアした。
 命じたカノンが後に「あの設置が勝敗を分けた」と評したという惨憺たる苦労の末、敵の砲弾が頭上を飛び交う中、新型砲は発射態勢を整えた。
 その指揮を執った技術陣のリーダーであるレイは、自分が基本計画を練り、最も信頼する部下に作らせた新型砲に「苦労砲」のあだ名を奉っていた。常にのんきな彼も、さすがにしんどかったらしい。
 その「苦労砲」設置の苦労は、すぐに報われる。
 一時間といっておきながら、カノンの号令から二時間かけてようやく準備を整えた「苦労砲」は、運用開始した瞬間から戦場を圧倒した。
「おお、当たってるぞこれ」
 着弾観測すらできないという砲戦においての条件が悪すぎる戦場で、思わず兵士達がそう口走ったほどに、効果は劇的だった。
 ロボットの形すらなしていない、未完成の新型ギアの心臓部から供給される莫大なエネルギーを、砲は貪欲に吸い上げる。強力な冷却機構や、更に進化したエア・スパイクのシステムに潤沢にエネルギーを振り分けた新型砲は、重粒子の圧縮率と加速力が桁違いに上がっていた。
 何度も述べるようだが、攻撃力とはエネルギー密度と速度の自乗である。 
 新型砲の速度は、騎士団のギアが搭載する砲の三割増し、エネルギー密度の一要素である弾体の温度は二割増し。もう一つの要素である収束性は五割増であり、特にこの部分で常識を超えていた。そして、エネルギーの塊である弾体の通り道を作るためのエア・スパイクの発生数は倍増している。
 大気を裂き空気抵抗を限りなくゼロに近くし、大気の密度を揺らがせることで弾体の直進性や安定性を妨害する敵の防御網もほぼ無効化。
 結果として現れるのは、敵の防御システムを紙のように破って着弾する光景だった。
 それまでも敵に比べれば遥かに多くの命中弾を送り込んでいた騎士団だが、この砲の威力はその比ではなかった。
 防御システムの再設定と設置思想の見直しとで、騎士団からの着弾をぐっと減らしたはずの「共同体」軍陣地に、まるで防御システムが消失でもしたかのような、まるで威力が減殺されていないかのような、それまで彼らが経験したことがない凄まじい威力の弾着が、ほとんど間も置かず、しかも途切れることなく訪れた。
 地面すれすれを直進し、重力の影響をまるで受けていないかのように突き抜けてくる「努力砲」の連射。
 一時のように無理に前進しようとはしていないため、塹壕から体を出しているギアや砲台はほとんど無いのだが、それでも砲身を出さないと射撃ができない。そこを狙い撃ちするかのように騎士団の砲が飛んでくる。
 騎士団の兵士達が「当たってるぞ」と確信したのは、一二門の砲が二秒弱に一発の連射を延々と続けるようになり、しばらく経つと、目に見えて敵の砲撃が弱まったからだ。
 全弾が何かしらに当たっている、というわけではないはずだが、というのもそんなことは有り得ないからだが、それにしても敵からの砲撃は確実に減った。
「何が起きてんだ?」
 と首を傾げる者もいたが、騎士団の技術部門を兼ねているグループ企業「VT」社謹製の「苦労砲」、着弾寸前でさらにえげつない変化をするのだ。
 高速で敵陣に飛び込んだ重粒子弾は、収束用に弾体の中心に入れられている小さな制御ユニットに細工が施されている。
 通常は着弾と同時に破壊されるだけの物で、役割としては凄まじい量の電磁場を発生して、拡散しがちな重粒子を収束したまま着弾させるだけのものだ。だけ、といいつつ、非常に重要な役割を果たしているのだが、「苦労砲」では、設定した距離まで飛ぶと着弾を待たずに自壊する。
 収束するための場のエネルギーを失った重粒子は、その瞬間に爆散する。
 別に珍しい機能ではなく、宇宙戦ではよく用いられる仕組みではあるのだが、地上でこれを使おうとすると、大気の抵抗やら重力の干渉やら、擾乱じょうらん要因が多すぎて使えない、というのが常識だった。
 それを、これまた既存の技術の発掘とブラッシュアップとで解決した。
 結果として、「苦労砲」は敵陣の塹壕の上で計算通りに爆散。
 弾体が拡散するからギアを破壊できるほどの威力ではなくなってしまうが、そこまでの防御機構を有しない砲台や、周囲の兵士達にとっては、圧倒的すぎる破壊力を持つ悪魔になった。
 またたく間に、「共同体」軍の陣地内は惨劇の場と化した。
 数万度に熱せられた音速を遥かに超える速度の重粒子が降り注ぐのだ。
 人間など、かすっただけで原型を留めない。
 騎士団の起死回生の砲撃は、開始からわずか五分で、正面に展開する「共同体」軍に凄まじい惨禍をもたらした。
 その司令官が叩き起こされ、状況を確認できたときには、その戦線は既にずたずたにされていた。
 わずか一二門の連射だから壊滅にまでは至らなかったものの、一時的に騎士団の砲火を遮断できたと思っていた「共同体」軍を激しく揺さぶった。
 カノンもここまで威力が凄まじいとは考えていなかったから、上がってきたデータを見て思わず「バカ兵器とはなんとも失礼であったな」とつぶやいたほどだった。
「おかげで色々やり易うなった。せいぜい、活かすと致そうか」
 目に見えて減った敵の砲撃を嘲笑うかのように、カノンを載せた漆黒のギアが塹壕から姿を表す。
 その周囲から続々と、同じ無骨なシルエットの漆黒のギアが塹壕の壁を越えて大地に立つ。
 そこからは見えていないが、ほとんど同じタイミングでフィルやメグが率いるギア集団も塹壕を出ている。
 塹壕戦真っ只中には普通はありえない、少数な側からの全面攻勢の開始である。
しおりを挟む

処理中です...