宇宙の騎士の物語

荻原早稀

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第一章 ガレント遭遇戦

3. メグ・ペンローズは耐え、敵司令官は吠える

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 カノンたちが「連合」軍司令部の指示で大平原の一角に陣を布き、周囲の塹壕を再整備するなどした翌日から、フェイレイ・ルース騎士団は「共同体」軍の猛烈な砲撃にさらされるようになった。
「なぜあんなところに射線が集中している?」
 と「連合」の軍司令部が疑問に思うほど、苛烈な砲撃だった。
 大平原の中で、そこがとくに重要な地点とも思えない。地形的には平原の中でも特にまっ平らな土地で、遮蔽物も無ければ、奪取したい資源も無い。吹きっさらしの、非常に寂しい土地だ。
 だから、外様の傭兵であるフェイレイ・ルース騎士団を置いたのだ。その場を死守せよ、との指示だけを出して。
 司令部は疑問に思ったが、他の戦線も活発化しているし、外様が壊滅したところで後詰が埋めれば戦線は維持できるので、特に大きな懸念も持たず兵力を積み増すことも無かった。
「なんなんだ、このタコ殴りは」
 とメグがぼやいたのは、ルナティック・オレンジなどと呼ばれる彼女が、カノンたちとの打ち合わせを終えた一八時間後のことだった。
 敵からの砲撃が始まって一〇時間ほど経つ。
「そうでなくても埃っぽくて不快だってのに」
 技術屋代表のレイが塹壕を素早く再整備してくれたおかげで、他の戦線より非常に快適な環境になっているのだが、塹壕からちょっとでも頭を上げれば首ごと持っていかれるような砲撃が続く中では、ぼやきたくなるのも当然といえた。
 周辺の大気組成を変えてしまうほどの強烈なフィールドで、光学レーザーなどの指向性電磁波兵器の威力は減殺しているものの、実弾兵器はぼんぼん飛んでくる。
 物理攻撃を遮断するほどの強力なフィールドは、一時的にならばともかく、一〇分を越えて使用することは不可能である。エネルギー量的にもそうだし、機械的にも厳しい。
 相対的な速度差が秒速数万キロメートル、などということが日常茶飯事の宇宙空間での戦闘ではほとんど使われなくなった実弾が、速度差ゼロが基本の地上戦では轟音を立てながら凄まじい量が空中を飛び交っていた。
 空からの攻撃が主流の時代には絶滅した塹壕、つまり地面に掘った溝も、飛び上がった瞬間に狙い撃ちされるわ、強力な妨害のせいでまっすぐ飛ぶことすら難しいわで、空からの攻撃がほぼ不可能になっている現在、非常に有効な施設であるとして復権している。
 すべて、宇宙空間からの攻撃が禁じられているから起きていることだ。
 衛星軌道上から地上を攻撃するなど、禁じられていなければ極めて簡単なことだし、威力は地上から地上を攻撃するよりはるかに強い。
 それが禁じられているからこそ、メグがぼやく戦況が生まれたといえる。
 旅団長として四個騎兵連隊を率いるメグは立派な高級将校だが、塹壕の中にうずくまっているギアのコクピットを開け放ち、出入り用に前進させたシートにだらしなく座っている姿は、そもそも軍人に見えない。
 不用意にトップレスになるとさすがに怒られるので、普段は嫌々戦闘用のブラをつけているのだが、塹壕戦真っ只中の今、わざわざ彼女に映像付きの通信を要求してくるバカなどいないので、上司の少将閣下よりだいぶサイズの大きい乳房が完全にさらされている。
 いつものことなので、今さら部下の誰もが反応していないが。
「まだ酒が入ってないだけ上等だろ」
「男もはべらせてないしな」
 と旅団司令部の参謀が事も無げにいったセリフがすべてを物語っている。
 もっとも、こう見えて彼女は部下の指揮をしっかり執っている。
 塹壕はこの大平原のいたるところに網目のように張り巡らされているが、どれもが生きているわけではない。崩されて埋まってしまったり、敵により地雷などが仕込まれて使い物にならなくなっていたりもする。
 レイ・ヴァン・ネイエヴェール率いる工兵隊が驚くほど素早く塹壕を再整備した、その直後に、メグは指揮下の兵力を連隊単位に分け、各連隊長に権限を与えて防御態勢を整えた。
 フェイレイ・ルース騎士団の特徴とされるのが、ギアの大量投入だ。圧倒的機動性能と火力を持つギアで制圧する戦い方が得意技といえる。
 だが、このような局面では火力もクソも無い。塹壕に立てこもり、当たろうが当たるまいが砲を撃ち続け、敵が疲弊するのを待つしかない。
 メグ率いる旅団は四個連隊、一個連隊が五個大隊から成り、大隊は三個中隊で構成される。中隊一つは三機のギアを扱うので、連隊当たり四五機のギアがあることになる。
 もっとも、全機が完全に動ける状態にはなかなかならない。故障もあればパイロットの不調もある。平均して連隊当たり四〇機のギアが動いていた。
 合わせて一六〇機以上のギアを旅団規模で持っている、というのは、この惑星に展開している勢力の中ではぶっちぎりで最大だった。「共同体」軍の機動兵力群でも、旅団規模で五〇機以上のギアを持っている部隊は存在しない。
 そのギアの集団を、メグは砲台のように使うしかなかった。移動を始めようと塹壕から出た途端に袋叩きに遭うのだから仕方が無い。ギアの長所はその機動性にあるわけで、こんな戦い方はギア部隊の司令官としては屈辱以外の何物でもないが、メグは顔にも口にもそのことだけは一切出さない。部下たちの悔しさに火をつけかねないからだ。
 メグは、ただ塹壕を埋めるようにギアを配置するのではなく、連隊ごとに塹壕を拡大したりつなげたりして拠点を作り、そこに主力を置きつつ小さく展開する配置を採った。
 ギアもエネルギーは無限ではなく、補給や冷却などが常に必要である。交代で攻撃を担当できるよう、入れ替え制を布いていた。
 連隊と連隊の間は、直線で二〇キロメートルほど。ギアの主砲の射程は一〇〇キロメートルを超えるが、妨害が凄まじい地上戦では三〇キロメートルを割り込む。これ以上は離せない。
『敵の増援、来てますね、確実に』
 旅団参謀の大尉と、通信越しの会話である。
『味方の防諜警戒は相変わらずの高度さですが、それでも多少は漏れ聞こえてきます』
 味方の、と参謀大尉は皮肉気にいった。つまり、自分たちで雇った傭兵にろくに情報を流してこない「連合」軍にしびれを切らし、参謀大尉は自ら動いて情報をかすめ取ったのだろう。
『敵の後ろ、ざわめいていますよ。「連合」側が我々傭兵団を雇ったのに対抗する策としてギアをかき集めているって噂、半信半疑だったんですが、それらに関してはネイエヴェール技師からも確実らしいって情報をもらってます』
「レイの保証付きか。そりゃ間違いないな」
 あの存在感が異様に薄い小男は、技術者であり組織管理者であり企業経営者であるという英才だ。立場上、メグなどの生粋の軍人には想像もつかないような様々なルートから情報が集まる。
 あんだけ戦力固めといて、増援かよ。
 まったく、メグの眼前に展開する敵の厚みときたら、呆れるほどだ。こっちは一個旅団三〇〇〇人に満たない兵力だというのに、彼女が担当する五〇キロメートルほど先の正面に、現時点で恐らく二個師団二万を超える歩兵戦力が展開している。
 短期はともかく、長期戦になれば騎士団は壊滅しかねない兵力差だ。
「道具がそろってるってのは、ありがたいもんだ」
 とメグがいうと、参謀大尉がふっと一つ息をついた。
『おかげでどうにか対抗できていますしね』
 地面すれすれを飛んでくる高速度弾のほか、高く弾道を描いて落ちてくる塹壕つぶしの榴弾など、様々な殺人弾頭が飛び交っている戦場で、結局のところ大事なのは、相手の攻撃を少しでもかわせる防御力と、相手より一発でも多くの弾を撃ち込める攻撃力だ。
『特にギアの防御フィールドと砲の優越性はでかいですよ』
「そいつもレイに感謝だな」
『まったく、すごい人です。初めて来た時は何でこんな奴がってブーイングの嵐でしたがね』
「あんな冴えない奴がって?」
『失礼ながら、どう見ても切れ者には感じられませんでしたから』
「それは同感」
 メグはわずかに失笑する。
 レイ・ヴァン・ネイエヴェールという男は、とにかく外見がぼんやりして個性が薄く、小柄でやせ形で肌の色も中途半端に浅黒く、清潔にしているのにぼさぼさの髪も特徴のない黒、体の特徴で人を差別する感情などとうに絶滅したこの時代にあっても、見た目だけで「冴えない」と大半の人間に断じられる見た目をしている。
 その男が、短期間で騎士団のギア装備を一新させ、ギアが扱う砲もすべてを新型に変えた。
 正直なところ、メグはレイが導入させたギアの見た目が嫌いで、別に乗りたいとも思わないくらいなのだが、なにしろ性能は良い。特に防御機構が特筆レベルだった。
「まあ、その男のおかげでこうしてのんきに指揮なんぞができるているわけだ」
『のんきに、とは思いませんが、この状況で戦えているのは彼のおかげです』
 防御フィールドは、強固かつ構造的な電磁波の層と様々な物理現象を利用して、敵の攻撃を弾いたり減速させたりする。
 レイのような技術屋にいわせると、攻撃と防御とは、エネルギー密度の競い合いである。
 熱量だったり、速度だったり、質量だったり、様々なエネルギーをかけ合わせて飛んでくる攻撃は、防御フィールドの膜以上のエネルギー密度を持っていればそれを突き破るし、持っていなければ弾き返される。
 個体の弾頭であれ、流体弾であれ、光子などのエネルギービームであれ、楯たる防御フィールドを突き破る密度がありさえすれば良い。
 今の騎士団が標準装備するギアの防御フィールドは、現代の平均的なギアよりも、そのエネルギー密度を管理する技術が緻密かつ効率的で、数値化は難しいものの、三割から四割増しの性能を誇ると見られている。
 騎士団というだけあり、兵の数に対するギアの比率が高いフェイレイ・ルースは、今この時、その恩恵にあずかっている。
 塹壕にうずくまるように配置しているギアが強力な防御フィールドを張り、パイロット以外の兵士たちはそのフィールドに守られながら仕事をこなす。
 大地を常に揺らし続ける爆発の振動は伝わってくるが、粒子を四方八方に散らしながら頭上を通過する重粒子拡散砲の十万度を超える火の粉も、角度をつけるために高空に向けて発射されてたどり着いた榴弾も、すべてギアの防御フィールドに弾かれて届かない。
 フェイレイ・ルース騎士団が寡兵ながらかろうじて戦線を維持できているのも、そのおかげだ。
 塹壕網に仮の拠点を設け、そこを堡塁のようにして兵力を集中させ、少ない兵力を効率的に運用しようという「拠点防御」の考え方だが、これには拠点を防御する機構が優れていることが大前提になる。
 何しろ相手はこちら側を突破しようと前進し、圧力をかけてくる。
 それを支えるには、拠点と拠点が互いに支援できる距離感と、拠点が容易に破られないという事実が必要だ。でなければ、兵の薄い所を強行突破されてしまう。
 強行突破しようとすれば周囲の拠点からの集中砲火に遭って袋叩きになってしまう、という恐怖感を敵が持たなければ、拠点防御など機能しない。
 防御面でそれを可能にしたのが、レイ導入のギアが標準装備する、強力過ぎる防御フィールドだった。
 一方、攻撃面でも優れていなければ、拠点防御は成立しない。強引に行けば撃たれる、と敵に思わせるだけの強い攻撃力が無ければ、敵は兵力を集中して一気に突破しようとするだろう。
 騎士団のギアはここでも優れている。
 新型砲を行き渡らせることができたのは、実はようやくこの戦いの直前だったのだが、効果は一目瞭然だった。
 劇的に、あるいは爆発的に高まったわけではない。「連合」や「共同体」の軍が標準装備している砲に比べ、飛び抜けて出力が高いわけでもなければ、口径がでかいわけでもない。
 地上戦での主力装備となる「重粒子砲」、つまり極端に重い粒子を圧縮して高速で撃つという武器は、制御は難しいが威力は大きい。
 この制御面で現在の極限とされる新型砲、優れているのは、重粒子の収束性の高さと初速の早さだ。特に収束性は、宇宙の砲製造各社が「やられた」と舌打ちしたといわれる。新発明や革命的な技術促進があったわけではないが、様々に細かな技術を突き詰め、磨き上げた結果として、総合的に優れた砲を作り上げた。
 初速の早さは、同じ消費エネルギー量でどれだけ効率的な仕組みで撃ち出せるかにかかっている。新型砲はここでも革命を起こしたわけではなく、地道かつ丹念な努力で無駄をこそげ落とし、速度を稼ぎ出した。どこの会社だって、やろうと思えばできたはずのことを、レイ率いる「VT」社だけがやり遂げた。
 砲の破壊力は、弾体となるものの質量、硬さ、温度などと、その運動量で決定される。初速が早いということはそれだけ破壊力の増加につながるし、物体の運動エネルギーは結局のところ速度と質量の二乗に比例するという法則は、この宇宙のどこに行っても変わらないのだから、地上だろうが宇宙空間だろうが有利に決まっている。
 防御力と攻撃力、その双方が優れたギアを、フェイレイ・ルース騎士団は五〇〇機近く持ち込んでいた。
 メグは自分が率いる一六〇機近いギアを三機単位で小分けに配置し、敵の攻勢に対し絶妙のバランスで攻撃を続けていた。
 攻勢で無類の強さを誇るとされるメグ、彼女が行う拠点防御は、三機のギアの内一機が防御に専念、一機が攻撃に特化し、もう一機がその間にメインテナンス及び補給を受けるというもので、実に堅実かつ基本に忠実だった。ルナティック、狂気を示す仇名が泣くというものだが、他にやりようもない。
 ただし、まともに見えていないはずの敵を射抜く攻撃の精密さと、それを支える配置の妙とが、対陣する「共同体」軍前線部隊の指揮官たちを歯ぎしりさせるほどに巧みだった。
「なぜこの正面だけがこれほど堅固なのだ! 他の戦線はすでに突破しつつあるというのに!」
 と地団駄を踏んで自軍の前進を命じる指揮官の焦りをよそに、騎士団の正面、特にメグの正面に立たされた二個師団は、止まらない出血を続けていた。
 こちらがどんなに撃ってもフェイレイ・ルース騎士団に当たっている気がしないのに、あちらから飛んでくる重粒子弾は確実に威力を保ったままこちらのギアや地上車などを撃ち抜いてくる。
 この大平原で前進しようと思うのなら、塹壕が途中で分断されていれば地上を歩くしかない。 
 拠点防御に徹しているメグたちはひたすら地に潜っているが、対する「共同体」軍は攻勢に出ている以上、体をさらして地上を移動するしかない。
 狙い撃ちにしやすいのがどちらか、いうまでもない。
 フェイレイ・ルース騎士団が敵にとってさらに厄介なのは、補給体制が異様なほどに万全なことだ。
 総司令であるカノン・ドゥ・メルシエ少将、その下で補給の全権を握るレイ・ヴァン・ネイエヴェール、この二人が短時間で布いた補給体制は、メグがどんなにドンパチやらかそうが、びくともしない。
 拠点防御などという歪な戦術を採る以上、防御力と攻撃力を支える補給がすべてである。わずかでも補給が滞れば、敵はあっという間に防御線を破り、各拠点は孤立し、個別に撃破されていくだろう。
 塹壕網をあっという間に再整備し、補給線を作り上げたレイの能力の高さが、現在の戦況を地道に支え続けていた。
「他の戦線はどうか」
 騎士団正面に配置された軍団司令部では、「共同体」に所属する一国の軍司令官がイライラとした表情で幕僚を質していた。
「虎の子の機甲兵団の投入で活気づいた前線は各所で進撃を開始しており、ほぼ全線戦に渡って膠着状態が解けつつあります」
「ここだけが膠着したままというわけか、実に光栄だな」
 軍靴のかかとで司令部用仮設防御設備の固い床を蹴りつけたのは、年の頃五〇代後半という細身の女性だった。一〇〇歳まで現役の人間が多い現代では、軍団指揮官としては若い方で、その有能さが窺い知れるというものではあるのだが、友軍がついに均衡を破って押し出しつつあるというのにこの状況では、額に青筋が浮かび上がるのも無理はないのであった。
「なぜあんな脆弱な防御線を食い破れんのか。全戦力で敵を無力化せよと命じたはずだ」
 ばしっと音がしたのは、指揮用にいつも持ち歩いている乗馬鞭で机を叩いた音だ。
「司令本部よりギア一〇〇機の増援を受け、それらをすべて正面の敵に振り向け攻撃を行っておりますが、効果が出るまで今しばらくかかるかと……」
 幕僚は慣れているので、その音におびえたりはしない。
「両翼から展開して挟めばよかろう、なぜ正面に固執する」
「敵の両翼は隣の戦線と接しております。左右に展開するためには、まずその正面を破らねばなりませんが、フェイレイ・ルース騎士団の両翼はよく敵同士連携を取り合っており、容易にそれをさせてはくれません」
 そもそも、両翼を突くべく正面の攻撃を緩めたら、経験豊富で狡猾な騎士団の連中が何を仕掛けてくるかわからない。今の攻撃を緩めることもできないのである。
「兵器の些細な優越をここまで徹底的に活かすか、鼠賊めが」
「こちらがそれを活用できていたはずだったのですが……」
 今の「共同体」軍の攻勢を可能にしたのは、敵「連合」軍が想像していなかった規模でギアをかき集め、一気に戦場に投入する策の成功である。
 ギア自体はこの戦争に大量に投入されていたが、現在の戦線に投入されていたギアが両軍合わせて二〇〇〇機ほど、そこに「共同体」軍は七〇〇機のギアからなる機甲兵団を投入した。ギアに関する限り、彼我の戦力差をひっくり返すに十分な数だった。
 しかも、投入したギアの性能は、戦線に投入されていた両軍の現行機を上回る。
 そもそもギアは大量生産するものというより、宇宙の様々な勢力がそれぞれに開発し生産するもので、いわば少量多品種の世界。性能もそれぞれである。
「共同体」軍が投入したギアは、地上戦の、今回のような塹壕戦を蹂躙するような砲戦に向いた機体でそろえていた。宇宙戦用の機体を無理矢理地上戦用に換装させた機体まである中で、この増援は非常に強力だった。
 だが、フェイレイ・ルース騎士団のギア部隊は「共同体」軍の機体を超える性能を持っていた。
 黒い、やけに武骨なシルエットの機体は、決して見栄えがするものではなかったが、防御力も攻撃力もこの戦場でのトップクラスであり、運用性も相当に高いのか、本来なら着弾などせずとも故障なり補給不足なりで離脱していく機体も多いはずなのに、たいして数が減った印象も無い。
 強い。
 フェイレイ・ルース騎士団の強さなど、事前からわかっていたことだ。
 病院騎士団という正式名称に似合わない殺伐とした戦歴は、騎士団を恐ろしく精強にしていたし、そのことは「共同体」軍だって当然知っている。
 だが、ここまでとは。
 この戦いの直前になって砲がそろい、なんとか間に合わせたという事情など、「共同体」軍はもちろん知らない。
 さらには、同じ女性という軍事では不利な立場にありながら、この戦線に派遣された部隊のトップとその配下の旅団長として活躍するカノンとメグの存在も、司令官のかんさわる。
 非常に癇に障る。
 二人ともがルックスで「女神」と称されるレベルにあることも、それを色仕掛けに使わずとも立身出世が可能と証明して見せていることも。
 気に入るはずもない男に抱かれて未来を築かなければならない、現代とはとても思えない前近代的な仕打ちに耐えながらここまで来た司令官の癇に障って仕方が無い。
 まさかその二人のうち一人が、だらしなく乳を放り出したまま指揮を執るという、非常識を実体化したような女だとは知る由もない司令官は、歯軋りをしながら踵を床面に打ちつける。
「ここが崩せずに残れば、ここを足掛かりに『連合』の連中が再攻勢に出ないとも限らない」
 ほっそりとした指を折らんばかりに愛用の乗馬鞭を握りしめた司令官は、さらに歯ぎしりし、絶叫に近い命令を下す。
「何としても崩せ。あの小娘どもの首を私に差し出して見せよ!」
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